TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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二十一

──山田たちは如何にして多くの村民を味方にしたのか、そして梨花はどこなのか。

 全ての答えは、昨日にあった。

 

 

 

 

 

 協力を申し出たレナと魅音を見て、山田が梨花たちに提案したのは「隠すのをやめる」事だった。

 敵に立ち向かうには数が必要だ。そこで、一部の村人たちに協力を募り、総出で梨花を守ろうと言うのが彼女の主張だ。

 

 

「梨花さんの命が危ない以上……守るべき秘密なんてありません」

 

 

 燃えるマッチを摘みながら、山田は雄弁をふるう。

 

 

「敵は私たちが、梨花さんを守る為に動き始めているなんて気付いていない……つまりもう、チャンスは明日しかないんです」

 

 

 そう言ってマッチの火を消した。

 

 

 

 

 

 

 村人たちの協力を仰ぐにしても、雛見沢症候群や山狗や「東京」など、あまりにも難し過ぎる話が多い上、到底信じられないような話ばかりだ。

 そこで手っ取り早いやり方は、「園崎家」の影響力を借りる事だ。どんなに無茶で信じられないような話だとしても、頭首であるお魎の鶴の一声で村人たちは意を固めてくれるハズだ。

 

 

 しかし問題は、どうお魎を説得するかだ。次期頭首である魅音が味方だとしても、彼女を説得しない限りはどうしようもないだろう。

 

 

「魅音さんでどうにか出来ませんかねぇ……?」

 

「うーーん……私が言ったとしても婆っちゃが動いてくれるかどうか〜……まず話が難しいし……」

 

 

 山田の懇願も虚しく、魅音は「難しいだろう」と渋る。

 それを見た梨花は一瞬だけ迷うように顔を伏せた後、パッと顔を上げて提案した。

 

 

「魅ぃのお婆ちゃんでも、ボクのお話は聞いてくれると思うのです」

 

 

 梨花の言う通りだ。彼女はオヤシロ様の生まれ変わりとして村で大事にされており、その気持ちはお魎にもある。

 だからと言って話を信じて貰えるのかは別じゃないのかと聞く二人だが、梨花は首を振る。

 

 

「そーゆー難しいの、面倒だから言わないのです。要は従わせたら良いのですよ! にぱーっ⭐︎」

 

 

 そう言う梨花のいつもの溌剌とした笑顔は、どこか黒い。

 

 

 

 

 

 

 

 

──お通夜の後、梨花は園崎邸に泊まる旨を伝えてから、一度神社に戻った。

 その際に上田が護衛を申し出たが、断っている。

 

 

「あまりボクと一緒にいたらバレちゃうのですよ」

 

「しかし……危なくないか? もしかしたらもう、家には山狗が張っているかもしれないんだぞ……」

 

「ボクが殺されるのは二十二日。それ以前なら大丈夫なのです!」

 

「計画が早まっている可能性とかは……」

 

 

 心配性の上田に、梨花は首を振ってみせた。

 

 

「絶対に二十二日なのです! トーケーは取れてるのです!」

 

「お前は暁美ほむらか」

 

「誰なのです?」

 

 

 とにかく二十二日までなら大丈夫だと豪語する梨花を信用し、上田は山田と富竹を伴って帰宅。

 沙都子と共に神社へ帰ると、梨花は彼女に「用事がある」と言って一人、祭具殿に入った。お魎を説得する上で必要な物があるからだ。

 

 

 懐中電灯を持って、埃っぽい中を進む。周りには不気味な拷問器具が立ち並んでいる。

 梨花は神輿を横切り、その先にある片腕のない仏像の前に立つ。

 その仏像──ではなく、オヤシロ様を模った木彫りの像を退かし、その後ろにあった木箱を手に取る。

 

 

 木箱をくくる暇を外し、蓋を開ける。その中に、丁重に布に包まれて保管されていたのは、一冊の書物だった。

 その書は今にもほつれて崩れてしまいそうなほど、経年劣化が進んでいる。梨花は書物が存在する事を確認するとまた布で包み、箱に戻す。

 

 

「……禁書の解放……古手家が始まって以来の大事件よね」

 

 

 梨花は暗闇に向かって振り向き、そこに立つ誰かに語りかける。

 

 

「……確かに……これはともすれば、雛見沢症候群以上の秘密……これを読んだら最後、今までのオヤシロ様への価値観がひっくり返っちゃうんだから」

 

 

 そう言う彼女の微笑みに憂いはなく、寧ろ悪戯を仕掛ける楽しさが滲み出ていた。

 

 

「……大丈夫よ。読ませるのは園崎お魎にだけ……あの人なら墓場まで持って行ってくれるわ」

 

 

 諭すように呟くと、梨花は木箱を抱えて祭具殿を出ようとする。

 

 

「……っ!」

 

 

 ふと、出口まで来た時に、何者かの気配を悟って懐中電灯の光を向けた。

 その光を眩しそうに浴びたのは、風呂の準備をしていたハズの沙都子だった。

 

 

「……沙都子なのですか?」

 

「あ……えっと……」

 

 

 沙都子は祭具殿の前で、怯えて縮こまっていた。入ると不幸に遭うとも言われる祭具殿の近くまで、しかも夜中に来たのだから怖いのは自然だろう。

 それでも彼女は、こうやって祭具殿の前で待っていた。

 

 

「……ボクが心配だったのです?」

 

「……当たり前ですわ。夜更けに祭具殿に入るなんて……すぐ戻るって言っても心配になりますわ」

 

 

 上田にしろ誰にしろみんな心配性だなと、梨花は困ったように笑う。

 

 

「……えへへ。心配させちゃったのです。用は済んだので、さっさと鍵をかけるのです! 今度はきっちりかけないと、また上田たちに入られちゃうのですよ!」

 

 

 怖がる彼女を安心させようと、冗談めかして明るく振る舞った。

 

 

 風呂を終えたら、「明日の会合の為の話し合いがある」と言って、園崎邸に行く予定だ。

 沙都子を一人にするのは心苦しいが、大事な親友であるからこそ、彼女を巻き込みたくない。色々あり過ぎた彼女には、これから幸せになって欲しかった。

 

 そんな色々な思いを募らせながら梨花は、祭具殿を出ようと一歩進んだ。

 

 

 

 その一歩が止まった。

 自ら祭具殿に入った沙都子に、抱き締められたからだ。

 

 

「……沙都子?」

 

 

 怖かったのだろうか、それとも不安だったのだろうかと、抱き締める沙都子の意図を読み取れない。

 半ば慌てる梨花へ、沙都子からその胸中を吐露してくれた。

 

 

「……ごめんなさい。梨花が……どこかに行ってしまうかもって……」

 

「魅ぃの所に行って来るだけなのですよ?」

 

 

 沙都子は首を振る。

 

 

「……そうじゃありませんわ……にぃにぃのように……ずっと会えなくなるかもって……」

 

「……どうしてそう思うのです?」

 

「なんだか梨花、綿流しの日からずっと……気を張っているように見えるのですわ」

 

 

 その言葉に思わずと胸を突かれ、息を飲んでしまった。

 

 

「まるで何かと戦っているみたいで……それでいてとても不安そうにしていましてよ……私はそれが心配なのですわ」

 

「……ボクは、そんな……」

 

「もう……水臭いですわね……」

 

 

 沙都子は身体を離し、目を合わせる。

 やっと伺えた彼女の表情は、困っているようで怒っているようにも見えた。

 

 

「辛い事があるなら……私にも打ち明けて欲しいですわ」

 

「……!」

 

 

 真っ直ぐでひたむきな眼差しを、梨花に向ける。

 

 

「梨花は私を助けてくれたし、私が辛い時は庇ってもくれましたわ……だからせめて少しだけでも、今までの恩返しくらいさせて欲しい……私にも、梨花を守らせて欲しいの」

 

「……沙都子……」

 

「梨花の為ならどんな話も信じるし、どんな事だってするつもりですわ」

 

 

 次に見せた彼女の微笑みは、何とも頼り甲斐のあるものだった。

 

 

 

「……だって私は、梨花の一番の親友なんですのよ?」

 

 

 沙都子その言葉は、梨花の胸中に残っていた漠然とした孤独感を、ほぐしてくれた。

 友達にすら話せない秘密があると言うのは、存外に心に来るものだった。話しても信じてくれないと思う不信感と、それを抱く自分への罪悪感が、いつも梨花について回っていた。

 

 

 しかし今、やっと気付けた。

 自分が思う以上にみんなは味方でいてくれるし、弱くはないんだと──何よりも沙都子はもう、守られるような子じゃないのかもしれない。

 

 思わず泣いてしまいそうなのを、舌の先を噛んで耐える。

 

 

「……ボクの話を聞いたら……もう後には引けないのですよ?」

 

「覚悟の上ですことよ?」

 

 

 彼女の固い決意を受け、梨花もまた「話す決意」を固めた。

 もう梨花に罪悪感も、孤独感もなかった。

 

 

 

 

 一陣の風が吹く。木々が激しくざわめき、驚いて二人は一緒に顔を伏せた。

 その吹いた突風が、開け放たれたままの扉から祭具殿内に流れ込む。それに煽られ、壁に立てかけられていた額縁が落っこちてしまった。

 

 

 何が落ちたのかと目を向ける梨花。それは父が昔に、筆と墨で書いた梨花の名を飾った物だ。

 その額縁の裏から、何か小さな封筒が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──禁書を携え、梨花はそのまま園崎邸に向かった。もう時間は深夜を回っている頃だった。

 床につこうとしていたお魎を呼んだ梨花は、二人だけで話し合いをする場を設けさせた。

 

 暗視ゴーグルを付けた構成員らが庭から見守る中、襖で締め切られた部屋でお魎と梨花は座して向かい合う。そのお魎の手には、禁書が開かれていた。

 

 

「古手家に伝わる禁書なのです」

 

 

 読んでいるお魎の手前で、梨花はその内容を語り始めた。

 

 

「遥か昔、鬼ヶ淵沼より鬼が湧き出し、村を襲った。そこへ村人たちの前にオヤシロ様が現れ、鬼を鎮めた……これが今、村で広く伝わっているオヤシロ様伝説なのです」

 

「…………」

 

「……でも。禁書に書かれているのは、全く違う事なのです」

 

 

 本から梨花へ移したお魎の目には、確かに驚きの念が宿っていた。それに気付いた上で、梨花は続ける。

 

 

「鬼とは、この地に流れ着いた流浪の民の事……しかし共存を望んだ彼らを恐れ、拒否し、手を上げたのは……村人たちの方だったのです」

 

「…………」

 

「……そしてオヤシロ様とは……この争いを鎮める為に現れた流浪の民の娘。つまり……」

 

 

 梨花は一呼吸置いて、言った。

 

 

 

「……鬼だったのですよ」

 

 

 そう突き付けられたお魎は、まだ何も言わなかった。ただ静かに梨花を見つめて、次にはまた禁書に目を落とした。

 梨花は続ける。

 

 

「オヤシロ様は村人との宥和の為、当時の古手神社に取り入ったのです。そして神主の跡取りに見初められ、子宝を授かるに至ったのです……でも、村人との宥和は出来なかった……だからこそ、彼女は決意したのです。自らが人柱となり討たれる事で、村人たちを納得させようとしたのです」

 

 

 お魎が開いたページには、鬼を討ったとされる剣の絵と、一人の少女の名が書かれていた。

 

 

 

 

「人柱となったオヤシロ様を討つ役目……それを担ったのは他でもない彼女の娘──古手家開祖たる、『古手 桜花』なのです」

 

 

 その名はお魎も知っている。だからこそ、書かれているその名から目が離せなかった。

 紙を捲る手が止まったお魎に、梨花は少し冷たい声で話しかけた。

 

 

「園崎家は長く、『自らは鬼の子孫』と名乗って来たのです。これ見よがしに背中に鬼の刺青まで彫って……」

 

「……何が言いてぇん?」

 

「筋を通す時なのです」

 

 

 再び視界に入れた梨花の姿に、お魎は戦慄させ覚えた。

 据えた目でこちらを見やる彼女の冷めた表情は、そしてその雰囲気は、とても子どものものとは思えなかったからだ。

 

 

「園崎家はその立場を使って……本来のオヤシロ様の姿を歪めてまで、村人たちからの畏敬を集めたのです。そしてあまつさえ、自らが村を牛耳っていると驕り……沙都子たちを傷付けた」

 

「…………」

 

「全部、ボクたち古手家が……人柱となったオヤシロ様の覚悟を尊重し、本当の歴史を封印して来たからこそなのです」

 

「脅すんか」

 

「未来永劫従えって訳ではないのです。オヤシロ様も、開祖の古手桜花も望んでいないハズなのです」

 

「ほんじゃあ筋を通すんなら何すりゃええ?」

 

「ボクは命を狙われているのです」

 

 

 唖然とするお魎。それでも梨花は訴える。

 

 

 

「……明日会合を開いて──村の重役たちに協力させて欲しいのです」

 

 

 微かに笑う梨花の表情こそ、お魎には真に「鬼」に見えた──それもそうだ。彼女こそが本当の、「鬼の子孫」なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──禁書をお魎に解放した事により、「筋を通させる」と言う名目で半ば強引に全ての話を信じさせた。その上、園崎家の全面協力させ取り付けた。

 朝になるとすぐにお魎は連絡網を使って重役らを召集。敵を欺く為、梨花の話は伏せて「鬼隠しの件の意見交換」と言う事で集まって貰った。

 

 

 勿論、上田と山田も呼ばれた。

 朝早く園崎邸にやって来た二人の前に、元気よく魅音が現れる。

 

 

「おはよー!」

 

「えっと……例の件、梨花さんは上手く行ったんですか?」

 

「行ったっぽいよ山田さん! しっかし梨花ちゃん、あの婆っちゃを説得するなんて凄いね!? え……実は天才児……?」

 

 

 どうにかなったらしいと知り、山田と上田もまずは胸を撫で下ろす。

 

 

「まずは第一歩ですね……!」

 

「あぁ……しかしぃ、雛見沢症候群に『東京』、そして山狗……他の村人らが信じるかどうか……」

 

「それなら大丈夫っ!」

 

 

 そう魅音は自信満々に答えながら、屋敷の方に腕を広げた。

 すると襖が開き、三人の人物が姿を現す。魅音は彼らの紹介を始めた。

 

 

「雛見沢三銃士を連れて来たよ」

 

「雛見沢三銃士!?」

 

 

 まずは気難しそうな老婆から紹介する。

 

 

「園崎家現頭首の婆っちゃこと、園崎お魎」

 

「たわけ……」

 

 

 次に一人の少女を紹介。

 

 

「古手家現頭首にして村のプリティーマスコット、古手梨花」

 

「頑張りますのです。よろしくなのです」

 

 

 最後に細い目をした、穏やかそうな老父を紹介。

 

 

「公由家頭首にして雛見沢村村長。公由のおじいちゃんこと、公由喜一郎」

 

「おじいちゃんです。どうも」

 

 

 三人を紹介し終えてから、魅音はにかっと笑った。

 

 

「これが雛見沢三銃士!」

 

「村長以外は知り合いだったぞ」

 

「村が誇る御三家でもう話は進めておいたよ。公由のおじいちゃんも協力してくれるって言ってくれたし、役員会の人たちも鶴の一声で協力してくれるよ!」

 

 

 その喜一郎は未だ信じられないと言わんばかりに、禿げ上がった頭を掻いていた。しかしお魎に逆らえないようで、彼女をチラリと見てからおずおずと背中を曲げた。

 

 

「少し、話を咀嚼する時間が欲しいが……お魎さんと梨花ちゃん、それに魅音ちゃんの頼みなんだ。是非、協力させて貰うよ」

 

 

 そう申し出る喜一郎。確約を得られたとあって、顔を見合わせて喜ぶ山田と上田。

 

 

 しかし一転、優しそうだった喜一郎の表情が厳しいものとなる。

 

 

「……その為には、お前さんらも協力せんといかん」

 

「え?」

 

 

 草履を履いて庭に出ると、彼は眉を潜めながら二人の元まで歩く。

 オオアリクイの威嚇をする山田の前に立つと、上田さえ睨みながら続けた。

 

 

「梨花ちゃんは不問にすると言ったが、多くの村のモンはまだ納得しとらん……祭具殿の侵入の件を」

 

「許してください」

 

「だから、まず誠意を見せんといかんな」

 

 

 腕を組み、威圧感たっぷりにそう言った。

 

 

 

 

 

 暫くして役員らが集まり、会合が始まる。お魎が出席しているとあり、空気は非常にピリピリしている。

 長机を前にして座る彼らの冷たい眼差しは、同じく出席している山田に向けられていた。その視線を浴びて戦々恐々としている隣で、進行を務める魅音が丁寧な口調で話し始めた。

 

 

「祭具殿侵入の件ですが、古手家頭首による寛大な計らいにより不問と言う事となりました。しかし当事者から謝罪をしたいと言う申し出があったので、まずはその機会の場をここに設けさせていただきます……では山田さんどうぞ」

 

「おすみませんでした」

 

「許せるのです」

 

 

 山田は促されるまま梨花の方を向き、頭を下げ、本人の許しも得られた。

 

 

「……えぇ、この通り、和解が成立しましたので──」

 

「納得できるか余所モンがぁぁぁあッ!!」

 

 

 魅音の声を遮り、役員らが口々にがなり立てる。 

 

 

「梨花ちゃまが許しても、ワシらは許さんぞぉッ!!」

 

「なんでオメーらが鬼隠しに遭わんのじゃあッ!?」

 

「あぁオヤシロ様! お鎮まりくだされぇ!!」

 

「ザッケンナーッ!!」

 

「ザぁコザぁ〜コ♡ 不法侵入♡ 罰当たり♡ 社会不適合者♡」

 

 

 怒りを露わにする者、オヤシロ様の許しを乞う者と反応は様々だ。中には机に身を乗り出し、今にも山田に飛びかからんとする者さえいた。なぜかメスガキもいる。

 彼らの感情や罵声を一斉に浴び、山田はひたすらオオアリクイの威嚇をするしかない。

 

 そこへ見かねた魅音が助け舟を出してくれた。

 

 

「ご静粛に願います。件の騒動については園崎、公由家でも放免すると言う意見で一致しております」

 

「ほ、本当なんかお魎さん!?」

 

 

 あの余所者嫌いのお魎が、と言いたげに、重役らは愕然とした様子で彼女を見やる。一方のお魎はいつもの顰め面で、否定せずただ佇んでいた。

 次に役員らは縋るように喜一郎を見た。最初は悩ましい表情をしていた彼だったが、腕を組み、観念したように頷いた。

 

 

「梨花ちゃんとお魎さんが言うなら……」

 

 

 村長とは言え、立場は園崎家の尻に敷かれているようだ。隣に座るお魎を横目で見ては、気まずそうに口を閉じた。

 これで本当に、御三家からの許しが得たと皆に示してやれた。特にあのお魎がと言う衝撃が大きかったようだ。いきり立っていた役員らは、すっかりしおらしくなってしまった。

 

 だが彼らからしてみれば甚だ疑問だろう。どうやってこの余所者が、園崎お魎に取り入れたのかと。

 その疑問を明らかにすべく、魅音は続けた。

 

 

「さて、我々御三家で意見が一致した理由につきまして……この山田奈緒子さんは、鬼隠しを解決すると表明されたからです」

 

 

 またしても場が騒つく。

 それもそうだ。彼らは、鬼隠しは園崎がやった事なのではと思っていたからだ。その鬼隠しを解決すると魅音が表明した事は、「園崎は関与していない」と言ったようなものだ。

 一人の役員が慌てた様子で聞く。

 

 

「そ、それじゃあ……鬼隠しは園崎さんと関係ないんかい!?」

 

「そう言う事になります」

 

「ほんなら鬼隠しの会合の時……お魎さんが意味ありげに笑っとったのはなんだったんじゃ!?」

 

「演技に決まっとろうが」

 

 

 お茶を啜りながら、お魎が訳を話す。

 

 

「ウチのせいや思わせときゃ、村のモンは団結するや思うとったん。賛成派増やさんようする為なぁ」

 

「そ……そうやったの……?」

 

「でも……もう、今年の鬼隠しは終わったんじゃろ?」

 

 

 別の役員が質問する。

 

 

「山ん中で顔剥がされとった男と、看護師の鷹野さんじゃ。ともすりゃ、今までの事件と同じ犯人なんか!?」

 

「あの死体は偽造です。鷹野さんは生きていますよ」

 

 

 山田はそう言い放つと、場は静まり返った。

 

 

「そして……全ての事件を裏で操っていた人物こそ、その鷹野さんなんです」

 

「な、な、なな……なん……!?」

 

「そして彼女の次の目的は……梨花ちゃんの殺害。それも、行われるのは明日です」

 

 

 突然突き付けられたその情報は、到底理解に及ぶ話ではなかった。知らなかった事を幾多も浴びせられ、もはや役員らは騒つくほどの余裕もないようだ。皆、半信半疑気味に互いを目配せ合っている。

 

 

「突然こう言っても、寧ろ疑問が尽きないと思います。そこで、ちゃんと説明してくれる人をお呼びしました」

 

 

 山田はそう言うと、真向かいにある襖をビシッと指差した。同時に、その襖は開かれて、入江が姿を現す。

 村の老人はみんな世話になっているだけあり、彼の登場は少なからず動揺を生んだ。その空気を感じ取りながらも、入江は意を決して口を開いた。

 

 

「皆さん、今から話す事は全て事実です……その上で狼狽えず、最後まで信じてください」

 

 

 忠告を入れてから入江は、全てを告白し始めた。

 

 

 

 開示された情報は雛見沢症候群と自らの立場、そして終末作戦の存在や梨花が女王感染者と言う特別な存在である事も全て。その説明だけでも、長い時間を費やした。

 

 

「……これが、私たちがこの村に来た理由です」

 

 

 全てを知った役員らは呆然と、皆一様に頭を撫でる。自分の脳内に寄生虫がいると言う事実に戸惑っているようだ。

 入江は恐れていた。明かす事で、雛見沢症候群の発症を促してしまうのではと。

 

 

「そんな……わ、ワシらの頭ン中に……」

 

「お、落ち着いてください! 現在は撲滅の為、治療薬の製造が進められている途中ですので──」

 

「別れた恋人に浮気してるだろと詰められたのはそう言う事だったのか……」

 

「え?」

 

 

 役員らは口々に話し出す。

 

 

「子どもん頃に弟が幻聴を訴えとったが……それじゃったんか!?」

 

「都会行った倅が上司殴ったんはソレか!?」

 

「叔父が精神分裂病で入院しとったなぁ……」

 

「割りかしみんな心当たりあったんだな」

 

 

 山田がボソッとつっこむ。

 それもそうだ。研究者と現地の老人とでは体感に差があるだろう。納得する者がいても不思議ではない。

 

 予想以上に混乱が少ないと安堵した入江は、「でも」と注釈を入れる。

 

 

「雛見沢症候群によるメリットも一応は判明しております! どうやら成長ホルモンの分泌を促していると言う結果もありまして……例えば女性なら、乳房が大きくなったり等」

 

「おぉ!!」

 

 

 男性陣から歓声に似た声があがる。その話は知らなかった山田と梨花も反応していて、山田に関しては入江に突っかかった。

 

 

「え!? ちょ、それ知らない……あのー! 入江さん! 私! 雛見沢症候群にかかりたいんですけど!? 出来ればデメリット消した上で!!」

 

「ウゥンっ!!」

 

「おすみませんでした」

 

 

 収拾がつかなくなった場を、魅音は咳き込み一つで鎮めた。

 とりあえず前提の説明は問題なく済んだとあり、入江は本題を切り出した。

 

 

「……つまるところ、雛見沢症候群による集団発症を起こす為に、女王感染者である梨花さんが狙われている可能性が高いのです。ですのでその、お力添えを皆さんに──」

 

「じゃけど! おのれもその東京ってモンの一人なんじゃろ!」

 

 

 一人の役員に指摘され、思わず入江は押し黙ってしまった。

 

 

「ともすりゃ裏で繋がっとるかもしれん。ワシらを皆殺しにしようなんざ考える連中しゃあん……そんなモンを信用しろなんざ出来ようもんかい!」

 

 

 役員の指摘は、山田にも向けられた。

 

 

「おのれもそうじゃ! お魎さんと村長に認められたかて、余所モンは余所モン! こればっかりは納得出来ん!」

 

 

 彼らから「そうだそうだ」と賛同の声があがる。またしても良くない空気に乗ってしまった。

 権力を盾にしたとしても、それ以上に外部の人間への忌避感が強いのが彼らだ。そしてその凝り固まった考えは、年寄りであるほど拭えないもの。説得するのに、半日では時間が足りない。

 

 厳しい意見が飛び交い、魅音の進行も遮られ、議会が収拾不能な領域にまで達する。

 

 

 

 

「ボクの話を聞いて欲しいのです!」

 

 

 その流れを変えたのは、机に叩き付けられた梨花の手だった。

 瞬間、大人たちの声が止んだ。静かになった事を確認してから、梨花は語り始める。

 

 

「……山田はボクを何度も助けてくれたのです……入江だってそう。入江は、沙都子や悟史をずっと気にかけてくれた優しい人なのです……少なくとも、北条家を村八分していた人たちと比べれば」

 

 

 村八分の事を言った途端、役員の何人かが目を伏せた。中にはやはり、やり過ぎだと思っていた人間もいたようだ。

 

 

「敵はこの村の、その塞いだ空気を利用して隠れて来たのです。余所者や異端者に強く当たる一方、身内を信じ過ぎるその隙を狙われたのですよ」

 

 

 お魎が顔を伏せた。その「隙」を利用し、村人たちから鬼隠しを追及する意思を奪ったのは、他でもない自分だからだ。

 

 

「……ボクだってそうなのです。みんなの優しさにつけ入って、雛見沢症候群の存在を隠して来たのです……だから、ごめんなさいなのです」

 

 

 深く頭を下げて謝罪する彼女の姿で、やっと役員らはどよめきをあげる。

 

 

「なにも梨花ちゃまが謝る訳は……!」

 

「ううん、謝らなきゃいけないのです……こうやってまた、みんなの優しさにつけ入ろうとしているのですから」

 

 

 顔を上げた梨花。その表情はこの場にいる者全てを驚かせるほど、凛々しかった。

 

 

「……敵はこの村を調べ尽くした軍団なのです。だからこそ逆に、その敵を良く知る入江の存在は必要なのです……そして村のしがらみに囚われない考えを出せる、山田たち外部の人の存在も欠かせないのです」

 

 

 梨花と山田の目が合う。二人とも淀みのない、真っ直ぐと決意に満ちた眼差しをしていた。

 

 

「ボクはみんなを助けたい……でも一人では出来ない。だからみんな、ボクと一緒に戦って欲しい……もしかしたら死ぬかもしれない危険な事に、みんなを道連れにしてしまうけれど……」

 

 

 胸に手を当て、吐き出すように言った。

 

 

 

「……ボクを、助けて欲しいのです……!!」

 

 

 梨花は話し終えた。

 役員らは真剣な彼女の姿とその言葉に圧倒されているようだ。呆然と、放心した様子で梨花を見つめていた。

 暫く沈黙が続いてから、再び魅音が口を開く。

 

 

「園崎家と公由家は、梨花ちゃんを守る為に一個小隊を相手に戦う事を決定いたしました。察するまでもなく、これは大変危険な決定です」

 

「…………」

 

「……皆様にも家族や立場がございます。この作戦は、園崎家ならびに園崎組の人員でまかなえます。なので互いにこの話を忘れ、ここで退席して貰っても構いません。それに対する罰則を科したりなども致しません」

 

「…………」

 

「……どうか、ご検討を」

 

 

 魅音が発破をかけても、誰も声を発さなかった。

 すぐに決められる話ではない。誰だって大きな敵に立ち向かうのは恐ろしい事だし、しかも自分の命がかかっているとあっては尚更だ。拒否し、出て行く者がいたとしても、責められるべきはこちらだろう。

 

 

 暫くの後、一人の役員がのっそりと立ち上がった。

 出て行くのだろうかと皆が目を向ける──しかし彼は周りを見渡し、皆に語りかけるように話し出した。

 

 

「……ここにおるモンは、戦争を知るモンばかり。国に煽てられた末、親兄弟の誰かが戦死したってモンもおる……なのに戦争には負け、いなくなったモンは無駄死にだったと突き付けられた」

 

 

 それから彼は真っ直ぐ、梨花らを見据えた。

 

 

 

 

「もう負けるんは嫌じゃ。そんで、奪われんのも嫌じゃ……ワシはその話、乗ったわい」

 

 

 彼のその言葉に押されるように、次々に声があがる。

 

 

「ダム戦争で余ったやる気は残っとる! オヤシロ様を軽んじる罰当たり共に鉄槌を食らわせてやらぁ!」

 

「道連れだなんて言わんでくれ梨花ちゃま! 最後まで利用して、連れ添わせてくれぃ!」

 

「可愛い梨花ちゃまを狙う輩なんぞ俺が切り捨てちゃるからのぉ!」

 

「ヤッタルデーッ!!」

 

「一致団結♡ 東京分からせ♡ 田舎のイイとこ♡」

 

 

 どうやら意思は固まったようだ。

 決起に湧き上がる彼らを前に、梨花は感極まった様子で泣き出す。

 

 

「みんな……ありがとうなのです……!」

 

 

 つられて泣きそうになっている魅音、満足げに頷く喜一郎、そして誰にも見えない時に微笑むお魎と、反応は様々だ。

 その中で山田と入江は目を合わせ、何とかなった事を喜び合った。

 

 

 

 

 

 

 

 そこへ、隣の部屋から上田が現れる。

 

 

「おい」

 

「……あ、上田さん。待ちました?」

 

「さんまのお笑い向上委員会のゲスト並みに待たされたぞ。なに盛り上がってんだ」

 

 

 村民らを味方に付けたからと言って、終わりではない。寧ろ戦いの始まりだ。

 部屋に入って来た上田が手を叩き、皆を注目させた。これから彼の口より語られるのは、昨夜山田と練りに練った「大作戦」の説明だ。




・精神分裂病は、統合失調症の昔の名称。しかしこの名称は差別に当たるとされ、二◯◯二年から現在のものに変更されたようです。
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