TOP
其の四十五
王宮のあちこちから、弾ける花火の音。
甘い花の香り、浮かれる人々のざわめきがこの部屋まで伝わってくる。
でもって、俺はまたあの礼装に窮屈に身を固めて。
飾りの房やら勲章やら、肩が凝るほどつけまくりだ。
先日の凱旋の祝いも兼ねて、今年は三日三晩繰り広げられる誕生の宴。
俺は鏡で身繕いしながら、頭はぐるぐると回りっぱなし。
実は段取りなんて、良く分かってない。
「ですから、りかさま、俺はどうすれば・・・」
お義母さまは其の度に、まろやかな唇を膨らませるようにして、
うふふと小さく音を立てる。
「ですから・・・・!」
そしてあの華奢な細い指先を俺の口元へ。
「王子様にやっていただく事は、ただお一つ。
先生を大王様の宴までこのお国へ留め置いていただくことですわ。」
そう言われてもなあ、俺は不満げに言葉を返す。
「で、宴が始まったら?」
俺の口元からご自分の唇に、お義母さまは指先を移す。
「後はもう、ご心配なさらないで。
ユウヒとチカとその他の者たちが、皆で今進めておりますから。」
「では、俺はどうすれば?」
するとお義母さまは、このうえもなくにっこりと。
「あなたはそのまま、王子様のお勤めを果たしてくださればよろしいのよ。
凛々しく美しい王子様を拝見するのが、楽しみでならないのよ、わたくし。」
そういって、首を傾げて大きな瞳でこちらに微笑む。
それはまるで、夢見る少女のようなあどけなさで。
祝いへと献上する肖像画。
この国の栄華と繁栄を映し出すように、煌びやかに美しい後宮の姫君たち。
そしてその中央に鎮座ましますのは、我らが大王様。
「失礼致します。」
「又・・・・・・・ あなたか。」
一斉に注がれる目に臆するふうもなく、
軽く一礼し、その女性は顔を上げる。
後ろから大慌ての大臣たち。
「お許しくださいませ、大王様。
ぶん先生がご帰国のご挨拶をどうしても、と。」
大王は整った眉根に少し皺を寄せて、小さく溜息をつく。
「どうしても、お帰りになられると。」
「はい、わたくしの我儘を何卒お許しくださいませ。」
肘に掛けていた手が額を揉む。
「この国のどこが気に入らぬ。」
「気に入らぬなどと、滅相もございません。
美しく、優しい・・・・・子供の頃に聞きましたお伽の国のようにございます。」
「では、なぜ、皆の望みを受けこの国に留まっては頂けぬのか?」
「どんなに愛するものでも、夢はいつか覚めるものにございますれば。
ならば、わたしは覚める前に行きたく存じます。」
「いつか・・・覚める・・・・・ものだと。」
扉の向こうで人声が聞こえる。
揉み合うような音に紛れ、扉が勢いよく開かれる。
「ぶん先生!ご帰国なさると伺いました・・・・
何故でしょうか?俺には納得いきません!!」
勢いよく王子が飛び込んでくる。
続いて、あたふたと止めようとするコウ。
「お・・・王子様。
大王様の御前にございますよ、少しはお言葉をお慎みくださいませ。」
消え入りそうなコウの声など、耳に入らぬように、
王子は真っ直ぐにぶんを見つめる。
「先生、もう一度お考え下さい。
俺はまだまだ教えて頂きたい事が沢山あるのです。」
その瞳に一瞬たじろぎながらも、頑なな瞳をぶんは返す、
「ありがとう、王子様。
でもこれは、わたくしの考え抜いて決めた事。
決して一時の思い付きなどではないのよ。」
余りの落ち着き払った声音に、吐惑う王子。
「お父様・・・・お父様は、なにか仰る事はないのですか?!」
「王子よ、私は去る者は追わぬ。
お前も其のつもりでいるように。」
「でも・・・だからといって・・・・・・・・。」
言葉を失う王子。
凍り付いてしまったような部屋の中で、
甘い風が揺らぐように一人の后が前に出た。
「では、せめて、大王様のお祝いの宴までお留まりいただくのは如何でしょう。
今回は戦勝の祝いも兼ねた大掛かりな宴にございます。
最後にご一緒にお祝いいただくわけには参りませんのかしら、ねえ。」
幾重にも風のような紫のヴェールを纏ったりかが、柔らかく囁いた。
「そうです!せめて、そうしましょう、先生!!
一緒に父上をお祝い頂く。
これだけでもお願いできませんか?」
ぶんの瞳に心 無しか辛そうな影が過ぎったような気がした。
「では・・・・大王様のお許しが頂けますならば。」
そして深深と一礼して、部屋を去っていった。
王子はりかとほんの一瞬視線を合わせ、そしてぶんの後を追った。
ってわけで、どうにかこうにか今日までこぎつけた。
後はりかさま達で考えているらしく、俺はひたすら王子らしくしてるしかない。
だから、こんな軍服でも文句も言わず着ているわけだけど。
前みたいにぶっ倒れるわけにもいかないから、頑張らなくっちゃ。
「王子様、お支度は如何ですか?」
目にも彩な真紅のドレスのぶん先生。
首からは珍しいネックレス。
お国からもってきたという、ロザリオとかいうんだっけ?
繊細な細工が施され、かなりいわくのある品なのだろう。
そして俺は恭しく先生のお手をとって、広間への長い廊下を進み始めた。
← Back Next →