10
ガラス瓶の汗が、テーブルに広がる。
柔らかい波の上に、又波が重なる。
心臓の上に手を重ね、鼓動にそっと寄りそって。
温かい。
くすぐったい。
気持ち、いい。
だから、もっと。
感情だけが、零れつづける。
闇に蠢く、哀しい虎のよう。
群れると死んでしまう、だから、月明かりをひたすらに彷徨って。
この邂逅は、一時の幻のように。
背骨を伝うあなたの舌が、ゆっくりと昇ってくる。
このまま、動物のように組敷かれたまま、喉笛を噛み千切られてしまったなら、
それは、どれほどの快感となるだろう。
囚われてしまった檻から解き放ってくれるものを、
わたくしは求めているのだろうか。
俺たちは縺れあい、絡みあって、
時が歪んで、捻れてゆく。
粘つく汗と吸いつく肌と寂しい吐息の中で、彼女と溶けてゆくように。
軋むほどにあわせる身体は、感情を増幅させる。
滴り落ちる言葉は、もう意味を持たず。
与えあうのが、快感なのか苦痛なのか、そんなことすらわからぬほどに、
お互いに貪りあうように。
頭の芯が、空になる。
彼の触れる皮膚が剥がされてゆく。
ありとあらゆる神経が剥き出しにされる。
つたなくて、狡猾で、感じやすくて、乱暴なわたくしたち。
限りない、幸せで哀切な夢。
背骨の節をなぞりながら、泥のような眠りに落ちてしまった。
小さな頭の乗った腕は、もう感覚が無い。
痺れた腕で、抱き寄せる。
まどろむ口唇が、寄せられる。
そして又、舌が、脚が、縺れあう。
部屋に射し込む陽の光は、もう夏の其れに近い。
抱きしめたまま、彼女の胸をかるく含む。
俺の口唇と彼女の胸は、まどろみと覚醒の狭間を行き来する。
頭の下で、胸が息をつくようにひとつ動く。
「そろそろ、夏ね。」
夏のせいではない汗にまみれながら、彼女が囁く。
「夏は、嫌いなの?」
「あなたは?」
「質問に質問で返してる。」
厭な癖が、染みついている。
上目で覗き込む瞳に、口付けてベッドを降りる。
夢の続きで終わらせなかったのは、初めて。
それはこの子の面差しが、わたくしの夢に住んでいたから。
冷たいシャワーを浴びながら、呆れたように口の端が歪む。
生成りのバスローブの間から、鎖骨の浮いた胸元が鮮烈に白い。
「あなたも、浴びたら?」
いつまでこんな格好で、寝そべっているつもりなのか、
急に恥ずかしくなり、バス・ルームに飛び込んだ。
「着替え、置いておくわよ。」
深い藍色のバスローブ、
どう考えても、彼女のサイズじゃない。
よく考えなくても分かる、
こうやってシャワーを浴びるのは、俺だけのわけが無い。
濡れ鼠の髪で、彼が出てくる。
リビングは脱ぎ散らかした服が、呆れたようにばら撒かれている。
顔を見合わせ、思わず笑いが浮かぶ。
片端から、クロゼットに投げ込んで伸びをして首を回す。
「何か、食べる?
・・・・・・・っていっても、何もないけれど。」
冷蔵庫を二人で開けてみる。
ままごとでもするように、乏しいストックを物色する。
ふたりで目をきらきらさせながら、引っ張り出す。
パン、バター、マスタード、チーズ、
兎の餌みたいな、野菜の切れっ端。
不恰好もいいところのオープンサンドもどきを、皿にのせる。
「ジュース、何がいい?」
「オレンジ」
鼻に皺を寄せて、口唇を突き出す。
「酸っぱいわよ。」
昨夜から篭った空気を、窓から開け放つ。
日差しに包まれながら、床にじかに座ってパンを頬張る。
ピクニックにでも連れてこられた子供のように、
わたくし達は無邪気に笑う。
「なあに、これ、マスタード効きすぎだわ。」
「手、出してないヒトが、いっちゃ駄目だよ。」
少し口を尖らせて抗議されるのが、新鮮かもしれない。
彼の真似をして、パンにかぶりつく。
「・・・もしかして、嫌い?マスタード。」
「嫌いだったら、買わないわ。」
そしてまた、無邪気に笑い転げる。
馬鹿な恋人たちみたいに言葉を交わすのは、とても楽しい。
食べることが今だけ、好きになる。
お腹を一杯にして、床に寝そべってしまう。
フローリングの冷たさに、頬を押し当てて彼に手を伸ばす。
わたくしの本能は、心地よさに飢えている。
彼の腕で仰け反りながら、又、汗にまみれて、
又、時が止まる。
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