個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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調査

 

 

 砂藤力道は考え込むように頬杖を突きながら薄目を開けて、教室を眺めた。

 

 

 時は期末試験前、学生たちはテストを目前に最後の追い込みをかける者が多く見られる。

 

 高い水準を求められる雄英高校ヒーロー科ではヒーローとしての振る舞いは当然として、学生の本分である勉学にも高い水準を求められていた。

 

 

「ねぇ本条さん! 次の数学で当てられそうなのに、問題の答えが全然わからない……! 助けて……!」

 

「うぅん……、そういうのは自力でやらないと意味ないんじゃないかな……」

 

「や、ヤオモモみたいなこと言ってる……! なぜ? なぜなの? どうして優等生はみんな同じようなことを言うの……!」

 

「いえ、芦戸さん、それが勉強というものですからね? 本条さんの勉強の邪魔をしては悪いですよ。解き方なら私が教えますから……」

 

「正論では人を救えない……! あと10分でこの問題を解く力が私にはない!!」

 

「芦戸アンタ……、これが正道で人を救う、ヒーローの卵の姿なの……?」

 

「ふっ……、耳郎も頭いいもんね。所詮は()()()側ってことなんだね……」

 

「なんで芦戸はこんなことで闇堕ちしそうになってるの……?」

 

 

 以前と比べれば格段に話しやすくなったと言える彼女ではあるが、クラスメイト達の会話に耳を傾けているのかいないのか、明らかに高校教材レベルではない何らかの書物を読み終え、気だるげに紙に何かを書き込んでいる。

 

 

「そういえば本条さんは今何をみられていたのですか?」

 

「ポルトランドセメントの材料科学とかフレッシュコンクリートにおける流動学とかかな……」

 

「ポル……、ポ……、ポルトガル……?」

 

「私も創造の個性ですからよくその手の本を読みますけど、セメントも奥深いですよね。クリンカー化合物の割合で性質が変わったり」

 

「クリ、クリリンのこと……? ドラゴンボールと何か関係が……?」

 

「はいはい、多分違うから。ほらやっぱり邪魔しちゃ悪いし向こうで問題解くよ。私付き合うからさ……」

 

「本条さんも素材化学にご興味が? でしたら僭越ながら私も少し知って……!」

 

「あぁ、今はそれは読み終わったからもうよくて、放課後に体を動かしたいから、訓練場の使用申請書を記入してるの」

 

「そ、そうでしたの……」

 

 

 

 仲良く話す少女たちの会話を盗み聞く砂藤は、なにか自分が悪いことをしている心持になってしまうが、それでも彼女を視界の端で追う。

 

 曖昧に笑う本条桃子はそうしているうちに自分の作業に戻ってしまった。

 

 そんな光景を見れば、壊滅的な没交渉を貫いていた以前と比べ、たしかに人当たりは良くなっただろう。

 

 クラスメイトの何人もそう言い、彼自身もそうは思う。だがその態度に、どうしても一枚張られた膜のようなものを感じてしまう砂藤は、その違和感を言語化できずに燻っていた。

 

 彼女の秘密を探れと言われた砂藤であるが、直接探るような真似もできず、ただ遠くから眺めるだけのまま、一日の授業が過ぎていくことに内心歯嚙みをしていた。

 

 

「どうしたんだ砂藤、腹痛か?」

 

 

 そんな風に唸りながら難しい顔をしていたからであろうか、隣のクラスメイトから声をかけられる。

 

 この雄英高校ヒーロー科A組の席順は50音順。

 

 その並びで砂藤は中央最後方の席。体の大きな自分は人の邪魔にならずに丁度良いと思っていたが、そんな砂藤の隣の席の男、普段は無口な轟焦凍が話しかけてきたので彼は少し驚いた。

 

 

「おぉ、いや考え事しててな、別に体調が悪いわけじゃねぇんだ」

 

 

 轟はそうか、と一言だけ零した後に砂藤の目線を確認し、

 

 

「本条のことでなんかあんのか?」

 

「いや……、その……」

 

「なんだ、聞いちゃまずかったか。忘れてくれ」

 

 

 言いよどむ砂藤に轟はさらに直截に答えを出してしまうのだから砂藤は動揺する。

 

 普段は口数少ない男であるが、人の機微には聡いというアンバランスさに驚きを隠せないまま、砂藤は白旗を挙げた。

 

 

「あー、まぁそんな所だ。最近アイツ人当たり良くて明るくなっただろ。何かあったのかなって思ったんだ」

 

「砂藤はあれを明るくなったと思ってんのか?」

 

「いや、まぁ、それは……」

 

 

 容赦がない、そんな風に砂藤は感じる。

 

 だがそれは口に出した表面的な話より、確かに今砂藤が抱えている疑問であった。

 

 

「俺は、上手く隠すようになったなって思った。別にそれも悪かないけどよ。前の“自分は不幸ですけども誰の助けもいりません、でも本当は誰かに助けて欲しいな”って感じのあのナメた態度……」

 

 

 流石にそれは言い過ぎだろうと砂藤は口を挟もうとするが、轟の方が少し早い。

 

 

「おいおい轟それは違……」

 

「前の俺と同じみたいな態度の方が今よりマシだったと思うぜ」

 

 

 思えば轟も入学当初は今よりずいぶんと刺々しいものであった。

 

 それが明らかに変わったのは雄英体育祭、恐らく緑谷と戦った時からであろうと砂藤は考える。

 

 事情通ではない砂藤でも、轟が父親と自身の個性の半分である炎を忌み嫌い、悩んでいたという話は知っていたが、体育祭での緑谷との戦いの後の憑き物が落ちたような轟を思い返せば、きっと緑谷が轟を変えたのだろうとはわかってしまう。

 

 

「俺は緑谷に変えてもらった。ちょっと重い言葉で言えば救われちまったのかもな」

 

「あぁ、緑谷はすげぇ男だよ」

 

「……まぁ俺の話はいいんだ。それで、体育祭で戦った時に俺を見ていたアイツの顔、覚えてるか?」

 

 

 首を振りながら、砂藤は思い返す。

 

 確かに試合の前に何か言葉を交わしていたが、遠くからでは表情までは窺えていなかったというのが正直な話である。

 

 

「泣きそうな顔してたよ。なんでお前だけって。まぁなんだ……、悪いことしちまったな」

 

「泣きそう……?」

 

 

 言葉を選ぶなら轟の話は察する力と比べると伝える力は……、抽象的だった。

 

 しかし、変に飾らない言葉はどうにも真実らしく聞こえてしまうので砂藤は聞き入ってしまう。

 

 

「心の底じゃ多分本条も助けて欲しいと思ってる。けどよ俺が言うのもなんだが意地を張っちまうとそれが出来ねぇもんなんだよな……」

 

「轟はどうすれば本条が助けを呼んでくれると思うんだ?」

 

「……砂藤みたいなお節介な奴らがA組にはわんさかいるからな。まぁ悪いことにはならねぇんじゃねぇか?」

 

「いや俺は……、俺は違う。きっと俺じゃダメだ」

 

「そうか? 大変だな、お前も」

 

 

 砂藤は思わず重い感情を引き出されてしまう。それを轟は深く追及するわけでもなく軽く返す。

 

 奇妙な会話の応酬、どうやら言いたいことを言い切ったのか、砂藤の暗い顔を見たせいなのかは分からないが、轟はこれ以上踏み込んだ話をするのは止めたようだ。

 

 

「俺も期末対策するか。こういう時、本条がどう思ってるかは知らねぇが、傍から見たらアイツの個性が少し羨ましい」

 

「それは分かる」

 

 

 話題は軽く学生らしいものへと。

 

 

「俺の個性は戦闘ぐらいしか輝きようがねぇからな……」

 

「いやいや、前から思ってたんだけど轟の個性の “半冷半燃” お菓子作りに滅茶苦茶便利そうだと思ってた」

 

「コンロを捻れば炎が、すぐそこに冷蔵庫がある現代だぞ?」

 

「お前は世のお菓子作り趣味人達が如何に不安定な姿勢で日夜必死になってクリームや生地を冷やしたり温めたりしながらかき回しているか知るべきだ。はっきり言おう。お前の天職はヒーロー以外ならパティシエだ」

 

「マジかよ……!」

 

 

 轟との会話から何か掴めそうであった砂藤ではあるが、その何かは分からずじまい。

 

 結局はいつも通り、彼女を遠くから見守る砂藤力道。

 

 そんな風に過ごしていれば直ぐに時間は過ぎていく。

 

 

 

 自身に課せられた任務が上手く行かないことに焦りを覚えずにはいられない砂藤は、数少ない協力者にしか悩みを吐き出すことしかできない。

 

 

 

「……なぁどう思う、心操?」

 

「その手の話を良く俺に聞けるな」

 

「頼む……! お前しか頼れないんだ……!」

 

「なんで俺が……、はぁ……、俺が思うにだな……」

 

 

 真剣なまなざしで心操に問いかける砂藤。心操は仕方がなくといった様子で口を開こうとするが……

 

 

「あっ砂藤さん、お疲れ様です!」

 

「おぉ! お疲れ!」

 

「前教えてくれたとこの店のプロテイン、特売でめちゃ安かったです。助かりました!」

 

「プロテインは学生の俺達にとって死活問題だぜ。お前もお得情報があったら教えてくれよな!」

 

「はいっ!!」

 

 

 そしてすぐさま真剣な眼差しで改めて心操に問いかける砂藤。

 

 

「……心操に聞くのも酷だと思うが、お前ぐらいにしか相談できなくてな」

 

「俺がおも……」

 

 

 

「砂藤さんお疲れッス」

 

「おぉ、今日もお疲れ!」

 

「砂藤さんのアドバイスのおかげでさらに体がデカくなった気がするッス!」

 

「気がするじゃねぇ! 着実にデカくなってるぜ! お前の努力でな!」

 

「へへッそうっスか? なんだか照れるッスね」

 

 

 砂藤は話し終えると笑顔から真面目な顔に引き戻し、自身の形のない疑問を心操に投げかける。

 

 

「あいつがいい方向に向かってる。そう信じたいんだがどうしても引っかかっちまう。なぁお前ならどう見る?」

 

「……俺が」

 

 

 

「砂藤……、はいコレ」

 

「おっどうし……ってこれBCAAじゃねーか! どうしたんだよ!?」

 

「グレープ味、気に入らなかったの。アンタにやるわ」

 

「まっ、マジかよ……!」

 

「その代わり、次時間が空いた時でいいからアドバイス頂戴……。ちょっとリハビリで行き詰まってるの」

 

「いいぜ! 俺にできることならな!」

 

 

 この違和感の正体、自分だけでは行き詰ってしまった砂藤は心操の意見を聞きたかった。 

 

 

「何でだろうな……、あいつは確かに笑ってるはずなのに、どうしてもそれが俺には笑顔に見えねぇんだ……」

 

「……」

 

 

 砂藤は真面目な顔を心操に向ける。

 

 

「なぁ心操、お前ならどう思う?」

 

「……おまえさぁ……」

 

 

「おう! 砂藤! 今日も精が出るな!」

 

「アンタもな!」

 

「まて……! 真面目な話をしたいならまず、せめてもう少し深刻さを持続させろ……!!」

 

 

 その絞り出すような言葉を無視し、砂藤は無駄に暑苦しいあいさつの後、心操の方に顔を向け直す。

 

 

「俺はどうすれば……」

 

「そこから真面目な相談への軌道修正は無理があんだよ」

 

 

 心操は心底うんざりした顔をする。

 

 

「あぁ、それでさっきの相談なんだが、会話の途中で途切れて話がよく分かんなかったよな……」

 

「ちげぇよ。あんなふざけた態度をとってたんだ。大した悩みじゃねぇと無視してたんだよ」

 

 

 刺々しい態度をとる心操だが、その罵倒に全く顔色を変えていない砂藤に、まるで堪えていないことは明白だった。

 

 

「悪かったって。ヒーローがいちいち弱音吐いてたらみんな不安だろ」

 

「その気遣いを俺にも向けられないのか?」

 

「だって、お前はヒーローだから別だろ?」

 

「おまっ……」

 

 

 素面でそんなセリフを言ってくる砂藤を心操は睨む。

 

 

「…………クソが」

 

「な、なんだよ、そんなに睨むなって」

 

 

 心操と場所を同じくしてジムで鍛えている砂藤は、心操にヒーロー科がどのような者達の集まりであるかの一端を見せつけた。

 

 心操にヒーロー科に知り合いは多くないが、ヒーロー科達のこういった真っすぐさが、どうにも彼は弱かった。

 

 一度心のドアを閉め直してから、諦めたように口を開く。

 

 

「……で、相談ってのは本条のことか」

 

 

 

「チィーッス! 砂藤じゃん、今日も筋肉キレてんね!」

 

「ハハハ、あんがとよ!」

 

 

「聞けやおいコラ」

 

 

 

 

 

 心操は一旦ジムを出て、普通科本棟の脇にある人のまばらなベンチまで砂藤を連れていく。

 

 ようやく落ち着ける場所についてほっとした後、少し間を置いて心操は、なぜ自分が気を遣ってトレーニングを中断せねばいけないのかと苛立った。

 

 

 

「マジでいつの間に仲良くなってんだよ……。お前がジムにいる時間、殆ど俺と一緒のはずだろ」

 

「いや、心操がトイレ行ってるときとか、疲れでバテてるときとか、暇だからちょっと雑談してただけだが……?」

 

「俺にゃ暇だから知らない奴に話しかけようとする奴の神経が理解できねぇよ。これが根明って奴か……」

 

「ここにいる奴らは自分を鍛えようって奴らだからな、自然と話は合うだろ。つーか俺程度で明るいとか言い過ぎだ。芦戸……、俺の知ってる人好きの奴ならすでにあそこの全員と友達になって踊り狂ってるぜ」

 

「いやそんなわけ……、流石にそんなわけないよな……?」

 

 

 根明、圧倒的な陽の気。

 

 

 根本的に自分とは違う思考に、心操はかつてないほどヒーロー科への道が険しいものであると覚悟させられていた。

 

 何をどうすれば、これだけ簡単に他人と親しくなれるのかが心操には理解できない。

 

 

「まぁそこは本題じゃねぇ。心操頼む! 相談に乗ってくれ!」

 

「はぁ……」

 

 

 この男がずっとこんな態度だと自分の特訓に集中できない、そう考えることにして心操は話を聞いた。

 

 

「……という感じで、急に態度が変わっちまってな」

 

 

 心操は諦めて砂藤の話を聞いたが、その内容は憎い仇が急に周りとの交流を持ち始めたという、彼にしてみればだからどうしたという内容である。

 

 

「だからそれは、アイツがサーのとこで予知を扱えるようになったから変わったんだろ」

 

「そりゃそうなんだが……、それでもどこか違うんだ。それにアイツが何をしてぇのかもわからねぇし……」

 

「ハッ……、俺に言わせればどうせ自分の都合のために、わざと親しくしてるのがオチだと思うがな」

 

 

 心操は相手を煽るような可能性を口にしてせせら笑う。

 

 

「あぁ、……心操はそう思うか? …………うーん、そうか……」

 

 

 だが、いつもなら例の女の悪口を言うたびに訂正しようとする男の歯切れは悪く、心操は肩透かしを食らってしまう。

 

 

「……実は俺もな、あいつは何かをしようとしてるんじゃねぇかって思うんだ」

 

 

 それどころか自分の意見に同意し始める砂藤を見て、心操はなぜか面白くないものを感じてしまっていた。

 

 

「……おいおい、いつもの調子はどうした。いつもなら、そんな奴じゃないだのうるせぇってのに」

 

「少しは見えてたあいつの本音が最近は全く見えない」

 

 

 砂藤はそう呟いてかぶりを振る。

 

 

「確かに人と話すようになった。でも、なんつーかそれだけなんだ。心操の言うように一歩踏み込んで近付くと、その分、器用に一歩下がっちまう。うすうすクラスの奴らも気づいてるけどな……、それが俺は無性に悲しい」

 

 

 そう語る砂藤はため息をつく。

 

 

「サーに本条の個性を調べろって言われちゃいるが、正直お手上げだ。そもそも俺は本条に完全に無視されてるしな……」

 

「多少はとっつきやすくなったんなら、話しかければいいじゃねぇか」

 

「いや、俺への扱いは変わってねぇし……、まぁそれは当然だからいいんだが……」

 

 

 そういいながら、あからさまに落ちこむ砂藤はその巨体からは想像できない程に小さく見えてしまう。

 

 

「うっとうしい奴だな。……サーには聞いたのか?」

 

「聞いた。“観察を続けて機を待て。お前にしか気づけないことがあるはず” だそうだ」

 

「流石にクソすぎないか?」

 

 

 あまりに放任が過ぎる助言と思わざるを得ない心操は眉をしかめる。

 

 

「でもサーだって色々やってくれてるし……、心操の個性の訓練もつけてくれてるんだろ?」

 

 

 サーとの出会いから時が経ち、部活とやらの活動は続いている。

 

 話が行き詰まってしまった時にはサーが代わりに砂藤と心操に個性の手ほどきをすることもあった。

 

 

「前の部活の話か……。個性の把握の為に延々とお前に洗脳をかけたかと思えば、今度はそれを伸ばすためにずっとお前に色々と命令させたが……、サーと言うよりお前に訓練を付けてもらった気分だったんだが?」

 

「なんか俺、特訓の所為で心操の洗脳にかかりやすくなってる気がするんだけど……」

 

「そりゃお前が単細胞だからだ」

 

「まぁ、おかげで色々なことが分かっただろ? 心操の洗脳じゃ、質問みたいな頭を使わせるような複雑な命令はできないとか……。そうだぜ! だから雄英体育祭の時お前が本条を洗脳して言われた言葉はきっとアイツの本心じゃ……」

 

「“しゃべるな”」

 

 

 心操がそう言葉を言い放つと、砂藤の動きは緩慢になる。

 

 

「結局アイツが俺を裏切ったのは変わらない。……お前が気を遣ってるのは分かる。……だがどうしてもそこは譲れねぇ」

 

 

 どうせ目の前の男は洗脳中だと気を抜いてこぼした言葉に、心操は自分らしくもないと鼻を鳴らした後、砂藤の目前で手を叩いた。

 

 

「つってもよぉ……、気を遣ったとか関係なく裏切ってねぇかもしれない可能性だってあるだろ……?」

 

「うおっ!? 洗脳中の会話を覚えてるんじゃねぇ!!」

 

「おぅ! なんか洗脳され慣れたせいで、なんとなく洗脳中の会話を覚えてるぜ……!」

 

「サーの野郎! 何が個性を伸ばすだ!? むしろ効きが悪くなってるじゃねぇか!」

 

 

 結局、二人は唸りながら考えるが、具体的な方策は考えつかずに日は過ぎる。

 

 

 

 

 もはや直接的な方法でやるしかないのかと、砂藤が腹を括りかけたその時、サーの言う通り、千載一遇のチャンスが舞い降りてきた。

 

 

 

 期末演習試験。

 

 雄英の大半を占める学生達の期末試験とは異なり、ヒーロー科のみに課せられる実技試験。

 

 ヒーローとしての総合的な実力が測られるだろう試験当日、学生たちはコスチュームを装備して試験会場へ移動するバスの前に集まっていた。

 

 

「例年だと入試みたいな対ロボなんだろ? 俺の電気で無双! ボーナスステージだぜ!」

 

「フハハハ全部溶かしてやるんだから! 人じゃない分個性を思いっきりぶつけられるもんね!」

 

「あれ、でもなんか先生多くない? こんなに人いる?」

 

 

「あー、それじゃあ演習訓練を始めていく。諸君なら事前に情報を仕入れて、何をするか薄々分かっているとは思うが、演習については……」

 

「ロボ、ロボ! ロボォッ!!」

 

「ククク……、体が闘争を求めてやがるぜ……」

 

 

 試験前の噂では対ロボ訓練が行われるという話ではあったが、生徒達の中でも勘のいい者達は実際に教師の顔ぶれを見れば一筋縄ではいかないだろうということに気づく。

 

 

「内容を……「残念!! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

 

 突然担任の襟元から飛び出す齧歯類、雄英の校長である根津が唐突に試験の説明を始めた。

 

 

「君達には記憶に新しいだろうが、近年の敵の活性化は知っているだろう? 教師の中からも “ロボとの戦闘訓練は実践的でない” という意見が多く出ていてね! これからは対人戦闘や活動を見据えたより実践に近い教えを重視するのさ!」

 

 

 対人訓練、その説明を聞いてから生徒たちは思い至る。なぜか装備をフルセットにして立っている数多くの教師陣の存在に。

 

 

「……という訳で諸君にはこれから、チームアップでここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう」

 

 

 生徒間に走る動揺。それを置き去りに校長から説明を引き継いだ担任は淡々と試験内容の説明をしていく。

 

 

「試験時間は30分で時間切れか目標の達成で試験は終了。各自にそれぞれステージを用意してあるので10組が一斉スタートだ。試験概要はチームに配布される “ハンドカフスを教師にかける” または チームの誰かが “指定された出口から脱出すること” が目的だ。教師達にはハンデとして体重の半分の重りを付けさせてもらう」

 

 

 終了条件の複数提示。会敵し戦闘で勝利するか、逃げて応援を呼ぶという選択をとるかが生徒の判断に委ねられる。

 

 

「……今、戦うより逃げる選択がはるかに容易だと考えたヤツ……、我々教師はお前らの壁だ……。立ち向かうことなく超えさせてやると思うなよ……?」

 

 

 奥に佇む教師陣。

 

 普段の見守り育む教師の眼差しではなく、彼らを品定めするヒーローの目が生徒たちに向けられていた。

 

 

「なお生徒チームと対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度……、もろもろを独断で組ませてもらったから発表していくぞ。まず……」

 

 

 そんな緊張感の中で発表されていくチームの中、砂藤は自身のチーム分けを聞き、少なからず驚いた。

 

 

「切島、砂藤、本条の三人、相手はセメントス先生にお願いした」

 

 

 近づくタイミングがないとは思っていた中で訪れた好機。

 

 それぞれが乗るべきバスを指示された後に砂藤はすぐにあたりを見回して彼女を探す。

 

 

「ほ、本条……」

 

 

 すでに移動用バスに乗り込む本条の背中を見ながら、直ぐに彼はその後に続いて入り口に駆け上る。

 

 

 バスの中、一チーム一台で運ばれるその中で前の方に座るセメントスと、そこから中ほど、バス両側に置かれた長椅子に座る本条。砂藤は一瞬何処に座るべきか迷うが、後ろから快活な声が聞こえる。

 

 

「おぉ! 砂藤! 本条! よろしく頼むぜ!!」

 

 

 切島はさっそく作戦会議をしなきゃだなと言いながら砂藤を押していくと、本条の向かいに置いてある座席に二人で座った。

 

 少し緊張気味で浅く腰を掛ける砂藤だが、相手側は特に何の反応も示さずにいる。

 

 そんな空気を知らぬかのように切島は話を切り出した。

 

 

「俺たちは他のペアより人数が多い3人! こんだけあつまりゃ合格上等だぜ!!」

 

「うーん……、そう簡単にはいかないんじゃないのかなぁ……」

 

「あ、あぁ、そうだな……」

 

 

 本条は砂藤を見ずに切島の方を向くと独り言のように言葉を紡いでいく。

 

 

「今回の組み分けの目的と先生の個性を考えると、私達けっこうキツいかもね」

 

「えっ? だって俺たち三人もいるんだぜ」

 

「相性が悪すぎる。先生が本気出したら勝ち目ないレベルなこっちの天敵だよ」

 

 

 そう言われて砂藤も考えれば、相手であるセメントスの個性はコンクリートを自由に操る個性。

 

 そして砂藤の「シュガードープ」は増強型と呼ばれる個性。

 

 単純な肉体の性能が上昇するこの個性は、どんな場でも使える腐らない個性と評されるが、弱点もある。

 

 いや、それは弱点と言っていいのか迷うものであるが、増強型である以上仕方がない点。

 

 

「……確かに遠くから敵を封殺できるセメントス先生に、俺達みたいな近づかなきゃ話にならねぇ増強型は不利か……。切島も接近戦で生きる個性だしな」

 

「そりゃそうだが、……いや、そんなのどうしようもなくねぇか……? そんなこと言っても俺たちの手が急に伸びるわけじゃねぇし」

 

 

 両手を組んで唸る切島は言葉を漏らす。

 

 それに反応する本条は砂藤ではなく切島へ声をかける。

 

 

「……多分それが出来るかがテストの内容なんだろうね。先生は試験の終了条件とは言ったけど、合格条件とは一言も言ってない。なんとなくだけど、今回のチーム分けにはそれぞれ課題が設定されてる気がしない?」

 

 

 そう言われて切島は他の面々の試験相手である教師の顔を思い浮かべてから手をポンと叩く。

 

 

「……言われてみれば確かに、爆豪と緑谷のチームはやべぇとおもったなぁ。相手がオールマイトなのもそうだけど、主に協調性的な意味で……。やっぱそういうのも試験で見んのか?」

 

「協調性を見られるのは間違いなくそうだろうな。そう考えると確かに試験相手の相性はあからさまに悪いな。口田と耳郎とこの相手はプレゼント・マイクで広範囲音響攻撃が出来て声で戦う二人に優位、飯田と尾白はパワーローダー相手で飯田と尾白の機動力が潰されちまう、青山の光線と麗日の無重力も13号相手のブラックホールで無効化されるだろうしなぁ……」

 

 

 そんなことを想像してみる砂藤だが、不意に視線を感じ顔を上げると、切島は意外そうな顔をしていた。

 

 

「砂藤……、おまえ意外と色々見て考えてんだなぁ……。てっきり俺と同じタイプだと……」

 

「別にそんなんじゃないさ。話を聞いて考えただけだって」

 

 

 砂藤はこっそりと横目で本条を見るが、砂藤が彼女と目が合うことはなかった。

 

 

「あー、じゃあつまりよ、肝心な俺たちの課題は何だ?」

 

 

 切島の疑問に本条は苦虫を嚙みつぶしたような顔で視線をセメントスの方へと向ける。

 

 

「正直理不尽だと私は思うけど、近接タイプの私達は相手を寄せ付けない個性に力を発揮できないということかな……」

 

「いやさっきも聞いたけど、だからそんなの当たり前じゃねぇか……?」

 

「うん、まぁそうなんだよね」

 

「何とか近づくことぐらいは出来ねぇのかよ……!」

 

「そりゃ厳しいだろうなぁ……」

 

 

 砂藤は改めて彼我の戦力差を分析する。

 

 

「たしか体育祭でも即興でステージ作ってたけど、セメントス先生の個性は触れているセメントを粘土のように自在に操る……って感じだろ? 離れた場所で延々とコンクリートで攻め立てられたら俺達は近づけねぇ……」

 

「そこは正面から男らしく突き破って……」

 

「うーん、無理かな。硬化の個性じゃ受けることができても突破できないし、並みの増強型なんて離れて消耗させれば終わりなんだからいいカモだろうね……」

 

「そ、そうだ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「できなくはねぇが、それでぶち破る威力出せるなら俺がそのまま相手の壁を破った方が早いだろ」

 

「ぐっ……、な、なんか弱点とかねぇのかよ!? コンクリートの弱い所とか……」

 

「コンクリートの弱点は外からの圧には強いけど、それ以外の曲げたりひっぱったりする内からの力には脆いと言われてるよ。硬さ故の脆さだね」

 

「おぉ!!」

 

「ちなみにセメントス先生はコンクリートを柔らかくも扱えるから関係ないけどね、もしもだけど先生が生コンの粘度まで操れるなら、基本はビンガム流体として考えるフレッシュコンクリートでもレイノルズ現象が……、まぁ分かりやすく言うと一瞬の高出力攻撃を防げる盾を作れるから破れる可能性すらないよ。まぁ愚策だね」

 

「おぉいっ!?」

 

 

 砂藤と本条の指摘を交互に受け、そのたびに顔を向ける切島は最後に頭を掻きむしった。

 

 

「つーか! 本条! 砂藤! 俺を挟んで議論するんじゃねぇ!! 俺たちの強みは人数だろうが! 強敵ならなおさらだ! おい後ろのボックス席いくぞ! 先生に聞こえないように作戦会議だ!」

 

 

 両腕でそれぞれを指さす切島は二人の手を引いて席を移ろうとする。

 

 

「お、おれはそんな気は……、別に……、だ、だよなほ、本条?」

 

「だそうだぞ本条!」

 

「私は別に、話しかけられてなかったから話してないだけだから」

 

「じゃあ今話しかけてんだから返事してもいいんじゃねぇのか?」

 

「……ごめんね砂藤君、べつに他意があったわけじゃないの」

 

 

 砂藤はその言葉に思わず硬直してしまうが、そのまま切島に両者は力強く手を引かれていく。

 

 

「協調性も試験の内って言ってたのは頭良さそうなお前らだろ? いいから行くぞ! いいですか先生!!」

 

 

 セメントスはこちらの方をちらりと向いて角ばった指で丸を作る。

 

 

「いいよ。うぅん、君ら意外にバランスが良いチームだね」

 

 

 あまり表情を変えないセメントスは普段から関わっている生徒でも分かりにくい程度に口の端を持ち上げる。

 

 

「これは独り言だけど相澤先生からは生徒間の協調性が見られなかったり、頭の良い一人の作戦に乗るようなら多少本気で突き崩していいって言われててね。あっもちろん正面から来たら全力で抵抗してくださいとも言われてたよ」

 

「うっ」

 

「でもまぁ気づいてるなら隠す必要もない。君たちは三人もいるんだ。厳しめでいくから覚悟するように」

 

「ち、ちなみに本条のレイなんちゃらって……」

 

「まぁコンクリートの粘度ぐらいは大体操れるよ。なんならよくそのままヴィランを飲み込んで固めてるね」

 

「ぐっ……」

 

 

 正面からの戦いを提案していた切島は声を詰まらせる。

 

 

「や、やっぱり頭使うのは向いてねぇな。そこらでも役に立ちてぇが難しいぜ……!」

 

 

 そう言いながら頭を掻く切島ではあるが、砂藤はそうは思わなかった。

 

 結局全員が話し合いで協力する流れにならなければ、本条一人が試験の内容を分析し作戦をたててしまっただろうし、作戦の方向性をそれぞれが考えて共有することもない。今このチームの中心はまぎれもなく切島だ。

 

 

「いや、おめぇは漢らしい奴だぜ切島」

 

「それは私もそう思う」

 

「ん? おぉそうか?」

 

 

 自分へのフォローだと思い込んでいるのか、切島は苦笑いを浮かべながらボックス席へ座り込む。

 

 切島に手を引っ張られた砂藤と本条を隣り合うように座らせ、彼らは今回の試験について話し始めた。

 

 今考えられる状況と取れる手段、活発に意見を交わしながらも問題となる点を明らかにしていく。

 

 

 

 彼らはバスが目的地に到着するまで、話し合いを止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<みんな位置に着いたね。それじゃあ今から雄英高校一年期末テストをはじめるよ! レディィィーーー……、ゴォ!!!!>

 

 

 試験開始のアナウンスが鳴り響く。

 

 

 雄英の誇る訓練場、一区画分の都市を完璧に再現されたコンクリートジャングル。

 

 目の前には誰もいないビル街が無機質に生い茂り、彼らを待ち構えていた。

 

 そんな中に佇む三人の内の一人、本条はビルの間にある大通り、その道路の真ん中で目を瞑り何も言わずに耳をそばだてるが、そんな彼女が目を開いたことを合図に彼らの作戦は動き出す。

 

 

「…………予想通り、大通りを挟んで私達とは反対側、北西に向かって真っすぐ移動してる。多分脱出口はそのあたり。ここから東にビルを抜けて4つ目の大通り、3つ抜けて近づいて、そこでこの試験場で一番高いビルの死角から仕掛けて。それまでには私も位置に着く」

 

「じゃあ作戦通りいくか!!」

 

「あぁ」

 

 

 まずは二手に分かれる。

 

 一方は砂藤と切島、もう一方は本条。

 

 彼女が路地裏のビル間を跳ね上がるのを見ながら、砂藤と切島は地を駆けた。

 

 

「ひゃー、速いな。俺たちも負けてられねぇ!」

 

「あぁ!」

 

 

 本条を追いかけるように道を進む砂藤と切島。

 

 そんな二人の真上、ビルの合間を優雅に飛びながら本条はクルリと身を翻し、次に行くべき道を指さす。

 

 

「次はあそこの路地裏か!」

 

 

 本条の誘導に従いながら進む彼ら。最短で道を抜け、3本目の大通りに到達した時、彼女はこちらを振り向かずにビルの合間に消えていった。

 

 

「ここから見える一番大きなビル……、となるとあそこか! 行くぜ砂藤!!」

 

 

 迅速に配置に着く二人はビルの陰で息を整える。

 

 そして二人の肩の上下が収まった正にそのタイミング、大通りの何処かから何かが砕けるような大きな音が、三つ続けて聞こえた。

 

 高い所から物が落ちて砕けたかのような破砕音、それは本条が決めた合図だった。

 

 

「続けて三つ、“作戦に変更なし” 。ゴールと先生の配置は予定通りか……」

 

「へへっ、腕がなるぜ……。じゃあやるぞ砂藤」

 

 

 砂藤は大きく息をついてから身を屈め、その肩の上に切島が飛び乗る。

 

 身を縮めた切島は不敵な笑みを浮かべながら砂藤に身を預けた。

 

 

「なんか面白くなってきたな砂藤。この試験の壁は高い。だからどうするか散々策を練ってみたけどよぉ……、この作戦は悪くねぇ……!」

 

 

 

 

 

 

 砂藤は切島を肩に担ぎながらバスの中での作戦会議を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずこちらの勝ち筋はセメントス先生に接近すること。捕縛するにも逃げるにもそれをクリアしなきゃ無理。逆にそこを評価として見ているなら、多少粗のある作戦でもセメントス先生は乗ってくれるかもね」

 

「ならまずは一旦隠れて機を窺うか……」

 

「相澤先生は逃げるのは難しいと言ってたけども、普通に目的の達成を考えれば戦闘ではなく逃げ一択だね。互いの位置がどうなって始まるかは分からないけど、まず私が先生の位置を探る」

 

「隠れて逃げるかぁ……、ステージってあのビル群だから隠れやすそうではあるけどよぉ……」

 

 

 どことなく気が乗らなさそうに話す切島だが、現実的に考えてそのポリシーを貫くことは難しいだろうと砂藤は予感した。

 

 砂藤の考え通り、本条は現状に対する作戦を理論立てて組んでいく。

 

 

「確認するよ。ステージはコンクリートだらけのビル街、セメントス先生の個性を考えれば最良、こっちにとっては最悪の組み合わせ。流石に正面突破は厳しいだろうね。だからこそ二人は隠れて機を見てからの奇襲で先生の気を引く。その隙を見て機動力の高い私が脱出という手が確実」

 

「俺もそれを考えてた。各々が現状できることを考えれば確かにそれがベストだろ」

 

「うーん、男らしく正面から行きてぇけど……って言ってもこれが今の俺の地力か……。情けねぇ……」

 

 

 砂藤も考えていた策とそれを裏付ける本条。切島もそれに同意してくれた。

 

 実際にセメントスを出し抜くにはそれが一番確実、というよりはそうするしかないという妥当な判断。

 

 

「壁はとても高い。だから遠回りこそが確実で合理的な方法だね」

 

 

 作戦の方針が決まった。

 

 砂藤はその上でどうやってセメントスの裏をかくか考えようとするが……、

 

 

 

「でも、それじゃあ()()()()じゃない」

 

 

 

 今までの前提をひっくり返すような本条の唐突な言葉に砂藤は驚く。

 

 

「い、いや、待ってくれ本条、この作戦で行った方が合理的って言ったのはお前だろ?」

 

「合理的すぎる策は読まれやすい策ということだよ」

 

「あー? いやどういうことだ……?」

 

「私達はただ合格だけすればいいんじゃない。そんな眠たいほど遅い方法じゃ、先生方から貰える評価は凡止まりになっちゃう」

 

 

 本条が成績に拘ることを知っていた砂藤ではあるが、意外な言葉に驚く。彼女はどちらかと言えば慎重派で確実に合格できる道があるならそちらを選ぶような人間だと思っていたからだ。

 

 

「雄英ヒーロー科のモットーは Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)。壁は乗り超えなきゃいけない? 違うよ、そんな遠回りはしない……」

 

 

 

 本条は目の奥に砂藤が知らない光を宿らせながら此方を見る。

 

「壁をぶち破ってでも最速でたどり着く……。 “最速でセメントス先生を捕縛する”」

 

 

 

「おっ……おぉ……!! そうだぜ!! 熱いこと言うじゃねぇか本条!!」

 

 

 一瞬だけ、砂藤は彼女に呑まれた。

 

 目を爛爛と輝かせて放たれる言葉に込められた強い意志に揺さぶられる。

 

 サーから本条の予測の個性は伝えられていたが、彼の知らない彼女の一面がそこにあった。

 

 

「……とは言っても、じゃあどうするんだ? 正面突破に無理があるって言ったのも本条だ。セメントス先生の壁は乗り越えるのも破るのも難しい。だったら確実な作戦ってのも悪くねぇ気がするけどよ……」

 

 

 彼女にあてられた感情を振りほどくように砂藤は作戦の粗を指摘するが、彼女にはほんの一欠けらの迷いや動揺も見られない。

 

 

「それなんだけど時間をかけるのは得策じゃない……。きっと先生は砂藤君と切島君の個性の性質を考えて持久戦に持ち込もうとするからってだけじゃなく、地形を操る先生は時間を与えれば与えるほどこちらが不利になる」

 

「確かに砂藤の個性は時間制限付きだし、俺の全力の硬化も気を張ってる間だけでずっとは無理だけどよ、不利になるってのはどういうことだ?」

 

「今の作戦を取るなら先生がどう動くか考えた時、多分先生はこちらが分散して背後の脱出口から逃げられないように陣取る。場所は恐らくゴール前、きっと見晴らしのいい場所を取る。……私がセメントス先生なら出口はコンクリートの壁で塞いじゃうし、視界を確保するためにビルを平らにして武器となるコンクリートに変えるかもね」

 

 

 本条の指摘に砂藤は思わず唸る。

 

 確かにセメントスにそれができるかどうか問われた時、やれるだろう。

 

 

「……そこまでやってくるか?」

 

「最悪を想定して動くのは作戦の基本じゃないかな」

 

 

 しかし、そこまで全力でやられたらこちらに勝ちの目は無くなってしまう。流石に試験として成り立たない。これが試験であることを考えれば本当にそこまでやるのだろうかと疑問が浮かぶ。

 

 チームの課題である個性を発揮できる距離へ持ち込むという目的を達成する方向なら先生は勝ち筋を残すはずと言ったのは本条であるため、彼はほんの少し違和感を感じた。

 

 しかし、それでも本条の言葉には一応の筋が通ってはいる。

 

 彼女がそこまで言うのだ。今まで出てきた思い付きのような作戦ではなく、本条にはそれなりの勝ち目がある作戦があるのだろうと砂藤は考えた。

 

 

「じゃあどうすりゃいいんだ?」

 

 

 本条の言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「うーんそうだね、切島君の策を採用して砂藤君が切島君をぶん投げるのはどう?」

 

 

 そして耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして試験が始まり、彼らは、かつて愚策と断じた作戦に従っていた。

 

 肩に担がれた近い位置で砂藤と切島は互いにささやきあう。

 

 

「ククク……、まさかあれだけダメだしされた俺の作戦で行くとはセメントス先生も思うまい……!」

 

「まぁ、意表を突くという意味では正しいのか……?」

 

「そのまま壁を突き破ってやる! よし砂藤! 思いっきり投げてくれ!!」

 

 

 しかし砂藤はそのまま動かずに、切島へ目を向ける。

 

 

「おい、切島、今の内に全力で硬化しとけ。一番硬くなるまでには時間がかかるんだろ?」

 

「いや、今やったら砂藤を傷つけちまう」

 

 

 切島鋭児郎の硬化はただ硬くなるだけではない、攻防一体の矛と盾。その身を固めると同時に刃物のような鋭さを合わせ持つ。それを考えれば今の肌と肌が密着した状態で行えば、砂藤が只ですまないことは明らかだった。

 

 

「俺は直前で硬化した方が良いだろ?」

 

 

 切島の言葉に砂藤は厚い唇の端を持ち上げて笑う。

 

 

「なに、俺にとっちゃ丁度いい滑り止めだ」

 

「へっ……! 砂藤、おまえ漢らしいじゃねぇか……!」

 

 

 つられて切島も気持ちのいい笑顔で笑った。

 

 

「やるなら全力で……、だろ?」

 

「あぁ……!」

 

 

 ビルの向こうから地鳴りが聞こえる。

 

 揺れる振動と巻き上がる粉塵を断続的に感じるなか、彼らの立つ向かいのビルの看板に礫がぶつかる。

 

 

「本条の合図だ」

 

 

 切島は大きく息を吸い、浅く吐いた後にあらん限りの力を臍の下に込める。

 

 

 ミシミシと音を立てて硬く、そして鋭く変貌する切島、それは砂藤の固い皮膚を容易に貫き破り、食い込んでいく。

 

 

「切島、俺の腕力に負けて舌を噛むなよ?」

 

「あぁ、そっちの方も全力で頼むぜ……!」

 

 

 砂藤がビルの陰から切島を抱えながら飛び出す。

 

 前を向けば前方にはセメントスが大通りの真ん中に悠然と立っていた。

 

 そしてその上空で飛び跳ねながら投石で牽制する本条。

 

 その光景の後ろにはゴールと思われるゲートが見えるが砂藤の目に映るのはたった一つ、セメントスのみ。

 

 

「シッ!!」

 

 

 大声で吠えなどしない。彼はそんな力みを入れる余剰分があるなら腕の振りにそのパワーの全てを注いだ。

 

 豪快でありながら精緻なオーバースロー。

 

 砂藤は切島を投げ出し、切島は砂藤を蹴り出す。

 

 相乗の力を乗せて切島は影すら残さぬ速度で射出された。

 

 

 奇襲気味に繰り出す彼らの最速最硬の質量攻撃を前にするセメントス。

 

 

 しかしその目には一切の動揺が見られない。既に相手を目視した瞬間に両手を地面につき、その場にいない本条を警戒する余裕すら見せている。

 

 セメントスのついた地面から波のように地面が盛り上がり、まるで津波のように二人の方向に押し出した。

 

 

「正面突破……、いや陽動かな?」

 

 

 時に流体は最も強固な物質になりうる。

 

 高速で流体に衝突した瞬間に水は慣性と粘性力において、逃げ場を失った液体は全ての衝撃を殺す。

 

 その衝撃吸収力は単純に硬質化したコンクリートをも超えるだろう。

 

 

 

「どちらにしろ君たちにこの壁を破れるかい?」

 

 

 

 セメントスはたしかに驚きはした。

 

 まさか初めに否定された手段を使ってくるとは思わずに意表を突かれた。

 

 だがそれだけだ。

 

 相手がそう来るなら、セメントスは事前の宣言の通り、コンクリートの中に相手を閉じ込めるだけ。

 

 飛来する速度が如何に速かろうが問題ない。

 

 

 そんなセメントスの思考の逡巡の内に、目では追えない程の速度で衝突する切島。

 

 その衝撃は凄まじく、一瞬で衝突した部分の流体のコンクリートは吹き飛び、爆音と共にあたりにまき散らされる。

 

 そしてセメントスは今度は本当の驚きと共に相手を賞賛する。

 

 セメントスは己が操るセメントの感覚から理解した。

 

 切島はセメントの海を想像以上に突き進んでいたのだ。

 

 

「これは……、体勢を槍のように細く尖らせて衝撃の減衰を防いだんだね」

 

 

 単純な工夫、されど効果は絶大、その創意工夫にセメントスは心の内で加点を行う。惜しむらくは……。

 

 

「それでも威力不足。全てを賭けての一点突破は失敗したら、当然全てが瓦解するよ。……さぁどうする?」

 

 

 生コンの濁流、その厚さ半分程を吹き飛ばした時点で切島はその動きを止めていた。

 

 それでも生コンの中を泳いででもこちらに突き進もうとする切島をセメントは容赦なく拘束する。

 

 すでにコンクリートは()()()()()()()()切り替わり、がっちりと切島を固定した。

 

 

「行くぞぉぉッ! 切島ァ!! 歯ァ食いしばれッ!!!!」

 

 

 だが、彼らにとっての賭けはここからだった。

 

 コンクリートの中ほどに埋め込まれた切島、その後方のコンクリートはその凄まじい威力で吹き飛んでいた。

 

 そこに向かって、その彼我の距離を全て助走につぎ込んで、振りかぶる男。

 

 己の限界を超える一撃、幾度も繰り返し練り上げているその途上の技。

 

 切島のその体とセメントスの一直線上に砂藤は己の身を顧みない渾身の拳を叩き込んだ。

 

 

 

 コンクリートは高い強度、耐久性、耐火性という性質を持ち、なおかつ加工に優れた性質を持つ堅牢な素材だ。

 

 だが、弱点がない訳ではない。

 

 それは外圧に比べ内側からの力に対しての強度は十分の一程度まで落ちてしまうという特性だ。

 

 それに対して人類は繊維や鉄筋を組み合わせることでその弱点を補っている。

 

 だがしかし、セメントスはそもそもそれらを考慮する必要はない。

 

 そう、たとえコンクリートに弱点はあったとしてもセメントスに弱点はないのだ

 

 彼は外圧に耐えれる固まりきった状態から、変幻自在の粘土質、あるいは相手を飲み込む流体化まで、完璧にコンクリートを操ることができる。

 

 セメントスの操るコンクリートは最も硬くそして最も軟らかい不壊の盾のはずであった。

 

 

「なるほど……、この発想は槍じゃなくて杭の方だったか」

 

 

 切島を拘束するために硬質化させたコンクリート、そこに埋め込まれた切島

 

 楔のように撃ち込まれ、釘頭のように突き出した下半身にあらん限りの衝撃を叩きこむ砂藤。

 

 その衝撃は切島の体を通して内側からコンクリートを破壊し突き進む。

 

 

 

「やるね。身をもって受け止めよう」

 

 

 

 嬉しそうにセメントスが笑ったその瞬間、けたたましい金属音が響き渡り、その体へと衝突する弾丸はセメントスを吹き飛ばし、その意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を失ったセメントスに捕縛の印であるハンドカフスを付けた後、直ぐに介抱を始めた本条は振り返る。

 

 

「なんか最後に良い所を取っちゃってごめんね」

 

「別に誰が捕縛しようと一緒だしな! それに敵の気を引いてくれたのは本条じゃねぇか!」

 

「あぁ、俺たちの攻撃が確実に通る隙を見つけて知らせてくれた本条、一番体張った切島、お前達のおかげだよ」

 

「馬鹿! 砂藤! お前もすごかったぜ!! 正直投げられたのもそうだが、殴られた時なんか俺も意識がぶっ飛びかけたからな!」

 

「す、すまねぇ……」

 

「いやだからそうじゃなくてよぉ」

 

「おめでとう。互いの長所を上手く活かしてこちらを負かした。総括するとここにいる君達3人全員の勝利というわけだね」

 

「そうそう……、って先生! もう起きたんすか!?」

 

 

 むくりと何事もなかったかのように起き上がるセメントスはいつもの角ばって変わらない表情で口だけは丸く弧を描く。

 

 

「逃げる方が確実だったろうに、君たちは力で押し通した。無謀でなく3人力を合わせて壁を乗り越え……、いや打ち破った。よくやったね」

 

 

 セメントスの言葉に切島はしてやったりと、覚束ない手で鼻を搔く。

 

 

「うんまぁここまで褒めたけど、ちょっと正面突破に拘り過ぎてた感じもしたからね。相手が途中で退いたり、搦手を使ってくることも考慮して欲しい……。なにより捨て身過ぎるのはちょっといただけない。君達ならそこはもっと協力してじっくりとこちらを追い詰められたはずだ」

 

 

 そう言いながら言い含めるように三人の生徒を順繰りに見ていくセメントス。

 

 砂藤は思う。この高く硬いと感じた壁でさえ、セメントスは本気ではなかっただろう。

 

 思えばセメントスはあの場から一歩も動いていなかった。

 

 それは個性の発動条件でもあるが、一度張ったコンクリートの壁をさらに厚く強化したり、新たな攻撃を仕掛けることさえしていなかったのだ。

 

 

「イテテ、ここにいる全員、結構な無茶をしたね。砂藤君、切り傷もそうだが拳が割れてるね? 本条君、君かなり筋を痛めてるだろ。切島君は足元がふらついているから立つのは止めて座ってなさい。ほら目を見せて……」

 

 

 いつの間にか介抱していたはずが介抱され返される事態となり、全員リカバリーガールの待つ場所へと向かうことになる。

 

「バスを呼んでくるから。安静にするように」

 

 そう言いながら駆け足で進む教師を見て、満身創痍な3人は迎えを待つが、先ほどの疲れが来たのか全員がぐったりと体を地面に預けていた。

 

 

「俺たちが勝ったのに……、プロヒーローは遠いぜ」

 

 

 切島はとうとう大の字で手足を放り投げてしまう。

 

 そんな中で、ふと砂藤は本条がそんな切島の姿を見て珍しく笑みを零していることに気づいた。

 

 それをまじまじと見ていた所為だろう、その目線に気づいた本条は口元を引き締めて目線を下げる。

 

 砂藤は、やってしまったと、具体的な理由もないのにそう決めつけて思わず手を握りしめた。

 

 場に訪れる微妙な沈黙がどうしようもなく申し訳なく彼は思ってしまう。

 

 そんな風に砂藤が一人項垂れていると。

 

 

「手……」

 

「えっ」

 

「手が傷ついてるのに汚れてる。私清潔な水持ってるから、流すといいんじゃない」

 

「あっ? うん?」

 

「いらないなら別にいいよ。気の迷い……、やらなくてもいいのに……、思い付きでついやっちゃっただけ……」

 

「あ、あぁ……? もらうよ、助かる。ありがとう」

 

 

 遠くから手を伸ばして未開封の容器の先を持って渡す本条、砂藤はその手に触れないように慎重に容器を受け取り、傷を水で洗い流す。

 

 砂藤は砂利や砂埃を流す痛みはあるが、それ以上に冷たくて清々しい、そんな弛緩した雰囲気の中だったからであろうか、

 

 

「なぁ、本条一つ聞いていいか?」

 

 

 不意に口に出てしまった言葉ではあった。

 

 だがこのような状況でもなければ本条はきっと自分を避けてしまうだろうと思いなおし、彼女の顔を見据える。

 

 

「……なに?」

 

 

 意外なことに本条との会話が成立したことに砂藤は驚きが隠せない。それと同時に、全くふざけた話ではあるが、この時砂藤の脳内はどのような質問をするべきか頭の中で決めてなどいなかった。

 

 聞きたいことならある。それもたくさん。もはや今まであったすべてを聞きたいし、聞いて欲しいと砂藤は思っている。

 

 だがそうはいかない。彼の与えられた目的“本条の個性を探る”そのための質問をしなければいけないのだ。

 

 この目的を砂藤に指示してきたサーは “お前にしか分からないことがある” と言っていたが、そのことを思い出した砂藤はさらに混乱した。

 

 直接個性について聞くことは憚られる。

 

 婉曲に、今砂藤自身が感じた違和感をそれとなく聞くべきだと思えども、浮かんでは消える言葉達。そんな中でひねり出した言葉は砂藤が自身を失望させるには十二分すぎるほどに中身のない、どうでもいい言葉だった。

 

 

 

「なぁ本条、お前、どうしてそんなに急いでいるんだ?」

 

 

 

 彼女の目がおどろいたよう見開かれる。その様子を見て砂藤は自分の言葉がどうしようもなく失言だったのだと判じた。

 

 

「いや! その! なんか本条昔は……、じゃない!? そう! 学校で普段の様子見ると堅実で慎重なイメージだったからさ! なんというかその学業でのチャレンジ精神を見習いたい? つーか! そう、本条の個性はやっぱすげぇなって……! おもって……」

 

「……ない」

 

「えっ?」

 

 

 本条は力強く膝を抱き込んでいる。

 

 

「しらないよ……」

 

 

 震える言葉、怯えと悔恨の表情、それらを理解する砂藤はしかし、それが何に起因するものかがどうしても分からなかった。

 

 

 

「わたしだって、そんなの、しらないし、いらないよこんな個性……」

 

 

 

 彼女はいつかの怯えた幼い少女の泣き顔で黙り込むと、そのままバスが来るまで口を開くことはなかった。

 

 

 

 

 




なんでこの人こんな急いでるの?(RTA視聴者書き字
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