個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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林間学校(2/2)

 林間合宿襲撃によるその被害、多くの負傷者が溢れかえることとなった現場は、怒声に近い声が飛び交い、人々が行き交っていた。

 

 当然負傷者を運ぶための救急車は足りていない。

 

 今は重傷者であるガスで昏倒しているB組の面々が優先して搬送され、外傷を負いながらも意識のある者は乗り合わせて病院へと搬送されようとしていた。

 

 意識不明者は敵のガスにより昏倒した生徒13名、頭部外傷による意識不明のピクシーボブとラグドールのヒーロー2名。

 

 さらに搬送が必要とされた意識はあるが外傷を負った7名。

 

 そのような中、救急隊により適切なトリアージが行われ、次々と救急車へと振り分けられる。

 

 その中でも意識はあるが、比較的重い傷を受けていた砂藤は救急車内の担架に乗せられることとなった。

 

 

 誰が負傷し、誰が無事なのか。

 

 情報が錯綜している中、担架で横になりながらも落ち着かない心持の砂藤であるが、彼の感情を置き去りに、さらに人が車内へと詰め込まれていった。

 

 

 救急車のすぐ外で救急隊員の話声と同時に車が大きく揺れる。

 

 

 どうやら新たに人が乗り込んだようだと砂藤は目を向けてみれば、そこには切り傷だらけの切島がいた。

 

 

「切島! 無事だったか!」

 

「……砂藤」

 

「よく見たら、お前も傷だらけじゃねぇか。大丈夫か!?」

 

「いや……、こんくらいなんともねぇよ」

 

「切島?」

 

 

 傷だらけではあるが、無事な姿を見せた友人に喜ぶ砂藤であるが、切島のいつもの快活さは消え、その表情は固い。

 

 その様子に砂藤は悪い予感を感じた。

 

 

「……何があった?」

 

 

 切島はうつむきがちに目線を床にむける。

 

 初めはこちらに顔を向けようとしていた切島は途中、耐え切れないと言った様子で深く頭を下げた。

 

 

 

「本条が敵にさらわれちまった……。もっと俺がしっかりしてれば……!!」

 

 

 

 その言葉に砂藤は何も言えず、ただ、己の無能を噛み締めることしかできなかった。

 

 

 

 そして、切島の口から話が語られる。

 

 ヴィラン“ムーンフィッシュ”の襲撃、そこに現れた本条、とどめを刺そうとするその瞬間躊躇してしまった彼女がその隙にさらわれてしまった、という話を切島は見ていて痛々しくなるほどの悔しさを滲ませながら語った。

 

 

「俺が止めなきゃアイツはさらわれなかったのかもしれねぇのに……。あいつに! 本条とムーンフィッシュだけは戦わせちゃいけねぇって分かってたのに、できなかった! なのに俺は……!!」

 

 

 全てを言い切った後、切島は拳を強く握る。

 

 その手のひらは硬化していないにも関わらず余りの力で爪が掌に食い込み、血を流す程であった。

 

 その姿を見て、それ以前にどうして自分が切島を責められる権利があるだろうと、砂藤も目を伏せる。

 

 

「……お前は悪くねぇだろ。止めたのだってヒーローとして考えりゃ当然のことをしただけだ」

 

 

 本当にそうだろうか?

 

 砂藤の心の奥底に信じられない程のどす黒い意志が渦巻く。

 

 本条の無事とあの人殺しの生死、それが同じ天秤にのるようなことを自分は納得しているのかという自問が頭をもたげる。

 

 砂藤は取り繕おうと剥き出しの感情が滲み出す。

 

 自分がその場にいたら、いっそ自分が、相手の頭蓋を砕くほどの一撃を……、

 

 

「……だめだな、やっぱり俺はヒーローじゃねぇ……」

 

 

 今考えるべきことはそんな個人的な復讐心では決してない。

 

 どうやったら彼女を助けられるか、何よりそれを第一に考えるべきだと砂藤は己を恥じる。

 

 

「俺は、俺が、俺なら、はは、自分ばっかだ……。くだらねぇ、ほんとくだらねぇ奴だよ俺は……」

 

「砂藤……、お前はくだらなくなんて……」

 

「くだらねぇよ。何にも守れてない、約束もアイツも。いつだって自分のちっぽけなプライドだけは守ろうとしてなんだ? コイツはいったい何の為になれもしねぇヒーローになろうとしてやがってんだと思ってんだ?」

 

「砂藤やめろ……」

 

「結局俺はなんにも……!!」

 

「やめろッ!!」

 

 

 切島の言葉に我にかえる砂藤。しかし今言った言葉それ自体が自分の心を守るための行為と思えば、余計に自分の惨めさに卑屈な気持ちになる。

 

 

「お前のそんな所は見たくねぇよ……」

 

「あぁ、すまねぇ。素がこれなんだ。軽蔑してくれていいぜ」

 

「そうじゃねぇ……!」

 

 

 そう言いかける切島であるが、それ以上は何も言えずに、悔しそうに砂藤の担架横にある長い座席に座り、黙り込む。

 

 

 最悪だ。

 

 砂藤は何度繰り返したか分からない自己嫌悪を繰り返す。

 

 それを止めようにも止められない。そんな悪循環の中に嵌まった砂藤に切島も何も言えずに床を見つめるしかできない。

 

 

 

 そんな陰鬱な空気の中、もう一度車内の床が揺れる。

 

 

 

「あっ……」

 

 

 乗り込んできたのは洸汰少年とそれに付き添うマンダレイであった。

 

 マスキュラーの小脇に抱えられ、その小さな体を一切考慮されずに連れまわされた少年は一時、意識を失う程のダメージを受けていた。

 

 例え今は何もなくとも病院で精密検査を受けるべきで、自分達よりはるかに優先されるべきであると先にいた二人は思った。

 

 

「砂藤くん……、だったかしら? 聞いたわ。洸汰のためにありがとう」

 

 

 車内の微妙な空気を悟ったのか、マンダレイは遠慮がちに感謝の言葉を述べた。

 

 

「いや、俺は……」

 

 

 そう言われても砂藤は何もできなかったと思っている。

 

 だが、今そんなことをあえて口にするのも憚られるため黙るしかない。

 

 

 そんな中、洸汰少年は先んじて車に乗り込むと砂藤の方を向き、何か言いたげに口を開くがすぐ目を逸らしてしまう。

 

 そんなことを何度か繰り返すうちにマンダレイがそっと彼の背を支えた。

 

 

「ほら洸汰、お兄ちゃんにいうことあるんでしょ?」

 

「うっ……、その」

 

「他のお姉ちゃんやお兄ちゃんには言えたでしょ」

 

 

「お……、お兄ちゃん達のおかげで……、た、助けてくれてありがとう……」

 

 

 その言葉を聞いて、砂藤はヒーロー科の末席にいるものとして、心配をかけないよう、最大限誠意を持って明るく返事をしようとするが……、

 

 

「あ……」

 

 

 できなかった。

 

 

「な、泣いてる!? どこか痛い?」 

 

「いや、あぁ、違くて」

 

 

 自分でも驚くほどの量の涙に砂藤は心配を掛けまいと手で拭うが、それでも頬を濡らすほどに、目から流れる涙は止まらない。

 

 

 何もできない自分だが、目の前の少年は生きている。

 

 今ここで照れたように俯きながら、ほんの少しの笑みを見せてくれた。

 

 それだけで砂藤はどうしようもなく自然に目から涙が溢れでてくる。

 

 

「お、俺の方があ、ありがとうって……、お、思えて……!」

 

 

 大男が子供相手に大泣きするなど、子供にとっては恐怖すら覚えさせるかもしれない。そう思い砂藤はとうとう服の襟で無理やり顔をぬぐうが、それでも涙は止まらない。

 

 

 そんな情けない姿を砂藤は短くない間、晒すしかなかった。

 

 

 

 車内に静穏が戻ったのは、救急車が動きだしてしばらくたった時だ。

 

 

 

 

「改めて、本当にありがとう砂藤君。洸汰のこともだけど、ピクシーボブとラグドールの救助もしてくれて……」

 

 

 初めにマンダレイが気遣うようにそういった。

 

 

「いえ……、ラグドールは施設のところに飛んできたビー玉から突然現れて……、きっと誰かが救助してくれたんだと思います……」

 

「それでもよ」

 

 

 誰か、と砂藤は表現したがその脳内に一人の少女を思い浮かべる。

 

 

「そういえばマンダレイがここにいるということは現場は落ち着いたんですか?」

 

 

 テレパスの個性を持つマンダレイは事件後も情報の伝達共有の司令塔として、指示を出して回っていた。

 

 その彼女がここにいるということは一応の区切りをつけ、引き継いだものと考え砂藤はそう問いかける。

 

 

「……えぇ、現場は虎に、洸汰に付き添うように言ってくれてね……。それでなんだけど、その……」

 

「本条のことは切島から聞きました」

 

 

 何かを言いよどむマンダレイ。だが砂藤は表面上は落ち着き払った声でそう答える。

 

 

「そう……。その、確か彼女と貴方、幼馴染だったのよね?」

 

「……はい」

 

 

 プッシーキャッツ達にも事前に訓練のカリキュラムのため、生徒たちの情報は知らされている。

 

 その中には各々の略歴もあり、少女の過去も記載してあった。

 

 自分に身を寄せている少年と似た境遇であることからも気にはかかっていたマンダレイであるが、会話から洸汰少年の身に起きたことと同じように、彼女も仇と呼べる敵と対峙することになっていたとは何たる運命であるかと、マンダレイは心の中で天を仰いでしまっていた。

 

 

「私達がいたらないばかりに彼女が……」

 

 

 その言葉を砂藤と切島は即座に否定する。

 

 

「それは違いますマンダレイ、俺が……!」

 

「プッシーキャッツが大変なのに……!」

 

 

 同時に声を出し、目が合う二人。一拍おいて両者の意見は一致した。

 

 

「切島、いい加減止めるか、こういうの」

 

「あぁ砂藤、自分を責めてる時間なんてねぇよな」

 

 

 苦笑いで通じ合う二人にマンダレイは瞬きをする。

 

 

「もうさっきに二人で同じことしてたんです」

 

「正直言ってすげぇダサかったよな俺達。うじうじと何時までも、男らしさの対極にいたぜ」

 

 

 マンダレイはそんな二人を申し訳なさそうに見る。

 

 

「そう。すごいわねあなた達。私なんかより全然強い。最近の若い子ってみんなそうなの? 他の子たちも、もう同じように立ち直ってたわ」

 

 

 恐らく、自分が一番時間がかかったのだろうと思いながら、砂藤は他のA組の面々の芯の強さを思い出す。

 

 

「ほんと私って駄目ね。ヒーローやってるくせして結局敵から洸汰を守ったのも、……心を救ったのも貴方達のおかげなんてね」

 

 

 そんな風に目を逸らすマンダレイ。砂藤はなにかマンダレイに言いたげな洸汰少年と目が合い、しばらく見つめあってから、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

「その……、マンダレイ、それはきっと違うと思います」

 

 

 意外そうに驚いた顔をするマンダレイに、こんなすごい人でも自分のすごさを理解していないのかと呆れからくる笑いを零して砂藤は話を続けた。

 

 

「全てのヒーローがマントを付けてるわけじゃない。洸汰君を救ったのは……、きっと誰かが救ってくれると欠片でも信じることができたのは、最後に現れたヒーローじゃなくて、きっと……、ずっと隣にいて支え続けてくれた誰かだ」

 

 

 マンダレイは呆気にとられながらも砂藤の顔を見た。

 

 砂藤はそれに気づかず、何も言わぬ洸汰少年の目をじっと見ながら、まるで確認を取りながら話すようにゆっくりとさらに言葉を続ける。

 

 

「それは、本当にすごい、すごいことなんです。地味で辛くて報われなくて、それでも隣に寄り添い続けた誰かは、きっとヒーローなんかよりもその子にとっての一番のヒーローだ」

 

 

 洸汰少年の目がマンダレイの顔を見上げる。

 

 それを見て、自分の役割は終わったと砂藤は顔をマンダレイへ戻そうとするが、そこには茫然とした表情のまま静かに涙を流すマンダレイがいた。

 

 

「し、知ったような口ききました……! すいません!! ただ本当に俺はそう思っただけっていうか!」

 

 

 驚いてしまった砂藤はしどろもどろになりながら弁明するが、担架に固定された体、その太ももが軽く小突かれる。

 

 

「てめっ、砂藤! そこまで分かってるんなら自分はどうだってんだ! 自分は!?」

 

「あぁ!? 何を聞いてたんだテメェ切島! 俺とマンダレイは比べることも烏滸がましいわ!!」

 

 

 そんな二人の言い争いはマンダレイが突然しゃがみ込み、洸汰少年を抱きしめたことでピタリと止んだ。

 

 

「洸汰ッ!!」

 

「うん……」

 

「洸汰ぁ……!!」

 

「うん……!」

 

 

 強く抱きしめるマンダレイ。驚いたような少年は、しかし同じようにマンダレイを抱き返す。

 

 

「ほ、ほんとうは、シノおばちゃんに一番いわなきゃいけないとおもって……。だけど、いえなくて……!」

 

「うん……!」

 

 

 次第に震える声、少年の目には大粒の涙が溜まっていく。

 

 

「ご、ごめんなさい。それで、ありがとう……。まもってくれて……、そばにいてくれてすごくうれしかった……」

 

「う゛……、う゛ぅぅ……、ごめん、ごめんね……! 苦しんでいた洸汰のそばにもっといれなくて……! ヒーローの自分ばかり優先してごめんねぇッ……!!」

 

 

 強く抱きしめあい、二人はとうとう互いに泣き出してしまう。

 

 砂藤と切島は最後に目を合わせると、せめてもう少しこの時間を取れれるよう、静かに口を閉じた。

 

 

 

 

 

「情けない所みせちゃったわね」

 

 

 気まずそうにそう話すマンダレイは少し照れ笑いを浮かべる。

 

 

「いや、俺達も人のこと言えませんから、救急隊の皆さんも初めからすいません」

 

 

 頭を下げる切島と砂藤。

 

 しかし救急隊の面々は手を振って、顔を車の進行方向に向けた。

 

 運転手以外に車内にもう二人乗っているが、片方に至っては目頭を押さえながら病院へのナビ画面を見ている。

 

 いい加減、怪我人は怪我人らしく、運ばれるべきだろうと各々の場所に座って車に暫く揺られた。

 

 砂藤も脇にある画面、自分の血圧や脈がリアルタイムで分かるモニターを見ながら小さく呟く。

 

 

「なぁ切島」

 

「なんだよ」

 

「さっきの話の続きなんだけどよ」

 

 

 大人しくしておくべきだとは分かっても、この車を降りれば別々に分かれてしまうだろう。

 

 なら今言うべきだと砂藤は切島を見る。

 

 

「切島、やっぱ俺はヒーローじゃねぇよ。正直ムーンフィッシュの……、ヴィランの命とはいえどうでもいいって思っちまった。ヒーロー失格だ」

 

「だからそれは……」

 

「でも切島、アイツの手を汚させないでくれてありがとう……。本当に感謝してるんだ」

 

 

 自分は万人を助けられるヒーローじゃない。たった一人の泣いている少女すら助けられなかったあの時から、どうしようもなく砂藤は自分がヒーローではないと知っていた。

 

 

「けどそれは、アイツがそんな方法で救われて欲しくねぇって俺の我儘で……、そばにいれなかった俺はそもそもアイツの呼ぶ助けの中には入ってなくて」

 

 

 もはや彼女を“助ける”ということすら彼にとっては許されざる傲慢で、彼女にすら望まれていないだろうということは痛いほど理解できていた。

 

 

「……それでも俺は何があってもアイツを取り戻すよ。もっと楽しくてあったけぇお前達みたいなヤツらの所にいて欲しい。どう思われても、アイツに拒絶されても、俺は……」

 

 

 

 だから砂藤の原初の願いはただ“それ”だけなのだ。

 

 

 

「俺は泣いてるヤツの顔がイヤで、ソイツの笑顔をどうしても見てぇんだよ」

 

 

 

 砂藤力道の始まりとはつまり“それ”。

 

 子供の我儘のような、ありふれた願い、それが彼の初期衝動。それこそが彼の原点。

 

 

 

「俺はどうしてもそういうのが気に食わねぇんだ。ははっ、ガキみてぇなこと言ってわりぃんだけどよ」

 

 

 砂藤は自身の原点を自覚すると同時に、唐突に砂藤の脳内に助けを求める小さな女の子が思い浮かぶ。

 

 

 あの時に見た黒い服を着た少女の憤怒の表情、その中に押し込められた必死に助けを叫ぶ少女の泣き顔。

 

 あの時の表情、会話、彼女の苦しみ。

 

 その時、彼は初めて、封じていた過去を鮮明に思い出し、彼の脳内の違和感が繋がっていく。

 

 

「……そうだったのか……? そうなのか本条……」

 

 

 脳裏に浮かぶ自責の念。砂藤は一度だけ目を固く瞑り、目を開けた。

 

 

 切島はそんな砂藤をみて一つの質問を問いかける。

 

 この手の問いかけはこれで最後、それ以上は何も言わないと心に決めたあと、簡潔に砂藤にたった一つだけ問いかけた。

 

 

「行くのか?」

 

「行く」

 

 

 そして切島はどっかりと車内の椅子の背に体重をかけて大きくため息を吐いた。

 

 

「砂藤、お前、マジで漢だぜ」

 

 

 そんな話を目の前で堂々と言われたマンダレイは瞠目し、憎まれようが言わなければいけないと思い口を開きかけるが、それに先んじて砂藤はマンダレイを見た。

 

 

「マンダレイ、一つ聞いても良いですか?」

 

「……なにかしら?」

 

 

 言葉の端から警戒の色が見える声。意外にも砂藤の声は落ち着いていた。

 

 しかしそれは張り詰めた一本の鉄糸を思わせる落ち着きだった。

 

 

「ラグドールの個性“サーチ”は目で見た相手の居場所や弱点が分かるんですよね?」

 

 

 マンダレイの目が咎めるようなものとなる。

 

 

「そうね。けどごめんなさい……。トモコが目を覚ましても、あの子の居場所を今のあなたに教えるわけには……」

 

「いえ、違います。本条の個性について何か言ってませんでしたか?」

 

 

 突然の言葉、予想していた問いかけとは違う内容に、マンダレイは面食らう。

 

 その質問を不審に思いながらも罪悪感に近いものも感じていた彼女はつい答えてしまった。

 

 

「……彼女の? ……ラグドールのサーチは相手の肉体的情報や位置をリアルタイムで読み取るもので個性自体の詳細が分かるものじゃないの。でも、確かにそれを調べる中で個性のクセというか情報が分かることはあるみたいだけど……」

 

「本条の個性について何か言ってませんでしたか?」

 

 

 何故、この場面でそんな質問をするのかわからないまま、覚えている範囲の記憶をマンダレイは辿る。

 

 

「いえ、あの子の個性は“成長”でしょ? 成長の名の通り負荷に対して目に見えて耐性があがってると感心しながら話してたけど。……いえ、でも確か少し気になるとは言ってたわ。なんだったかしら……」

 

「……ラグドールはなんて?」

 

「その……、私もその時詳しく聞かなかったから呟きを傍で聞いただけなんだけど、ラグドールがあの子の動きを見て、時々首をかしげてることがあって」

 

 

 砂藤の意図が読めないマンダレイは困惑しながらも指でこめかみを押して思い返そうとする。

 

 

 

「“ブレてる” 動きと心が合ってないみたいだって」

 

 

 

 その言葉を聞いて、彼の心の中に嵐が吹きすさぶ。

 

 しかしその心内に反して砂藤は巌のような顔を浮かべた。

 

 

「そう……、そうなんですね……。ありがとうございましたマンダレイ」

 

 

 何かを思い返し、それをただ見続けることしかできないような苦悩を押し込めた表情。

 

 

 

「あのおねぇちゃん……、多分、オレといっしょだったんだね」

 

 

 その時、マンダレイの横にいた洸汰少年がポツリと呟く。

 

 情報の全てを理解した訳ではない、だがその言葉は洸汰少年にとって確かな真実なのだろう。痛ましそうな表情を浮かべている。

 

 

「本当は自分の個性なんて大嫌いなんだ。オレよりずっと個性を嫌って……、ううん、多分だけど仇と同じくらい自分と…… “自分の個性を憎んでた”」

 

 

 少年の言葉にマンダレイと切島は呆気にとられたような表情をする。

 

 当然だ。

 

 彼女の所属は雄英高校ヒーロー科。みな自分の個性に少なからず誇りを持つ。だからこそ自身の個性を憎む者などいないと普通の人間なら思うのだろう。

 

 

「あぁ……、だから轟は、アイツと……」

 

 

 だが砂藤はその言葉を素直に受け入れる。

 

 本条と轟と洸汰少年、その繋がりに気づいた砂藤はどうしようもなく納得してしまった。

 

 

 

「……そろそろ。病院に到着しますので」

 

 

 

 救急隊員にそう言われて窓を見れば、大きな建物が見えてくる。

 

 

 

「その、砂藤君、貴方の心は察するに余りある。けどね、私がこんなことを言うのは情けないけど、お願い、今はただ体を休ませて。プロヒーローを信じて頂戴」

 

「今は体を休ませます」

 

 

 自身の言葉が砂藤を動かせたか信じられず悩むマンダレイ。到着した病院にはすでに警察が詰めている。

 

 それぞれが分かれて運ばれる中、最後にマンダレイが警官の一人と話している姿を砂藤は見た。

 

 

「えぇ……、おそらく……、無理をしてでも……、だから警備を……、見守ってあげてください……、彼はもうどうしようもなくヒーローなんです」

 

 

 とぎれとぎれの小さなささやき声、その言葉を砂藤は聞くことはなかったが関係なかった。

 

 

 今は体を休める。

 

 

 その時はすぐ来るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂藤は己の体を癒すため、とにかく眠った。

 

 彼が意識を失ってしまったのは個性使用による体内の糖分の減少によるものだが、マスキュラーとの戦いによって肉体的ダメージも強く受けていた。

 

 肩の亜脱臼と大腿や上腕を中心とした全身の筋挫傷、幸いにも骨折はないが全身打撲により体のいたるところが悲鳴をあげている。

 

 医師からは良くても1週間は入院という診断。

 

 運ばれた初日は全身に装具を当てられ、高熱を発し、体は軋みロクに動かせず、トイレも人の手を借りねばいけぬ始末で、尿器の中の液体は筋肉の損傷で真っ赤な色をしていた。

 

 そんな中でも砂藤は比較的行儀よく、医師の指示に従っていた。

 

 なぜか意識を取り戻して会話ぐらいは行えるというのに、全快後にまた話を聞くと病室の前に動かぬ警官が詰めていたとしても、彼は丁寧に感謝を口にし、ただベッドに横たわる。

 

 

 彼は待っていた。

 

 

 入院から三日目、ようやく熱が引き始めた頃、雄英の皆が見舞いに来る。

 

 

 砂藤を心配そうな目で見るクラスメイトの面々、そんな彼らを逆に心配させまいと落ち着かせるように談笑した。

 

 話の最後に砂藤は何か言いたげな切島の表情に気づく。

 

 

「なぁ、砂藤、実は……」

 

「大丈夫だ。切島は切島のやりたいようにやればいい」

 

 

 皆が病室を後にしようとする時、小声で話しかけてくる切島に砂藤は首を振って答える。

 

 

「いや聞いてくれ。さっきラグドールが偶然目覚めた所に出くわしたんだ。ラグドールの個性サーチでアイツの居場所が……」

 

「いいんだ。今俺のすべきことはとにかく体を休めることだ。……それを聞いちまったら、もう一秒だって俺は正気でここにいられなくなる」

 

「そうか……。でも意外だったよ、お前がまだ病院にいるなんて」

 

「まぁな、()()()無茶すんなよ」

 

「……あぁ」

 

 

 切島は何かを察したのか、それ以上のことは聞かずに去っていく。

 

 

 砂藤は本来なら今すぐ飛び出してしまう自分を理性で押さえつけている。

 

 自分の肉体的な苦しみなどはどうでもいい。

 

 攫われた彼女のことを思えば。

 

 いやそれ以前に()()()()()()()()()()()()()()を考えれば正気でなどいられなかった。

 

 それでも、今自分に行える唯一許された行為はただ時を待つことだけで、自身の衝動など何の価値もない。だからこそ砂藤はただベッドの上で体を休めることのみに専心していた。

 

 

 

 

 そして時は来る。

 

 

 時計の振り子のように規則的な靴音とぶっきらぼうな硬い靴音。

 

 

 彼は近づいてくる二つの足音を確かに聞いた。

 

 




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