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其の四十七
謁見と祝いの品々の列は、まだ途切れない。
にこやかに、時には鋭い父上を俺は眺めつづけた。
これが、父上が今まで成し遂げてきたことなのだ。
広がる領土、集められる富。
そして俺はいつかこれらを、この国の為にどの位生かせるのだろう。
今更ながら、父の精力的な活動振りに驚かされる。
だからこそ政略結婚を望むお気持ちも、わからないでもない。
でも、そこだけは譲れないんだよな。
ごめんね、父上、俺は俺のやり方で、
いつの日かこの国を引っ張っていけるようになるから。
柄にも無くしんみりしながら、にこやかに父の横で会釈を返しつづけた。
この方は、言葉だけでなくそれを精神力で乗り越えて成し遂げてきたお方。
この果ての無い謁見の列を見ていれば、
わたしにも嫌というほどそれがわかる。
そして、この強さと頑なさの下にあるものに触れてみたい、などと、
わたしは随分と大それた思いを擁いてしまった、それだけのこと。
大王さまの後ろにお控えになられている、煌びやかなお姫様たち。
あの方のお好みは、あのような従順でたおやかな女性たち。
じゃじゃ馬のわたしなんかお呼びでもなくて、
わたしは歯向かっては勝手に失望してばかり。
空回りするばかりの運命の歯車ならば、もうわたしは逃げ出そう。
そう、故郷を捨てたあの時のように。
ぶん先生は俺の横で、心なしか青ざめたような面差しで。
ともかくこの宴だけは残ってもらわないと。
そうしたらなにもかも上手くいくという、お義母さまのお言葉なんだから。
鈍い俺でも先生が父上に、心引かれているのは分からない事も無い。
だったらそこで素直に丸く治めたら、という訳にもいかないんだろうなあ。
と、ちょっと前の俺なら考えもつかないような思いが浮かんでくる。
それも、父の後方に控えているあの美しい方のお蔭。
ちらりと飛びそうになる視線を必死で押さえる。
今は、公務の最中なのだから。
りか様はまるで見えていないかのように、見事なまでの横顔で。
「では、大広間へ。」
大王の声とともに、ぞろぞろと俺たちは部屋を後にする。
ほんの少し、わかるかわからないかほどだけど、
りか様の口の端がこちらに向かい上がる。
生真面目に俺は敬礼して送り出す。
貢物のあの姫も、従者や后たちに囲まれて、ともに大広間へ。
流れるような優美な動きで、先ほどの将軍に視線を流す。
魂が吸い取られたように、彼はその場に立ち尽くし、
それを目の端に止めてしまったぶんの胸の切なさは、
自らのそれとどこか似ていた。
一瞬の眼差しにすら、思いは溢れてしまう。
わたしもそんな目をしているのだろう。
自らの身に代えてとまで仰るほどに愛する人なのに、
何故こうも入り組んでしまうのか。
彼は国の為に身を引いて、
そしてわたしは何の為に、この身を引くのかしら。
それはわたしを守る為、自分の弱さを目の当たりにした為、
そう、逃げ出すことなのだと本当はわかっているのだけれど。
苦い微笑が湧き上がってくる。
わたしは自らで決めたはず。
あのお方から離れようと。
ゆるゆるといつに無く重いドレスのすそを摘み、大広間へと足を向ける。
賑わしい楽器の調べ、華やかな踊り子たち。
芳しい花が幾万と飾られて、
俺は気が気ではない。
先生はまだ来ないってのに、なんだか踊りに引っ張り出される。
社交辞令だと思ってにこやかに、にこやかに。
世継ぎとしての値踏みでもされてんじゃないかってくらい、
次から次へとお相手が替わる。
コウ先生、そんなに目を光らせて無くても大丈夫だってば。
お相手選びでさえなけりゃあ、失礼な事なんかいわないよ。
とはいえ、本当は心ここにあらずって感じなんだ。
各国のお偉いさんが集まってるこの広間。
正妃がいない父上の代わりにお相手なさっているのは、後宮のお姫様方。
で、当然お義母さまの周りには、
お相手を願う、やに下がった奴らが引きもきらず。
お義母さまはこの上なく優雅に、次々とお相手を。
他の男たちとにこやかに言葉を交わし、杯を掲げ、
腕の中で踊る。
ああ、もう、気が気じゃないったらありゃしない。
父上も父上だよ。
どうしてもっと大切にしないんだよ。
そりゃあ、あの方の外交手腕はその辺の大臣なんかより上等で、
父上にしてみたらここぞとばかりそれを発揮してもらいたいんだろうけど。
そして、ふと考えが飛んだ。
りかさまはこうやってこの世界を生き抜いてきたんだ。
故郷を捨てさせられて、誰一人知る人も無い世界のなかで。
ただの後宮の美姫に収まるだけの器ではないと。
俺なんかより、よっぽど強くて賢くて。
その陰に隠れた切なさを、俺は分かっていたのだろうか。
零れた涙は、俺には想像すら出来ないものに違いない。
守るなんておこがましくて、今の俺にはいえないけれど、
せめてその涙を拭うのは、俺の掌でありたい。
傍らでりかさまを眺める父上に目が止まる。
俺は初めて、父上を超えたいと思った。
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