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カフスの石が赤かった。
親指に血が玉になる。
舐めればすぐ塞がる、その程度の疵。




一人で目覚めて、シャワーを浴びる。
情事は、いつも夢の続きで終わらせる。
現実の檻に閉じ込められたくない。
眠りの中で待ちつづけている。

髪を拭きながら、冷蔵庫を開ける。

フォションのオレンジは酸味がきつすぎる。
今日はグレープフルーツにしておこう。
流れ落ちる液体が潤すのは、身体でしかないけれど。
そうやって、わたくしはもっと乾いてゆく。









「おい、どした?これ。」

「え。」
りかが親指を摘む。
「あ、ちょっと皿、割っちゃって。」
「消毒したのか?」
「舐めときゃ、いいよ。」
「じゃあ、貸せ。」

りかの口唇が、柔らかく親指を咥えこむ。
りかの舌から、そっと熱がしのび込む。
伏せた睫が、とても長い。
少し伸びた髪が、耳朶にかかる。

好きとか嫌いとかじゃない。

言葉に出来ないくらい、かたちに出来ないくらい。
たくさんの思いを、抱えあってきた.。
言葉にしたくない、かたちにしたくない。
どこまでも混沌としていたい。

その果てに残るものが、多分あるのだと思う。



「もう止まった ・・・・・ ありがと。」
「ん。」
この頃、あんまり話さない。
荒れ狂う濁流を、じたばたもがいて、溺れそうになって。
それでも千切れそうな腕を、繋ぎつづけた。
そして覚悟が決まる。

この手は、離れない。



「なに、笑ってる。」
優しく和らぐように、火照りをさます声がする。
髪をかき上げ、覗き込まれる。
「つまんねえ、思いだし笑い。」
「趣味わりいな、お前。」
「どっかで、聞いた。」
「 ったく、減らねえな、口。」
そう言って、又口唇を塞がれる。


りかに包まれる、身体も心も。
りかを包み込む、身体を心を。


「俺たちって、さ。」
「ん?」
「なんなんだろ ?」

今度はりかが面白そうに笑う

「さあな。」
「どう思う。」
「お前の、思う通りじゃねえか?」
「分かんの?」
「分からない。」
首筋に髪が絡む。
「でも、おんなじだろ、多分。」

そうか、違うけど同じなんだ。
多分幾億万のうちの、たった一つの。



りかに出会ってから、初めてだった。
なんでこんなに気になってるんだろう。

好きとか嫌いとかじゃない。

同じじゃないことはよく分かる。
だけど確かめずにはおられない。
好奇心、で片付けてしまえば楽なのだろうけれど。

「今度さ、休み、出かけていい?」
塞がりそうな瞼で、覚束なくりかに呟く。
「 ・・・ん。」
「ちょっと、昔の知り合いと ・・・会う。」

知り合いだったっけ、そんなことを考えながら、
心地よい疲労の中で、眠る。










ストッキングの色を選ぶ。
ホイップクリームみたいな 、柔らかいシルク。
吸いつくような感触を楽しみながら、脹脛にゆっくりと滑らせる。
目には分からないほどに薄い膜を一枚、心にも纏っている。
ざらつきも、疵跡も、全て覆い隠す。

ガーターの金具を爪で、留める。









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