TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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走馬灯

 けたたましいチェーンソーの音。どうやら警察隊が門を切り、園崎屋敷への突入を強行したようだ。

 魅音が山田と上田の腕を引く。

 

 

「警察はウチの組でなんとか引き止める! 二人は地下から古井戸まで逃げてっ!! 道順は頭に入っているよねっ!?」

 

「で、でも、魅音さんそれじゃ……!」

 

 

 躊躇する山田に、彼女は訴える。

 

 

「二人は奴らの目に入らないところまで逃げないと!! でないと梨花ちゃんを連れていないってバレちゃう!」

 

「……山田! 行くぞ!」

 

 

 促す上田。

 ここで梨花の不在を悟られれば、折角敵勢力を園崎屋敷に集中させていると言うのに、また分散させてしまう。それなれば梨花が逃げ切れる隙をもう作れなくなる。

 

 今この状況で手の内を明かされる訳にはいかない。

 山田は少し迷った末、意を決したように無線機を手に取った。

 

 

3と1()4と1()7と1()5と3()2と3()10と2()7と5()6と2()10と2()9と1()。繰り返します──」

 

 

「山田 古井戸に行く」……言わずもがな、園崎屋敷地下から裏山の古井戸へ逃げると言う連絡だ。

 すぐに無線機の向こうから、「了解」の声が聞こえた。圭一のものらしい。

 

 連絡を終えると、山田らは魅音に連れられ、地下道への入り口まで案内される。

 入り口は重厚な鉄扉となっており、裏から戸締まりすれば侵入までの時間を稼げるハズだ。

 

 

「早く早く!! もう奴らに門を突破されちゃうよ!!」

 

「ほ、本当に大丈夫なんですね!?」

 

「山田さんは心配性だなぁ! オマワリと喧嘩なんて、ダム戦争中はもうしょっちゅうよ! 一時期なんて留置所を休憩室代わりにしてたから!!」

 

「アウトロー過ぎる」

 

「でも誓って殺しはしてないから!」

 

「桐生ちゃん……?」

 

「まぁ、そう言う感じ! ほら行った行った!」

 

 

 促されるままに二人が扉を潜ると、魅音は組員らと力を合わせてそれを閉める。

 後は内側にいる上田が(かんぬき)で固定すれば、もう外から扉は開けられないハズだ。

 

 

「よぉし……これくらいの鉄扉なら、銃弾でもビクともしないだろう」

 

「いやホント……完全に敵を侮ってた。こんなスピーディーに警察を動かせるとは……チートじゃん」

 

「とは言え、古井戸まで逃げる時間は稼げそうだ。俺たちは作戦通り、梨花を連れて逃げている、と言うロールプレイを続けるぞ!」

 

「ロールプレイって言い方嫌だな」

 

「そうと決まればとっとと行こう。ほれ山田! 案内しろ!」

 

 

 そう言う上田に、山田は「は?」と声を出す。

 

 

「なに言ってんです? 案内するのは上田さんじゃ……?」

 

「そっちこそなに言ってんだ? 地下道の道順を教わっていたのはYOUだろ?」

 

「いや……上田さんも聞いていたじゃないですか。私の隣で」

 

「YOUが聞いてると思って聞き流していた」

 

「私もそっちが聞いてると思って……てか私、覚えるの苦手だし」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

 

 沈黙の後、二人は子どもみたいな取っ組み合いを始める。

 

 

「なんで聞いていないんだこのマヌケ貧乳ぅ〜〜ッ!!」

 

「そっちこそ聞いてなかっただろバカ上田ぁ〜〜っ!!」

 

 

 とは言えここで責め合っても仕方ない。

 息を切らしながら喧嘩を終え、二人揃って地下道の方へ身体を向けた。

 

 

「こうなったら……お互い、覚えている範囲で突き進むぞ」

 

「……分かりました。確か最初、入って右なのは覚えています」

 

「いやそこは真っ直ぐだったろ」

 

「え?」

 

「おぅ?」

 

 

 二人はまた取っ組み合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で魅音たちはと言うと、突入して来た警官隊と押し合いへし合いの大攻防を繰り広げていた。

 

 

「園崎家頭首代行兼次期頭首候補・園崎魅音っ!! 推して参るーーーーっ!!」

 

「グリーンマイルーーッ!!」

 

「ラストマイルーーッ!!」

 

「まいうーーーーッ!!」

 

 

 高らかな雄叫びと共に、敷地内に入って来る岐阜県警らの妨害を開始。

 殴る、組み付く、蹴ると、国家権力に対しても躊躇なしの攻撃。殿(しんがり)を務める魅音はイキイキしていた。

 

 

 一方で攻撃を受けたとあっては、岐阜県警側もそれ相応に戦わねばなるまい。

 

 

「こ、公務執行妨害ッ!! 公妨だ公妨ッ!! ビューティフルに鎮圧しろぉーーッ!!」

 

「チンアツーーッ!!」

 

「チンアナゴーーッ!!」

 

「チンコーーーーッ!!!!」

 

 

 司令塔である大高の号令で、警察隊も抗戦。警棒で殴ると言った攻撃を開始した。ピルエットを交えた鮮やかな警棒さばきだ。

 

 

 

 そこへ、屋敷の近くまでやって来た山狗の刺客、鶯隊。

 ヤクザと警察によるせめぎ合いを見ながら、バンに乗せていた武器を手に取り始める。

 

 

「学生運動かよ……えー、鶯1より鳳1。県警は園崎組員の妨害にあっている。正面や裏口からの突破は困難と見られる、どうぞ」

 

 

 

 

 無線を受けた鳳1こと小此木もまた、バンに乗って現場へと急行していた。

 

 

「鳳1から鶯1。外壁を伝って侵入しろ。一足先に屋敷内を探れ」

 

『鶯1、了解』

 

 

 無線を終えてから小此木は舌打ちをする。

 

 

「チッ……ここまで必死なンはRがいるからなのか、盛大なブラフか……相変わらず読めねぇなぁ」

 

 

 先ほど交わした「郭公」との会話を思い出し、また舌打ち。

 

 

「新体制派側にスパイを置いているにしても、さすがに丸一日は保たせられねぇか……」

 

 

 タイムリミットが迫っているのはこちらの方だ。

 富竹から番犬への連絡を完全に遮断させてはいるものの、長くは続けられない──山狗のみならず、「東京」の様々な勢力が動いているのだ。長引けばさすがに勘付かれる。

 一応、新体制派側に置いたスパイ──「赤坂」と言う男を中心にその動きの報告、または妨害工作と言った事をしているらしいが。だからこそ山狗もこれだけ派手に動ける訳だ。

 

 

 だがその堰を崩されれば、全部明るみになる。職なしどころか死ぬまで刑務所だ。

 その前に作戦を遂行せねば。小此木もまた、追い詰められつつある。

 

 

「……そうなった場合の『保険』もあるっちゃあ、あるがな……」

 

 

 先ほどの通信でも「郭公」から提示されたのは、その「保険」についての話。

 小此木は冷めた目で、手元にある愛銃のS&W M39を眺めた。

 

 

 

 

 小此木からのゴーサインを受け、鶯隊は梯子を使って、外壁を超えて園崎屋敷の庭に侵入。

 外壁の真下には、青い紫陽花。それをお構いなしに踏み荒らし、数人が邸宅へと突入する。

 

 一方で邸宅内ではなく外を回っていた隊員らが、地下へと続く扉を発見した。

 扉を押すも、向こうから閂をかけられビクともしない。ひとまず、無線を入れる。

 

 

「鶯4より鳳1。施錠された扉を発見。鋼鉄製で突破出来ない」

 

「鶯1より鳳1。邸宅内の警備は手薄。Rはここに匿われていない可能性が高い」

 

 

 その二つの報告を受けて、小此木は判断を下す。

 

 

「鳳1から鶯へ。鶯4が発見した扉が怪しい。この際だ、爆破しちまおう。どうせ村人どもは俺たちの存在に気付いている。県警どももまぁ、後から圧力かけて黙らしゃあ良い」

 

「鳳7から鳳1」

 

 

 直属の分隊から報告が来る。

 

 

「封鎖線の分隊が応援に来ました。RPG-7を所持しておりますが」

 

 

 それを聞き、小此木は喉で笑う。

 

 

「いいじゃねぇか。こう言うヤツをしたかったんだよ俺ァ」

 

 

 彼は根っからの戦闘狂。

 長かった諜報任務での鬱憤を晴らせるなら、このギリギリの戦いも悪くないなと楽しさを見出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 障子の開いた円窓から、青い紫陽花が咲いた庭が見える。

 警察と組員らとの喧騒、そしてドカドカと土足で廊下を走る侵入者たちの足音を聞きながら、お魎は一人、それを眺めながらお茶を嗜んでいた。

 

 

 瞬間、巨大な爆発音が鳴り響き、屋敷中で揺れる。その衝撃で、口元まで運んでいた湯呑みを落としてしまった。

 湯呑みは一度自身の膝に当たり、畳に転がる。溢れたお茶がイグサに染み込んで行く。

 

 

「……たわけが。戦争はとっくに終わっとろうが」

 

 

 悪態を吐くお魎。

 そんな彼女の元に山狗たちが、襖を乱暴に開けて入って来た。

 

 

 

 

 

 

「うわっ!?!?」

 

 

 その爆発音に驚き、魅音を含めた組員らも県警らも、揃って身構え、動きを止める。

 屋敷の後方、地下への扉の方から土煙が立っている。それを見た魅音は何が起きたのかを察し、青褪めた。

 

 

「……マジで言ってんの……!?」

 

 

 県警を無視し、扉の方へ駆ける魅音。合わせて組員らもその後に続こうとする。

 しかし我に返った大高が、それを阻止させた。

 

 

「今のはなんだーーッ!? 爆発物取締罰則違反だ貴様らァッ!! 全員アメイジングに逮捕しろーーッ!!」

 

 

 先ほどの爆発を園崎家になすり付け、動揺している県警らに喝を入れる。そのせいで組員らは、シソンヌを決める県警らに取り押さえられてしまった。

 ただ一人魅音だけが飛びかかる警官たちをかわし、山田らの方へひた走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発による衝撃は、音とパラパラと降って来る土で、洞窟内にいる山田と上田にも伝わった。

 お互いに「まさか」と顔を見合わせた。

 

 

「……突破されたんじゃないですか?」

 

「いやいや、バッカな……あの扉は厚さ五十ミリメートルの鋼鉄製だ。アレを壊すのならC4だとか、榴弾だとか持って来なければまず無理だろ」

 

 

 呑気に捉えていた上田だったが、道の奥で照る無数のライトの光を見て考えを改める。

 

 

「……マズイぞ山田……扉が破られたッ! 走れ──もう走ってるッ!?!?」

 

 

 黙って先に逃げていた山田の後を追うように、上田も全速力で走る。

 その後、H&K MP5SDを所持した山狗がありったけの軍勢で押し寄せる。

 

 

「鶯4から……あぁ、クソッ。地下だから無線が使えない……」

 

 

 インカムを取り外し、後続の隊員らに聞こえるよう声を張る。

 

 

「RがいればRをッ!! でなければあの二人を確保しろッ!! 抵抗するのであれば射殺も許可するッ!!」

 

 

 その号令は洞窟を反響し、先に逃げる山田と上田にも伝わった。二人の顔から血の気が失せる。

 

 

「や、ヤバいぞ上田っ! 最悪撃ち殺されるぞ!?」

 

「容赦なさ過ぎないかッ!?」

 

「お、お前! お前がここに残って、あいつらやっつけて来いっ!!」

 

「銃持ちに勝てるかバカモンッ!!」

 

「なんだっ!? お前の空手の実力はそんなモンかーっ!!」

 

「空手で銃持ちに勝てるのは蘭姉ちゃんだけなんだッ!! 夢見るな貧乳ッ!!」

 

「言ったな巨根っ!?」

 

「貧乳ッ!!」

 

「巨根っ!!」

 

「貧乳ッ!!」

 

「巨根っ!!」

 

「貧乳ッ!!」

 

「貧乳っ!!……間違えた。巨根っ!!」

 

 

 言い争いをしながらも、二人足並み揃えて走る。

 そうこうしている内に分かれ道だ。思わず立ち止まる。

 

 

「ど、ど、ど、どっちだったけ!?」

 

「えーーっと、えーーっと……待て待て待て! 風を感じるんだ! 風が吹いている方が出口に通じている!」

 

「なんか……え!? ど、どっちからも吹いてないか上田!?」

 

「ふ……ふふ……風が……吹いておる」

 

「風タクやっとる場合かっ!!」

 

 

 そこへ二人に向かって発砲する山狗。

 当てるつもりのない威嚇射撃だが、それに驚いた二人はそれぞれ別の道に逃げ込んでしまった。

 山田が向かって右の道、上田が左だ。

 

 

「う、上田ぁっ!?」

 

「山田ーーッ!! とりあえず逃げろーーッ!!」

 

 

 上田の声に押され、山田は選んだ道を走る。

 直後、山狗がその分かれ道に到達。

 

 

「……鶯は右へ。鳳は左を行くぞ」

 

 

 先頭の指示に従い、鶯隊と鳳隊で分かれ、それぞれを追う。

 

 

 

 後方から迫る山狗の軍勢。それぞれの道で、山田と上田は必死に逃げる。

 ライトの光が自分を照らした時、撃たれるのではないかと心臓が跳ねた。その都度角を曲がり、射線から逃れようとする。

 

 上田が行った道の先でまた分かれ道。しかしそこには親切に看板が立て掛けられていた。

 

 

 

 

ブラジル  出口

←      →

⬛︎    ⬛︎富毛村

通    ⬛︎一夜村

ジ    ⬛︎万練村

テ    ⬛︎尾古溝村

マ    ⬛︎ムッシュム・ラー村

ス    ⬛︎ホットスパ

 

 

 見覚えのある看板。上田は立ち止まって見る。

 

 

「ぶ、ブラジル……出口……なんでこれが……?」

 

 

 考える暇は、迫り来る山狗らが与えてくれない。またしても威嚇射撃の音が響く。

 

 

「出口出口出口ィーーッ!!」

 

 

 咄嗟に出口の方へ、上田は曲がる。

 後続の山狗らもその分岐点で立ち止まるが、結局隊を更に二分してそれぞれの道を行く事となった。

 

 

 

 

 一方の山田も全速力で走っている内に、看板がかかった分かれ道に出くわしていた。

 

 

出口  ゲルテナ

←      →

⬛︎    ⬛︎深海の世

通    ⬛︎吊るされた男

ジ    ⬛︎少女の絵画

テ    ⬛︎最後の舞台

ナ    ⬛︎告げ口

イ    ⬛︎恋のマイアヒ

 

 

 困惑して立ち止まる山田。

 

 

「い、イヴ……? ギャリー? メアリー?」

 

 

 そんな山田も、威嚇射撃によって無理やり進まざるを得なくなる。

 

 

「ゲルテナーーっ!!」

 

 

 咄嗟にそっちの方へ走る山田。

 後続の山狗らは看板を見て、なぜか「ゲルテナ行けゲルテナ!」と満場一致で山田と同じ方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上田が逃げた道を、六人ばかりの隊員が進む。

 彼らは鳳隊の人間であり、小銃の他、扉を破壊したRPG-7を担いだままと言う物騒な者も一人混ざっていた。

 道を入り組んでおり、なかなか先を逃げる上田の姿を捉えられない。ならば袋小路まで追い詰めるまでだと、薄暗い道を突き進む。

 

 

 細い道を抜け、広い空間に出た。

 その時ふと、気配を感じ、列の真ん中にいた隊員が目を向ける。

 

 

 

 そこには岩壁に身を潜めていた上田が、こっちを睨んでいた。

 

 

「ッ……!? こ、ここにいやが──」

 

「ホワチャーーッ!!」

 

「バイスッ!?!?」

 

 

 上田はまず、自分に気付いた隊員をやっつける。

 さらにそれに気付き、咄嗟に銃を向ける隊員たちだが、近距離まで迫った上田は無敵だ。

 

 

「俺は近接つよつよだァーーッ!! ワチャアッ!!」

 

「アンダーグラウンドッ!?!?」

 

 

 RPG-7を担いだ隊員が、顔面を殴られて吹っ飛ぶ。

 発砲しようとする隊員たちだが、上田がちょうど隊列の真ん中にいるせいで、ぱっくり二分された隊員らは同士撃ちを恐れて引き金が引けずにいた。

 

 

「ウオーーッ!! ベストォーーッ!!」

 

 

 そうこうしている内に上田の猛攻が入る。

 

 

「マーブルチョコレートッ!?!?」

 

「エイリアンズッ!?!?」

 

「魔人學園剣風帖ッ!?!?」

 

 

 一気に三人が倒され、六人いた内の五人が倒れた事になる。残りは先頭にいた一人のみ。

 その隊員は小銃を捨て、コンバットナイフを抜いた。近接格闘で挑むつもりだ。

 

 

「……面白い。かかって来るが良い山狗……いや。負け犬部隊め!」

 

 

 しかし上田は臆する事なく、寧ろその隊員を挑発。その挑発に乗った隊員が、ナイフを構えた切り掛かる。

 

 

「死ねぇーーーーッ!!」

 

「ユナイテッドステイツオブスマッシューーッ!!」

 

「スカパラダイスオーケストラッ!?!?」

 

 

 そして秒殺。吹っ飛ばされた隊員が地面に伏せたところで、上田は構えを解いた。

 

 

「……フッ。特殊部隊だかなんだか知らないが……俺一人の戦闘力は英国特殊部隊(SAS)米国特殊部隊(デルタ)ソビエト特殊部隊(スペツナズ)、あと国境なき軍隊(MSF)とか多国籍特殊部隊(レインボー)とか不可能作戦部隊(IMF)とか消耗品部隊(エクスペンダブルズ)とかに匹敵する…………あぁあと、BSAAとか機動六課とかリリベルとか毛刈り隊とかも追加で」

 

 

 それだけ言い残すと、上田は颯爽とその場を去ろうと走り出す。

 今いる空間には四つほど道はあるが、風はその内の一つから吹いている。であればもう迷う事はない。

 山田が捕まっていない事、そして道が繋がっている事を願いながら、風の吹いている道に入った──

 

 

 

 

「う、動くんじゃねぇ……」

 

 

──その前に後ろから呼び止められ、足を止める。

 振り向くと、二番目くらいに倒したハズの隊員が起き上がっていた。威力が甘かったのだろうか。

 

 

 ただなによりも上田を驚愕させたのは、男が榴弾装填済みのRPG-7を構えていたからだ。

 

 

「お、おい! ま、待て……!!」

 

「Rはいねぇようだな……じゃあ、心置きなく吹き飛ばしてやるぜぇ……!」

 

「そう言う展開はダイ・ハードの方でやる奴ではッ!?」

 

 

 隊員の目は爛々と鈍く輝いている。本気で榴弾をぶつけるつもりだ。

 動こうにも動けない上田に照準を合わせ、彼は引き金に指を掛けた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──山田は狭い通路を走っていた。

 後方から照らされる無数のライトが焦燥感を煽る。

 無我夢中に、体力の事など忘れて、命ある限り、ただひたすらに駆けた。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……っ!!」

 

 

 上田は大丈夫だろうか。魅音は無事だろうか。みんなは作戦通り、上手く行っているのか──梨花は逃げ切れたのだろうか。

 様々な思いや不安が、走馬灯のように脳内を巡る。

 

 

 そんな最中、道に出来ていたデコボコに、足を取られてしまった。

 

 

「あ……っ!」

 

 

 まずい、と思うより前に、山田は転んでしまう。

 背後でずっと聞こえていた山狗らの足音と声が、一気に近付いた。

 

 

「奇術師発見ッ! Rは不在ッ!!」

 

「……っ!?」

 

 

 身体を仰向けにし、後ろを見る。

 強いライトの光を容赦なく当てられ眩しい。

 隊員らは銃口を向け、山田に問う。

 

 

「おいッ!! 古手梨花はどこだッ!! あっちの男が連れているのかッ!?」

 

「ま、待って……!」

 

「言えッ!! 言わんと撃ち殺すぞッ!!」

 

 

 隊員らは更に一歩近寄り、山田を威圧する。

 もはやこれまでかと、山田は撃たれる恐怖から逃れるべく、目を瞑った。

 

 

 

 次の瞬間、銃声が響く。

 撃たれたと思い身体を跳ねさせるが、痛みはない。意識もある。何があったのかと山田が目を開ける前に、聞き覚えのある声が。

 

 

 

 

「山田さん逃げてっ!!」

 

 

 魅音の声だ。

 目を開けると、山田たちを助ける為に追って来た魅音が隊員らの後ろから拳銃を撃って攻撃していた。組員らから貰い受けた銃だろう。

 突然の襲撃に、隊員らは山田を無視して襲撃者に対応する。

 幾多の銃声が洞窟を揺らさんばかりに響く。マズルフラッシュが激しい明滅を生み、目をチカチカさせる。

 

 魅音は洞窟の壁に隠れて銃撃から身を守る。そしてまた叫ぶ。

 

 

「行ってっ!!」

 

 

 その声に押されるように、山田は立ち上がって駆け出した。

 すぐに何人かの隊員が彼女を追おうとしたものの、魅音がすかさず発砲して阻止する。

 

 

 

「クソッ!! 標的変更ッ!! まずは脅威を排除しろッ!!」

 

 

 容赦なく放たれる銃弾をやり過ごしながら、魅音は息を吐いた。

 

 

「ハチャメチャ過ぎるぅ……! 私、銃下手っぴなんだけどなぁ〜……!」

 

 

 ある程度、山田が逃げる時間を稼いだら逃げようと心に決める。

 何よりもこの作戦は、生き残る事が大事だからだ──みんなの為にも、梨花の為にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死に逃げる山田。

 途中、鉄格子の扉があった。山田はそれを開け、扉の向こうへと行くと、すぐに締めて施錠する。これでもう追手は来られない。

 

 銃声はまだ遠く響く。魅音は無事だろうかと心配だが、戻る訳にもいかない。

 

 

「……進まないと。もうあと……二時間は粘らなきゃ……」

 

 

 今は彼女を信じて進むだけだ。山田はすぐに振り向き、道を進む。

 

 

 

 途中、洞窟の壁にかけられた絵画を発見する。口だけ描かれた、ちょっと不気味な絵だ。

 

 

「……告げ口?」

 

 

 ちょっと困惑したが、そんな事よりもと山田は進もうとする。

 そんな時だった。洞窟の奥から、誰かが走って来た。

 

 

「っ!?!?」

 

 

 敵かと身構える山田だが、その人物は山田を無視してすり抜けた。

 

 

 

 

「ミサコぉーーーーッ!!!!」

 

 

 誰か、女の人の名前を叫んでいる。喪失による、悲壮感に満ちた声だ。

 その人物の姿は、すれ違い様に見れた。番頭のような羽織を着た、見た事のある男だ。だがここにいるのはおかしい。

 山田は呆然と、その男が消えた先を見送る。

 

 

「……い、今のって……六ツ墓村の……」

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

「大事なものって」

 

 

 また別の誰かの声だ。それが突然、後ろから聞こえた。

 驚きから背筋が伸びる。嫌な汗が流れる。

 

 ゆっくりと山田は振り返る。

 そこには、赤い着物を着た女の子が立っていた。

 

 

「……あ、あなた……!」

 

 

 山田の愕然とした様子を無視するように、彼女は無垢な丸い瞳を向けて、ただ尋ねる。

 

 

「外の世界には、そんなに大事なものがあンの?」

 

 

 訛った口調で、そう聞く。

 山田は突然、耐えがたい頭痛に襲われ、頭を押さえた。

 

 

 

 

 洞窟。

 トイレツマル。

 苺。

 笑い鬼。

 徳川の埋蔵金。

 神004番

 亀の甲羅。

 亀。

 亀の災い。

 災いを呼ぶ子。

 山火事。

 シスラ菜。

 水。

 

 水。

 

 水。

 

『ヘビの毒が入った水』

 

 

「……や、やめて……!!」

 

 

 山田はその子から逃げるように走る。

 

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 

 女の子が呼びかけるが、無視して逃げる。

 頭が痛い、心が苦しい、追いかけて来ないで。山田は走る。

 

 

 

 

 

「見れば分かるだろガソリンだよ?」

 

 

 そんな彼女の前に、また別の人物が横からぬらりと現れた。

 手には赤いポリタンクが。

 

 

「お前ら火の中で死ぬんだ」

 

 

 次に立っていたのは青年。

 

 

「な、なにやってんですか……!?」

 

「皆さん。コイツらの言う事は信じちゃ駄目だ……母親を呪い殺した奴らだよ?」

 

 

 誰もいないのにそう後ろに訴えた後、目を狂気的に開きながら、持っていたポリタンクに詰められていたガソリンを撒き始める。

 

 

 山田が尋ねるも、青年は狂った笑顔で持っていた松明を掲げる。

 引火すると恐れた山田は、またしても彼から逃げるように駆ける。

 その間も頭痛が、彼女を苛める。

 

 

 

 

 

 洞窟。

 呪術師。

 五文字の合言葉。

 じゅゔぜいむ。

 御仕舞。

 母親。

 念で物を生む。

 心臓の針。

 黒津分家。

 黒門島。

 蓋を開ける。

 最初の一人。

 命を落とす。

 ガス。

 

 ガス。

 

 ガス。

 

『地下に溜まったガス』

 

 

「なんで……っ……!?」

 

 

 思い出したくない記憶が、「さぁ思い出せ」と、様々な文字列を伴って山田の脳の奥から這い出ようとする。

 辞めてと首を振る。無我夢中で足を動かす。

 

 進んだ先に分かれ道があったが、山田は左に曲がろうとした。

 

 

 

 

 だがそこに立ち塞がるように、白い洋服の女が立っていた。

 

 

「お見事ですね」

 

 

 驚く山田を他所に、彼女は澄ました顔で微笑む。

 

 

「あなたなら上手く、抜け道を見つけると思っていました」

 

「……だ……誰……?」

 

「まぁ、見つけやすくしておいたのですけど」

 

 

 やはり山田の問い掛けを無視し、勝手に喋る女。

 途端、目の前が赤くなる。彼女がトーチの火を、山田に近付けようとしたからだ。

 

 

 焼かれる事を恐れて、山田は彼女がいる方とは別の道に逃げてしまった。

 

 

 

 

 

 洞窟。

 箱。

 ゆーとぴあ。

 底無し沼。

 岩。

 テコの原理。

 一人娘。

 箱入り息子。

 箱入り娘。

 よろしくね。

 箱に入れられる。

 箱を燃やされる。

 脱出マジック。

 火。

 

 火。

 

 火。

 

 

 

「死が待っている!!」

 

 

 後ろからあの女が忠告する。

 頭痛が次第に強くなる。

 息が切れ始めた。

 

 忘れていた「最後の記憶」が、強烈なイメージと共に迫り上がる。

 空に轟く爆音、閃光、そして赤い火の玉。

 

 脳裏に浮かぶ、「カミヌーリ」の言葉。

 その言葉、もとい、その役目が担うもの。

 

 

 

 

 山田は立ち止まる。

 

 

 彼女の行く先に、絢爛な衣装を身に纏った娘が倒れていた。

 山田はすぐに駆け寄り、彼女の身体を起こさせた。

 

 

 虫の息であった。撃たれた銃弾の傷が悪化し、もう死んでしまうだろう。

 それでも彼女は最後に、山田の腕の中で、伝えた。

 

 

「ヤマダ……」

 

 

 少し片言の日本語で、必死に伝えた。

 

 

「……コノ人タチを、救ってクレ……」

 

 

 彼女は息絶えてしまった。

 重くなった彼女の身体は、とても冷えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば彼女はもうどこにもいない。

 ハッと山田が顔を上げる。そこは広い空間だった。

 

 

 

 

「Rはいねぇようだな……じゃあ、心置きなく吹き飛ばしてやるぜぇ……!」

 

 

 RPG-7を担いだ山狗。その先にいる上田。

 山田はいてもたってもいられず、すぐに立ち上がって叫んだ。

 

 

 

 

「上田さんっ!!!!」

 

 

 驚いた山狗が、こちらを向いた。

 榴弾が山田に向く。

 

 弾みで引き金を、引いてしまった。

 

 

 

 

 激しい音と共に、射出される榴弾。

 それは真っ直ぐ真っ直ぐと、飛んで行く。

 

 誰も動く事は出来ない、反応も出来ない。それなのに目で見えている世界が、ゆっくりと時間を緩やかにしていた。

 

 

 

 

 

 榴弾が、山田の頭上の岩に当たる。

 瞬間、爆発が起きた。

 

 

「──山田ァーーーーーーッッ!!??」

 

 

 上田の叫びが響く。

 爆発は天井を崩し、瓦礫が降り注ぐ。

 

 山田はその中に、爆炎や煙と共に、見えなくなってしまった。

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