個性『RTA』があまりに無慈悲すぎるヒーローアカデミア   作:ばばばばば

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最速ヒーローRTA_113925時間24分51秒_Part10/11

 

 

 

「ねぇ、私? そっちはどう?」

 

<うん……、楽しいよ。小学校に上がってアミちゃんとまた友達になったし、今度は砂藤くんとも直ぐ仲良くなれた。昔より友達出来たかも……、なんて見た目だけの小学生が得意気に話すことでもないけどさ……>

 

「そう、よかったぁ……。今日は学校で何あったの? 聞きたいな」

 

<砂藤くんがね、クラスの皆にスイートポテトを作ってくれてね、それがとってもおいしかった。将来はヒーローじゃなくてお菓子屋さんを勧めたくなるくらい>

 

「あー! アレ食べたなぁ! 砂藤君のスイートポテト! つぶし具合が最高で……、ちょうどよく形を残したサツマイモの舌触りが絶妙だったよねあれ!」

 

 

 そんな風に彼女から日々あったことを聞いていると、不意に向こうの私が話を止める。

 

 

<……ねぇ私、何度も言ってるけど、あなたがここにいても……>

 

「ううん、すごく嬉しいの。貴方が私のできなかったことをしてくれて。それで十分。どうせ他の皆もそう言ってるでしょ?」

 

<で、でも私だけ……>

 

「……正直ね、他の私の誰よりも残酷なことを強いてるのが貴方。こんな私がそれでも普通でいたいって言う願いの役割、やる方は一番辛い役目だと思う」

 

<都合のいいこと言わないで……、私も私だよ! 本当は羨んでるんだって私は知って……!>

 

「でも、触れないでしょ? こんなに綺麗なのに」

 

<……それは>

 

「今回は何があってもおかしくない。だからお願い、最後に話が聞きたいの。何でもない、普通の女の子の話、その話を聞くだけで私はお腹いっぱいだから」

 

<…………分かった。あのね、今度砂藤君が個性ありの野球大会にみんなで出ようって言い始めてね……!>

 

 

 私は私から、今日あった何でもないような話を聞く。

 

 それは心をじんわりと温め、私に活力を与えた。

 

 

 

「……別たれた自分はその時点でのコピーだ。いつまでも同じ自分だと思うと俺の二の舞だぜ?」

 

 

 横の運転席にいる分倍河原さんはこちらに目を向けずそう呟く。

 

 

「そうだね、でも私達は個性で同じ未来を見ている。互いの道筋を眺めることができる……。未来であの子はね、きっと私達の夢を叶えるよ」

 

「へぇ、そうかい、で? お前は?」

 

「うーん……、どれが私かは分からないけど今と変わらないんじゃない?」

 

「暗躍して、世界を平和にってか? そいつはすげぇや。俺の働き口がまだそこにあることを祈ってるぜ」

 

 

 鼻で笑いながら、彼は流れるような手さばきで、止める前にタバコを取り出し火をつける。

 

 

「ならないよ。どう足掻いても人が死なない瞬間も、一つも悲劇がない世界もつくれない。だからこれからも働いてもらうから覚悟してね?」

 

「はぁ……、休日を希望する」

 

「世界が平和になったら考えるよ」

 

「……永久就職じゃねぇか」

 

 

 私達が話している内に車は目的地へとたどり着いたようだ。

 

 

「じゃあここらへんで。計画通りもし私に何かあったら、今日増やした私のコピーをオリジナルとして二倍にしておいてね」

 

「……勝手にしやがれ」

 

 

 彼はぶっきらぼうに言い捨てると、数口しか吸っていないタバコを彼は灰皿に押し付けた。

 

 

 

 複製はある程度のダメージが蓄積すると、泥の様に崩れ消滅する。

 

 だから必然的に最も戦力の大きい存在はオリジナルである私だ。

 

 だからこそ、この戦いは私が挑むしかなかった。

 

 

 私は騒がしい街の中、一際高いビルを見上げながらその中に入る。

 

 この街で最も高いビル、普通ならそのビルの持ち主が己を誇示、あるいは喧伝されるために天へと伸ばすが、このビルが高い理由は違う。

 

 この日本の中心にあるビルが高い理由は、その屋上に設置されている“彼”が飛び立つカタパルトであり、そこから日本中の事件現場にたどり着くためである。

 

 

 私はビルのカウンターまで歩くと、そこに丁度来た彼に話しかけられた。

 

 

「こんにちは、ヒーローRTA、私は彼のサイドキックのサー・ナイトアイ。案内させてもらう」

 

 

 遊びのない態度。あの時会った時でさえ、まだ彼は着崩していたと言い切れるほどピッチリとした態度とスーツを着て、かつての師はそこにいた。

 

 

「こんにちは、“サー・ナイトアイ”。貴方のことはよく存じ上げています」

 

「流石、耳ざといことで有名な君だ。私は裏方で目立たない方だと思っていたのだがね」

 

「日本一の隣に並び立つ貴方が目立たないとは少し傲慢ですよ?」

 

 

 そう言って、私は右手を差し出す。

 

 

「お会いできて光栄です。えぇ、本当に」

 

 

 その一言と共に差し出された腕を彼は一瞬だけ眺めて私の手を掴む。

 

 

 触れる手と、ぶつかる視線……。

 

 握り合って間を置かず、サーの表情が少し揺れる。

 

 それは事情を知っている私でなければ気が付かない程の感情の揺らめき。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「いや……」

 

 

 そもそもこの手も、目玉すら作り物だ。

 

 サーの個性は通じない。

 

 無言になるサーを見て、いたずら心に火がついた私は思わず余計なことを呟いてしまう。

 

 

「いけませんよサー、そういう乱暴はもっと互いに深く知り合ってからです」

 

 

 私を見る彼の目が細められる。

 

 

「貴様は……」

 

 

 彼の見せかけの慇懃をはがしてやると私は笑った。

 

 

「私は貴方のことは十分に知っています。つきましては貴方が私に興味を持ってもらえれば……、いつだって私は貴方と語り明かしたいものですけどね」

 

「……そうか、秘密尽くしの君にそう言われると難儀だ。どれだけ探っても背景も持たない引きこもりだった17歳の少年が急に大企業を起こし、様々な勢力を取り込んで破竹の勢いと言うのも生易しいほど拡大している。はっきり言って異常だ。……そんな動きでありながら君は余りにも波風を立てずに浸透している。正直に言えば私は君とオールマイトを引き合わせたくはない」

 

 

 こちらを警戒し、少し距離を取って案内してくれるサーに、しまったなと思った私であるが、勝手にいらぬ気苦労をさせるぐらい、私の当然の権利だと思い私はついていく。

 

 

「……そんなに警戒して欲しくない。ちょっと意地悪したのは謝りますよ」

 

 

 なんだろう、これはこれでさみしい。そんな風な気持ちから出てしまった言葉であるが、サーの歩調は変わらない。

 

 

「いや、貴方は私のこと、どうせよくも分からないからって警戒してるんでしょう? もっと私の個人的なことに興味を持ってくれてもいいじゃないですか?」

 

 

 案内中も無言のサーにしびれを切らした私は後ろから声を投げかけるが、反応は薄い。

 

 

「わかりました! なんでも答えますよ! 実はコーヒーが苦手だとか、甘いものに目がないとか!」

 

 

 そんな風になりふり構わず話しかけていると、サーは立ち止まりこちらを見る。

 

 どんな質問が飛び出すか、待ちながら出された言葉はあまりにもユーモアがない話だった。

 

 

「RTA、君は……、君の個性は未来視なのか?」

 

「ちょっと違う。でもそういう面もあるかも。サーからみた私がどう映るかは知らない。でもそうですね……、私が世界が変わる切っ掛けの切っ掛けを作ってるのは確かです」

 

 

 彼の核心を突く質問に私は何ともないような日常会話の様に返すと、サーの目が揺れる。

 

 

「だが、それは……、お前は自分の力が恐ろしくはないのか?」

 

「こわいよ、とっても。今にも逃げ出したいくらい」

 

 

 未来を知る者だけが分かる恐怖。自分の選択が誰かを救い、その陰で誰かが泣く。その先を知るものは両者の天秤が確かに見えてしまう。

 

 

「本当に怖い。どうしようもなく零れていくものを見て、自分の信念や善性なんて信じられなくなる」

 

「なら――」

 

「“なら”じゃない。“でも”だ」

 

 

 私は揺るがずに彼を見た。

 

 

「それでも私は誰かが泣いているよりは笑っていてくれた方が良い」

 

 

 その言葉にサーは黙り込み、こちらを見る。

 

 信じられないといった顔で、私がただの狂人か、それともその場限りで調子のいいことを話すホラ吹きか、決めかねているような顔。

 

 そんな顔を見て思わず私は吹き出す。

 

 

「ふっ、カッコつけちゃいましたけど、サーの疑う通り、よく考えていないだけなのかもしれません。私は自分なんて一番信用できないヤツだと思ってますから」

 

 

 でもこれは、サー、それにみんなに教えてもらったことだ。

 

 

「自分が信じられなくても、それでも私を信じてくれた人がいた。おまえならやれると信じて送り出してくれた人たちがいたから……、私は止まらない」

 

 

 この言葉だけはサーに疑われたくない。私の心からの言葉。

 

 それが通じたか分からないが、サーは目を伏せて小さく呟く。

 

 

「……そうか、そんな人に会えるとは君は幸運だな」

 

「えぇ、心から彼らを尊敬していますよ、サー・ナイトアイ」

 

 

 そんな風に話す彼は、動かずに後ろの扉に顔を向ける。

 

 

「ここに彼がいる。時間は取れない。無理に予定を10分空けたんだ」

 

 

 そう言って開けられた会議室、そこには誰もいないように見えた。

 

 

「私が来た!」

 

 

 瞬間、開け放たれた窓から突風と共に巨大な人影が飛び込んでくる。

 

 

 

「お疲れ様です。オールマイト」

 

「あぁ! 待たせたかな! 福島に出た巨大トカゲの個性をもつヴィランに手間取ってね! これは福島土産の“恐竜ッ子”だ! 良かったら食べてくれ!」

 

 

 凄まじい勢いとエネルギー。彼はこちらに歩み寄ると、まるで東京ひ〇このような生地で恐竜が象られた菓子を手渡されたので、失礼ながらその場で一口齧る。

 

 

「すごい! 中身の餡も東〇ひよこみたいだ!!」

 

「恐竜の子孫が鳥らしいからね! 実質、東京ひよ〇さ!!」

 

 

 そんなものだろうか。

 

 

「オールマイト、知ってると思うが彼がRTA、例の情報の提供者だ」

 

「あぁ」

 

 

 私は、お土産の残りを口に放り込むと、彼を見た。

 

 

「それで……、君の話は本当なのかな? 君が……、あの男の居場所を知っているという話は……?」

 

 

 笑顔を絶やさない彼の顔の影がより濃く、真剣味を帯びる。

 

 

 私が隣に控えるサーに事前に渡した情報、それをさらに纏めただろう紙面をオールマイトに手渡す。

 

 何故その情報を私が知っているのか、それ以前にどうして調べようと思ったのか?

 

 情報は完璧であるが、それが逆に余りに疑わしいだろう。

 

 敵の内通か、罠を疑ってしかるべき話だ。

 

 

「えぇ、AFOの潜んでいる場所を発見しました。彼はそこで根を張り、この社会を崩壊させる悪意を醸造している」

 

「後継者……、という訳かい。しかしどこで君はそれを……」

 

 

 当然、情報の出所は確認したいだろう、だが、私はその質問を無視して話を続ける。

 

 

「あわせて、その悪意……、少年の名をあなたは知るべきだ。彼の名は死柄木弔、これはAFOにつけられた名ですがその本名は志村転弧という」

 

「……志村だと?」

 

 

 その言葉にオールマイトは反応する。

 

 

「彼の家族は個性が原因と思われる事件により一家6名が全員行方不明による失踪宣告をうけた。彼の父、志村弧太朗は里子ですが、ヒーローの母がいた」

 

「ま、さか……」

 

 

 彼の顔から初めて笑みが消えた。

 

 

「志村菜奈と言う名だそうです」

 

 

 その言葉を聞いた時、私は部屋が軋んだかのような幻覚を見る。

 

 

 

「……今から向かおう」

 

「しかしオールマイト、作戦は慎重を期す必要が……」

 

 

 サーは、オールマイトを諫めようと言葉をかけるが、彼を見て口を閉ざす。

 

 

「すまないサー、言い換えよう。今の私が外に出れば、直ぐに悟られてしまう」

 

 

 再び笑みを浮かべるオールマイト。しかし纏う雰囲気は殺伐とした怒気を纏わせていた。

 

 

「いまから君をぶっ飛ばしに行くってね……!」

 

 

 No.1ヒーローの放つプレッシャー。

 

 

「えぇ、もちろん、私もそのつもりです。貴方が来なければ一人であの害悪を殴りに行くところでした」

 

 

 物理的な風を感じるほどのその感情の渦巻きに、私は何とか両の足を突き立てて笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生……、どうしたの?」

 

 

 

 車で揺られながら顔をあげた少年、癇癪で壊したゲームを崩壊させた彼は、車の窓からどこか遠い所を見ている自身の恩人を見上げる。

 

 

「あぁ、考え事をしていたんだ。どうも最近仕事で遠回りをさせられることが多くてね」

 

「よくわかんないけど……、上手く行ってないの?」

 

 

 そんな風にこちらに心配そうな顔を向ける少年、死柄木弔(しがらき とむら)を見下ろしながら、巨悪の根源、AFO(オールフォーワン)は笑みを浮かべる。

 

 

「いいや、時間はかかっているが前には進んでいるよ。いいかい弔? 目的を為すというのはそこにたどり着くために幾つもの道を用意しておくものなのさ……。いいかい弔、可能性の種を播き続けるんだ」

 

 

 男の言葉を理解しているのかいないのか、少年は眉を寄せながら難しい顔をする。

 

 

「そうだね……、例えば弔、あそこの川に流れているゴミが見えるかい?」

 

 

 信号機で止まった車から見える川に顔を向けるAFOにつられて少年も外を見ると、川の真ん中に何かがつき立って流れていくさまが見えた。

 

 

「なにあれ?」

 

「工具の柄にも見えるが……、それが何かに刺さって流れているだろ?」

 

 

 浮き草か、不法投棄されたゴミか、浮力を持つそれを土台に起立した棒は、船の煙突の様にも見えながら、ゆったりと川を流れていく。

 

 

「一つ勝負をしないかい弔、あの柄の下に何が刺さっていると思う? 先に答えをあてた方が勝ちだ」

 

「え、そんなの分かんないよ先生」

 

「当てたら壊したゲーム機よりもっといい物をあげよう」

 

「本当?」

 

 

 目を輝かせる少年は男の膝の上に身を乗り出し、目を凝らして考えつくモノを片っ端から話す。

 

 

「漁船の浮き! 何かの草! ペットボトル! あと、えっと……! 発泡スチロール! あとなんかのゴミ!」

 

 

 そんな彼を眺める男は笑いながら少年に言い聞かせる。

 

 

「勝負なら、準備を怠っちゃいけない、僕は弔に勝負を仕掛けたがそれはしっかりと勝つための道筋があったから挑んだのさ」

 

 

 AFOは人指し指を曲げると窓越しの漂流物は裏返る。

 

 

 大きく膨らんだ青白くブヨブヨとした風船、そこから伸びる4本の棒、ドロドロになった頭の目玉は既に取れ、落ちくぼんでいる。

 

 

「ちょうど僕を裏切ったヒーローを始末したのがこの川の上流あたりでね、あの柄には見覚えがあった。彼を始末したナイフの柄だと思ったら大正解だ」

 

「うげぇ……」

 

「フフフ、これも備えさ。弔に勝負で勝つための下準備とでもいおうか」

 

 

 気味の悪いものを見たと身震いする少年は一拍おいて、不満げに男を見る。

 

 

「てか先生のズルじゃん!」

 

「そうそう、ズルだ。悪党は狡賢くなくちゃいけない」

 

 

 少年の頭に手のひらが乗せられる。

 

 

「でも弔、君は僕が答える前に言った。“なんかのゴミ”ってね。正解だよ。あんなのは何かのゴミさ、そうだろう?」

 

 

 男が再度指を曲げれば死体はもう一度ひっくり返り、そのまま何事もなかったかのように川を流れていく。 

 

 

「助手席に新しいゲームが置いてあるから、勝者の君に進呈だ」

 

「わっ! やった!!」

 

 

 そのまま身を乗り出して、助手席に置かれた箱を開ける少年。

 

 

「いいかい弔、人の背中にナイフを突き立てて川へ流しなさい。目的のため小さな可能性を播き続けるんだ」

 

「なんとなくだけど……、わかったよ先生!」

 

 

 異常な情操教育。悪意を煮詰め醸造させるために男は少年の頭に染みつく様に言葉を吹き込んだ。

 

 

 車は動き出し、ゲームに夢中な少年をしり目に、男は再度、思考を再開する。

 

 

「ふむ……」

 

 

 目的へ到達する可能性の話をしたAFOであるが、話す内にここ何年かの自分を取り巻く違和感について考える。

 

 計画は凡そ順調であると彼は考えていた。

 

 

 水面下で己のシンパを増やし、目の上のたんこぶである(オールマイト)を消す計画。

 

 昔は自分の力に尻尾を巻いて逃げ出したあの男だが、今は逆に自分が身を潜めなければいけない程に力を付けている。

 

 忌々しい存在。彼を消すための様々な布石は用意してきたはずであり、その計画は遠回りであるが着実に進んでいるというのに、どうしても彼は違和感をぬぐい切れない。

 

 

 絶妙に焦らすような、AFOが違和感を感じるギリギリで計画がようやく進むような感覚。

 

 まるで見えざる手に座して待つように誘導されている作為感をこの時、AFOは初めて自覚する。

 

 

 そこに到達した瞬間、彼は脳内で様々な可能性を模索し、その原因を突き止める。

 

 

「……一人いるな」

 

 

 膨大な情報処理と判断、物事の因果に対する卓越した嗅覚は彼の膨大な情報の網に引っかかった人物を挙げた。

 

 

 彼の呟きはゲームに夢中になっている少年の耳には届かず、そのまま車の進む音にかき消える。

 

 

「……アジトを変えよう。行き先を変更するよ弔」

 

 

 誰も知らない新たな隠れ家に向かうよう、運転手に指示を出した彼は、すぐさま容疑をかけられた人間の裏を取る算段を立てるため、携帯を取り出す。

 

 

 友人、あるいは(しもべ)たちへ電話をかけるAFO。

 

 

 コール音が一度、そして二度鳴る。

 

 三度目が鳴った時、AFOは携帯を胸にしまった。

 

 

「これは、先手を取られたかな」

 

 

 本来なら一番目のコールで飛びつくように電話に出てくれるのが男の友人達の常だ。

 

 

 車は川を渡る橋を通る。

 

 窓からは、追い越したはずの先ほどのゴミが流れ来るのが見えた。

 

 

「いま僕が違和感を感じた……、と思うことが向こうにとってのトリガーだった? ふぅん……、だとしたら相手はアイツのサイドキックみたいな類か……?」

 

 

 AFOは橋下へと流れ消えていくその漂流物の違和感に気づいた。

 

 

「……弔、私の方に寄りなさい」

 

 

 AFOがゲームに集中している少年の肩を掴み引き寄せるのと、川に流れる死体に偽装された爆弾が閃光を放つのは同時であった。

 

 

 橋の中心で真下から響く轟音と付き上げる衝撃。

 

 橋脚をへし折り、車ごと川へと突き落とすその爆発。

 

 

「しっかりと捕まるんだよ弔、……って気絶してるね」

 

 

 爆破の衝撃で意識を失った少年を抱え、空へ浮かぶ男は橋を見て舌打ちをする。

 

 同じ道を走っていたはずの車はいつのまにか橋の前後を挟むように停車してあり、そのさまざまな車種の車から人が降りてくる。

 

 その人間たちは年齢性別は様々でありながら、皆無表情にAFOを見つめながら、画一化された虫の様に規則的に車に積まれた武装を取り出す。

 

 戦争でも始められる程の武装を備えた兵隊たちはAFOに砲を向けた。

 

 

「全くやられたよ、この僕がハメられたとはね」

 

 

 銃弾、光線、衝撃波に携行ミサイル、ヤケクソのような弾幕でありながら、正確に火力を集中させる攻撃をAFOは防いだ。

 

 

「複数……、じゃないな、動きが余りにも乱れがない。だが単身と言う訳でもない……? 各自が高度に連携している」

 

 

 例えるならたった一つの生命体と思える程に極限まで練度を上げた軍団。

 

 そんな集団がこちらの息の根を止めんと襲い掛かってきている中で、AFOは考えを止めず襲撃者の一人に手のひらを伸ばす。

 

 

「思考を繋げているのか? 」

 

 

 男が手を握りつぶすように拳を作ると襲撃者の一人の体が圧壊した。

 

 弾ける体はスパークを散らし、機械仕掛けの内部が露わになるとその中からはドロリとした泥のような液体が流れでる。

 

 

「ロボット……? いや違うなこれはスーツだ。中のこれが仕掛けの種かな。今度はよく観察してみようか」

 

 

 次の相手に手を伸ばそうとした時、軍勢の何体かがAFOに肉薄する。

 

 軍勢から目線を切らせるように襲い掛かる様を眺めながらAFOが腕を振れば、それだけで襲撃者の体はバラバラに引き裂かれた。

 

 

「さてはて中身は……、うん? これは驚いたな」

 

 

 千切れる残骸の中、比較的軽症な外装、そこからこちらを睨む()()とAFOの目が合う。

 

 

 飛び出した少女は握り込んだ爆弾を片手にAFOへ突貫しようとするが、AFOが見つめると空中で体を縫い付けたように体の動きが止まる。

 

 爆弾は手元から落ち、不発となったまま地面を転がっていく。

 

 

「こんなに小さな子供が入っているとは、さて、君はいったい何者だい?」

 

 

 しげしげと眺めるAFOに首から上しか動かせない少女は睨みつけたまま口を動かす。

 

 

「お前を終わらせる石ころだよ」

 

「そうか面白いな。何となくだが違和感を感じていた。計画の進みが悪いと如実に感じたのはここ5年ほどだが、何時ごろから手を回していた? いや違うな、()()()()()()()()?」

 

 

 無力化した一人と話しながら、AFOは攻撃を加え続けている他の者を片手間に殲滅していく。

 

 攻撃された軍勢は全体を維持するために、時には自ら攻撃を受けながらAFOに立ち向かう。

 

 

「僕の目を掻い潜って動くなんて現実的じゃないな。ある種の未来視……、いや君の視座はもっと違うのか? その枝葉の可能性すら網羅して……」

 

「だったらどうするAFO」

 

 

 初めて口を開いた少女。

 

 相手の口上を無視して、少女はただ無慈悲に宣告する。

 

 

「お前の播いた悪意の全てを刈り取り、その可能性の芽を全てを摘む」

 

 

 無表情で無感情に有無を言わせず言葉を続ける。

 

 

「これから何が起きるか怖いかAFO? 教えてやる」

 

 

 AFOは不快そうな表情を見せた。

 

 

「お前の可能性は既に閉じている」

 

 

 ミシミシと体を捩じり、少女は拘束を無視して動く。

 

 

「お前に慈悲など決して訪れない」

 

 

 手があらぬ向きに曲がり、体は泥の様に溶けてゆく。

 

 

「お前の物語はここで終わるんだ」

 

 

 崩れ落ちていく少女は男にとっての終わりを指さす。

 

 

 

 AFOへ途切れることなく襲い掛かってきた攻撃が止む。群体が少数を残し、その全てが外装を脱ぎ捨て、一点を見つめ静止する。

 

 

 たった一人、その中心には一人の少女がいる。

 

 

 そして全く同じ姿をした少女たちは、その全員が鼻から血を流し、目を充血させていた。

 

 異様な光景。

 

 

 そしてその中心にいる少女は無言でAFOを見つめていた。

 

 何かがまずい、理由もなくそう感じたAFOは動きを止めた者達へ攻撃を加えようとするが、群体から枝分かれした一部がそれを防ぐために殺到する。

 

 動きを止めた群体たちの中には痙攣し血の泡を吹いて倒れ、そのまま泥に還る者も多くいた。

 

 彼が襲い掛かる者達をすりつぶし、すぐさま動かない者たちを全力で吹き飛ばした時、そんな悪夢染みたプロセスは完遂した。

 

 

 少女の体から滲み出す青い何かがその体の周囲に纏わりつく。

 

 青いオーラを放つ少女はAFOを指さす。

 

 

「『はいよーいスタート』」

 

 

 そう言うと少女は他の者達と同じように鼻から血を流しながら膝をつく。ただ一つ違うのは未だその姿を保っているということだけ。

 

 AFOの額に無自覚にほんの小さな汗が伝う。

 

 AFOの身には何も訪れない。全くの無傷。先ほどの戦闘でも彼の体に一切の痛痒を与えていない。

 

 

 だが、あれだけのことをして何も起きないとAFOは判断しない。

 

 

「……不気味だな。あぁ、僕にこの手の感情を抱かせるとはね……」

 

 

 AFOは少女へ個性による攻撃を加えようと、一歩踏み出して狙いをつける。

 

 放たれた空気の刃はしかし、少女から狙いが逸れる。

 

 

「……なに?」

 

 

 自身の体の重心がずれている。

 

 下ろしたての革靴がソールから剥がれて目測を誤ってしまっていた。

 

 AFOは無言でその様子を確認し、宙に浮き、回避不能の範囲攻撃を繰り出そうとする。

 

 しかし、これも不発に終わる。

 

 先ほど自滅した少女の手元から落ちた爆弾が腕を振るう瞬間に突然爆発する。

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 AFOは自身の周囲にバリアを張り、何物の妨害も寄せ付けないよう防御を固めてから、この周囲全てを吹き飛ばすつもりで力をためる。

 

 

 そしてその攻撃があたり一面を吹き飛ばした時、彼の額の小さな汗が顎まで伝った。

 

 

 

「私が来た」

 

 

 少女の前に立ち、気炎を立ち上らせる宿敵。

 

 恐らくまずい状況。目の前の強敵以前に、今自分が戦うという選択を取ることの不味さ。

 

 腹立たしいが瞬間的に思い浮かぶ戦略的撤退という選択肢。

 

 

「私から逃げられると思うかい?」

 

 

 ふと空いた後方を見ると壊した瓦礫の中、車のミラーが光を反射し目を潰した。

 

 その瞬間肉薄したオールマイトの拳が体に突き刺さる。

 

 吹き飛ばされた体にこちらを突き刺すように鋭角に尖った廃材が偶然配置されていた。

 

 そのまま叩きつけられると、どういう訳かそこに混ざっていた武器か何かに誘因して爆発を引き起こす。

 

 

 まるでありとあらゆるもの全てに拒まれるような、世界が敵に回ったとしか思えない現象。

 

 

 

「クッ、クク、なるほどこれはあまりにも無慈悲だ」

 

 

 

 いつの間にか抱えていた少年もオールマイトに保護されている。

 

 そこを狙おうと攻撃を試みようにも、踏み抜いた地面に足を取られそのチャンスを失ってしまう。

 

 

「だが、舐めるなよ」 

 

 

 全個性の因子解放。己の存在を邪魔しようと舞台ごとAFOは吹き飛ばす。

 

 ありとあらゆるものがこちらを狙うならそれすら寄せ付けない鎧を纏う。

 

 世界が自分を拒絶するというのならば、その世界ごと個性でねじ伏せる。

 

 

「やろうぜオールマイト」

 

「お前は負けるよAFO」

 

「僕はお前には負けないよ」

 

 

 男はそれでも邪悪を貫いた。

 

 

「僕が踏みつけ、僕が支配する。僕こそが悪だ……!!」

 

「私にじゃない、お前が嘲り踏みにじった全てがお前を討つ」

 

 

 

 その言葉を最後に激突する両者。

 

 敵は苛烈に残虐で邪悪を貫き戦い続けた。

 

 

 その戦いは長く続き。

 

 

 だが、ついに決着はつく。

 

 

 

 吹き飛ばされた半身、体は心臓を含めた左半身ごと吹き飛ばされ、取れかけた頭部は左脳ごと抉られている。

 

 既に死に体な状態でありながら、AFOは光を映さない目でそれでも立ち、あまつさえ言葉を話していた。

 

 

「クソが……、こんな終わりだとは……、最悪な気分だよ」

 

 

 戦いの最中、あらん限りの暴言を吐きつくした男は、それでもオールマイトへ改めて呪いの言葉を一通り吐くと、倒れ伏す少女に目を向ける。

 

 

 

「あのガキに言っておけ、君は神にでもなるつもりかってね。悪を押さえつけてそれで上手く行くと? その不均衡はいつか崩壊する。無駄な足掻きだ」

 

 

 それを聞いたオールマイトはもはや命は尽きかけた宿敵を静かに見つめる。

 

 

「君がなにか自分へ暴言を吐いたなら言っておいて欲しいと、少女から言伝を預かってる」

 

「なに?」

 

「“転んだあなたはご存じでしょうがこちらはただの凡人(石ころ)です ”だそうだ」

 

 

 その言葉を聞いたAFOは顔を歪める。

 

 

「クソッ……、あのガキ、この僕の最期にこんな惨めな気分にさせるなん、て………………」

 

 

 そう言い残して、彼は後ろに倒れる。

 

 

 最後に倒れこんだ地面は彼を受け入れ、まるで男を優しく抱擁するように受け止める。

 

 それすら気に食わないと男は口を曲げたまま、動かなくなった。

 

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