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  其の五十五










扉の前には、酔いつぶれた衛兵が。
「さあ、お前たちはもう帰れ。」
「では、うまくいきますようお祈りしております。」
アカネがドレスの裾を摘み一礼する。
少し不満そうなチカを引っ張るようにして、後宮への道を走ってゆく。



「ここからは、わたくしが。」
俺はワタル将軍の前をゆく。
「東屋までは見つかるわけには参りませんので、少し歩きにくいかもしれませんが。」
宮廷の森の間を抜けるように、細いくぼみを進む。
「よく、こんな道をご存知ですね。」
「ここは、子供の頃の遊び場でしたから」
「なるほど」
「この道を作ったのは、俺みたいなもんです。」
「そりゃ、知ってるわけだ。」
南国の葉は厚くて大きいから、隠れるにはもってこいだ。
それでもワタル将軍は、背中を丸めてついてくる。


遠くから小さな破裂音が聞こえてくる。
それはたちまち大きな木々を包み込み、灰鼠色の幕となる。
ワタル将軍が、急いでフードを深く被りなおす。
「うわ、まいったなあ。」
「いえ、これならまず誰にも見つかりますまい。」
「そっか、神の思し召しかぁ」

「さあ、もうじきです。お急ぎください。」







俺たちは、約束の小庭に着いた。
雨はいつしかなりを潜め、これはますます神様のご加護、それともりかさまのご人徳、のせいとか考える。
こういうことは、ひたすらポジティブに考えてしまうのが俺の性格なんだよね。
唇に指を当て、鳥の鳴きまねを二回。
片隅の木の陰から、静かにすんなりした影が浮かび上がった。
「りかさま・・・!」
「コム・・・・!」
思わず同時に口をつく。
そして、お二人に同時に指で静かに!って合図を返される。
思わず俺たちは顔を見合わせて、照れたような笑いをしてしまう。
ワタル将軍は、なんとなくなにかが分かったような顔をして、俺の腕を小突いた。



「さあ、コム姫たちはこちらでつかのまの逢瀬をなさる恋人たちになってくださいませ。」
小さな庭の中でも、木々の間でほんのりと月明かりが漏れる場所を、りかさまは指し示す。
「そして、わたくしたちはこちらよ。」
庭の隅の東屋に俺は手を引かれる。


俺がおたおたしてる間に、もうあっちでは二人が固く抱き合ってる。
コム姫は流石プロって感じだけど、ワタル将軍はかなり本気はいってる気がする。

「姫!」
「よかった...もう一度、どうしてももう一度、お逢いしたくて」
「私も..あなたの部屋がどの辺りなのか、捜しておりました。」
「召し使い達の目を盗んで、出てまいりました。すぐに、気付かれてしまうでしょうけれど。」
縋るようにワタル将軍をコム姫が見つめる。
「お許し下さい。あなたをお助けすることができなかった....」
ワタル将軍はなりきってる・・・絶対。
本気としか思えない目だよな、アレ。
「いいえ...あなたの命と引き換えてまで、助かりたいなどとは思いません。
もう、覚悟は出来ております。国の民のため...それが、国王の娘としての務めですもの。」
「姫、それでも、私は...」
「将軍、私は、あなたのお気持ちが分かっただけで、嬉しいのです。
この旅の間中幸せでした。一生、心に温めて、生きてまいります。」
「姫...」
二人唇を重ねる。


「王子様、お口が開いていましてよ。」
「えっ!」
りかさまが音もなく、寄り添うように俺の肩に頭を乗せる。。
「いや、いちおう監視もしておかないと、と思いまして。」
そういうとりかさまは片手をゆらゆらさせながら、
「なんの、監視を?」
「いや、巡回の兵が・・・」
「構わないわ。」
「でも、そうしたらここにいるりかさまも罪に・・・」
「さあ、どうかしら・・・・」
そういってくすくす笑う。
肩に小さな震えが伝わって、くすぐったいけど心地よい。

「ほら、流れ星が見えるわ。」
細い指が天を指す。
「あ、」
呆けたような俺の顔。
「流れ星は願いをかなえてくれるんですって。・・・・・昔、北の国で聞いたことがあるわ。」
少しうっとりしたようなりかさまの眼差しは、雨上がりの夜のひんやりとした静けさに吸い込まれた。



監視はいいと言われてしまい、とりあえず腰でもかけることにした。
マントを軽くはたいて、かけるところを探してうろうろする。
「椅子においておけばいいでしょう。」
いわれるままに椅子において並んで座る。
なんだか久しぶりで緊張する。
昔、後宮にお邪魔した時みたいに。
「どうしたの?王子様。」
「い、いや・・なんかすっごく久しぶりな気がして。」
するとりかさまが、やけに嬉しそうに目をぱっちりひらいた。
「実はわたくしもなの。」
「え。」
「後宮に来てくださっていた頃の雰囲気と、ちょっと似ているわ、今日の王子さま。」
そういわれると、喜んでいいのかな、わかんないけど素直に笑ってみる。
「大好きよ。」
「え?」
いきなりの言葉に、俺は面食らう。
「他の人への王子様の笑顔も素敵で好きだけど。わたくしへの笑顔が一番好き。」
珍しくストレートでいわれて俺は、やっぱり鼓動が跳ね上がる。
なのにできることはというと、ただ間抜けな顔でへらへら笑ってるだけなんだけど。
りかさまはとても自然な仕草で、また俺の肩に頭を預けられる。
りかさまの甘い香りが、鼻腔を刺す。



二人の声が風に乗って聞こえてくる

「さあ、もうお行き下さい。お別れできなくなってしまいます。」
「私は、あなたを離したくない。」
「将軍...」

うんうん、そりゃそうだろうとも。

「逃げましょう。二人で。名も、民も捨てて。」
「逃げる?」
「怖いですか?」

あ、俺もそうするよなきっと、とりかさまを盗み見る。
りかさまは、聞こえているのかいないのか、俺にもたれたままじっとしてる。






「あの、お加減でもお悪いのですか?」
「まあ、どうして?」
「いえ、このところ色々大変でいらしたようですので。」
とろりとした瞳を上げて、俺を覗き込む。
「全然、大変ではなくってよ。」
「・・・え?」
口角が少し上がる。
「だって、わたくしたちの為のことですもの。」
そうなんだ、これてよく考えたら、いや考えなくても、俺たちの為なんだ。
俺がふらふらしてる間、りかさまが計画から、お膳立てまで全てやってくれてたんだよなあ。
「すみません。」
思わず、口をついた。
りかさまの頭は相変わらず、肩の上。
「俺、何にもできなくて。
 祝賀会に浮かれるばっかりで・・」
「いいのよ、王子さまはそれで。」
「でも・・・・!」
開きかけた唇を、人差し指で押さえられる。
「それが王子様のお役割なのですから。」
そして指を離し、至近距離でにっこりと。
「人にはそれぞれ、分、というものがございますわ。」
久しぶりの至近距離、りかさまの甘い香りに包まれたようで、
こんな時だというのに、俺はなんとなくうっとりしてしまう。


雨上がりの、爽やかな冷気を含んだ風が、妙にここちよい。



「ねえ・・・王子さま・・?」
「な・・なんですかっ?」
いきなり呼びかけられ、なんだかひっくり返ったみたいな変な声で答える俺。

「手を重ねて・・・・くださらない?」
「・・・手、ですか?」
「ええ、本当は少し落ち着かないの、わたくしの心。」
お義母様はとてもそうは見えなかった。
お言葉が少しだけ、ほんの少しだけ震えている。
それは風の揺らめきと区別がつかないほどの、ものなのだけれど。
「俺で、よろしければ。」
そういって、お義母さまの華奢な手に手を重ねる。
あの日の砂糖菓子のように、そっと、大切に。
お義母さまの手は驚くほど冷たかった。


静かに、静かに、自分の体温をお義母様に捧げるように手を重ね続ける。
素直に預けられた手の震えは止まり、温かさが戻ってくるようだ。

じっと、言葉もなく寄り添って。
お互いに触れているのは手だけなんだけど。
なんとなく、あの頃を思い出す。
初めてもぐりこんだ後宮の奥の院。
異国の鳥に差し伸べられた、真っ白い手。
この手を俺は、離すことはしまい。
けれども、あの鳥のように飛び立ってしまわれるのではないか。
そんな、愚にもつかぬ思いが微かに頭の片隅で息をする。



「ちょっと・・・・痛いわ。」
お義母さまが含み笑いのような声を漏らす。
「えっ!すみませんっ!」
いつのまにか、俺はしっかりと華奢なその手を握りしめていた。
慌てふためいて解こうとする俺に、
「いいの、このままで。」
また謎めいた笑みをお義母さまは返す。
そして、あの日飛んでいった鳥を眺めていたような目で、
ふわりと夜空を見上げた。


「あなたの手が離れてしまうのが、不意に怖くなったみたいね。」


満天の空を見上げながら、ぽつりと呟く。
そのお義母さまは、後宮の女性中の女性たる第一后とも、宮廷の男顔負けの知恵袋とも違う顔をしていた。
そう、まるで、寄る辺のない怯えた少女のような。
それでいて、自由な天空に憧れる夢見る少女のような。
お義母さまは、自由に光を変える宝石なのか。
それとも、何層もの衣装を纏った魔術師なのか。
正直言って、俺にはやはりわからない。
だけど、そのどれもが俺の愛するお義母さまだってことだけはわかってる。
俺の手に、かすかに握り返される感触が伝わる。
  

「俺の手は・・・離れません。」







月明かりの下では、お伽の世界が紡がれている。

「いいえ...もう死んだも同然の身ですもの。」
「私も、あなたのためなら、命などいらぬ。」
「存じております。あなたが、私の命なのと同じ...」

「そこに、いるのは誰だ!!」
突然、光と共に衛兵の野太い声が割って入る。
同時にそれはぐるりと周り、俺たちの前で静止した。





「王子さま・・・!と、りかさまっ・・・・?!」














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