其の四十二
いつものように、少しだけぎこちなく、
王子様は上衣をお脱ぎになり椅子に座られる。
わたくしは長椅子に凭れるように。
けれどいきなり横に割って入るような真似は決してなさらない。
しなやかに伸びた背筋に育ちのよさが滲んでいらっしゃる。
長椅子にゆるりとお座りになるお義母様。
俺はもう、どきどきしながらいっつもお会いするのだけれど。
この方はそんな風は微塵もみせず、いつも謎めいた笑みを浮かべたまま。
俺ももうちょっと、落ち着かないといけないよな。
「いかがですの、近頃は?」
甘く低く囁くように、お義母様が口を開く。
勉強の事やら、公務の事やら、
なんだかお義母様にはおよそ興味のないようなことばかり。
招かれた式典のあれやこれやなんて目新しくもないだろうけど、
いちいち頷いて耳を傾けて下さる。
瞳を煌かせて、お話になる王子様。
日々何もかをも吸収なさっていらっしゃるのがわかる。
お国の大使としてのお役目は、益々増えてゆくようで。
大王たちがいよいよ跡取りとしてのお披露目に力を入れ始めたのも、
手にとるようにわかるわね。
今のこの方は、どちらにお出ししても恥ずかしくない、
立派な王子さまですもの。
大王たちもなんやかやと理由をつけて、
色々な姫君とお目にかかる機会を増やしているとも考えられなくは無い。
それはそうよね、大事な跡取り息子ですもの。
どこの馬の骨ともわからない女に夢中にさせておきたくは無いわね。
「王子様は、・・・・・美しいお姫様方とも沢山お会いになられるのね。」
いきなり、きょとんとした顔の王子様。
まあ、いやだわ、わたくしったら。
言ってしまった言葉の意味が自分でも分からずに、
顔に笑みは張り付いたまま。
「え・・・?」
そんなにしげしげと、見つめないで。
顔に穴があいてしまうわ。
「いいえ、なんでもないわ。」
わたくしは自分に困ってしまって、顔を背ける。
王子様はお口を少し開いたまま、舌で言葉を考えあぐねる。
「なにも、言ってなどいないわ。」
お義母様、なんかお顔が強張ってる。
俺、なんか、まずい事言ったのかな。
うんと、うんと、なに話したっけか。
勉強してて、鍛錬してて、あの国いって、この国いって。
あの大臣に会って、女の子たちを紹介されて ・・・・。
・・・・いや、まさか、そんな筈無いよな。
でも、そうだったら。
俺、お目出度いけどうれしいかもしんない。
王子様のお顔に笑窪が浮かぶ。
わたくしを照らし出すような笑みを浮かべられる。
おもむろに立ち上がり、長椅子に回ってきて、
わたくしは後ろから抱きしめられる。
「まあ、どう致しましたの?」
王子様のすべすべの頬がわたくしの頬に触る。
「どうも、致しません。」
そのままじっと、抱きしめられて。
わたくしたちの心臓の音が聞こえてきそうな沈黙のなかで、
あなたの腕の中でわたくしの心は静まってゆく。
「愛しております、りか様。」
「・・・・・・わかってるわ、そんなこと。」
お義母さまは照れ隠しのようなふくれっつら。
こんなお顔もなさることがあるんだ。
俺はまたひとつ、お義母さまを知ったような気がして嬉しくなって、
後ろから力一杯、抱きしめた。
「王子様、息が詰まってよ。」
俺たちはそれは仲睦まじそうに、頬を寄せたまま笑いあい。
そして俺は椅子に戻る。
「そうですね、まず、親父の宴会のことからですね。」
「まあ、なにが、『まず』なの?」
くすくすと小さく笑いながら、杯に手を伸ばす。
もうすっかりいつもの、お義母様のペース。
ほんのちょっと垣間見えたような気がした、あの顔も。
いつもの穏やかな大人の女の人の、この顔も。
どれもこれも、なんて美しい。
俺やっぱり、この方じゃなくっちゃ絶対にだめだ。
今更みたいなことを、またも頭で反芻しながら、
俺たちは話し込んでいった。
| SEO |