個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア 作:ばばばばば
時は行き止まりの時の少し前。
砂藤がベッドの上で横になり、近づく二人の足音を聞いた時だ。
病室にかかる赤い日差し。夏の日が長い夕暮れ時、すでに食事を終えた砂藤は、病室の前で誰かの話声を聞く。
部屋前の私服警官と誰かの会話。
「すみません、雄英からということですが、一応お二人の面会が正式なものかを確認させていただいてもよろしいでしょうか? いえ念のためですので」
「あぁこれから夜番かな。交代した直後だというのにすまない。ただコイツが聞きたいことがあるそうなんだが」
「あぁ。……ちょっと一つお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なんだい?」
「“
「……定期連絡の時間だ。署に連絡しなければ」
砂藤がベッドから体を起こすと同時に、部屋の中に無遠慮な足音が響く。
「ふむ、とりあえずこれを飲め。体の痛みを誤魔化せる。回復効果も……、まぁ微々たるものだがあるぞ」
開口一番に挨拶もせずに投げ渡される瓶。それを受け取った砂藤はその瓶詰されたケミカルな色を放つ液体を透かしながら見た。
「……あんま強い痛み止めは体が鈍らねぇか?」
「問題ない。私の伝手で手に入れた個性由来のものだ。一般に値がつけられる類のモノではない最高級品だぞ」
「金は持ってないぜ。……けど何円くらいかかるんだ?」
「出回ることがあれば車の一台くらいは買えるだろうな」
副作用や入手経路に関する一切を説明されないその液体を、砂藤はサーの説明を聞きながら一気に呷った。
「一般に出すなら、もうちょいフレーバーについては企業努力が必要だな。薄味な病院食上がりには刺激が強すぎる」
砂藤は立ち上がってから病衣を脱いで着替え始める。
「これからの行動だが……、まずはお前の未来を視せろ砂藤」
サーは砂藤の体に手を伸ばすが、砂藤はそれをひょいと避けた。
「それなんだが、待ってくれサー」
私服の袖を通しながら、砂藤はサーの言葉を遮る。
「俺から二つ、言いたいこと、聞きたいこと、それぞれ一つづつあるんだがいいか?」
「時間がない。今でないといけないか?」
「あぁ、今じゃないとダメだ」
「……まぁ、そうだろうな」
サーは急かすような口ぶりだが、まるで分かっていたかのように、砂藤が答える前に病室内の椅子を既に引き出し、そこに座った。
砂藤は向かい合うように自身のベッドに腰かけ、入室してから一切口を開かない心操は壁に背を預けている。
「まずは本条の個性の正体について話させてもらってもいいか?」
砂藤は確認を取るようにサーを見ると、サーは無言の肯定を示すように軽く眼鏡を持ち上げて椅子の上で足を組む。
「サーの言う通り、俺は知ってたんだ」
砂藤は思い返すように少し天井を見つめる。
「昔、アイツが助けを求めた時のこと、俺が抑圧していた記憶の中であいつは言ってたよ」
気づける点はいくらでもあった。
だがそれを思い返すことを今までの砂藤は恐れてしまいできなかった。
「 “
“急いでいるようだった”
そうではない。急がされていたのだ。
“助けを呼んでくれない”
違う。助けて欲しくても呼べないのだ。
“自分の個性に怯えている”
それどころではない。憎んでいるのだ。
“まるで別人”
あぁ、どうして彼女を知る己がそれに早く気づけなかったのか?
砂藤は自身を殴りつけたくなる気持ちを抑えて、前を見据える。
「本条の個性は意志に干渉するタイプだ。アイツ本当はしたくもねぇことをさせられてるんだろ」
砂藤は問いかけるように相手を見ると、言葉を静かに聞いていたサーはそれを聞いて、軽く息を漏らす。
「ふっ、実は二重人格だった……、これが推理小説なら現実に即さない酷い駄作らしいぞ?」
「たしか個性が出た後に廃れたジャンルだよな。今じゃ古典だ」
冷えたジョーク。
息を漏らしたサーと砂藤。何の愉快さも含まずに吐き捨てた言葉。それを心操は黙ったまま静かに見ている。
「サー、じゃあ次の話が本題だ」
「アイツの個性が分かった。それをおいて本題か?」
サーの言葉を砂藤は無視する。
「サー、なぜ本条の個性の正体を俺たちに黙ってたんだ?」
サーは問いかけに答えず肩をすくめる。
それならば構わないと砂藤は追い詰めるように言葉を続けた。
「思えばサーは、俺達を誘導するように動いていた。アイツの個性を探るように言ったのもサー、その疑問に悩んだ時、助言をくれたのもいつもサーだ」
「おや、そう言われるとは、案外私には教師の才能があったのかもしれんな」
「そうだ。アンタは答えの在処をいつも俺に教えてくれていた。アンタは分かってた。全部分かってたんだよ」
サーの煙に巻くような言葉に、砂藤の目の温度が下がる。
「つまりアンタはむざむざアイツが誘拐されると知って、俺に何も言わなかったんだよな?」
今まで一度も目を逸らしたことのないサーの目が揺れる。
何も答えないサーに苛立ったように砂藤は詰問する。
「信用しろ、そういったのにアンタは隠し事をした。あんだけ人の心を暴いたアンタがだ」
「私の個性でも視えなかったと言ったら? 信じてくれるか?」
「アンタは俺たちの未来を何度も視ていたはずだ。 その言葉は疑わしいな」
「フッ……、仲間を信じてくれないとはいささか悲しいものがある」
「疑えと言ったのはアンタだぞ、サー。俺達を信じさせてくれ、仲間ならな」
砂藤の目、その目には猜疑が浮かぶが、その瞳の奥底にはほんの一抹の理性がかろうじて宿る。
何か理由があるのだろう。
疑いの先にそう信じたい砂藤はサーに問いかける。
「……知ってることがあるなら全部教えてくれ。俺達は協力者なんだろ?」
サーはその言葉を聞いて笑おうとしたのだろう、口は不格好に歪んでいる。
しかしそこから音は漏れない。
「全部……、全部か……。私が知ってること、やろうとしてることをお前たちに……?」
それきり黙り込むサー。しかし長い沈黙の後、彼らしくもない力ない呟きをポツリと漏らす。
「お前達が私を疑うように、私もお前達を疑っている」
顔をあげたサーは二人を見回した後、部屋の洗面台に置かれた鏡をちらりと見る。
「お前達に問おう。……お前達は絶望を前にした時、それでも顔を上げ突き進むことはできるか?」
そう言われた砂藤の表情は一切揺るがない。
サーはそんな砂藤を見て、時間をかけながら、ようやく作ったような笑みを無理やり見せた。
「お前達はその若さで本当の意味での挫折を経験した。取り返しのつかない、決定的な挫折を……。だが立ち上がった者だ。お前達は強い、私はそう評価している。稀有な才能、ヒーローに必要な才覚だ」
いつもどこか皮肉的な響きを持つサーの言葉。そんな彼が素直に人を褒めている。
その賞賛はお世辞ではなく、本当に心から思っているものだと、サーの細められた目が示す。
「だが聞きたい、お前達はもう一度心がへし折れた時。次も立ち上がることができるか?」
サーの細められた目、その目の温度が次第に下がっていき、探る様な、疑いをはらんだものにいつの間にか置き換わったと二人が気づいた時、今まで見たことのないサーが姿を現す。
「知らぬものを耐えるのは容易い。恐れ知らずはそれでいいだろう。ただ恐れを知ったお前達にまたそこから突き進む覚悟が本当にあるのか?」
直情的に感情を露わにしてしまう砂藤を前にしても、決して冷静な思考を止めなかったサー。
どんなに心操が口で負かそうと躍起になっても、いつも飄々とした態度を崩さなかったサー。
「あの最低な気分をだ。いくら藻掻いても何も見えない、沈むしかないあの場所に落ちるんだ」
暗い目。虚勢を張る力もない、疲れ切ったヒーローの本音。
「行き止まりであることを知りながら、それでも正気で突き進む、
それは他者を疑うようでありながらも、サー自身に問いかけているかのようであった。
「一切報われない訪れる結果に、それでも足掻き続けることが我々に出来るのか?」
ここでようやく砂藤達は気づく。サーは疑っているのだ。
この先の話を聞いて自分たちがそれでも、自分を信じてくれるかを信じ切れていない。
「教えてくれ。俺たちは
圧ある問い、その重圧をそれでも砂藤は押しのけた。
「サー、教えてくれ。これから何が起きる? 一体何を見たんだ?」
「おきるのではない。おきたのだ。私はもう見ていた」
サーは無表情に答える。
「本条桃子の両親、本条
その言葉の意味を砂藤は呑み込めなかった。
「合宿の6日前に誘拐された彼らは脳無の素体として改造され、敵連合によって使役された。林間合宿に現れ本条が無力化した内の一体がそうだ」
砂藤の脳が理解を拒む。
「お前に林間合宿のことを教えなかったのはそれが未来に必要だったからだ。必要だから私は彼らを見殺しに――」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ああッァ!!!!!」
いつの間にか砂藤はサーに掴みかかり、椅子ごと地面に押し倒す。
「必要だとッ!? いったか? なんだよそれッ!! オイッ!? あぁ!? ふざけてんのかテメェッ!!」
何度もサーを地面に叩きつける。
サーの言葉を正確に理解するなら、それは彼女はもう決して救われないという意味に他ならない。
「それでアイツをどう救うってんだ!! えぇ!?」
砂藤を止められる者はこの部屋に誰も居ない。
慟哭しながらサーを床に叩きつける砂藤。
表では何事かと近づいた看護師たちに、取り調べの一点張りで通さない警官。
そんなやり取りを扉越しに、砂藤の慟哭は次第にすすり泣きとなり、最後は馬乗りになったサーを小さく揺するだけになった。
「なんで、なんで……、あいつばっかり……、もうこれ以上アイツから奪わないでくれよ……」
最後にそうつぶやき、首を折るように項垂れる砂藤。
サーは何も言わずにされるがまま。
あれだけ折れないと思っていた覚悟、しかし砂藤のそれは一瞬でへし折れていた。
彼女を救う手立てはもうない。
彼女の幸福のために、絶対にそれだけは壊してはいけないはずだったのだ。
例え彼女を無事に救い出せたとして、きっと心は耐え切れない。二度目はない。彼女はこの先永遠に救われない。
それが砂藤には分かってしまった。
「おい砂藤、気は済んだか?」
砂藤の後ろに近づく足音。
「…………」
この場所に訪れてから一切口を開かなかった心操が初めて口を開くが、その言葉は砂藤の耳には届かない。
「サーにあたって気が済んだかって聞いてるんだが?」
「うるせぇ……」
自暴自棄にそう吐き捨てる砂藤の態度に、心操の額に血管が浮き上がる。
「“
跳ね上がるように立ち上がる砂藤をしり目に、心操は倒れ込んだままのサーを見下ろす。
「サーもだ。さっさと立ち上がって座れ。俺が命令しないとできないか?」
「いや……」
「“
サーは汚れた服を払うことすらせずに、巻き戻しのように先ほどの位置に体を戻す。
それを見届けた心操は、心底腹立たし気に悪態をついた。
「お前らの肩から上に載っているそれは飾りか?」
乱暴に手を打ちあわせる音が病室に響き、ついで体を揺らす二人。
開口一番に飛ぶ罵声に体の自由を取り戻し、興奮が収まらない砂藤は目を見開く。
「これが落ち着いてられ――」
「“
低い呟きは怒りに満ち、突き刺すように砂藤の口を縫い合わせる。
心操は首だけを回し、砂藤とは逆に動かないままのサーを見る。
「サーもなんだ? 殴られてホッとしたみたいな間抜け面晒しやがって。それが今俺達がすべきことか?」
「さぁな。だが人殺しの言葉をお前たちは信じられ――」
「“
文字通り有無を言わせず二人を黙らせた心操は、腕を組みながら椅子に座る二人を睨む。
「……まずは砂藤がサーに聞く権利がある。だから俺は黙ってた。だけど傍で聞いてりゃなんだ? 相変わらず砂藤は向こう見ずで話を聞きやしねぇ馬鹿野郎だ。それがお前の今すべきことか?」
言葉を発せない二人は心操の言葉に一切の反論を物理的に封じられただ聞くしかない。
「サーもサーだ。そんな馬鹿相手に開口一番で説明するための言葉がそれか? 罪悪感か知らねぇがらしくもねぇ。段階を踏んで話せよ。未来を視える奴は皆一足飛びに阿呆になっちまう決まりでもあんのか? あぁ?」
自身のだした大声に頭を痛めたのか、眉間をもんだ後大きく息を吐く。
「サー、アンタは全員救うと言った。それを信じてついてきた俺達に説明しろ。そんで砂藤はまず話を聞け」
そして自分もどっかりとベッド脇の椅子に足を広げて腰を下ろした後、心操はもう一度手を叩く。
こうして体が自由になった両者は、それぞれ心操に向かい言葉を発する。
「私は冷静だ。だがお前達の方がこの先全員協力できるか? どうだ砂藤、本条の両親を見殺しにした私の話をだ」
「サー……、テメェ……!!」
初めは腰を据えて話を聞く態勢を取る心操。しかし口を開けば片方は敵意を煽り、もう一方は怒りを抑えられない。
ここにきて心操の怒りは我慢の限界をもう一度超えた。
「黙れ」
心操は脇にあったサイドテーブルに自分の拳を叩きつける。
今の彼の怒りに彼らを操る力はない。だが両者を黙らせた。
「今、俺たちのすべきことを考えろ。なんだ? わからないか? そうだよ考えることだよ。それしかねぇだろうが」
心操の言葉に二人は反論しようとして口を開きかけるが、その無為な行動に気づき口を噤む。
「なのに一人はただ喚くだけ、もう一人は露悪的に話して自分を責めてくださいだ?」
何も言い返せない二人は黙り込むしかない。
「馬鹿にしてんのか? お前ら本気で本条助ける気があんのか?」
この場で一番重要なことはそれだろうという心操の正論に砂藤は大きく息を吐き、サーは目を伏せる。
「話せよサー、信用出来ねぇならいつもみたいに試してみろ。本条やその親について俺達に一度も話さなかったのにむかっ腹立ってんのは俺も砂藤と一緒だ」
心操の言葉にサーは大きく息を吐いた。
「なぜお前のような奴がヒーロー科に入れなかったんだ?」
「だから嫌味かテメェら……!!」
その言葉に本当に嫌そうな顔をする心操。そんな彼を見てサーは口を開く。
「私はお前たちの未来を覗きながら、私は最良の結末を模索していた。その結果、ほんの一筋の光明と言える未来が視えていた」
話し始めるサーに他の二人は黙って聞く姿勢を取る。
「私の個性ではありえない、連続性もない映像にまぎれた一瞬の光。まぎれもなく私と本条の個性が干渉したものだと確信した。……私はそこに至るための方法を探すために手を尽くした」
その結果がどうであるか、サーの表情を歪ませながら言葉を続ける。
「お前達や関係者と思われる人物の未来を視て、私はようやく、そこにたどり着くために何をすればいいかおおよそだが理解した……、理解したが……」
初めて見せるサーの恐れの声。
「そこに至るため、私達は行き止まりの未来にぶつかることになる。あらゆる犠牲を払うこと、それこそが未来にたどり着くために必要な行動だ」
サーは彼のたどり着いた一つの残酷な結論を告げる。
「はっきりと言おう。私達三人はこのまま行けば死ぬ。無残に襤褸切れのようにだ」
言い聞かせる。
それが決して逃れられない破滅であると二人に知らせるため、強くゆっくりとサーは言葉を繰り返した。
「お前達は死ぬ、死ぬんだ。」
それでも自分についてくるのか試すように、疑いながらサーは二人を見つめた。
「それでも私について行けるか? 私が妄想染みたすべてを救う未来があると嘯いてもついて来れるか?」
ついて来ないでもいい、いや、ついて来ないでくれ。
そんな感情すら見える言葉を二人に投げかける。
「サー、俺はやる。今更死ぬくらいにビビッてなんかいねぇよ」
「死ぬ気はねぇ。死ぬ気でやるがな。俺達はその未来を変える話をしてたんだろ?」
サーは、それでも折れない二人を見て大きく息を吐いた。
「だろうな……。私も彼らを犠牲にした時点で、私だけは何を賭しても諦めてはならない」
「あのさぁ……、お前ら自分の命なんてどうでもいいなんて思ってるだろ? だから馬鹿なんだよテメェとサーは……。あの気のちいせぇ女が俺達の誰かが犠牲になって救われて本当に喜ぶと思ってんのか?」
「……そうだな、言い換えよう。意思を束ねろ。私達は全員生きてまたアイツに会う」
サーの言葉を聞いて、砂藤はたった一言小さな声で問う
「ひとつ……、一つだけ教えてくれサー」
「なんだ?」
「アンタが見たそのか細い光景、そこでアイツは心の底から幸せそうに笑ってたか? 何もかも報われるなんて、そんな絵空事が……」
その問いかけにサーは目を逸らさずに答えた。
「あぁ……、盤面を返してやる」
その一言で、彼の腹は据わった。
「サー、俺の未来を視ろ」
差し出される手の平をサーは掴んだ。
黙れドン太郎と化した心操くん