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「 なに ?」
小さめの鼻筋、暑さに少し上気した頬。
あの口唇から、僅かに綺麗な歯が覗く。
そして、煌く凛とした、双眸。
「あのさっ、いきなりなんだけどっ。」
「いそいでるんですよね、わたし。」
小首を傾げて、憮然としてしまった。
そりゃそうだ、こんな奴俺だって不審だよ。
「あのっ!ナンパとかじゃ、ないから。」
「じゃあ、なに?」
「うえ、・・・うえ行く?」
「うえ、って・・・ラウンジ、行くけど。」
「あっ、じゃっ、行って、いそいで。」
「云われなくても、急いでます。」
あんまり馬鹿みたいな会話に、白い歯が零れるように微笑んだ。
つられて俺も、頭かいて笑ってる。
「じゃ、ね。」
羽織っていたGジャンを翻し、エレベーターにきびすを返す。
「あっ、と、 ・・名前だけ聞いてもいい?」
こちらを向いて、鼻に皺を寄せてはっきりと。
「 KA O RU 」
そして、俺達は口の端を悪戯っぽくあげて、擦れ違った。
ちょっとした、共犯者みたいに。
名残の欠片は、ふうわりと、彼女の肩に。
いきなり襟首を掴まれる。
「クルマ、外だ。行くぞ。」
低くハスキーに声が、背骨に響く。
振り向くと、背中がすたすたと去ってゆく。
こうやって追いかける、それだけで懐かしい。
通りの陽射しに,目が眩む。
いつもの様に助手席に座り、シートベルトをつける。
さっさと付けたサングラスの下、表情はわからない。
エンジンがかかり、滑らかに車線に割りこんで。
ステアリングを操る指に、見とれてしまう。
「口開けてナンパとか、してんじゃねぇぞ、タコ。」
「後ろから見てるなんて、趣味悪いよ。」
「どっかで聞いた。」
目尻に薄く皺がよる。
――― all the time
カーステレオが、低いエンジンの響きに時折絡みつく。
――― 嵐は続く
「連絡・・しなくて、ごめん。」
「ん、ああ。」
「心配かけて・・・ごめん、なさい。」
――― 噛み締める孤独さえ、今はもう慣れてきたように
「してねえよ、別に。」
――― 口ずさむbluesだけが、お前の夢を見せてくれる
「で、用は済んだんだろ。」
「ん。」
「大事な用だったんだろ。」
「ん、 あのさ、俺。」
――― 暗い雲の彼方に
「じゃ、いいじゃねえか。」
傍から見たら、ひどく、アシンメトリーなダンス。
背中合わせに、不安定に、お互いに好き勝手向いているように。
見えているのかいないのか、それすらも分からずに。
でもきっと、眸が繋がる、魂が重なる。
そんな確固たる思いが、いつのまにか生まれている。
――― stormy weather
「腹、減んねえか。」
「なんか、食ってこう。」
「何、食いたい。」
「うんとね・・・蕎麦」
――― 輝く太陽が・・・・・・
初夏の朝焼けよりなお鮮やかに網膜に焼きつく、あの人の残像。
晩夏の黄昏よりなお哀切な翳りを帯びた、一葉の印画紙。
アスファルトに弾け散る強烈な光の乱舞。
夏はもうそこまで来ている。
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