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其の五十二
ぼやけた頭で来た道を戻る。
夜風に木々の葉がさわさわ鳴る。
やっと涼しくなってきた風が頬をかすめる。
いっちょまえに嫉妬なんかしてる場合じゃないことはわかってる。
てか、そんな気分のままで明日もいるわけにはいかない。
そうなんだよ、今は大事な宴の真っ最中だろ。
これがうまくいかないと、俺だってまずいんだよ。
ぶつくさ考えながら、石を蹴っ飛ばす。
「あ・・・」
門の前に、白い影がぼうっと浮かんでいる。
「君は。」
それはお義母様の女官の一人。
あの日俺に道を教えてくれた女の子。
マントをかぶり、ほっとした顔で膝を折る。
「お久しぶりです。
チカでございますわ、王子さま。」
「覚えてるよ、どうしたの?いきなり。」
きょろきょろと辺りを見回し、チカは芝居がかった仕草で耳打ちする。
「りか様からのご伝言をお伝えにまいりました。
御内密にとのことですので、人目につきたくないのですが・・・」
なんだかすごく緊張して、声を潜めて。
おれも緊張が伝染してしまったようで、一緒に声を潜める。
「うん、じゃあ俺の部屋へ。」
それは宴の後のこと。
りかさまも流石にお疲れになったように、長椅子に横たわれる。
わたしはアカネと香油をたらしたお湯を運び、
りかさまのおみ足をほぐして差し上げる。
「そろそろ王子さまにお伝えしておかないと・・・」
りかさまが眉根を寄せて呟かれる。
「何をですか?」
「チカ、差し出がましい口を聞くものではないわ。」
アカネにいつものように諌められる。
「だって、今度のことはわたしだってお手伝いさせて頂いてるもん。」
「いいかげんになさい。」
御髪を梳いているユウヒが溜息混じりに言う。
「ああ、いいのよ、あなたたち。」
言い争いになりそうなわたしたちに、りかさまは手を振る。
「そうね・・・・今わたくしが出向くわけにはいかないから・・・」
りかさまは少し考えるように言葉をとぎらせる。
「誰かに伝えてもらわないといけないわ。」
「なぜ、今頃にお伝えするのでございますか?」
ユウヒが珍しく、りかさまに問いかける。
「それはね、あの方は真っ直ぐでいらっしゃるから。
最初から筋書きをご存知では、きっとお顔に出てしまったことでしょう。」
そう言って面白そうに微笑まれる。
「たしかにあの王子さまですと、そういう感じかもしれませんね。」
アカネが静かに賛同する。
ユウヒさえも、小さく微笑んでいる。
「それに・・・・・
いくら方策とはいえ、愛を手段で使うということをどう思われるか・・・・」
りかさまはぽつりと言葉を濁して、又微笑まれる。
あんな素敵な王子様と、りかさまはお幸せなはずなのに。
ううん、正確にはお幸せになるはずなのに。
この頃時々、こんな風な微笑をされる。
そのお気持ちは、わたしには全然わからないのだけど。
「ええと、そうね・・・・誰にお願いしようかしら。」
「はいっ!りかさま!!
わたしが!!」
そんなりかさまのお力に少しでもなりたかったのだもの。
「チカ・・・あなたみたいなおっちょこちょいは・・・・」
またアカネが口を挟む。
「大丈夫だもん!
今度のことは初めからわたし知ってるもん!
だからちゃんとお伝えできるわ。」
心配そうなアカネとユウヒの目を無視して、りかさまに向き直る。
「そうね、今度のことはチカの力添えなしには出来なかったわ。」
「ほら!」
「じゃあ、お願いしようかしら・・・・・」
「はいっ!」
そしてわたしはりかさまのお話を一生懸命伺って、王子様のお部屋に赴いた。
「・・・・・という計画なのでございます。」
わたしはやっと話を終え、置かれたお茶をごくごくっと飲み干す。
一気にまくし立てたので、すっかり喉が渇いてしまったみたい。
王子様は長い足を組まれて、感心したようにうなずいていらっしゃる。
やっぱり見とれてしまう。
恋とか愛とかはお話の中でしかわからないけれど。
この王子様はそういうお話に住んでいるくらい、素敵。
りかさまとだともっと素敵なんだから、早くお幸せになればいいのに。
「そっか、俺もなんか訳ありかな、とは思ったんだけど。」
「ええ、でもりかさまが最初から王子さまにお教えするのはおやめになった方がいいって・・・」
「え?」
王子さまが怪訝そうに聞き返す。
わたしってば、余計なこと言っちゃったみたい。
ああ、またアカネに怒られるわ。
「どうして?」
王子様が不思議そうな顔でわたしの顔をのぞかれる。
「え・・・と・・・・・・・・・いえ・・別に・・」
王子様は目を逸らしてくださらない。
真っ直ぐな瞳がじっとこちらを向いている。
わたしは胸がきゅんとして、しらんぷりなんてできなくなってしまう。
「あの・・・・王子様は真っ直ぐな方だから。
最初からご存知ではお顔に出てしまわれるかもしれないって。」
ちょっとだけ王子様は目を落とされる。
そして、こちらに向けてゆっくりと微笑まれた。
「そうか・・・知らせてくれてありがとう。
俺ちゃんとやりますから、心配ご無用ですよってお義母様にお伝えしてくれるかな。」
そのやさしい眼差しに、わたしはお役目をはたした嬉しさで一杯になる。
「はい、もちろんでございます。」
チカという子が、慌しく帰ってゆく。
俺は寝床に横になって、俺の役割をゆっくりと頭に刻み付ける。
ああ、やっぱりお義母様はすげえや、とか単純に感動してる。
先生のことも、俺たちのこともまとめてうまくいくように。
お父上の性格がよく分かっていらっしゃる。
そして、俺のこともよくご覧になっていらっしゃる。
顔に出ちまう・・・か。
やっぱり単純だと思われても仕方ないよなあ。
拳を額に当てて考える。
思わず溜息が洩れる。
せめて、単純なりにちゃんとやらないと。
これは俺だけの問題じゃないことだもんな。
余計なことに気をとられてる場合じゃない。
首にかけた細い金の鎖には、お義母様の指輪が通してある。
どうか、うまくいきますように。
両手でそれを押し抱くようにして、祈るように口付ける。
窓の向こうの木々の鳴る音を聞きながら。
お義母様の息遣いを感じながら。
俺は浅い眠りについた。
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