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 其の四十一






「りかさま、お花はこちらでよろしいですか?」



花で溢れかえった、花瓶をユウヒとチカが抱えてくる。
「今日はお庭のとっておきのものを摘みましたのよ。
 色も香りも選りすぐりのものばかり。」
「ああ、危ないでしょ。
 気を散らせないで。」
勢い込んで言うチカに、ユウヒは呟きながらそっと花瓶を調える。
「今宵のお召しものは、こちらでは如何でしょう。
 まだ夜は冷えますから。」
アカネが上衣を抱えてくる。
繊細な意匠をこらした、夜空のようにふわりとしたレース。
「そうね、そちらに置いておいて頂戴。」





わたくしなどよりも、よほどに周りが浮き足立っているみたい。
我が事のようになぜか皆喜んでくれて。
ユウヒですら、黙々と文句も言わずチカ達に引きずりまわされて。



「ああ、もういいわ。」
「だけど、りか様。今宵は王子様がいらっしゃるのですもの。」
「あまり仰々しくなくていいのよ。」
「そうですわね、お忍びなのですもの。」
そういって娘たちは顔を見合わせて笑う。
「だけど、喜んで頂きたいのよ。」
「まあ、どういうこと?チカ。」
珍しくユウヒが口を挟む。
「だって、なんとなく喜んで頂きたい。 
 そういう気にならない?」
「そうなのよね、なんだか、ね、あの王子様には・・・」

そう、それがあの方なの。
人を惹きつけてやまない、そんな不思議な力がある。
この方のためならば、と思わせてしまう力が。
そして、それこそが人の上に立つ者として、
不可欠ななにかであるということにまだお気はつかれていないけれど。
誰をも照らし、誰よりも輝き、なお民に慕われる、
そんな王へとなってゆくのかもしれない。



「いいかげんになさい、王子様に失礼よ。」
「あら、失礼なのはユウヒだわ。」
「わたしのどこが?」
「あの夜、一番いじわるだったもん。」
「わたしは立場を考えていただけよ。」
「そんなの、石頭もいいとこだわ。」
「もう、ユウヒもチカもいいかげんになさいよ。」
アカネが困ったようにこちらを向く。
わたくしは皆の中に入り、ひとりひとり頬にくちづける。
「ありがとう。
 あなたがたには感謝することばかりよ。」
得意そうに微笑むチカと柔らかに頷くアカネ、
ユウヒせすら照れたような顔になる。
「準備はもういいわ。
 これだけすれば充分でしょう。」
娘たちはスカートの裾をつまみ下がっていった。



一番浮き足だっているのは、本当はわたくしかもしれない。
今日は一日、気もそぞろで。
部屋を飾り付けようなどと、なにを思い立ってしまったのかしら。
それどころではないのだけれど、
あの方を知れば知るほど、愛おしさはつのるばかり。
離れている時間が、日に日に苦しくなる。
分別のつかない、子供に戻っているのかしら。
わたくしは、珍しく部屋などをいったりきたり。
鏡の位置を直したり、果物を手にとってみたり。
あげくの果てには花に顔を寄せ、嗅いでなどみてしまう始末。
アカネの携えてきた上衣に袖を通す。
薄い夜着を通して、うっすらと白い肌が透けて見える。
王子様はどう思われるかしら。
はしたないなどと思われてしまうかしら。
ああ、わたくしときたら、そんなことまで気になるなんて、
どうかしていてよ、りか。








寝台に横たわり、重ねた手に頬を乗せ、
自分ではなくなっていくような自分に、戸惑うわたくし。
夜中にいきなり押しかけるなんて、
どうかしていたのだわ、わたくしとしたことが
それは心地よい戸惑い、けれど少し不安なまま。
身体を守るように抱きしめる。
ねえ、お分かりかしら・・・・王子様。









庭からの扉を、軽く叩く音がする。
わたくしは弾かれたように、飛び起きて。
いやだわ、うたた寝をしてしまったらしい。





扉の向こうにゆっくりと人の気配がして。
だけど俺はその香りだけでわかるんだ。



「お・・・義母、さま。」
「さあ、早くお入りになって。」


なんていうのかわかんないけど、ともかくやはりお義母様は綺麗だった。
華やかな黒い透かし模様の上衣を透けて、
ちらちらと見える身体の線は滑らかな曲線で。
ふっくらとした唇には、いつもより濡れたざくろのような紅を薄っすらと。
睫が又一段と長くなったのかなあ、とかバカみたいなことを俺は考えつつ、
お義母様に見とれていた。






マントを纏い、闇の中でもなおすらりと凛々しいそのお姿。
お急ぎになって下さったのかしら、髪がはらりと秀でた額にかかり。
少し息が上がったように、上気した頬は薔薇の色。
扉で立ち止まり、なぜ訝しげなお顔をしていらっしゃるの。
「どうか・・・ なさいまして?」
照れたような笑みが、顔を覆い尽くす
「・・いえ、りか様・・ 綺麗だなあ、って。」
そして頭をかいて。
「や・・俺、なに言ってんだろ。
 久しぶりにお目にかかれたから・・つい。」





「まあ、嬉しゅうございますこと。」



わたくしは艶やかに微笑んで、この方を招き入れた。











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