TOP
其の四十六
贅を凝らされた謁見の間。
大王の玉座の周りは鮮やかな南国の花々で飾り立てられ。
ちょっと居心地が悪そうに、父上が座られる。
回りを取り囲むのは、花々も霞みそうな後宮の后たち。
大王様の一番お側には、言わずと知れたあの方のお姿。
すらりとしたお身体に、真珠のような光沢の絹を纏いつかせ。
波のように真珠が散りばめられ、しなやかな身体を浮き上がらせる。
俺は第一王子だから、順番も一番。
あの方はぱっちりと虹色の目を見開いて、
唇がいたずらそうに微かな弧を描く。
ついついそちらを見てしまいそうだけど、なんとか我慢する。
「大王様、この度はお誕生日おめでとうございます。」
軽い頷きですら、威厳の漂う父上。
「これからも、わが国に幸多からんことをお祈りいたします。」
西洋式のお辞儀をして、俺は列の上座に加わる。
そして次から次へと、隣国の使いやら、どこぞの国の王様やら、
誰が誰だが分からぬほどに祝いの言葉が続く。
俺の隣にはいつのまにかぶん先生。
一応俺のお目付け役ってことなんだけど、
ともかく逃げ出さないようにしてもらわなくっちゃ。
次のお祝いの一群は、ちょっと変わっている。
いかにも大臣というふうのソツのなさそうな男。
その後ろにお祝いの席にはいささか張り詰めたような美丈夫と、
そして隠れるように楚々としたお姫様。
大臣らしき男が、慇懃に頭を下げる。
「大王様にはご機嫌麗しく、心よりお喜び申し上げます。」
笑顔なんだけど、目の鋭さがそれだけじゃないことを窺わせる。
「遠路ご苦労であった。
そなたの国と和議が整った事、嬉しく思うぞ。」
大臣は後ろの姫に目を移す。
「お約束どおり、和議のお印。
わが国の姫をお連れ致しました。」
艶やかな黒髪に、黒曜石の瞳のその姫はしおらしげに頭を下げる。
大王様が重々しく頷き、ぶん先生の小さな溜息が聞こえた。
「大王様、お願いの儀がございます。」
思いつめたような声がした。
それは、あの美丈夫だった。
駆け寄ろうとする兵士たちを、大王は目で制する。
「そなたは?」
「敗れた国の者にございます。
名を名乗ります事は、どうかお許しを。」
「なんだと?」
失礼なとでもいいたげに、大王の目が眇められる。
くすりと微笑む声がする。
りかさまが歌うように言葉をかける。
「名乗らずとも結構ですわ。
近隣諸国に鬼と謳われた、ワタル将軍ではございませんの?」
ワタルという男は、顔を背ける。
「いかにも。
恥を晒し、まだ生きております。」
りかさまの声は染み入るように優しくて心地よい。
「何の恥がございましょう。
ご立派に戦われ、
お国を失わぬようご尽力なされたではございませんの。
ねえ、大王さま。」
大王は眇めた目を上げて、ゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます。
されど、ただ一つ心に懸かることがございますれば。」
「何だ?申してみよ。」
ワタルの言葉に思いつめた響きが絡まる。
「我が身を捨てることもなく、
か弱い女一人の身に国の運命の責を負わせたことにございます。」
その言葉に、姫が顔を上げる。
瞳が切なそうに、男に絡まる。
「それで?」
男は深く一礼して言いよどむ。
「つまり・・・私の身に代えて姫をお許し願えないものかと。」
「なんだと?」
「私が命に代えて、姫に自由を賜りますようお願いいたしたく。
恥を忍んでここまで付いて参りました」
なにを愚かな事をとでも言うように、大王の顔に笑みが広がる。
「残念ながら、それは出来ぬ望みだな。」
将軍の顔が赤味を帯びて上がる。
「私の命では、不足だと仰るか?」
「そういう問題ではないのだ。
そなたを殺せば、そなたの国の者の恨みを買う。
それでなくても、王が死に、多くの兵が倒れ、惨澹たる有り様であろう。
お前までなくしたのでは、民は希望を失うぞ。」
諭すような大王の声に、ワタルは肩を落としうな垂れる。
傍らの姫はなぜか安堵したかのような表情を浮かべていた。
俺はといえば、なんとなくこの将軍の気持ちも分からないでもない。
もしかしたら、いや、もしかしなくても、惚れてんのかなこのお姫様に。
命と引換にって言うくらいなんだから、
父上もそのくらいわかってあげれば・・
いや、政は別だって一蹴されるのがオチに決まってるけどさ。
ぼんやり考えてる俺の横で、
先生はいつものように真っ直ぐに、事の成り行きを見つめていらっしゃる。
唇だけが心持引き結ばれたような顔で。
「姫を私の妃に迎えることは二つの国が結ばれることを意味する。
姫が私のところで栄えれば、民も潤おう。」
ああ、大王様。
あなたの仰る政、あなたの寄って立つ理が、
私には痛いほど分かります。
それでも我儘な私は、あなたに分かって欲しいと思ってしまう。
このような時になってさえ。
「私の妃達は、そなたの国の姫と似たような境遇の者たちだ。
すぐ仲良くなろう、姫のことは案ずるな。」
そういって、りかの方に軽く目を向ける。
「さあ、こちらに。」
りかが異国の姫の手を優しく取り后の中へといざなった。
そして又、謁見の列は続いてゆく。
← Back Next →