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其の四十九
大王様はいつになく饒舌で、わたしたちは軽やかにフロアを滑りながら、
言葉を交わし続ける。
「私は、女が物を考え私とまともに言葉を交わすことが出来るなどと、
思ってもいなかった・・・・・などというと又お叱りを受けるかな?」
微笑みは崩れることなく、それは優しげなものとすら思えそうで。
「本当に?」
わたしは素直に驚いてみせる。
「亡くなった私の第一夫人も第二夫人も、ただ微笑むか、泣くだけだった。」
この方の周りには、そのような女性たちがあたりまえだったのだ。
文化も倫理も異なる価値でつくりあげられた人々の世界。
わたしは声高に言うべき事ではない事を、
無神経にも言ってしまっていたのかもしれない
「まあ、・・・・・ですけれど・・・・・・
お妃様方を愛していらっしゃるのでございましょう?」
ああ、それでもわたしはこの方に愛をわかって欲しいと思ってしまう。
「愛・・・それは、あなた方の国の考え方かもしれん。
それぞれに慈悲はかけるが。」
このお方のお顔は思った通り、不思議そうな。
まるで幼子が、初めて言葉を聞いたかとでもいうような。
「お寂しいこと
・・・・・胸を焦がすように唯ひとりを求めることは、ございませんの?」
言葉がわからないことに、悲しみよりも苛立ちを感じるのは、
わたしがこの方の腕のなかにいるから?
「私が求めずとも、常に手を伸ばせばそこにおる。」
なにを当然のことをとでも言うように、さらりと言ってのける大王様。
先ほどの騎士の瞳が、目に浮かぶ。
「あの姫も、そのような国王様の気まぐれのお相手を?」
口調が強くなったぶんに、王の眉が上がる。
「口が過ぎはしないか?」
「これは、御無礼を。」
ああ、これではいつもの繰り返しになってしまう。
わたしは大きく息を三回ほど吸って、
「私は、唯ひとりの人に、唯私だけを、愛していただきたいと思います。」
そしてわたしの瞳はこの方から離れられない。
「お義母さま?」
急にりかさまが黙り込んでしまわれた。
軽やかな身のこなしは変わらずに、
だけどどこか遠くを見るような眼差しへ。
りかさまは華やかで美しく、
だけどその下にそっと隠れているものがある。
多分とても脆くて、傷つきやすくて、
だけど表面に現れている美しさよりももっともっと美しいもの。
注意深くりかさまがその息遣いの下に隠しているもの。
俺はそれを感じることはできても、どうしても掴めない。
恐らくいままでの人々も、それを得ることはできなかったのだろう。
たとえ父上でも。
だけど俺は、それもひっくるめてりかさまが欲しいんだ。
声を潜めて呼んでみる。
「りか・・・さま。」
りかさまは、不意に夢から覚めたような眼差しで、こちらに瞳を回す。
「あら・・・わたくし、目を開けたまま眠ってしまていたのかしら。」
「そうですね、わたくしの腕の中で。」
「まあ。」
そして、低くまろやかな笑い声。
わたくしを真っ直ぐ見つめる瞳。
あなたはまだ王子の身。
後宮の后を、どうやってむかえるというの。
あなたの御身分を、父上様を、国を、人々を、
全てと引き換えにすることなど、それこそが幻想なのでは。
わたくしはこのままで、
あなたがいつか立派な一国の王となったその時に静かに退く。
それが分別のある、処世の術というものではないのかしら。
幻想を現実にするなどと、できる者などいるはずないのに。
まだ柔らかさの残るあなたの掌、
その温かさに今は包まれよう。
大王様の目が、わたしから上がる。
「先生の国のこのダンスと一緒だな。踊る時は一対一。」
わたしは重ねあう両の手を見つめる。
「はい、唯ひとりの方と。
一対一、見つめ合って踊ります。」
そして、わたしたちは視線をませる。
腰に回された腕が温かい。
裾がこんなに軽やかに回るのはなぜなのかしら。
「・・・・残って欲しいと言ったら?」
息が止まるようなお言葉。
わたしは目を見開いて、言葉を探す。
だけど、見つかる言葉は身を切られるように辛いもの。
「どうぞ、ご理解下さいませ。
わたしは・・・・大勢の一人にはなれません・・・・」
「唯一人の人か・・・・」
この方は覚えていてくださった。
わたしが怒りに任せて、投げかけた言葉を。
そしてわたしは魔法にかかったように、心から言葉が零れてしまった。
「大王様が私の、唯ひとりの人であるように。」
大王様の驚いたような眼差し。
いいえ、戯れの軽口と思っていらっしゃることでしょう。
この方の口が開きかけた。
曲が終わりを告げる。
わたしは裾を折ってお辞儀を返し、振り切るように人の波に逃げ込んだ。
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