個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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林間学校(1/2)

 

 

「その……、本条の予知ってなんかおかしくねぇか?」

 

 

 いつもの部室で集まる三人。

 

 その中で砂藤は形のないおぼろげな違和感について話す。

 

 

「おかしいってなんだよ」

 

「………続けてみろ」

 

 

 そう言われた心操は困惑し、サーは興味深そうに手元のカップを置いて砂藤を見た。

 

 だれもその全容を理解できていない彼女の個性、しかし砂藤は引っかかるものがあるようで、何か言おうと口を開けては閉じてを繰り返していた。

 

 そんな風に唸る砂藤をサーは焦らせないように無言で言葉を待っていると、とうとう意を決した様子を見せる砂藤。

 

 

「その……、なんというか……、ひょっとしてあいつの未来視ってサーと違う方向でデメリットがあったりするんじゃねぇのかって……」

 

「いやどういうことだよ?」

 

 

 何故そんな話をしだしたのか分からない心操の疑問に答えるため、砂藤は自分でもまとめきれていないまま語り始める。

 

 

「あぁわりぃ、分かりづらいよな。えー……、この前のヒーロー科の期末試験があってだな、そこで本条ともう一人のやつと組んだんだが……」

 

 

 砂藤は先日の試験、その中での本条の振る舞いを話す。

 

 あまりにも勝ちに急いだ作戦、結果としては合格を取れたが、砂藤はその手段に引っかかりを覚えていた。

 

 

「なんつーか、本当に本条がマルっと未来が視えてるなら、もう少しやりようがあるんじゃないかと思ってよ……」

 

 

 ただ合格する。より評価される方法ならいくつもあったはずだろう。だがそれらを無視して取った強硬策、それは決して最適解と呼べるものではないだろう。

 

 

「それがアイツの個性の弱点みたいな話か? 例えば予知の精度に問題があるとか」

 

「いや、そうじゃなくてだな……、アイツらしくないっていうか……、不自然っつーか……、あー、そうじゃなくて……」

 

 

 己の言語化能力に苛立ちながらも、砂藤はなんとか次の言葉を紡ごうとするが、結局最後は黙り込んでしまう。

 

 そして、そんな膠着状態の中、口を開いたのはやはりサーであった。

 

 

「そうだな、お前の疑問はもう少し整理してみる必要があるかもしれん。私が今お前の話を聞いたうえでの話だが……」

 

 

 サーは砂藤に目を向けたまま話しかけるとゆっくりと立ち上がる。

 

 

「私は以前、本条の未来視は奴が望む過程を見ているという仮説を立てた」

 

 

 歩き出したサーは部屋の端に置かれたホワイトボードに、一本の蛇行した線を赤いペンで書き、そこから青いペンで枝を無数に分岐させるように線を足す。

 

 

「……だがそんな望む未来が視えるはずの本条はなぜ、傍から見て目的からずれた非合理な選択を取るのか?」

 

 

 砂藤と心操は今までの話から、おそらく赤い線がサーの予知、青いペンが本条の予知を表しているのだろうとあたりを付ける。

 

 

「それはヤツが望む未来の道筋を見つけることと、その道を辿れるかは全くの別の問題だからではないかと以前の私はお前達に伝えた」

 

「あ、あぁ……」

 

「では砂藤、逆説的に言い換えれば以前の本条の行動に対する違和感とは、奴が望む未来を実現しようとして失敗したことで起きた違和感だったのか?」

 

 

 サーはペンのキャップを閉めるとそのペン先で砂藤の鼻を指した。

 

 

「砂藤、お前は知ってるはずだ。その個性の片鱗を」

 

 

 砂藤の脳裏に浮かぶ光景、突然人が変わったかのような体育祭や期末試験の本条……、

 

 

 そして最後に、さらに幼き日いつか見た喪に服すための黒い服に身を包んで自分を傷つける少女の姿がフラッシュバックする。

 

 

 サーの見透かしたような言葉と眼差しに。砂藤はまるで責められているように感じた。

 

 無論そうでないことは分かっている。それが己の弱さであることは自覚している。

 

 だがどうしても砂藤は自分の内臓が締め付けられるような痛みを感じていた。

 

 

「その……、初めはなんで本条はあんなに”急いでる”のかって思ったんだ」

 

 

 サーの言葉に砂藤は自分の中の違和感を吐露する。

 

 

「昔のアイツはむしろマイペースな方で……でも入学して授業で実際に戦って……、思えば最初も妙に焦ってると思った。でもその時は当たり前だと思って……、あんなことがあったんだ。復讐でも、贖罪でも、あいつがヒーローを目指してがむしゃらになるのも仕方がないだろうって」

 

 

 彼が彼女と再会した時、その変わりように驚くが、同時にそれは仕方がないことだと彼は思いこんだ。

 

 あの事件の後、その傷がどのように膿んでしまったのかと、その時の彼はただやるせなさを感じることしかできなかった。

 

 

「でも近くで見てればやっぱり昔のアイツだって思うような優しいところが見えてきて、……だんだんとアイツが分からなくなった」

 

 

 昔からの付き合いであった砂藤は雄英での生活を通して考えを変える。

 

 結局、彼女は困ってる人がいるなら手を差し伸べてしまう気の良いヤツで、恐怖に対して震えるような臆病な人間だった。

 

 砂藤は遠巻きであっても、彼女の中にその見慣れた人間性を見つけることができた。

 

 

「なのに今度は急に人を踏みにじってよ。だって変だろ? そんなことする必要はねぇ。わけわかんねぇんだよ “まるで別人” だ」

 

 

 砂藤の吐き出す言葉は尻上がりに語勢があがっていく。

 

 

「あいつはいったいなんで追われてるみたいに……。なんで“自分の個性に怯えてる”んだよ。……どうして俺にたす――」

 

 

 ――たすけてと

 

 どうして自身に助けを求めてくれないのか。

 

 

 それは望んではいけないと既に彼が断じた問いかけだ。

 

 自分が彼女を助けたい。

 

 過去を清算し、約束を守ったことにする。

 

 彼の心にある暗闇の一切を晴らすような福音となるだろう。

 

 だがその一方で、それは彼女ではなく砂藤の求める救済である。

 

 

 そう思うことが傲慢なのだと砂藤は口を堅く結んだ。

 

 

「どうした? 恐らくそれがお前の違和感の正体じゃないのか?」

 

「……いや、なんでもねぇ。これは、……関係ねぇ話だ」

 

「本条の過去、それは言い換えればお前の過去でもある。目を背けようがそうでなかろうとな」

 

「いや、俺は……」

 

 

 なぜかサーと自分の目が合わないことに砂藤は不思議に思う。

 

 しかしサーは砂藤へ目をそらしてなどいない。それは自分の目の方が泳いでいるからだと砂藤は気づくと愕然とした。

 

 

「……砂藤?」

 

 

 珍しく心配したような心操の声。いつの間にか砂藤の体は熱を失い、震えていることに気づく。

 

 

「砂藤、……本当に分からないんだな」

 

「そ、れは…………」

 

 

 砂藤は喉までせりあがったモノを出すために、何とか口を動かそうとするが喉を鳴らすことしかできない。

 

 逃げずに言え、そう全身全霊で叫ぶ心に対し、体がそれを拒絶するように喉は異常なほどの渇きでそれを飲み下そうとする。

 

 

 長い沈黙が訪れ、砂藤のつばを飲み込む音が聞こえた後、とうとうサーが目を伏せた。

 

 

「……そうか、ならいい、すこし休め」

 

 

 砂藤の体を刺し貫く痛みが幾分か楽になる。

 

 短い一言。責め立てるでもない、むしろこちらを気遣うような優しさを含んだその言葉。

 

 それを聞いて安堵する心に砂藤は己という存在の矮小さを自覚して思わず笑ってしまう。

 

 

「……ははっ、やっぱり俺はダメだ。とてもじゃないがこんな奴はヒーローじゃねぇ……」

 

 

 砂藤は己に打ち勝つ強さではなく、己の弱さを見損なったことで、喉の奥から押し込めていた記憶を腹から吐き出した。

 

 

「忘れてたこと……、いやそうじゃねぇ、隠してたことがある……。昔のアイツのことだ……」

 

 

 過去に砂藤より聞いた話、彼女が事件に会った。その後の彼の罪。

 

 

「……昔、俺はあいつを追い込んだのに助けを無視して逃げたんだ」

 

 

 そう話し始めた砂藤の顔は俯きがちで、その表情はうかがえない。

 

 

「事件があった後、その詳細を聞き出そうと、大勢の人間が本条に付きまとったって話をしただろ?」

 

 

 その話を再度砂藤は話す。

 

 

「自分もボロボロだってのに根掘り葉掘り聞こうとアイツのところによってたかって……。親御さんは立派だったよ。アイツを守ろうと矢面に立って、ばあちゃんの家に隠した。なのにアイツの友達面してた俺は何をしでかしたと思う? 」

 

 

 うつむいた顔をあげた砂藤は泣き笑いのような顔をして、自身の胸を掴む。

 

 

「笑えるぜ。上手く丸め込まれてアイツの居場所を話しちまったんだよ! 俺があいつの居場所をバラした! それであいつはもっと追い詰められた……!」

 

 

 まるで胸倉を掴むように荒々しく、その奥の自分の心臓を握りつぶすようにしている砂藤の声は、次第に聞くに堪えない程に震えだす。

 

 

「事件のあらましをその口で無理やり言わされた。友達をみっ……、見殺しにしたのは じ、自分ですって……、そんな、そんなこと言わせやがって……。それでぶっ倒れて……、な、なのに、おっ、おれはそんなことも知らないで……! あいつに謝りたいなんて自分のことしか考えてなくて……!」

 

 

 目に怒りを浮かべ、砂藤は胸を殴りつける。

 

 決して許せぬ罪人を責め立て、詰問するように、砂藤は叫びに近い声で罪を告解する。

 

 

「し、しかも、その野郎はその子を助けたいなんて考えておきながら、あの子の葬式に来て、苦しんでるアイツを前にいざ助けてって言われた時にビビッて動けないでいやがったんだ!! こんなクソ野郎が世間でヒーロー目指してるなんて思ったら反吐が出る……!」

 

 

 一度吐き出した言葉は止まらない、とめどなくしゃべり続ける自身への罵詈雑言を二人は何も言わずに黙っていた。

 

 

「ははっ、案外話して楽になりたかったのかもな。ほんとダセェぜ」

 

 

 砂藤はお道化たような態度で言葉を吐くがそれに力はない。

 

 

「あぁ……、だから俺があいつに“どうして俺にたすけてと言ってくれないんだ”なんて願うのはお門違いなんだよ」

 

 

 力なく椅子に蹲る砂藤。重苦しい雰囲気。

 

 

 そんな砂藤の頭に影がかかる。

 

 苛立ちを抑えきれない足取りで、乱暴に砂藤の前に誰かが立った。

 

 

 

 

「関係ねぇよ」

 

 

 

 

 そんな中で堂々と怒りに満ちた声で否定する者がいた。

 

 

「テメェも、本条も、不幸なら身勝手にしたってかまわないってか? くだらねぇ、んなの関係ねぇんだよ……!!」

 

 

 お前らの事情など知ったことかと苛立たし気に吐き捨てる心操は、爆発寸前と言ったように足を揺すっている。

 

 

「なにが悪者だ……。なにが虐められてただ……。利用された? いいヤツを演じてた? 犯罪者扱いだぁ……! あ゛あ゛ぁ゛!! 気に食わねぇ!!!!」

 

 

 砂藤はその言葉に少し顔を上げて見返す。

 

 しかし砂藤は心操の言葉に対して、怒りも責め立てられる安堵も覚えなかった。

 

 

「お前のウジウジと女々しい態度も、本条の過去も、俺の不幸自慢だって関係ねぇ……!」

 

 

 この男は、今誰よりも己に対して怒り狂っている。

 

 

 それが砂藤に分かってしまう程に、彼は純粋で強い目でこちらを見据えていた。

 

 

「やられたからには報いを受けさせてやる。そんで全部報わせてやるよ……。それでチャラだ」

 

「ははは……、報わせるときたか……。最近知ったんだがそれってものすげぇ傲慢らしいぜ」

 

 

 それは砂藤が既に失ってしまった手段。彼はただその眩しい光景を透かすようにしてしか見ることができない。

 

 

「……目の前に苦しんでる奴がいて、そんな時に正義がどうだとか考える必要あるか? いいからさっさと助けちまえばいいだろうがよ」

 

 

 その一言に、ガンッと、まるで殴られたかのような衝撃を砂藤は受けた。

 

 

「……どうしてお前みたいな奴がヒーロー科じゃないんだ?」

 

「嫌味かテメェ」

 

 

 砂藤の純粋な心からの疑問であったが、心操は恨めしそうな目をして睨みつける。

 

 

「……そこまでにしておけ」

 

 

 二人のやり取りを目を細めて、宥め賺すサー。

 

 

「砂藤、お前の話の中で幾つか面白い話を聞けた。“急いでいるようだった” “助けを呼んでくれない” “自分の個性に怯えている” “まるで別人” それがお前の違和感というのなら『それ』を忘れるな」

 

「あーくそっ、本当に面倒なことに巻き込まれたもんだ」

 

「……はい、俺は自分なんて信じらんねぇけど、サーと心操なら信じられる気がするぜ」

 

「…………そうか」

 

 

 

 小さくも力を込めて呟く砂藤、言葉とは裏腹に決意に満ちた眼差しをする心操。

 

 そんな二人を見ながらサーはほんの少しだけ遠くの場所を眺めるように目線を逸らした。

 

 

「事件が起きるのはもう少し先……、砂藤の林間合宿が終わって暫く経った時。…………我々はそこで動く。作戦は練ってあるが覚悟はしておけ」

 

 

 その言葉に二人はさらに気を引き締めた。

 

 そんな二人をサーは普段の彼らしくもなく、慈しむ、あるいは憂うように見つめる。

 

 

 

「……私達は未来を変える。信じるだけでも疑うだけでも駄目だ。疑いながら信じなければ未来は切り開けない。……これは狂気だ。わかるか?我々はそんな狂気を正気で突き進まなければいけない。…………折れるなよ」

 

 

 

 そう、林間合宿、砂藤はそれを明日に控えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林間合宿終了後に動き出す。

 

 そうサーに伝えられた砂藤はこの合宿に全力で取り組んだ。

 

 たった数日の追い込みで何かが変わる可能性は少ないだろう。だがそれでもここで手を抜くことで、何か一つでも取りこぼすようなことはあってはならないと力を振り絞る。

 

 砂藤と本条の修練場は別の場所だ。

 

 彼女も自分と同じ増強型ではあるが、砂藤はその中でも糖分を必要とする。

 

 訓練の組み分けからは他の増強型の生徒たちとは外れ、同じように体内のエネルギーを個性に反映させる八百万と一緒にケーキを摂取して端から個性に反映させるという地獄のような訓練を受けていた。

 

 

「うぷっ……、く、苦しい……。砂藤さんはすごいですね……、ペースが全く落ちていません」

 

「いや、死ぬほど苦しいが……、昔に似たようなことは試してた。まぁ金がないからそんなに何回も試せなかったんだがな……」

 

 

 雄英側がわざわざ用意してくれた美味なる菓子類。いくらおいしくてもそれだけを食べ続けろと言われればそれは拷問に近い。

 

 砂藤は片手でダンベルを振り回しながら、ケーキを大きな手の平で圧縮させると持参したシロップで流し込んだ。

 

 

「わ、私はお金はあったのにやろうとも思わなかった……。何たる怠慢でしょうか……! む、むぐ……」

 

「早食い、大食いのコツは嚙まないことだが、この手のスポンジや食材が層状になった食いもんは割と慣れがいるんだよ。ほら、紅茶」

 

 

体からポコポコとマトリョーシカを生み出し続ける八百万に砂藤は酸味をきかせた飲み物を差し出す。

 

 

「むぐぐ……、わ、わたしもシロップで……!」

 

「止めとけ。俺がやり慣れてるだけで、初めてなら喉が死ぬぞ」

 

「ぐっ……」

 

 

 同じ大食いをしているはずであるのにどこか気品を纏わせた所作をみせながら、紅茶で喉に詰まったケーキを飲み下す八百万はなんとか一息つこうと肩を上下させている。

 

 

「砂藤さんは前からこんなことを……、自分が情けないです……!」

 

「いや、おめぇは立派だぜ八百万」

 

 

 曖昧に笑みを浮かべながら砂藤は目を逸らしてその賞賛を受け流した。

 

 視界の端には増強型の個性を持つ生徒たちが、明らかに行き過ぎた扱きを受けている。

 

 そんな中で一人の少女が滝のような汗をかきながら、それでも表情は変えずにひたすらに己を追い込んでいる様子が見えた。

 

 その姿を見て、砂藤は己の苦しみなど無視して訓練に没頭し、林間合宿二日目の訓練は終了する。

 

 しかし訓練が終わっても、そのまま休息とはならない。

 

 

「今日から夕食は各自作ってもらうニャ! 自分のモノは自分で作る! ヒーローなら自分の食い扶持は自分で確保するんだニャ!」

 

 

 決められた時間の中で自由行動の時間は少なく、疲労も残ったまま夕食も生徒各自で作らなければいけない、幸い手先が器用であったり、一人暮らしの者も多くいるヒーロー科の面々。砂藤も菓子作りが趣味であり、何を作るかはそういったことに手慣れた者達を中心に意見はまとまっていく。

 

 とりあえずはカレーか豚汁でも作ればいいだろうと、それぞれの役割分担に割り振られる中、珍しく意見を出したものがいた。

 

 

「……材料も多くてせっかく鍋が二つある。どうせなら甘口のカレーも作ったら?」

 

 

 それは凄まじい料理の手際を見せる爆豪が強行しようとする激辛カレーへの反発か、それとも彼女自身が辛い物が苦手だったのかは分からない。

 

 

「おー、いいんじゃね。どうせなら味変しよーぜ」

 

「どうせなら余った食材でトッピングとかも作っちゃう?」

 

 

 結果として作ることになった2種類のカレー調理を生徒たちは楽しんだ。

 

 

「流石才能マン、包丁さばきも堂に入ってやがる」

 

「うるせぇ、早く野菜の下ごしらえを……、てめっ適当な大きさに切ってるんじゃねぇ! 火の通りがバラけるだろっ!!」

 

「煮込めば一緒じゃね? 個性があっていいじゃん」

 

 

「えーと、この米の分量だと水は……、なぁこれ米は何合くらい入れてる?」

 

「えー、鍋で炊くからそんなの考えたことなかったなぁ、水は指の第一関節くらいでよくない?」

 

「うーん、俺の良く作るお菓子作りは科学だからな、どうにも分量とか時間とかレシピを気にしちまって……。確かに大味もキャンプの醍醐味か。でもまぁカレーなら、固めがいいし、少し水を減らしてもいいか?」

 

「案外こういうの作る時って男子の方が細かい所気にするよね」

 

 

 完成したカレーはキャンプで作ったという補正を抜きに上手く作れたと言っていいだろう。

 

 皆が皿を囲んで食べ進めていけば、疲れているとはいっても心地よい満腹感の中で、生徒たちの話は各所の席で賑わうことになる。

 

 

 そんな中でも一等珍しい組み合わせが食卓の隅で出来ているのを砂藤は気づいた。

 

 

「そんなに洸汰くんが気になる?」

 

「えっあっ! ごめん話し中に! ご飯はもう食べたのかなって、もしだったら食べるか聞いてこようかなってさ、あはは」

 

 

 緑谷と本条。中学時代の同級生ではあるが、積極的に話している姿を砂藤は見たことがない。だが一拍おいて自分の身の上を棚に上げていたことに気づいてしまい、肩を落とす。

 

 

「そうなんだ……。おーい!洸汰くーん!」

 

 

 そんな風に話している二人は互いにどこかを見ているようで、本条には珍しい大声で、近くを通っていた少年を呼び止めた。

 

 たしかあの子はマンダレイが連れてきた親戚の子供だったと砂藤は思い出し、つい手に持つ匙を止めて彼らを見る。

 

 

「私の横の彼、緑谷君があなたに用事があるって」

 

 

 ヒーローを敵視するような態度、明らかにこちらを警戒した様子の少年。

 

 合宿初日に緑谷の股間に一撃を食らわせていたのは皆の記憶に新しい。

 

 

「なんだよ」

 

「そのさ、もし夕ご飯がまだだったらカレーでもどうかな? よかったら今から持っていくからさ、一緒に食べ……」

 

「なんで俺がお前らヒーローなんかと飯を食わないといけないんだ」

 

 

 やんわりと食事に誘う緑谷ではあるが拒絶の態度を崩さない少年は頑なだ。

 

 こちらに関わるつもりはないと体は既に緑谷から逃げるように外を向いていた。

 

 

「あっ食べないの? ゴメン、もうそこに盛っちゃった」

 

 

 しかし、本条は会話の初めのあたりですでに、スタスタと皿を一枚抜き取り、手早くかき回した米を盛り、カレーを流し込んで、トッピングの卵を盛り付けた。

 

 飯盒で炊いた香ばしいおこげ、時間がたち沈んだ野菜たちは彼女の無造作な一掬いで何故か各具材のバランスの良い色どりが揃えられ、そこには誰が悪戯心で入れたのか星型のニンジンが浮かんでいる。

 

 そんなカレーをまるで、小動物の警戒をとくように皆から外れた机の上に彼女は置き去った。

 

 

「ご、ご飯食べたかなっておもってさ。ほら!お腹減ってない?」

 

 

 それら一連の動作を流れるような手さばきでやり終えた彼女は既にカレーから離れ、興味なさそうに自分の皿を洗いに水場に戻っている。

 

 そんな遠くから香るカレーの匂いを初めはうっとうしそうに顔をしかめて見る少年だが、その匂いを嗅いでいる内に驚いたような、少し動揺したような表情を浮かべる。

 

 施しは受けないという感情と、ふと何かを懐かしむように近づく足取り。少年の中の食欲が勝ったのだろう、彼は皿を掴むとすぐに背を向けて走り去っていく。

 

 砂藤はもしやおふくろの味と似てたのかもしれないと、そう遠くない予想を立てながら少年の背を見送った。

 

 

「……落ち着かないね緑谷君」

 

「へっ!? あっ、いや、ちょっとね」

 

「洸汰君、追いかけたいんでしょ」

 

 

 そんな一幕の後、話を続ける二人に、自分たちの会話に戻りながらも砂藤だけでなくA組全員が意識の端でその会話を聞いてしまう。

 

 

「やめた方がいいと思うけどね」

 

「ほ、本条さんは反対なんだ」

 

「まぁね、拒絶されてるのは分かってるんだから無理に近づく必要はないんじゃない?」

 

「うん……そうだね。でも、余計なお世話かもしれないけど、どうしても気になってさ」

 

「余計なお世話って分かってるならやらなきゃいいのに」

 

「……でも、自分ならどこかで助けを呼んでいるんじゃないかって、そう思うんだ」

 

「うーん、自分ならって、それは洸汰君の気持ちじゃないでしょ? お節介さも行き過ぎたら、それって暴力じゃないかな」

 

「そ、それは……」

 

 

 次第に二人以外の会話が止まり、彼らの話に皆が耳を傾けだす。

 

 当然一番初めから聞いていた砂藤も彼女の言葉にひどく揺さぶられていた。

 

 “余計なお世話” その言葉になにも言えない砂藤はひとりでに拳を握るが、彼女たちの話は続いていく。

 

 

「でも考えてみれば不思議だよね。夏休みに一人で叔母さんの所にいるのもそうだけどさ、旅行って雰囲気でもないし、マンダレイだってヒーローで忙しいのに余所の子供を預かっているのはなんでなんだろうね」

 

「それは……」

 

「人が何かを強く憎むのはそれなりの理由がある。ましてや多感な年ごろの子供がそう思ってる。そっとしてあげた方がいいって私は思うよ」

 

 

 彼女の言葉がどういう意味で言っているのか。家族と共にいない少年がヒーローを憎む、しかもそれは思った以上に根が深いものらしい。

 

 その理由を砂藤はどうしても目の前の彼女に重ねて悪い方へと想像してしまう。

 

 

「それでも……、夜の森は危ないよ」

 

「……そう」

 

 

 臆しながら座る砂藤は、緑谷の“それでも”という言葉をひどく眩しく感じるが、彼女の目に熱はない。

 

 

「もちろん私が洸汰君のことを知ってるなんて言わないよ? でもさ、緑谷君って洸汰君のことどれくらい理解しているの?」

 

「えっ……」

 

「緑谷君は洸汰君と初めて会った時のこと覚えてる?」

 

「流石にあれは覚えてるよ」

 

「殴られたことも?」

 

「……うん」

 

「緑谷くんはなんで殴られたと思う?」

 

「それは……、ヒーローが……嫌いだから? 嫌いな奴に触られたくなかったんだと思う。かっちゃんもそういう感じでキレるし」

 

 

 これは砂藤の主観であるが、どうも彼女はあの少年を気にかけているらしい。初日でも調理場で彼女らしくなく柔らかい態度で少年の近くにいたことを砂藤は思い返す。

 

 積極的に話しかけるわけでもなく、ただ近くにいて見守るような不思議な距離感であったと彼は思っていたのだが、ひょっとしたらヒーロー嫌いの少年に思うところがあったのかもしれないと砂藤は考えた。

 

 

「私はね、それだけじゃないと思う」

 

「それは……」

 

「えっ? な、なに!?」

 

 

 突然立ち上がった本条はキャンプ場の光を背に受け、顔に影を落としたまま緑谷の頭に手を伸ばす。

 

 緑谷はぎょっとしたように身をすくませてそれを避けた。

 

 

「こういうの……、ちょっと違うけど爆豪君がさ、急に緑谷君の頭に手を伸ばしたらどう思う?」

 

「えっ……?」

 

「分かんない? 敵に囲まれて、自分は負けないって必死に立っててさ、そこから自分より大きい敵が出てきて頭の上から自分に手を伸ばしてくる。反応しない人もいるけど、緑谷君は結構分かってくれると思ってたんだけどね」

 

「あっ……」

 

「怖かったんじゃない?」

 

「あぁ……!」

 

「きっと怖かったんだよ」

 

 

 まるで少年の心を理解しているような本条の態度に砂藤は理解する。

 

 おそらくあの少年は本条なのだ。

 

 ヒーローを嫌い、憎み、拒絶する。

 

 おそらくあの少年の過去は自分が思うより悲しい出来事があったのだと、だから彼女があそこまで入れ込んでいるのだと彼は気づいてしまう。

 

 

「プッ……」

 

「そんなに本気にしないでいいよ。所詮はこれも自分ならって妄想。洸汰君の気持ちはあの子しか分からない……。ごめんね緑谷君、行きたいなら行ってもいいと思うよ。あなたが正しいと思うなら」

 

 

 砂藤は動けない。自分ならいけない。ただ立ち尽くすだけで何もできない。どうしたらいいかなんて答えを出す権利を彼はもう持ち合わせていないのだ。

 

 

「……あのね本条さん、もしだったらでいいんだけど、君が洸汰君ならどうして欲しいと思う?」

 

「私の想像でもいいの?」

 

「本条さんの考えが聞きたいんだ」

 

 

 それでも緑谷は俯きながらも前を向こうとする。

 

 その姿が砂藤には耐えがたいほど輝いてみえた。

 

 

「追いかけるのはやめて。どんな耳触りの良いこと言ったってダメ。行動で示して。それ以外信じられない」

 

 

 まるで両膝を砕かれ背中を殴打されたような衝撃を砂藤は受ける。

 

 背筋は力なく萎びれ、グルグルと暗く考えの詰まった頭は垂れて、顔向けできないから頭は自然と下を向く。

 

 

「で、どうするの? 緑谷君は追いかける?」

 

 

 だがしばらくして緑谷は顔をあげた。

 

 

「……追いかけない、けど……! 放っておくこともできないから、ここで洸汰君が来るのを待ってみようとおもうよ」

 

 

 あぁ、アイツは“本物”だ。

 

 わけもなく、砂藤は目を閉じた。

 

 砂藤は人に嫉妬などしない。だが緑谷のその言葉や振る舞い一つすら自分の矮小さを照らし出し、彼を焼く。

 

 

 

「……そう、じゃあ私も待とうかな」

 

「えっ! 本条さんも一緒に!?」

 

「私、夜更かしは結構得意なの」

 

 

 そんな二人の会話を茫然としながら聞く砂藤。その横を何人もの人影が通り過ぎていく。

 

 

「なんか面白い話をしてんな。ちょっと俺たちも混ぜてくれよ」

 

「せっかくだし仲良くしてぇよな。俺があんくらいの時なにがうれしかったか、マジ思い出せねぇ。おもちゃとか?」

 

 「そういったおもちゃで仲良くなれるなら私、いくらでも作ってあげたいですが、男の子って何が欲しいのか分かりませんわ」

 

 

 その輪に追いつこうとするが砂藤の足はすくむ。

 

 自分も彼らのように歩いて行きたい、そう願うがどうしても砂藤の足の力は抜け落ちていた。

 

 

「そうだ! カブトムシ! 男ならカブトムシだ! 口田、お前の個性でカブトムシを探そうぜ!」

 

「うーん。切島の感性ってもしかしたら一番小学生の男の子に近いからひょっとするんじゃない?」

 

「ボソッ……」

 

「えっ、なんて?」

 

「あー、ウチの耳によれば“虫はNGだけど、どうしてもとなれば命を懸けて”だとさ」

 

「虫じゃない! カブトムシだぞ!」

 

「え? だから何? 虫じゃん」

 

 

 何とか机に手をついて、地虫のように這って近づく砂藤はその輪の端の入り口で、ただ座ることしかできなかった。

 

 そしてこの後、彼らはマンダレイにより洸汰少年の過去を知る。

 

 それは砂藤の予想通りのもので、だからこそ彼は彼に何をしてあげられるかなんて答えを出せず。

 

 

 こうして合宿二日目は終わる。

 

 

 そして三日目、とうとうその日は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は完全に落ち、光のない暗闇の中で三日月のように口を歪める男の目だけが煌々と光を放つ。

 

 

「どれどれ、あーどの義眼だったかね」

 

 

 敵名(ヴィランネーム)マスキュラー

 

 はポケットから数ある義眼のうちの一つを左目にはめ、周りより一段高い高地から全体を見渡した。

 

 

「おいおい! 俺抜きにヒーローとやりあってんじゃねーか!? くそっ! 俺もそっちに……」

 

 

 マスキュラーが飛び出そうとしたその直前、彼の目の端に動くものが引っかかった。

 

 ほんの僅か、もう少し早いか遅ければ見つからなかったであろう集団は不幸にもマスキュラーの目に留まってしまう。

 

 

「おっと待て待て……」

 

 

 マスキュラーの視線の先にはプロヒーローとの戦闘から離脱した学生がまとまって移動しているのが見えた。

 

 

「こりゃ大漁だ。いや、わざわざ高い所に登ったかいがあるぜ! ……だが、あんだけいたら逃げられちまうか。そいつはつまんねぇよな」

 

 

 どのように暴力を振るえば一番気持ちがいいかをワクワクしながら考える男はもう獲物しか目に入っていない。

 

 だが、彼にとっては幸運なことに視界の隅に何かがちらつく。

 

 

「おっと? カカカ、ツいてるぜ、ちょうど良さそうなのがあるじゃねーか」

 

 

 そして、すぐにその問題の解を見つけると、崖下に向けて降り立った。

 

 

「なぁガキ、センスのいい帽子持ってるな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿三日目の夜。

 

 日々の鍛錬の慰労も兼ねた肝試し大会に雄英生達は参加していた。

 

 多く集まった生徒の過半数は既に出発済み。残された砂藤はペアとなった口田と談笑して時間を潰していた。

 

 

「そろそろ一番初めに行った障子と轟が帰ってくるな……。いや、肝試しとか小学生以来だぜ。口田は?」

 

「ぼ、ぼくは昔からこういうのは苦手であんまり……、しかも森ってすごい虫がたくさんいるからそっちも恐ろしいよ……」

 

「敵はB組だけじゃないってか。まぁでも虫とかすごそうだよなぁ」

 

 

「思ったんだけど私と葉隠のペアってさ、この暗闇じゃ実質私しか狙われないんじゃ……?」

 

「ふふふ、隣に私がいると思わない方が良いかもね……」

 

「ちょっと! それ卑怯!! 手をつないでいくからね!」

 

 

「夜、それは影の時間だ。際限なく膨れ上がる闇に呑まれんとする己の肝を練る、これはそういう試練と受け取った」

 

「ウィ☆ 暗闇のなか不安なら君はただ輝く僕をみるといいさ!」

 

「フッっ……、感謝する。光と闇が備わった両翼の我ら、比類なき力となるか、あるいは相克し無と還るか……、試してみるとしよう」

 

 

「な、なぜ、オイラだけ一人なんだ……。許されない、こんなことあっていい訳がない……」

 

 

 この場にいる人間はラグドールを抜いたプッシーキャッツの三人に生徒は砂藤、口田、耳郎、葉隠、青山、常闇、峰田の7人。

 

 

「そろそろ時間かしら。次のペアは……」

 

 

 なかなか帰らない一組目のペア。ピクシーボブは時間を確認するため、身に着けていた時計に一瞬だけ目を向ける。

 

 

 そしてその一瞬の隙が彼女の命運を分けた。

 

 

 次の瞬間、ピクシーボブは頭から鈍い音を立てて崩れ落ちる。

 

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!! 我ら敵連合 開闢行動隊!!」

 

 

 突然の奇襲。布をかぶせた鈍器でピクシーボブを殴りぬいた大男はそう名乗り現れた。

 

 重い打音に反応できる者は生徒にはおらず、ただ瞬間的に訪れた光景に一瞬立ち竦む。

 

 

「あらあら、この子の頭潰しちゃおうかしら。どうかしら? ねぇどう思う?」

 

 

 相手が姿を見せて、ようやく生徒たちは今起こっている現状に対処を始めるが、そのだれよりも早く、敵の元へと歩を進める者がいた。

 

 

「貴様……!」

 

 

 頭から血を流すピクシーボブを目の前に、マンダレイは一歩下がり警戒態勢を取り、虎は憤怒の表情を浮かべ闘気と怒気を爆発寸前まで高めながら敵の方へ地面を踏みしめる。

 

 

「させぬわ、このっ……!」

 

 

 敵は一人ではない。ほぼ同時に飛び出した鱗状の肌を持つ男は一方を制止する。

 

 

「待て待て、早まるなマグ姉! 貴様もだヒーロー。落ち着け、生殺与奪は全てステインの仰る主義主張に沿うか否か!!」

 

 

 無数の剣を接いだ奇妙な大剣を構えた男はその切っ先をヒーローに向けて構える。

 

 

「申し遅れた。俺はスピナー、彼の夢を紡ぐものだ」

 

 

 保須市でのステインの行動は良くも悪くも世間の注目を浴び、その思想にあてられた者達が多く現れることになる。

 

 目の前の男もその中の一人であろうか、芝居がかった口調で話しかけてきた。

 

 

「何でもいいがなぁ……、貴様ら……ッ!」

 

 

 だが、そんな言葉など激情を押し込めた虎には届かない。

 

 

「その倒れている女……、ピクシーボブは最近婚期を気にし始めている」

 

「なに?」

 

 

 敵の眼前に一歩一歩踏み出しながら睨みつける。

 

 

「女の幸せ掴もうって、頑張ってんだよ……」

 

 

 敵の二人が警戒を込めて武器を向けるが虎は揺るがずに一喝した。

 

 

「そんな女の顔を傷物にして男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ!!」

 

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

 

 

 

 両者が飛び出し、拳と武器がかち合う。その瞬間後方に控えていたマンダレイが声を張り上げた。

 

 

「虎! “指示”はだした! 他の生徒の安否はラグドールに任せよう! 私達は二人でここを抑える!」

 

 

 虎と敵たちが対峙している隙に、情報の伝達と指示を終えたマンダレイは後ろに隠すように控えさせた生徒たちを自分の肩越しに見る。

 

 

「皆行って! いい? 決して戦闘はしないこと! 行きなさい!!」

 

 

 唐突に訪れた戦闘、しかしA組の面々は初期の動揺を超えれば、誰もが冷静に周囲の警戒に務めている。

 

 その中にはむしろ今にも敵に飛び掛からんと前のめりになっている生徒すらおり、その中には砂藤もいた。

 

 

「……俺たちはイレイザーヘッドとブラドキングに合流するぞ! ピクシーボブは……」

 

「ピクシーボブは黒影が請け負う! 」

 

「ッケ ナンデ オレガ ソンナザツヨウヲ……」

 

 

 常闇の個性“黒影(ダークシャドウ)”は影が濃いほどに制御が難しくなる。

 

 この明かりを探す方が難しい暗闇では、常闇は黒影を十全に操ることができないはずであった。

 

 

「ッテ マブシ! ナンダコイツ!?」

 

「早くしろ黒影」

 

「マカセトケ!」

 

 しかし黒影の体をまばゆい光が掠めると一転、従順になった黒影は戦闘を始めたヒーローとヴィラン達の隙を縫い、倒れ込むピクシーボブの元に飛び込むと、下から滲み出すようにその体を浮き上がらせる。

 

 

「恩に着るぞ青山」

 

「……これくらいは当然だよ」 

 

 

 この暗闇で光を放つ青山は緊張故か額に汗をかきながら、いつもの態度とは違う真剣な眼差しでピクシーボブを見つめる。

 

 

「でかした小童共! ピクシーボブを連れて撤退しろ!」

 

「よそ見してんじゃないわよっ!!」

 

 

 両者の戦闘はさらに激しいものとなっていく。

 

 戦う資格のない生徒たちはそれを悔しく思いながらも、その場から背を向け、一団となって施設へと駆け出した。

 

 

 

「くそっ、なんで毎回オイラ達のところに来るんだよ!?」

 

「分からねぇ! しゃべる暇あんなら今は走れ!」

 

「ぼ、僕の光で先導する!! 早くピクシーボブを安全なところに!」

 

 

 光で周りを照らす青山を先頭に続くA組。この中で唯一の増強型である砂藤は最後方ではぐれる者がいないかを確認しながら進んだ。

 

 

 そして、そのように一団の少し後ろを走っていた砂藤だからこそ気づいた。

 

 

「あれは……?」

 

 

 進行方向から外れた斜め前方、起伏のとんだこの森林で一段高い位置に揺らめく小さな火の玉のような明かり。

 

 それはかなりの距離にあるように思えたが、次の瞬間大きく上昇し、まるで山なりの曲線を描くように動くと、その明かりが徐々に大きくなって……

 

 

「全員避けろ!! 3時上方!!」

 

 

 叫んだ砂藤、一拍おいて、集団の先頭へまるで進行方向を塞ぐように地面に衝突する。

 

 

「おぉっと、あいさつ代わりに一発ぶちかましてやろうと思ったがやるじゃねぇかガキども」

 

 

 ケダモノのような笑みを浮かべた隻眼の巨漢、猛牛を思わせる分厚い肉体。

 

 男は荒々しい傷を受け光を反射しない左目をギョロリと動かしてこちらを見た。

 

 

「て、敵だ!!」

 

「俺が足止めをする! 皆は助けを……」

 

「おおっと、こいつを見な」

 

 

 敵は片手に引っさげたランタンでその巨体の片腕に隠れていた者を照らす。

 

 

「なっ!?」

 

 

 反射的に飛び出そうとした砂藤は、その光景を見て全身の筋肉を硬直させる。

 

 

「う、うぅ……」

 

 

 着地の衝撃を受けたのだろう、力なく腕を垂らすその小さな男の子は震えながら息をしていた。

 

 

「逃げねぇよな? お前らヒーローなんだろ? なぁ頼むよ、俺とちょっと遊んでくれないか?」

 

 

「洸汰君!!」

 

 

 A組のほとんどは、血相を変え、その場に釘付けとなってしまう。

 

 

「テメェ……、ふざけんじゃねぇぞ……」

 

 

 その光景を見て砂藤は怒りで煮えたぎっていた。

 

 自分の冷静な部分は落ち着けと警鐘を鳴らすが、目の前でこんなことをされて砂藤は耳鳴りがするほどに怒り狂っていた。

 

 

「おぉ! いいねぇ!! そら! 来いよ!」

 

 

 鼓動と耳鳴りでうるさい頭のなか、砂藤はそれを音がなるほどに歯を噛み締めて黙らせる。

 

 

「ほらほら早くしねぇとこのガキを……」

 

(シュガー)D(ドープ)

 

 

 生徒に戦闘が許されていないことなど今の彼の脳内に思い浮かびもしない。

 

 自身の最速で飛び掛かる砂藤は洸汰少年を抱えた敵の左腕を掴むと、あらん限りで捩じり上げる。

 

 

「おぉっ?」

 

 

 敵は捩じり上げられた腕を意外そうに眺めながら、されるがままに砂藤に関節を極められる。

 

 ギリギリと捻じ曲げられる腕。砂藤は関節を壊す勢いで力を籠めた。

 

 徐々に締め上げられるヴィランはとうとうポトリと洸汰少年を取り落とす。

 

 

「拾え黒影!!」

 

「アイヨッ!」

 

 

 常闇は素早く少年を拾い上げようと動き出した。

 

 その光景を見て一瞬の安堵の表情が浮かぶ砂藤。だからと言ってその力は緩めない。むしろ少年がいない分、さらに容赦なく力を籠めた。

 

 

「いいなお前、一回全力で殴って来いよ」

 

 

 次の瞬間、天地は返り、砂藤の頭は地面を向いていた。

 

 何が起きたか一瞬分からないまま、砂藤の全身は一回転しながら地面に強かに叩きつけられる。

 

 

「ガキがいると本気出せねぇなら後で殺すことにしてやっからさ!」

 

 

 締め上げ捩じられていた腕を真っすぐに伸ばし、準備運動のように肩をゆるく回す敵。

 

 その回転を丸ごと返された意味を理解して血の気が引く。

 

 敵は砂藤の力で勝って人質を解放した訳ではない。この男はただ自分の全力が見たいから邪魔な人質を自主的に離しただけだという事実。

 

 

「黒影!!」

 

「おぅおぅ、ガキはここだぜ助けに来いよ」

 

 

 人質救出へ動いた黒影は障害を排除しようとその漆黒の爪を振るう。

 

 しかし敵は避けず、真っ向から拳で殴り返す。

 

 

「いい個性じゃねぇの! もっとだ! もっと打ち込んで来い!!」

 

 

 黒影は一撃のみならず何度も攻撃を繰り返すが、敵は全く同じ速度で拳を繰り出し、最後には逆に黒影の顔に一撃を加えはじき返した。

 

 

「決めた! お前と鳥のガキは絶対にここで俺と戦え。逃げたらガキを殺す。もちろん全員でかかってきてもいいぜ!」

 

 

 まるで遊び相手を決めるように――、いや実際にそのつもりなのだろう、男は砂藤と常闇を指さしてそう宣言した後に、思い出したように言葉を付け足した。

 

 

「あそうそう、知ってたら教えてくれよ。本条とかいうガキはどこにいる? 一応仕事はしなくっちゃなぁ……」

 

「なに……? なんでてめぇがアイツを……!!」

 

「知らねぇんだな? じゃあどうでもいい、早くやろうぜ!」

 

 

 今すぐにでも問いただしたい砂藤であるが、既に敵は拳を振り上げている。

 

 

「そんじゃあ力比べだ」

 

 

 砂藤は応戦するように拳を叩き込んだ。

 

 

「ハァッ……!」

 

「だらぁッ!!」

 

 

 ぶつかり合う拳。たった一合、それだけで砂藤は彼我の力の差を感じ取った。

 

 

「グッ……!!」

 

「こんなもんかぁ? もっとがんばれって。もっともっとだ!」

 

 

 肉がめり込み骨同士がぶつかる感覚。顔を歪める砂藤に対して敵は楽し気な表情を崩さない。

 

 敵はその剛腕の筋肉を膨らませて力を籠め、砂藤もそれに対抗しようと拳を押し出した。

 

 一瞬の硬直、だがその彼我の地力の差は時間と共に直ぐに表れた。

 

 敵の腕の筋肉の肥大は止まらない。まだまだ膨らんでいくどころか皮膚を突き破り筋肉は膨張し続ける。

 

 人ではありえない現象と力であると気づいた時、敵はこらえきれないといった様子で笑いだす。

 

 

「おいおい、まさかそれが全力か?」

 

 

 その力に耐え切れず膝をついた隙を狙い、敵は砂藤を小石のように蹴り飛ばす。

 

 

「力が足りねぇ!!」

 

 

 砂藤を後方の木へ小枝のように折り飛ばすほどの威力で吹き飛ばした後、敵はその様子を見て腹を抱えて笑った。

 

 

「俺の個性は“筋肉増強” 。皮下に収まんねぇほどの筋繊維で底上げされる速さ! 力!! 何が言いてぇって!? 自慢だよ! つまりお前は――」

 

 

 吹き飛ばされ膝をつく砂藤は急いで立ち上がるが、今だ敵は笑うのみ。明らかに本気も出していないお遊びだとは見ればわかった。

 

 

「 ――俺の完全な劣等型だ! 分かるかよ今の俺の気持ちが!? 笑えて仕方がねぇよ!」

 

 

 明らかな格上との戦闘、しかも人質は敵のすぐ傍という詰みかけた状態で、A組は完全に後手に回っていた。

 

 止まらぬ敵の哄笑とそれを見ながらも動けない雄英側。

 

 その均衡を破ったのは敵の足元にいる少年であった。

 

 

 小石が下から跳ね上がる軌道を描いてコツンと敵の顎に当たる。

 

 

「ウォーターホース……、パパ……、ママも……、そんな風にいたぶって殺したのか……! マスキュラー……!!」

 

 

 ヴィラン、血狂いマスキュラーは少し驚いたように少年の顔を見た後、懐かしそうに左の義眼をなぞる。

 

 

「あぁ……? おーマジか、お前アイツらの子供かよ? 運命的じゃねぇの。ウォーターホース……、覚えてるぜぇ、この俺の左目を義眼にしたあの二人だ」

 

 

 マスキュラーの意識をこれ以上少年に集めまいと立ち上がった砂藤、今にも飛び出さんとする他の生徒達も、目の前のこの男こそ洸汰少年の父母を奪い去った仇であると知る。

 

 

「お前のせいで……、お前みたいなやつのせいでいつもこうなるんだ!!」

 

 

 涙を湛えてあらん限り叫ぶ少年を呆れたようにマスキュラーは小さなため息をつく。

 

 

「……ガキはそうやってすぐ責任転嫁する。よくないぜ。俺だって別にこの目のことは恨んでねぇぞ?俺は“殺す”(やりたい)ことやってあの二人はそれを止めたがった。お互いやりてぇことをやった結果さ」

 

 

 人の理を外れた獣の理屈。

 

 

 そんな狂気を確信しているマスキュラーは少年の方へ歩み寄る。

 

 それと同時に雄英生達が一斉に動き出した。

 

 

「まっ、悪いのはできもしねぇことをやりたがった……、てめェのパパとママさ!」

 

 

 振り上げられた腕、目の前で怯える少年。

 

 

「んなワケねぇだろうが馬鹿野郎ォッ!!」

 

 

 吹き飛ばされ、もっとも敵から遠い場所にいた砂藤は考えるより前に駆けていた。

 

 加速の最中で少年の身に負担を掛けず移動や、巻き込まずに攻撃を行う手段を持っていないのなら、ならば砂藤の出来ることは一つしかない。

 

 己の身を盾に、敵の攻撃を背で受け、少年を守りきる。

 

 子供相手に放ったと思えない衝撃。背骨を砕かれたと錯覚するほど骨に響く。

 

 

 砂藤を襲う攻撃と同時に他の生徒達からの一斉攻撃をマスキュラーは受けた。

 

 

「ハッハァー! となったらヒーロー共はそう来るよなぁ!!」

 

 

 遠距離攻撃を行える生徒はもちろん、その手段がない生徒でさえ洸汰少年を助けるために全員が突貫する。

 

 

「楽しくなってきた!! なァおいそうだろ!?」

 

 

 マスキュラーはその攻撃の全てを肥大した筋組織の鎧で防ぎきると、すぐさま反撃に移った。

 

 剛腕を振り上げ、標的となったのはたまたま近くにいた女生徒。

 

 自身の個性“イヤホンジャック”の音響攻撃で洸汰少年を傷つけまいと接近したその善良さによって、耳郎響香の頭部に岩を容易に抉り取る一撃が振るわれた。

 

 

「黒影ッ!!!!」

 

 

 そしてその一撃は己の個性とその身を投げ出した男により防がれる。

 

 というよりは代わりの犠牲となったと言うべきであろう。

 

 黒影の体を突き抜け、その一撃は常闇の体を吹き飛ばしながら木々に衝突した。

 

 

「常闇!!」

 

「常闇くん……!!」

 

「あ? おいおいまじか。はぁーー……」

 

 

 マスキュラーは自身が殴り飛ばした常闇と目の前で少年を守り膝をついた砂藤を順番に見た後にため息をつき、少し苛立たし気に呟く。

 

 

 

「あのよぉ……、お前もアイツも、つまんねぇことで体力削らずちゃんと俺と遊んでくれよ。頼むぜオイ」

 

 

 他人を一切鑑みない暴力的思考、そんな身勝手な言葉を背に受け、砂藤はその一切を聞こえていないかのように、目の前の洸汰少年へ屈みこむように目を合わせ、頭に手を軽く載せて笑顔を見せる。

 

 

「……立てるか? なら施設にむかって走れ。ここは俺たちがいるから大丈夫だ」

 

「う……、ぁ……、だ、ダメだ。し、死んじゃうんだぞ……!」

 

 

 砂藤の笑顔は無理やりで、明らかに痛みをこらえたモノだと少年ですら分かってしまう。

 

 

「お、お前らが逃げろよ。ボロボロじゃんか……!」

 

「……大丈夫だ。今からアイツは俺達がぶっ飛ばすから、気にせず行け」

 

 

 砂藤の言葉にすぐ後ろから噴き出すような笑い声が聞こえる。

 

 

「プッ、ハハ! カッコいいこと言うじゃねぇの。でもよぉ! できもしねぇことをやろうとするのはお前らヒーローの悪い所だぜ?」

 

 

 砂藤は後ろをちらりと見ると目線を戻す。

 

 

 洸汰少年の頬が濡れている。

 

 言外に目の前の敵をここにいる学生程度では倒せないと絶望していることが分かってしまう。

 

 

「俺はヒーローの足元にも及ばねぇが、アイツぐらい顔面ぶん殴って吹っ飛ばすくらいはできる。でも危ないから離れてくれ」

 

 

 砂藤は無理やり立たせた少年を軽く押し出し、距離を取らせる。

 

 

「ははははっ! だから出来ねぇことを……」

 

「見ててくれ」

 

 

 砂藤は己の覚悟を行動で示した。

 

 

(シュガー) D(ドープ) O(オーバー) D(ドーズ)

 

 

 自身で練り上げた個性、その極致。

 

 己の個性操作を磨きその出力を上下させる訓練。

 

 その力を正確にコントロールするための体捌き。

 

 全ては砂藤が己の個性の限界を超えて、この技の完成のために行ってきたものである。

 

 一瞬の爆発的燃焼、自身の個性を振るえる5分という縛り、それを加速させ、一瞬に圧縮させる生命の燃焼による煌めき。

 

 

 その技は粗削りで、サーの指導を受け形になりかけてはいるが、まだ、一度たりとも成功したことはない。

 

 だがそれでも砂藤は静かに構える。

 

 正確な型、正確な呼吸、正確な所作。

 

 そこから己の全てを一瞬に圧縮する。

 

 

「あ?」

 

 

 ほんの一瞬間、コンマにも満たない時間。

 

 大口を開けて笑っているその顎目掛けて拳を突き上げる。

 

 注視していた他の生徒すら目で追えない程の速度。気づけばそこに拳を突き出した砂藤がいたとしか言えない程の神速の打擲。

 

 足で地面を踏み込み、その一切の力を拳にかき集めようと願い放たれる一撃。

 

 それは大砲が衝突したかのような轟音で空気を揺らした。

 

 

「走れッ!! 洸汰!!!!」

 

 

 自分の言葉で少年が震えながら後ろに向かって駆け出すのを見て、砂藤は目線をすぐさま正面に戻す。

 

 

「やったぜ砂藤!!」

 

「すごいよ砂藤君!!」

 

 

 洸汰少年が後ろにいた峰田と葉隠に合流したのを確認して、砂藤は他の皆へ手をかざす。

 

 

「いや……、まだだ。全員構えろ。二人は洸汰を施設まで今すぐ送ってくれ。あいつはまだ……」

 

 

 その時響き渡る地響き。巨体が叩きつけられたそこには多量の砂埃が舞う。

 

 常人なら命は無いだろうその落下による衝撃で立ち上る煙の中を砂藤は睨んだ。

 

 

 

「おまえ、やるなぁ……! いいもんもってるじゃねぇか!!」

 

 

 だがそれは両の足で立っていた。

 

 砂藤は理解していた。

 

 先ほどの技は失敗していた。

 

 速度に自分の動きがあっていなかった。力のうねりに体は持っていかれその威力のほんの一欠けら程度しか出し切れていなかった。

 

 己の未熟さに砂藤は歯噛みする。

 

 

 

「さ、砂藤のアレ喰らってまだ動けんのかよっ……!?」

 

「……野郎、あの一瞬で、筋肉で顎を覆って飛び上がりやがった」

 

 

 自身の晒した隙を見逃さなかったマスキュラーは防御と同時に自分から上に飛んで衝撃を殺していた。

 

 そのことが分かっていた砂藤は目の前の怪物を睨む。

 

 

「お前、強ぇよ。遊びじゃ駄目だ。本気で殺ろうぜ」

 

 

 ポケットをまさぐり、小さな何かをボロボロとこぼす。

 

 マスキュラーは目当ての何かに触れたのか、それをポケットから取ると、そのまま先ほどの衝撃で吹き飛んだ左目の洞の中にぐりぐりと嵌め込む。

 

 

「本気の義眼()だ」

 

 ギチギチと義眼の周りに動眼筋が這い回り、ギョロギョロと動き出す。

 

 

 対する砂藤も両腕を挙げて構えるがその足は震えていた。

 

 先の攻撃は自分の限界を超え、全てを絞り出した一撃。もはや彼に余力など一欠けらもない。

 

 その必殺であるべき一撃で仕留めそこなったという事実が意味することを砂藤は直視しなければいけない。

 

 

「やろうぜ!!」

 

 

 先ほどとは比較にならない速度での攻撃。砂藤の攻撃は失敗とはいえ頭を揺らす一撃を加えたはずだというのに、足元がおぼつかないのは砂藤の方だけであった。

 

 

「オラオラ! 逃げてんじゃねぇぞ!! さっきのヤツをやってくれよ!!」

 

 

 先ほどまでの攻撃はマスキュラーの言う通り遊びに過ぎなかったのだろう。

 

 それほどの威力の乱打が砂藤に降りかかる。

 

 生き残るために必要なエネルギーはからであるのに、敵の勢いは増していた。

 

 砂藤はもともとの肉体の性能のみで、何とか最低限の動きで躱そうとするが、当然避け切れない。

 

 せめて直撃は避けるように腕のガードを上げるしかない砂藤の無防備な腹にマスキュラーの一撃が突き刺さる。

 

 

「砂藤君!!」

 

「砂藤ォ!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 腹の中身をかき回されたようなボディブローに砂藤は吹き飛ばされた。

 

 

「なぁおい!! どうしたんだよ!? さっきのヤツやれって言ってんだろ!! おい……、まさかそういう感じか? とっておきでさっきのだけなのか!? おいおいおいおい、マジかよおい!? はぁぁぁぁ…………」

 

 

 喜びから一転、頭を下げ落ち込むように長い息を吐くマスキュラー。

 

 そして顔を上げた時、マスキュラーの顔にはこちらへの興味が一切抜け落ちた無感情な表情をしていた。

 

 

「じゃあ、死ねよ」

 

 

 吹き飛ばされた先には峰田と葉隠、そして彼らに連れられた洸汰少年がいた。

 

 増強型とまともにやりあえる自分が倒れれば皆は盾を失い殺される。

 

 だというのに、砂藤は体の熱がすべて奪われたように動けない。まるで手足が棒のように地面に横たわる。

 

 

 

 マスキュラーの周りに虫が張り付き、ボールが中空に投げられる。

 

 イヤホンがマスキュラーの右目を突こうと動き回り、光線が飛び交っている。

 

 

「あーもうなんか、さっさと殺すか、せめて派手に全員にやって……」

 

 

 その光景の意味を考える思考すら暗いモヤで良く分からぬまま、地面に横たわる。

 

 

「うっ、うぁ……」

 

「や、やめろよ、みんな逃げろよ……!」

 

 

 

 ただ、自分の視界の端の小さな少年を見た時、砂藤は思考以前にまともに動かない手足をばたつかせる。

 

 あの表情、あの顔だけはダメだ。

 

 砂藤力道はその表情をさせてしまうようなことだけは絶対に認めてはいけない。

 

 

「ガッ…………」

 

「どうせ無駄なんだ……!」

 

 

 棒のような手足。上下も分からない。ただやたらめったらに動かして引っかかった場所に押し付ける。

 

 

「ガアァッ…………!」

 

「だからもう立たなくたって……!」

 

 

 獣のように四つん這いに、みっともなく、それでも砂藤は本能に近い反応で体を突き動かした。

 

 

「ガアァッァァァァ!!!!」

 

「っと、おぉ? 立つのかお前。ふぅん? 殺りそこなったぜ。じゃあやっぱりまずはテメェからだ。その後でお前らだから、待っててくれよな」

 

 

 体は浮いてる。

 

 これは立っているのではなく、細い棒が地面に突き刺さっているだけの、崩れかけのか細いバランス。

 

 

 意味はない。

 

 

 これ以上、砂藤は動くことはおろか何かを思考する意識すらおぼろげなのだ。

 

 この場で何かを変える一欠けらの力にもなりえない。

 

 だがそれでも砂藤は立たねばいけない、いや、何もしないことは許されない。

 

 

 

「ありがとう砂藤君、みんな……」

 

 

 優し気な声が聞こえる。

 

 

 だというのに今にも破裂しそうな程の激情が押し込められた表情。

 

 

「……砂藤君、分かってる。洸汰君はまかせて」

 

 

 あまりの眩さ、本物の輝き。

 

 それを見た時、砂藤はとうとう崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電気がつくように、自身の思考が戻った瞬間、砂藤は目を見開いて上体を起こした。

 

 

「ッーーー……!」

 

「さ、砂藤君!!」

 

「洸汰は!!  グフッ……!!」

 

「と、とにかく動かないで! 骨だって折れてるかもしれないんだからとにかく横になって!」

 

 

 目が覚めて、彼の眼前にいたのは口田。彼の初めて聞く程の大声に押され、砂藤は再度横になる。

 

「洸汰は……?」

 

「大丈夫、安心して。無事だよ。マスキュラーは緑谷君が倒して、その後に麗日と八百万さん達がB組を連れて合流したんだ。今は峰田君と八百万さんで念入りにマスキュラーを捕縛してくれてるよ」

 

「そうか、みんなは?」

 

「アレからそんなに時間は経ってない。ほんのつい数分前にマスキュラーが倒れたぐらいだよ」

 

「自分が情けねぇ……」

 

「俺も同じだ。だが砂藤、お前は俺と違い自身の最善を尽くした」

 

 

 突然横から声がして砂藤は驚くが、そこには砂藤と同じように地面に寝かされた常闇が悔しそうな顔をしている。

 

 

「本体の脆弱さは指摘されてたというのに……、一発でこれだ。……俺は何も為せなかった」

 

「その弱点を克服しようと今合宿してたんだから、二人ともそんなに自分を責めないで……。とにかくマスキュラーを捕縛したら二人を担いで施設に向かうから」

 

「ヒーローは常在戦場、言い訳にはならない。……俺の方は意識を失ってただけだ。自分で動ける」

 

「あぁ、俺も……、ッ……」

 

「あぁ! 動かないで!!」

 

「無理をするな。黒影で運ぼう。青山はいるか?」

 

 

 砂藤が顔を上げると向こうでマスキュラーを警戒し、囲んでる他の生徒が見える。

 

 離れた所で洸汰少年とその傍に葉隠と麗日がついているのが見えるが、面々の中に一人だけいない人物がいることに砂藤は気づいた。

 

 

「緑谷は?」

 

「……周りに危険がないか見回ってるよ」

 

「一人でか?」

 

「ぼ、僕たちも消耗してたから……、み、緑谷くんが率先して……」

 

「いや、アイツだってマスキュラーと戦った後だろうよ」

 

「いや、それは……」

 

「口田、お前の気持ちも分かるが砂藤には伝えるべきだ」

 

「どういうことだ……?」

 

 

 常闇の言葉に、悩みながらもこちらに顔を向ける口田。

 

 

「落ち着いて聞いてね、聞いても動かないで」

 

「……とりあえず話してくれ」

 

「緑谷君はマスキュラーを倒した後、直ぐに他の皆を助けに飛び出していったんだ」

 

「おいおい、アイツなんて無茶を……」

 

「でね、落ち着いて聞いて。緑谷君によると彼らも初めは脳無に襲われたらしいんだけど、本条さんが囮を買って出てこっちに来てくれたんだって……」

 

 

 それを聞いた砂藤はすぐに起き上がろうとし、そのまま地面に体を打ち付ける。

 

 

「本条は!!」

 

「う、動かないで!」

 

「砂藤、口田はお前に信を置いて口を開いた。黙して聞くべきだ」

 

 

 二人に宥められた砂藤はまったく落ち着かない心と体を押さえつけて話の続きを促した。

 

 

「…………二人ともすまねぇ、続けてくれ」

 

 

 砂藤は口田から経緯を聞く。

 

 

 肝試しのペアだった緑谷と本条は早く進み過ぎて麗日と八百万と合流していたが、その時に敵襲撃を受ける。

 

 そして本条は手傷を受けながらも残った三人がB組の安全を確保するための囮になったのだという。

 

 そして、緑谷君はB組と洸汰少年の安全を確認したら、止める間もなく本条を助けるために出て行って現在に至る。

 

 

 それを聞いた砂藤は大きく息を吐く。

 

 その様子を口田は心配そうな目で見ていた。

 

 

「そうか……」

 

 

 正直に言えば自分も今すぐ緑谷の後を追いたいと思わない訳がない砂藤である。

 

 

「砂藤くん……」

 

 

 しかし、怪我という理由もあるが口田の願うような目で抑え込まれてしまった。

 

 

「今の俺は戦力にならねぇ……。常闇頼めるか?」

 

「あぁ、B組ももうじき全員揃う。全員で固まっていくぞ」

 

 

 

 砂藤は心のどこかで油断をしていた。

 

 この合宿で本条がどうにかなることはないだろうと。

 

 それは本条の高い実力と予知の力をもつ個性、そしてサーが事態は合宿後に動くと言っていたこと。

 

 砂藤は気づけなかった。

 

 砂藤自身の未来を見ているはずのサーが、この林間合宿について彼に教えていなかった理由を。

 

 

 

 

 

 

 雄英林間合宿ヴィラン襲撃。

 

 襲撃者であるヴィラン達は逮捕者が4名、奇妙なことに全員が命を失うような重症であったが一命を取り留めていた。

 

 プロヒーローは6名のうち2名が重傷。

 

 生徒41名のうち敵のガスにより昏倒したものは13名、後日後遺症なく回復。

 

 重軽傷者は7名。

 

 

 そして拉致者、1名。

 

 

 その者の名を砂藤が知るのは救急車の中であった。

 

 

 

 

 

 

 

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