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其の四十三
「・・・・・ それで、そこで父上がどう出るか、なのですね。」
「そうね、でも、多分、わたくしの思った通りならば。」
いつのまにか長椅子に俺たちは寝そべって。
というか正確には、寝そべっているのはお義母様。
俺の鼻に甘いお義母様の、髪の薫りが絡みつく。
そして例によって、俺はどぎまぎしてるんだけど。
わたくしはいつしかこの方に凭れるように。
あなたの胸は温かく、わたくしは鼓動を楽しみながら。
王子様は遠慮がちに、髪を指で玩び。
人の胸でこんなにもゆったりとした気分になるなんて。
「姫と将軍は?」
「ええ、うってつけの者がおりましてよ。」
「ならば、もう安心ですね。」
表やら裏やら、考えすぎるとわたくしは身動きがとれなくなる性質。
悪い癖が頭をもたげ始める。
「・・・・さあ、どうかしら。」
「ともかくやるだけやってみましょう。」
「そうね・・・そうなのかしら」
わたくしは首を捻って、この方を見上げるように。
「お義母様 ?」
本当はまだ、とても不安。
この計画が云々ではなくて、そう、人を信じることに。
だから目を閉じて、首を伸ばす。
あなたの暖かな唇が、わたくしに触れるまで。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「まだ言ってるの?」
艶やかな髪を梳り、女は振り向こうともしない。
鏡に映る心配気な男の顔を見ると、柔らかに口の端を上げる。
「ほら、どう。こちらの旦那様が下さったのよ。」
夜着に羽織った、深い碧の上着を嬉しげにみせながら。
「いや、本当にここでは俺たちよくしてもらってるけどさ。」
「でしょ、そこのお嬢様のお願いよ。」
男は部屋の入り口で、蕩けたような目を女に向ける。
「ああ、もう、わからない人ねえ。」
「別に反対しているわけじゃ、ないだろう。」
「変なところ、用心深いのね。」
「思慮深いって言うんだ、こういう世界ではな。」
拗ねたような男の口調に、やっと女は腰を上げる。
男に寄り添い、男を見上げるように。
「ご褒美のせいでは、ないのよ。」
「分かってるよ。
俺の演じる姿が見たいっていうんだろ。」
顎を上げて尖らせた唇に、細い指が伸びる。
「そうね、でもそれだけでもなくってよ。」
「じゃあ、なんなんだ。」
「なんかね、人の為になるってことがしてみたいのよ。」
にこやかに微笑む女の口元に、男の目線は吸い寄せられる。
「だけど、俺たちはいつも客を喜ばせてるぜ。」
「んん・・・・そういうことではなくてね。
このお話は、多分登場する人たちを幸せにするような気がするの。」
「どういうことだ?」
「うまく言えないけれど、だけど、あのお后様だってね。」
「あのお后様は、幸せそうだったぜ。」
わからない人だとも言いたげに、女は少し苛立った声音になる。
「男の目から見れば、ね。
でも、何となく、なんとなく少し違うのよ。」
「そういうもんか?」
「うん、とってもちいさな一欠けらなのだけど。
とっても大事な一欠けらが、まだ足りないみたいな。」
「で、この芝居でなんとかなるとでも?」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。
だけど、やってみたいなあって。」
そう言って腕の中でくるりと身を回す。
吸い込むような瞳の色に、男は言葉を失う。
「そんな素敵なお芝居ならね、脇役でもいいの。
出てみたいわ、私。」
軽く唇を触れさせて、さっと身を離す。
「だからね・・・・・・今夜はここまで。」
「え・・?」
離れた女の形に残った腕を、面白そうに黒い瞳が見つめる。
「私は清らかな姫の役なの。
男の匂いは抜かなくっちゃ。」
口の端が悪戯気に弧を描いた。
「ソレとコレとは違うだろうが。」
「少しはあなたも我慢することね。」
「おい。」
上ずりながらもこの女の前では、声を荒げる事すらできはしない。
「その方が、真実味がでるわよ。きっと。」
艶やかな微笑を残し、女は寝室の扉を閉めた。
あなたの温かな唇が包み込むように。
力の抜けてゆく隙間から、いたずらに舌が入り込み。
転がしあうように絡ませて、少し強引な王子様。
とても素敵で、わたくしは思わず笑い出す。
こんなによく笑うようになったのは、いつ以来なのかしら。
「りか様、酔ってませんか?」
お顔を離したあなた、笑窪がほら、浮かんでいる。
「酔っていては、いけなくて?」
口を尖らせて怒ったふり、だけど幸せに顔が言う事を聞かないわ。
だから長椅子で思い切りあなたに抱きついて。
「ねえ・・・連れていって。」
寝台を目で示す。
首に回した手は離さないままのわたくしに、
あなたはちょっと困った顔をしてみせる。
「よろしいのですか?」
「ええ。」
ふわりとわたくしはあなたの腕の中。
身体を全てあずけている、なんて素敵なことかしら。
「早く・・・連れていって・・・」
そう、連れていって。
わたくしを、あなたの未来まで。
いつしか、わたくしは祈るような気持ちで胸に顔を寄せた。
やはり私はこの国を出よう。
胸の潰れるような思いはもう沢山。
近いうちに大王様にお暇乞いを。
そして私はなぜか、衣装戸棚などを開いている。
この間の私は見るも無残だったから、
せめてご挨拶の時には、美しくしていよう。
家庭教師らしくないと袖を通さなかった、真紅のドレス。
咲き誇る薔薇のようだと、ノル様が誉めてくださった。
最後のご挨拶はせめて、華やかに。
私は鏡の前で、ドレスをあわせて考え込む。
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