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其の五十三
う・・・・・、眩しい。
って、もう朝だよ!
寝台から飛び出して、俺は焦って身支度を整える。
あんまし寝てないはずなのに、なぜか清々しい気分になってる。
そうなんだよな、俺って眠ればなんとなく立ち直っちゃうところがある。
その辺り単純なんだけど、今朝ばかりはこの性格に感謝かな。
上着を羽織って、サッシュを巻いて。
鏡で頭を整えて。
落ち込んでてもしょうがない。
お義母さまは俺を選んでくれてんだ。
今がこうでも、いつかはお義母さまにふさわしくなれるよう。
めげてる暇あったら前向かないと。
鏡にむかってこぶしを突き出す。
鏡の向こうの俺が、頑張れって言ってる。
「遅くなり、失礼いたしました。」
大王に挨拶もそこそこに、俺は俺の仕事を始める。
コウ先生が連れてくる色んな国の大臣やら、勿論沢山のお姫様。
笑顔を絶やさず、威厳も絶やさず。
それでいて感じよく、差し障りなく。
品のいい会釈、柔らかな相槌、あくまでも興味深げに相手をそらさずに。
宴っつっても、やっぱりどこまでも仕事になっちまう。
国を司るってのはそういうことなんだよな。
民の上に立つってことは、その分自分を抑えなきゃいけないってことだよな。
父上を横目で見ながら、しみじみ思う。
大王の傍らに侍るお妃の中で、今日も一際お義母さまは美しい。
金の薄物は身体の線が見えそうで、見えなくて。
髪に編みこんだ細い金の鎖が、笑われる度に光を弾く。
「王子さま・・?」
コウ先生が肘を突く。
お義母さまをみるだけで、こうも簡単に我を忘れてしまうようじゃまだまだだ。
それからは出来るだけお義母さまは見ないようにして。
足が棒になるほど立ちっぱなし。
顔が引きつるくらい微笑みまくって。
とりあえず何人くらいの姫と踊ったんだか。
俺は呆れるほどににこやかな王子ってやつをやり続けた。
「本日はご苦労様でございました。」
コウ先生が満足げに頷く。
俺は頑張りすぎて、流石に頭がぼうっとしてきてる。
後先があんまり考えられないのが欠点だと、自分でもそう思う。
「こ・・・これで、終わり?」
「はい、皆様満足しておられたご様子。
これならばどこに出しても恥ずかしくないように・・・」
「じゃ、俺帰るわ。」
何か話しかけてる先生を遮って、片手を上げて帰る合図をする。
広間を出る時、ちらりとこちらに目を流すお義母さま。
ご心配なく、お義母さま。
俺は軽く片目をつぶってみたりする。
部屋に帰ると夕食が届けられていた。
そういや、酒は飲んだけど食い物は入れてないことに気がついた。
大急ぎでかっこんで、これからの身支度を始める。
あまり目立たぬように、それでいて砕けすぎないように。
濃紺の上着に黒いサッシュを巻いて。
金の指輪を通した鎖を、そっと上着の下に入れる。
それから程なく、扉が小さく叩かれる。
「・・・王子さま?」
急いで開けると、マントを被った女官の子が二人ランプと水差しを手に立っていた。
「ご準備はできまして?」
いささか緊張しながらも、冒険への期待に二人とも頬が紅潮している。
「ああ。
君たちが手伝ってくれるの?」
二人が顔を見合わせて微笑んで頷く。
「りかさまの女官のチカですわ。
あ、こちらはアカネ。」
昨日の子がてきぱきと話す。
「えっと、本当はユウヒが行くって言ってたんですけど。
このお役目にはユウヒは愛想が足りないから、ってりかさまが。」
「チカ、余計な長話はよしなさい。」
アカネが諌め、チカは舌をぺろりと出す。
「んもう、はしたないわね。」
「でも、あたしたちの方が向いてるってりかさまは仰ったもん。」
確かにこの役目はこういう子たちの方がいい。
無邪気な笑顔に、衛兵たちも気を許すに違いない。
マントをひっかけて、明かりを手に大きく深呼吸。
「じゃあ、行こうか。」
宴の棟を通り過ぎ、ひっそりと寂れた塔に向かう。
「あっ、王子さま!」
扉を守る衛兵が、驚いたように言う。
「どうかなさいましたか?
こんなお時間に。」
さあ、ここからはうまくやらないと。
俺は眉間に皺を寄せ、思い切り難しい顔をする。
「いや、今日の宴でいささか気になることがあったので、
早急にここに捕らえられている者を調べるよう、父上のご命令だ。」
「はっ、では大王さまにご確認を。」
いや、それはまずいんだよ。
だけど少しも動じた風はみせないで。
「いや、今日は父上もいささかお疲れで早くにお寝みだ。
だからこそわたしが来たのだが・・・」
衛兵はどうしようかというように顔を見合わせる。
「お前たちも宴の間の勤めご苦労であった。
わたしが取り調べる間、褒美に酒でも飲んでいるがよかろう。」
我ながら笑い出しそうに、父上の口調を真似てみた。
両脇からチカとアカネが満面の笑みを浮かべて杯を差し出す。
そりゃあ、企みなんかこれっぽっちもなさそうな笑顔で。
衛兵たちはまんざらでもない顔になる。
「では、入るぞ。」
湿った音をして、扉が閉じる。
ここは、いわゆる軟禁用の部屋、っていうのかな。
あんまり雑には扱えない者を置いておく為の処のはず。
地下牢とか、もっとやばいのとかもあることはあるけれど、
まだ俺はそこらへんには触れさせてもらえない。
この部屋に入るのも、実は始めてなんだ。
政のそういう部分はまだ見せられない、と思われているんだろう。
王位継承者としては、まだ半人前ってことなんだろうなあ。
この部屋は、一見普通の客間と変わらない。
びろうど張りの家具、天蓋付の寝台。
だけど、窓は高い位置に一つだけ。
もちろん格子が入ってる。
なにより、このどことなく黴臭く湿った空気が普通の部屋では無いことを物語る。
「あなたは・・・」
中央のソファで美丈夫が立ち上がる。
精悍な顔ながら、流石に疲れが浮き上がってる。
この部屋に通されるくらいだから、酷いことはされていないのだろうけれど。
「ワタル将軍、長いことお待たせして申し訳ございません。」
長身の男は、ひどく面食らった様子で立っている。
あ、一応自己紹介位するべきかな?
扉の外はもうしばらくかかるだろうし。
「ええっと、申し遅れましてすみません。
俺は・・・」
あわてて彼が遮る。
「いえ、あなた様がどなたかは重々存じております、タニ王子。」
「あ、そういえばそうですよね。」
そうだよ、この人が引かれてきた時、俺そこにいたじゃん。
今更自己紹介もなにもないんだよな、とか考えていると彼が困ったように切り出した。
「ええと、処であなた様はどうしてこちらへ?」
「どうしてって・・・や、その・・」
「わたくしは今夜は拠所ない事情がございまして、どうか一人にして頂きたい。」
そう言って、俺を扉に押しやろうとする。
「ちょ・・・ちょっと!」
「ご無礼、お許しください。」
おいおい、話が通ってるんじゃなかったのか?
お義母さま、どうなってるの?
とそこで、お義母さまの名前をひとつも出していないことに気がついた。
「いや!ですから、俺がその拠所ない事情ですから!!」
え、という顔でワタルが止まる。
そしてしげしげと俺の顔を見直す。
「でも・・・あなたは、確かに王子様ですよね。」
「ええ。
そしてりか様に言われて参りました。」
今度はワタルがこんがらがった顔になった。
「え?」
「ですから!俺は今夜あなたを・・・!!」
慌てて手で口を塞がれる。
「しっ!声が表に・・」
ああ、そりゃそうだ。
俺はわかったというように頷いて、手を外してもらう。
「ええと、ということはあなた様はりか様の命を受けて?」
「はい。」
俺は全く当たり前に返事をした。
「でも、あなた様はタニ王子ですよね?」
なんだか堂々巡りを繰り返してるみたいだ。
なんで分かりきったことばかり、と俺は少し苛ついてきた。
「正真正銘のタニ王子ですが。」
ワタルはいよいよ分からない、という顔で尋ねる。
「何故、あなた様が・・・?」
「何故って・・・!」
そこで俺ははたと気がついた。
もしかして・・・
いや、もしかしなくても、俺とりか様はお義母さまと義理の息子じゃん。
でもって、俺はどっからどう見ても親父側の人間で。
ついでに言うと、ワタルにとって俺は万が一にもりか様と情を通じてるなんてありえない人間で。
俺ってば、思い切り浮かれててその辺り全く気がついていなかったらしい。
粋がってる割に全然駄目じゃん、俺。
仁王立ちで、口を尖がらせて喋ってる自分がいきなり幼く思える。
息を吸って自分を落ち着かせ、とりあえずお互いソファに座る。
「説明が行き届かず、失礼致しました。
俺は、今回りか様のお手伝いをさせて頂いている、ってことです。」
「は、はあ・・」
ワタルはまだ、信じてよいものやら逡巡している顔をしている。
「ええと、あなた様がですか・・・?」
又同じようなことを言う、この人は結構頭が固いのかもしれない。
いや、人の事は言えないけどさ。
どう説明したらいいんだろう。
ここで俺とお義母さまは!とか言うのもなんだし。
何よりも、さっきまでのガキ臭い態度見てるわけだから、
俺がお義母さまの相手とか言っても、信じてもらえない気がしてきた。
こういう面倒臭い説明、俺苦手なんだよね。
仕方ない、当たって砕けろだ。
「はい、ともかく俺のこと信じてもらえませんか?」
ワタルはじっと俺の目を見つめてる。
俺もなんだか逸らしたら負け、のような気がして見つめ返した。
すると彼が、ふっと笑った。
「分かりました。
あなた様の瞳には邪の影がございませんゆえ。」
俺もやっと肩の力が抜けた。
これでなんとかお義母さまの仰る通りにできそうだ。
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