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薄紫のシャドーが揺れる。
象牙色が緩くまとわる。
黄昏の翳が二人を飲み込んで、消えた。




「もう、たにっ。」

三枚目の皿に、流石にいらついた声が飛ぶ。
床に散らばる破片を、焦って拾う。
「おい、怪我するぞ。」
一呼吸早く、親指に赤く血が膨れ上がる。

「あーあ、もういいから今日はあがって。」

ねったんにそう云われても、無理はない。
「あ、ちゃんとドクターんとこで消毒しときなよ。」
「ん、ごめん。そうする。」
生返事で厨房を後にする。

どうかしてる、どうかしてる、どうかしてる。








「ねえ、花を取りかえて。」


眠りから覚めたような声で、JUNKOが呟く。
「もう? だってまだ綺麗だと思うけど、こっちも。」
「いいの、買ってきたのに取りかえて。」
嘆息したような音を漏らし、シャツの袖をまくり立ち上がる。



夏の初めは、特別。

蕾がゆっくりと開いてゆくのを見たいの。
花弁が恥らうように膨らみ、緑の隙間からその色を綻ばせ、
ある瞬間に溢れるように、そのあでやかさを放埓に晒す。
開ききって必死で笑顔を繕う、そんな媚びるような花は見たくない。

ローバックのソファに身体をあずけ、撓るように伸びてみる。
ファブリックのひんやりとしたざらつきは、人の肌よりも心地よい。




「なんか、嬉しいことでもあったの?」
袖をまくったままのゆうひが、手馴れた様子で花を取りかえる。
「その、花は?」
「帰りに捨ててくる。」
「じゃあ、帰って。」

一瞬の躊躇の後、肩をすくめる。
「わかったよ、今ね。
 それから、又、帰るんでいい?」
ドアの閉まる音を聞きながら、淡いセピアの照明に染まる花を眺める。



重ねた手に頬をのせてみる。
好き嫌いが、激しい。
拘りだすと、切りがない。
案外、執念深い。
だからすぐに捨ててしまう、ふりをする。
中途半端は耐えられない、いいきかせる。

おくびにも出すつもりは、ないけれど。





「又、わらってる。」
戻ってきたゆうひが、コルク抜きを探しながら声をかける。
「今日は、少しロシアンブルーに、似てる。」

テーブルにチーズの切れ端を盛った皿をおく。
「なんにする?」
今夜は語感で選んでみる。
「ルブロション。」

ゆうひの長い指から、直に舌で受取る。
食べることはあまり好きじゃない。
原始の本能を、剥き出しで晒すようで。
仕方なく食べさせてもらう、そんなのがいい。




その代わりあなたの本能に、応えてあげる。
仕方なく。
それを分かっている人の皮膚は、嫌いじゃない。

ワインの残る口唇で、触れあう。
ゆうひの肩越しに、あの子が重なる。
いつも最後には、あの写真の残像。



芍薬の蕾が緩んだように、霞む。







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