12
薄い眸が、斜にこちらを見つめる。
「やめとく。」
「そう。」
「俺、さ。」
「ん。」
「鼻、きいちゃうの。」
口の端だけで、笑いあう。
「だから、今度。」
「ん。」
「又、気が向いたらね。」
「そうね。」
そして、ドアは閉まり、また、世界は閉ざされる。
パンプスの傍らに、男物の靴が転がっているのに気がつく。
気まずい気持ちにどうしてもなれない
ソファに、困ったような顔の彼が待っている。
「着替えたの?」
「あ、の、ごめんなさい。」
「何が。」
「あの、ひと。」
そうよね、誰だってそう思うわ。
「ううん。」
床に座って、彼の膝に頭を乗せる。
「そういうのじゃ、ないの。
たぶんね、あなたの思う・・・・ん、
みんなの思うようなことじゃあない、から。」
どういっていいか、わからないわよね。
「あの人は、わかってるの。
だから続いてる、っていうこと。」
「 ・・・・・わかってる。」
「そう、お互いじゃないって、お互いにわかってるの。」
なにを言いたいの、かしら。
「ね、お酒飲んでも、いい?」
空きっ腹にまわるアルコールは、早い。
「あなたが、すきよ。」
無抵抗の彼にソファで絡みつく。
「とても、とても、素敵。」
舐めて、噛みついて、食べてしまいたいくらいだわ。
「俺も、すき。」
「でも、大事なものがある。」
「 ・・・・・うん。」
悪びれないのね。
「でも、すきなのね。」
「 ・・うん。」
「それで、いいの。」
下らぬことばかり、お喋りな舌。
「そこが、素敵。」
突き出す舌に、あなたは喰いついて。
眸を開いたまま、息を止めたまま、
弄りあうのはとても、素敵ね。
つまらないモラルとは無縁の処でないと、息がつけない瞬間がある。
本質だけを見据えて、その中で手を取ってくれる人はそういない。
この子のある種の鷹揚さと繊細さは、わたくしの憧れにとても近い。
もうすこし、曝け出して。
もうすこし、側にいて。
透き通るような肌を纏うのは深い鎖骨、薄い肩、細い背骨。
抱き寄せる度毎に、息衝き吸いつくのは
薄い肉体を通した、彼女の思いなのかもしれない。
とても熱くて、とても冷たくて、
この上もなく嬉しそうで、この上もなく辛そうで。
捻れ絡まった神経を解きほぐそうとあがいているように。
呼吸を合わせて、身体を重ねて、
ぬめるような汗の下で、なお一層なまめかしく。
いつのまにか風情を変えるその表情は、
引きずりこむような笑みを浮かべた。
長い指を重ねながら、俺は囁いてみる。
「俺が、すき?」
「ええ。」
「大事なものは、あるの?」
「ええ。」
悪びれない、玲瓏な双眸。
微笑んで、頬に軽く口唇で触れる。
わたくしはもう、酔いつぶれて、伸びてしまいたい気分。
現実との境目につま先で立ちながら、どちらに転んでも構わない。
「ねえ、デスクの上。」
「ん?」
「花瓶の側の古い本、 取ってきてくれる?」
「綺麗な本だね。」
彼に寄り添って、彼が肩越しに覗きこむ。
「でしょう。」
子羊をなめした革、埋もれる細い金箔に指を走らせる。
「日本語じゃ、ないよね、読めるの?」
「少しだけね。」
「大事な本なんだ。」
「ん。」
仰け反って、彼の舌を絡めながら、
裏表紙の隙間に指を滑りこませる。
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