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其の五十四
「表の様子が整うまで、今しばらくお待ちいただけますか?」
取りあえず、納得したらしいワタル将軍に話しかける。
俺たちは椅子に向かい合って座りこむ。
なにを話していいのやら、恐らくワタルも困っているのだろう。
なんとなく気詰まりな空気が漂い出す。
なんとなく目を合わせないような、それでいて逸らさないような顔で座り続ける。
「王子様、お酒はお嫌いですか?」
思い切ったように、ワタルが口を開く。
「いや・・・どっちかっていうと・・」
「そりゃよかった。」
最後まで言う前に遮って、彼は立ち上がる。
「ここは結構いい酒が置いてあるんですよ。」
すたすたと戸棚に歩み寄る。
「好きに飲んでいい、っていわれたんですが、俺一人じゃ飲みきれないくらい置いてあって。」
いや、そりゃあ捕虜一人で飲みきるだろうなんて誰も思ってないだろうに。
面白いこという人だなあとか思っていたら、さっさと酒瓶を掴んで戻ってくる。
「勿体ねえなって思ってたし、一人で飲むより二人のほうがいいでしょう。」
杯を置いて並々と注いで、こちらに勧める。
そこで、気がついたように首をかしげる。
「あ。もしかして酒は弱いとか。」
いや、なんか、そういうことって勧める前に聞くことじゃないのかな。
彼の勢いに呆気に取られていた俺は、つい笑いが漏れる。
「いや・・・今迄弱いといわれた事はありません。」
ワタルは嬉しそうに杯を持ち上げて、
「奇遇ですね、実は、俺もなんですよ。」
そう言って、いきなり飲み干した。
なんだか豪快なその飲み方に、俺も嬉しくなり杯を開ける。
「いい飲みっぷりですね。王子らしからぬ。」
彼は今さっきの気詰まりな様子から、打って変わっていきなり打ち解けて注ぎ足してくれる。
いかにも男っぽい飲み方で、こういう人は嫌いじゃない。
「あ、俺失礼ですね。
王子さまなのに・・・」
又も、気がついたように首をかしげ直す。
思わず俺は噴出してしまう。
「酒を飲むのに、王子も何もありませんよ。」
見かけ通り酒に強いワタルは、本当に顔色一つ変えず杯を重ねる。
他人とこんな風に酒を酌み交わすことは、実は俺には初めてだったりする。
変な計算や勘ぐりとか無しで飲む酒が、こんなに美味しいのだと初めてわかった。
重いと思っていた彼の口は滑らかになり、なんだかんだと話し始める。
「どんな酷い牢屋に閉じ込められるのか、って覚悟してましたよ。」
ぐるりと部屋を見回して言う。
「いや、卑しくも一国の将軍をお迎えするのですから。」
「そんなこといわれると、こそばゆくなりますね。」
話が過ぎないように、人差し指を口元に持っていく。
「あ、いっけねえ。
酒飲むと、つい気が緩んで口が軽くなっちまう。」
ついさっきまでの美丈夫とは思えない人懐こい笑顔が返ってくる。
「じゃあ、話を変えてっと・・・ええっと、こちらの国は皆さんお美しい方ばかりですよね。」
なんでいきなりそういう話になるんだろう。
でも、俺もなんだか楽しくなって口元が綻ぶ。
「いや、王子様笑ってますけど本当にそう思いましたよ、俺。」
やけに真剣に主張し始める。
「後宮のお姫様とかしか見て無いからかなあ・・・・りかさまとか。」
そりゃあ、そうだろうと思わず俺も頷いた。
「その上、頭も切れる、ってなったらもう男の立つ瀬がありませんって。」
全くもって同感の俺は、ひたすら頷くばかり。
いや、立つ瀬は兎も角としてだ。
「俺も色々な国を回りましたけれど、なかなかいませんよあれだけの方は。」
「そうでしょう、りかさまは後宮でも比べる者のいないお方ですから。」
「女官たちも、上玉揃いで。」
なんだか妙に嬉しそうに話し続ける。
一応王子らしく節度ある態度はしておこうと、俺は答える。
「周りの女官たちも、選りすぐりの者ばかりですから。」
「王子様も、ああいう女たちに囲まれてたらこの世の女ってみんなああいう上玉ばっかだと思っちゃってませんか?」
いきなり話の方向が、俺に向けられる。
かといって、どう答えていいのやらという言葉に俺は曖昧に笑ってみせる。
「うーん、やっぱりそうですよね。
でも、まあ、それでいいのか。」
なんか勝手に納得しながら、また杯を開ける。
そろそろ酒瓶が空になりそうだ。
「いい、って何がですか?」
なんとなく俺はひっかかって聞いてみる。
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、ワタルは面白そうにこっちを見る。
「いや、だって、王子様はおそらくは大王様の決められたいいお姫様と結婚なさるわけでしょう。
だから、ああいう女たちばかりだと思って過ごした方が人生幸せだなあ、って。」
彼は酒で饒舌になっているのだろう、そして俺もいささか饒舌になっていた。
「いや、そうとは限らないでしょう。」
「限らないって?」
何を言い出したんだ?という顔でこちらを見る。
「決められた姫と結婚するか、とかそれが幸せか、とかは。」
「いや、だって・・・これだけのお国の王子様なわけですし。
きっとそれなりの、素晴らしいお妃をお迎えになられるでしょうし。」
「でも、それは、決められることではない、とも思いませんか?」
きょとんとした顔をされたのに、ついそこで続けてしまう。
「自分の生涯の相手を見つけること一つできない者が、国の舵をとれるのですか?
人一人見極められずに、国民の行く末を見つけることができるのですか?」
ああ、なんか自分で熱くなってきているのが分かる。
ワタルはというと、杯を口につけたままこちらを上目でみている。
口の端が上がっているのが、見て取れる。
この青二才が、とか思われてるのかな、思われてもしょうがないよな。
こういうとこ、俺の悪い癖だとは分かっちゃいるんだけど。
「俺は国がどうこうとか分からないし、知ろうとも思わないですけどね。」
ああ、そりゃそうだよな。
なに方向違いのこと言ってたんだよ、と少し頭が冷える。
「でも、確かに生涯の相手は自分で選びたいわな。」
ワタルがいきなり頷き出す。
「いや、そりゃあすっげえ上玉を選んでくれるとは思うけど・・・
でも、やっぱし、自分で選ばないと納得は出来ませんよね。」
なんか勝手に納得してる感もあるけれど、
少なくとも、俺の言葉に呆れてはいないらしい。
「と、思います。」
「いや、そりゃあね、俺の・・・にしたって、ハタからみたらどう見えるかわからんけど。
いや、少なくともいい女ではあるけどさ。」
ええっと、いきなり今度は自分の話らしい。
多分、あの姫のことだよな。
「でもね、どっかからこれにしろ、って連れてこられたんだったらやっぱ違ったと思うしなあ。
てか、どっちかというと、あれだけはやめとけとか無理だとか散々に言われたんすよ、俺。」
いきなり情け無さそうに頭をかく。
いっぱしの大人に向かってなんだけど、なんかやんちゃ坊主みたいで笑ってしまった。
「あ、すみません。」
「いや、いいんすよ、笑われても。
それでも、やっぱり惚れてんですよね。
あいつも色々あって、もう生きていてもしょうがないかなーってとこまで行きかけたことだってあるし。
それでも、どうしても離れられなくて、ってくらい惚れこんでるからこうやって一緒にやっていけてるんですよ。」
ワタルは空をみるようにして、彼女のことを語る。
何があったのか、何を乗り越えてきたのかはわからないけれど、
きっと生涯取った手は離さないのだろうな、と思わせる響きがある声だった。
「っていうか、こんな下賤の色恋の話されても困りますよね、すみません。」
我に返ったように、照れくさそうに笑う。
「そんなことはありません。
そんな人を見つけられて添うことができた、というのは素晴らしいことだと思います。」
本当にそう思ったからこそ、伝えたいと思った。
ワタルは少しきょとんとした顔になって頭をかいた。
「いや、すみません。
王子様だってこと、忘れちまってたのかな、俺。」
えらく申し訳なさそうに、頭を下げる。
なんだか謝られてるらしいけど、心当たりのない俺は慌てて答える。
「いや、別に謝られるってことじゃないでしょう。
なんか変なこと言いましたか?俺」
するとワタルも慌てたように、
「いや、そういうわけじゃなくって。
ただ、やっぱり上品だよなあって。」
なんか、彼なりに気を使ってくれていりようだけど、分かりにくい。
おべっかとかではないらしいことは分かるけど。
「それは気取っているように聞こえた、ということですか?」
そんなつもりじゃなかっただけに、俺は慌てて尋ねてみる。
「え・・・いや、そんなつもりじゃなくて。
ああ、なんか調度いい言葉が浮かばないですよ、俺、学無いし。」
困ったように、又頭をかく。
この人は言葉をあんまりくるめないのかもしれない。
俺もそういうの、あんまり得意じゃなくっていつもコウ先生にしかられてた。
だからってわけじゃないけど、彼の話は聞きやすい。
「ほら、なんていうか・・・
どっか浮世離れしてますよね。」
「え?」
「あっ、いやっ!・・・・・すみません。」
ワタルは大きな身体を小さくして、頭を下げる。
その恐縮した様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「俺、そんなに地に足がついていませんか?」
「いや、そういうわけじゃなくって。」
彼なりに、なにか一生懸命伝えようとしてくれているのが分かる。
そういうのってなんだか嬉しくなってしまう。
「じゃあ、どういう・・・?」
「ええっと、なんていうか、失礼にならないように話すってのは難しいですね。」
「そんなこと、気にしなくていいですよ。
酒の席ですから。」
そう言いつつ、杯を上げて片目を瞑る。
「じゃあ、俺、口が悪いんで勘弁してくださいよ?」
「気にしないでください、そんな事。」
「いや、なんていうか・・・
王子様、すげえきちんと話してくれるじゃないですか、俺とか相手の与太話でも。」
「そう・・・・ですか?」
「いや、女の話とかになってもさ、上品で。
なんか、王子様ってきっと上品なものだけを見てきたんだろうな、って思っちまってたわけで。」
考えながら話しているのか、口調が心持遅くなる。
意味を掴みかねている俺は、曖昧に笑って首をかしげる。
「どういう因果か知りませんが、この計画にたまたま乗っていらっしゃるけど。
だからってやっぱり王子は王子なわけで、いいモンや上品なモンだけに囲まれて立派な王様になるんだろうなって思ってて。」
そう思われてもしかたない。
自分だってそういうものだと思ってきた。
だけど今、これはあまりいいことじゃ無い気がする。
「それは・・・・・よいことなのでしょうか・・・?」
変に生真面目な口調になっていることが、自分でも分かる。
「え?」
「あなたの言うように、よいものや上品なものだけしか見ないで王になることは、果たしてよいことなのでしょうか?」
「え・・・そ、そりゃあ、人間いい目だけで生きていけるなら、そんなにいい事はないわけで・・・」
「けれど、そういう・・・いい目だけでなく生きてこられたのでしょう?あなたは?」
「えっ・・そりゃあまあ。碌でもない目には散々あってきましたよ。
でもってこの体たらくですから。」
「けれど、あなたは俺が多分一生かかっても知らないことを知っていると思いますよ。」
なんだか自分でも絡んでいるだけのように思えるけど、きちんと言わなきゃいけない気がする。
この人とは今初めて話しているんだけど、あんまり誤解されたくないという気が起こる。
「いや、そりゃあ色々つまんないことは知ってますけど。
だけど王子様みたく立派な学はないですから、お話になりませんよ。」
「知識に立派もそうでないもありませんよ。
本当に知るべきことを、たくさん置き去りにしているのかもしれません、俺は。」
ちょっと言い過ぎたかな。
ワタルは背もたれによりかかり、目を閉じて人差し指で額を打っている。
「なにか可笑しなことをいいましたか?俺。」
彼は指の動きを止め、こちらを向いてにやりと笑う。
「いや、なんか面白い王子様ですよね。あなた様は。」
「面白い?」
「うん、最初はね・・・あ、すみません、多分俺失礼ですから無礼講ってことで。」
一人で勝手に頷いて、話し続ける。
「最初は、いわゆる温室育ちの、それもとびっきりの温室の中の王子様って感じがしたんですよ。」
でもって、この騒動も物珍しさでかかわっていらっしゃるのかなあ、って。」
やっぱり、そう思われても仕方ないよな。
俺ってやっぱし不甲斐ないし、頷くしかないや。
「あ、いや、別にそれを言いたいんじゃなくて。」
俺の情けなさそうな顔に気がついて、慌てて彼は手を振った。
「・・・いや、もちろん立派な温室で育たられたんですけど・・・・その割りに結構骨がありそうで。
なんか難しいことは俺わかんないけど・・・なんて言ったらいいか。」
そういって一つ呼吸をおいて、彼は笑った。
「こんな時でなければね、一緒にくたばるまで酒飲んでみたいなって思いますよ。」
「奇遇ですね・・・・実は、俺もです。」
小さく扉を叩く音がした。
さあ、出かけなければ。
胸がほんの少しだけど、熱い。
ワタルと目を見合わせて、頷きあう。
俺たちはそれぞれに、マントを手に立ち上がった。
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