上田は思い出す。
崩れる洞窟で、山田が言っていた事を。
「最後に一つ──『賭け』をしましょう」
得意げな顔をしていた。
「私は、天才巨乳美人マジシャンの名を欲しいままにした人間です」
こんな状況でも良くそんな事を言えたなと、思った。
「もし死後の世界があるなら一年後……必ず方法を見つけ出し、上田さんと連絡を取ります」
どうして死ぬのが怖くないんだと、思った。
「そしたら」
言動の全てに理解が出来ないまま、山田は最後にこう言った。
「……餃子と寿司を、死ぬほど奢ってくれ」
この暗い洞窟で、残酷な事が続くこの世界で、その時の彼女ほど輝いて見えたものはない。
強欲で、負けず嫌いで、変にプライド高くて……だから彼女はそう言えたのだなと、やっと気付く。本当は怖かったのだろう。
「……さよなら」
それを言うと彼女はこちらに背を向け、洞窟の奥へと行ってしまった。
「おい山田ッ!? 山田ッ!!」
追おうとした上田だが、崩落した天井によって阻まれた。
その後に起きた大きな地震が、山田が事を成し遂げたのと、故に死んでしまった事を悟らせた。
結果として、山田は賭けに勝った。
生きていたのだ。記憶を全て失っていたとは言え、生きていた。
約束通り、彼女には餃子と寿司を死ぬほど奢ってやった……記憶がないので困惑こそしていたが、それでも無遠慮でパクパク食べる彼女の姿が「あぁ、本物の山田だ」と、改めて思わせてくれたものだ。
その後も記憶を蘇らせる為の旅でも、度々餃子と寿司を奢ってやった。本人は「また餃子と寿司かよ」とボヤいていたが、結局食べていた。
楽しかったものだ。事件とは無縁に各地を飛び回ると言うのは。存外に心落ち着くものだった。
しかし今、ここで、彼女は死んだ。
目の前で、確実に、死んだ。
あの時と同じ暗い洞窟で、岩に、押し潰されて────
──大きな地響きが起きる。
何事だと県警と園崎構成員らが慄く前で、屋敷の地面が崩落した。
山狗によって県警らに引き渡されたお魎。
彼女の目の前で、青い紫陽花たちが地盤沈下によって地中に消えた。
「…………っ」
さすがの彼女も、その光景に顔を強張らせたのだった。
その後、県警らがお魎を捕まえた事を突きつけ、構成員らは降伏。
魅音も、地下から出て来たところを取り押さえられた。
「……クソっ」
悪態吐く彼女の両手に、手錠がかけられた。
今はもう、山田と上田の無事を祈るしか出来ない。お魎を盾にされた今、ここで自分はリタイアするしかないと、魅音は諦めた。
屋敷から離れた箇所にいる小此木。
地下からややボロボロの状態で帰って来た隊員らに事情を聞く。
「……あの地盤沈下。ありゃなんだ? 何があった?」
隊員の一人が、元凶となった隊員を引っ張って来て報告する。
「こいつが洞窟内で榴弾を発射したようです」
「……お前なにやってんだ」
隊員はRPG-7を恋人のように抱き締めたまま頭を下げた。
小此木は頭を掻く。
「こちら側に損失がなかっただけ、不幸中の幸いか……しかし学者と奇術師を取り逃しちまった。Rがいるかもしれねぇのに」
洞窟の崩落により、上田らが逃げた先を追えなくなってしまった。これは最大の痛手だ。
となればどうするか。パレードに参列していた車の特定は不可能だと判断され、追跡も出来ていない。雛見沢中の家を一軒一軒回ると言うのも馬鹿馬鹿しくて現実的ではない。
隊員の一人が提案する。
「園崎家が全面降伏しました。奴らを尋問するのはどうでしょう」
「なら奴らを興宮署に連れて行ってからだな。今ここで渡せって言りゃあ、大高以外の県警どもが面倒だ。奴らは駒だが、同志ではないからな」
とは言えそれでは時間がかかるし、ヤクザが果たして口を割るのかと言う懸念もある。
やはりこちら側で首謀者……上田か山田を捕まえるしかない。しかし今どこにいると、小此木を悩ませる。
『雛から鳳1へ』
そこへ一つの無線が入る。
「雛」とは、鷹野のコードネームだ。すぐに小此木は無線機を耳に当てた。
「こちら鳳1。どうされた?」
『朗報よ』
無線機を持っている鷹野は、ニンマリと笑っていた。
「敵の暗号が解けたわ」
上田は一人、洞窟を進んでいた。
胸中に蟠る絶望、そして悲しみを押さえながら、作戦を続行するべく歩いていた。
進んだ先、一つの深い縦穴のある場所に着いた。ここがこの洞窟の、最奥だ。
縦穴には梯子がかけられていて、それが純粋な闇に覆われた底へと繋がっている。一歩間違えれば冗談ではなく、命を落とすだろう。
ここからの道順は覚えている。上田はまず、梯子を降りた。
暫く降りれば、穴の途中に別の横穴を見つけた。その横穴に入って進めば、裏山の古井戸の底に辿り着けるハズだ。
ずっと暗い闇の中を、黙って進む。
「上田さん」
自分を呼ぶ山田の声に驚いて、パッと振り返った。
しかし誰もいない。気配すらない。受け入れられない感情がもたらした幻聴だと気付き、肩を落とした。
「……魂は時間を超える……死後の世界の次は魂と来たか……は、はは……」
乾いた笑いがこだました。
ひとりぼっちでまた進む。すると暗い闇の中、一陣の風と一筋の光に気付く。
スポットライトのように光が上から注ぐ、長い縦穴。やっと古井戸の底に出られた。
「……おーーいッ!!」
上田が下から叫ぶ。
途端、井戸の口からするりと縄梯子が垂らされた。
縄梯子を上り切り、井戸から這い出した上田。
彼を待っていたのは、圭一だった。
「上田先生! 無事っすか!?」
「あ、あぁ、俺は大丈夫だ少年」
「なんか……魅音トコで地盤沈下起きたらしくって……俺、心配してたんすよ!?」
「山狗の奴が洞窟で榴弾ぶっ放しやがったんだ……全く。酷い目に遭ったもんだ」
上田が上り切ってから圭一は「あれ?」と気付き、古井戸を覗き込む。
「……お館様はどこっすか?」
「誰だ」
「山田さんです」
「あぁ、山田か……や、山田はなぁ……」
少し考え込んだ後、上田は無理矢理作った笑みを見せて言う。
「……途中、二手に分かれてなぁ? まぁまだ、洞窟をウロついているんだろ」
「え……だ、大丈夫なんすか?」
「まぁ大丈夫だろ。あいつはなんだかんだ、悪運が強いからな」
その嘘は上田自身の願望も込められていた。
本当の事を言うのが正しいのだろう。しかしそれは圭一のみならず、上田自身にも耐えられない傷を作る事になる。それが怖かった、だから嘘を吐いた。
とは言えここで動揺を作りたくない。作戦を続けなければ──それが山田の、望みのハズだから。
上田は話を変えようと、圭一に尋ねる。
「沙都子と竜宮レナは? 作戦通りだったら一緒のハズだったろ?」
「二人は先に、裏山の頂上に行って貰ってます! 山狗がいないか確認する為に!」
「そうか」
「さっ! 俺たちも行きましょう!」
圭一に促され、上田も歩き出した。
嘘を吐いた事への罪悪感、そして消えない喪失感が、圭一の背を見る上田の心を蝕む。
それでも進まねばならないと必死に言い聞かせ、疲れ切った身体を引き摺るように歩かせる。
あいつなら何があっても投げ出さない──あの負けん気と、魂を、見習うのだ。上田はそう言い聞かせた。
井戸から少し離れた時、草木を掻き分けこちらに近付く、騒々しい気配に気付いた。
圭一と上田は足を止める。
「上田先生……誰か呼びました?」
「いや……洞窟の中は無線が使えない。呼ぼうにも呼べんだろ……沙都子たちか?」
「……結構、いますよコレ……」
圭一の言う通り、足音は十人ほどの多さ。山狗か、と思ったが、奴らがここを知っている訳がない。古井戸が防空壕と繋がっている事は、村人も知らないのだから。
警戒し、圭一の前に立って身構える上田。足音はもう、すぐそこまで迫っている。
途端にそれが、ピタッと止んだ。
「……? なんだ──」
上田の真横にあった繁みから、小銃を持った山狗が飛び出す。
そして上田が反応するよりも先に、銃床で鼻先を殴ってやった。
──公由パレードの車に乗り、山狗らを欺いた後、梨花はそのままその車で村からの脱出を計っていた。
興宮や小河内への道は山狗に封鎖されている──とは言え、地元の人間しか知らない裏道なんてものも存在する。
園崎屋敷の裏山沿いを経由した、大回りの道。舗装されていない、山の中にある荒れた車道だ。
この道ならば山狗の封鎖線を迂回し、一時間程度はかかるが興宮へと逃げられる。
興宮に着いてしまえば、大石らが梨花を保護してくれる。
幸い、大石が山田らと通じている事は山狗にはバレていないハズだ。
そして大石らの手筈で、更に興宮から脱出。そうなればもう、今頃園崎屋敷に執心している山狗や県警は追って来られない。作戦は成功だ。
梨花は車の後部座席に隠れていた。手には無線機を握り、流れて来る状況を伺っている。
運転しているのは一人の老村人。神経を研ぎ澄まして辺りを警戒し、出来るだけ静かに車を走らせている。
「……この道ぁ、村の本当に古いモンしか知らん。ここまで来りゃもう安心じゃからな」
「ありがとうなのです。本当に……」
「梨花ちゃまが気負う必要はないよ」
老人は空を見上げた。
「オヤシロ様がワシらを見守ってくださっとる。負ける訳がないんじゃ」
それを聞いた梨花は、少し俯いた。
「……オヤシロ様は今、ボクよりも山田たちの方にいる……と、思うのです」
老人は驚いたように、リアビューミラー越しに梨花を覗く。
「それは……何で?」
「ボクより危なっかしいから……なのです」
「危なっかしい?」
梨花は静かに頷いた。
「作戦開始の時から……ずっと胸騒ぎがしたのです。だからボク、オヤシロ様にお願いしました……山田を、見守ってと……」
ギュッと、無線機を握る手を強めた。
「……気のせいだったら良いのですが……」
梨花は不安そうに黙り込む。
老人も不思議そうに小首を傾げたが、すぐに運転に集中し始める。暫しの沈黙が、車内を包み込んだ。
タイヤが岩に乗り上げ、一瞬浮き上がる。
それを合図にするように、無線から声が聞こえた。
『この無線を聞いている……と、思われる古手梨花に告ぐ』
聞き覚えのない声。
誰だと思考を巡らせるより前に、その人物は名乗った。
『俺は山狗のリーダーやっとるモンです』
一瞬、梨花の呼吸が止まる。頭が真っ白になる。
無線の向こうの男はヘラヘラした口調で、続けた。
『実は俺たちゃ今、
──圭一から奪った無線でつらつらと話す、小此木。
彼のサディスティックに歪んだ瞳の先には、山狗らに拘束された上田と圭一がいた。
「クソッ……! 暗号がバレたってのかよ……ッ!」
「なんて事だ……!」
上田はただ項垂れるばかりだ。
同じ理系の人間なだけに、鷹野に見破られてしまったのではないかと察する。相当、彼女は頭の切れる人間だったようだ。
悔しがる二人の前で、小此木で無線の向こうにいる梨花に話す。
「こっちとしちゃあ、出来るだけ楽に済ましたいんですよぉ……だからそうですんねぇ。どうでしょ? 三十分以内に……古手神社まで来て貰えんですかね?」
捕まえた二人を、小此木は下目遣いで見やる。
「でなけりゃ……ここにいる二人、殺しちまいますんで」
山狗の一人がわざと拳銃のスライドを引いて音を聞かせてから、上田の後頭部に銃口を当てた。
一気に青褪める圭一と上田。それを見て楽しそうに、小此木は口元を歪めた。
「……あぁ、もしかすりゃハッタリだと思われンかもしれんですか。じゃあ、証拠に二人の声でも聞かせましょか」
小此木が無線機をこちらに向ける。
しかし上田は圭一と目配せし、声を出さないようにした。敵のハッタリだと言う事にしてしまおうと言う抵抗だ。
「……あー、黙るんですかい。まぁ、良いでしょ。信じるんか否かは、お任せしますとも」
小此木は寧ろ楽しそうだ。こう言った駆け引きさえ、彼を楽しませる余興に他ならないからだ。
そして彼は更に、無線を聞く梨花以外の人間に対しても忠告する。
「神社に行くンは、古手梨花一人。それ以外の人間は容赦なく射殺する……既に神社へ人員を向かわせていますんで、まぁ助けにこようなんざ考えんでください」
小此木の言う通り、古手神社にはありったけの山狗が武装した状態で集合し、陣を築いている。とても一般人が敵う規模ではないだろう。
そして小此木の声は、無線を持つ全ての人間にも伝わっている。
裏山の頂上にいる沙都子とレナも、鬼気迫る表情で顔を見合わせた。
県警に確保された魅音も、腰に下げていた無線から流れるそれを聞き、戦慄していた。
悟史を連れ出した詩音や富竹、入江に公安メンバーも、焦燥感を募らせていた。
誰もがその通信に、度肝を抜かれただろう。
そう想像するのは容易いだけに、当事者である上田と圭一は胸が苦しい。ただ黙って俯く他なかった。
最後に小此木は念を押した。
「いいですかい? 三十分以内に、古手神社へ……待っていますんで」
無線が切られた後、梨花は表情を強張らせていた。
上田と圭一が人質に取られてしまった。まさしく、最悪の事態だ。
同じく無線を聞いていた運転手も、驚いた顔をしていた。梨花は彼に話しかける。
「……仲間が……人質に取られたのです……」
「は、ハッタリじゃないか?」
梨花は首を振る。
「……今の人。『古井戸で捕まえた』って言っていた……山田が暗号で伝えた場所を把握しているのです!」
「……暗号の解き方がバレた……って、ワケかい……?」
そうとしか考えられない。でなければピンポイントで古井戸に辿り着ける訳がないだろう。
そして上田と圭一を捕まえたのも本当だろう。嘘であればとっくに、本人らからの無線が入っているハズだ。
梨花は頭を抱える。
ここでとうとう、逆転を受けてしまった。
「……どうすれば……」
「梨花ちゃま! このまま行こう!」
運転手が必死の形相で訴える。
「梨花ちゃまが奴らの手に渡ったら……全部終わりじゃ! この村ぁ、滅びるんじゃろ!?」
確かにそうだ。そしてこの作戦は、そうさせない為のものだったではないか。
彼の言う通り、正解は上田と圭一を見放す事だろう。これでのこのこ神社に行って捕まれば、梨花は山狗らの手によって殺される。すなわち敵の交渉に乗る事は、村人全員と心中する事と同義。
もはやこれは、梨花一人だけの問題ではない。
「それに……不幸中の幸いじゃ」
運転手は吐き捨てるように言う。
「捕まっとるのは……どっちも余所者じゃ。村のモンに手は出されとらん」
それを聞いた梨花は、怒りのこもった顔で彼を睨んだ。
「上田はこの作戦を考えてくれた、功労者なのです!!」
「それにゃあワシらも感謝しとる!……じゃが、余所者は余所者だぁ」
「圭一は!? 圭一は村の人間なのですよ!」
「アレかて半年前に来たばっかの東京モンじゃ!……ワシぁ反対しとったんじゃ。東京モンに村の土地売るってぇ話に……」
反論しようとしたが、悟ってやめた。
思えばそうだと、禁書の話を想起しながら気付く。
「彼女」は、村の人々がこれ以上、流浪の民に手を掛けない事を願い、自らの娘に倒された。
それによって宥和が生まれる事を願い──村が、外の世界に目を向ける事を願い。
あれから何が変わった?
何も変わっていない。
今も雛見沢は余所者に冷たく、村の総意に反する者に容赦しない冷酷さを持っている。
祭具殿にある拷問器具の数々がその冷酷さを物語っているだろう。この村の歴史は今も昔も、血に塗れているのだ。
人は結局、変わらない。何世紀を経ても、思想は拭えない。
「彼女」の思いは後世まで届かず、「オヤシロ様」と言う歪んだ偶像としてその残滓があるのみだ。
「……違う」
梨花は、首を振る。
「……『羽入』は優し過ぎた……だから人々に示し切れなかった」
「梨花ちゃま……?」
雰囲気が変わった梨花を心配する運転手。
しかし彼が後部座席を見ようとした時には、彼女は車から飛び降りていた。
「えっ!? り、梨花ちゃま!?」
すぐに車を止め、降りた彼女を連れ戻そうとする。
しかし梨花は道沿いの斜面を颯爽と滑り降り、いなくなってしまった。
仲間に知らせようと無線機を探すも、彼女が持っていた事を思い出した。
──それから十分が経つ。
園崎家は県警の手が入り、魅音らも大型の護送車が来るまで待機させられていた。
古手神社も山狗らが占領しており、村人らはそれを遠巻きから見るしか出来ないほどの強固な陣営が作られていた。
そして古井戸の前。小此木が時計を確認しながら、神社に配置した隊からの連絡を待っている。
上田と圭一は屈強な隊員に腕を捻り上げられ、跪かされている。
圭一は小此木に話しかけた。
「……良心ってのはねぇのかよ……!」
「なんですん?」
「女の子殺す事に……村丸ごと消す事に……なんも罪悪感とか感じねぇのかよッ!! テメェら諜報の為って言ったって、村人らと一緒にいたってのによッ!!」
圭一は吠えた。
人の子であれば、躊躇ぐらいあるだろう。圭一はそう、彼に問いかけた。
しかし小此木は呆れたように溜め息を吐くだけ。
「ボウズ……分かってねぇなぁ」
「は?」
小此木は圭一に歩み寄る。
「そりゃあ、オメェ。俺たちだって人間だ。何も思う事がねぇ、訳ねぇさ。かわいそうだなとか、やり過ぎだろって思ったりもする」
「じゃあ……!」
「仕事なんで」
跪く圭一を、下目遣いで冷たく睨む。
彼の影が覆い被さり、圭一を飲み込もうとするようだ。
「良心だとか、優しさだとかってのは……仕事してりゃ優先されンくなる。金は生きる為に必要だが、良心だとかはいらねぇ……寧ろ邪魔になったりする」
小此木はしゃがみ、圭一と目線を合わせた。
「仕事ってのはな?『どんだけ情を捨てて、タスクをこなせるか』……それに尽きる。哀れみだとか温情だとかで世界は回るモンか……金と仕事! これが全てだ」
「……ッ……!」
「個より、集団なんだわ……この村の連中と同じ、な?」
そう言ってから彼は、底意地の悪い笑い声をあげる。
「まぁ、大人になりゃ分かる……おぉっと。もう大人になれねぇか? お前らのお姫さんがこねぇと、ここで死んじまうんだからなぁ?」
悔しそうに睨む圭一の額に、煽るように持っていた無線機をコツコツと当ててやった。
『聞いて欲しいのです』
その無線機から、声が流れる。
間違いない。梨花の声だ。この場にいる全ての人間が、無線機に集中する。
『敵の条件通り……ボクは大人しく捕まるのです』
それを聞いて上田と圭一は叫ぶ。
「バッ……!? 何やってんだ梨花ッ!?」
「来んじゃねぇよ梨花ちゃんッ!!」
「声は届いてねぇ、黙ってろ」
小此木がそう言って二人を静かにさせる。
梨花の話は、村中の無線機で届けられた。
『分かっているのです……本当なら、見捨てるのが正解だって……村と天秤にかければ、ボクは村を取るべきだって……』
全員が祈るように、彼女の声に耳を傾ける。
『それでも……ボクは犠牲を作ってまで、生き延びたくはない……そんなの、敵と同じなのです』
その言葉に、無線を聞いていた入江は苦しそうに俯いた。
彼は今、診療所の外に停められていたバンを拝借し、それを運転していた。後部にはストレッチャーに寝かされた悟史と、彼を愛おしそうに撫でる詩音の姿。
梨花は続ける。
『でも諦めた訳ではないのです!』
いつもの明るい声だった。
『捕まったとしても……すぐにはボクは殺されません。その殺されるまでの時間を活かし、助けに来て欲しいのです』
そして最後に、この言葉で締めた。
『ボクたちは絶対に勝てる……みんなを信じているのです! にぱーっ⭐︎」
最後の声は、上田と圭一、そして山狗らの耳には、無線越しではなく明瞭に聞こえた。
それに驚いて振り返る小此木。
無線機を持った梨花が、そこに立っていた。
「……助けに来たのですよ」
大きな瞳は、上田と圭一を映していた。