TRICK 時遭し編   作:明暮10番

93 / 102
白日下

 ぴたりと言い当てられ、動揺を見せる黒幕──こと、鷹野三四。

 殺されたと思われていた彼女は、今小此木の後ろで立ち尽くしている。

 

 

「な、なんで……っ!?」

 

「……シッ……」

 

 

 口を挟もうとする鷹野を、小此木は制する。

 分かる訳がない。聞けば状況証拠で彼女だと断定しているのみで、確固たる証拠はない。つまり山田の発言はハッタリで、こちらがボロを出すのを待っているに他ならない。鷹野だと言い当てたのはマグレだ──小此木はそう判断し、あくまで鷹野の存在を隠した上で続けた。

 

 

「……山田さん。そりゃあ、変ですんね。昨日の新聞の地方紙、読んでねぇんで?」

 

 

 小此木の言った「昨日の新聞の地方紙」には、綿流しで発見された焼死体の、その身元が判明した事を報じていた。

 

 

「死体の身元は、おたくが言った『鷹野三四』だと言っとったんですん。確かぁ……あぁ。通ってた歯医者にあった歯型のデータと、一致したんでしたっけね? 信頼出来る機関が検死して、信頼出来る新聞が報じとるんですわ」

 

「嘘の検死データをでっち上げるのも、そっちじゃ簡単では?」

 

「はっはっは……陰謀論じゃあるまいし。それにおたくが鷹野さんだと断定してんのも、研究責任者だからカウンセリングしてたからって、状況証拠ばっかだ」

 

 

 小此木の指摘に、山田は口籠る。

 言い負かしたと思った小此木は、更に挑発してみせた。

 

 

「ならまず、あの焼死体が別人だと言う確証はあンですかい? え?」

 

「…………」

 

「ないんでしょ?」

 

 

 黙らせてやったと小此木の口角が上がる。

 

 

 同時に山田の口角も上がった。

 

 

「ありますよ」

 

「なに?」

 

 

 今度は小此木が黙る番だ。

 山田は持っていた二枚の写真を取り出して、それを眺めながら言った。

 

 

「今、私の手元に、例の焼死体の顔を撮った写真があります」

 

 

 それは彼女が、矢部と共に病院へ潜入して得た写真だ。

 次にもう一枚の方を見やる。

 

 

「そしてもう一枚……こちらは富竹さんから頂いた、鷹野さんの写真です」

 

 

 そこに写るのは、口を開けて困ったように笑う鷹野の姿。

 山田はその、「開けた口から覗ける歯」に注目する。

 

 

「鷹野さん、この写真からも分かる通り、綺麗な歯をされてますね──でも、同じ歯型だと断定された焼死体の歯ですが……」

 

 

 もう一度、焼死体の写真を見る。

 

 

 

 

 

「……特徴的な『八重歯』が残ってるんです」

 

「……ッ……!」

 

 

 小此木は思わず息を呑んだ。

 

 確かに山田の写真に写る焼死体の犬歯は、他の歯とはズレて生えていた。火で燃やされ続けた死体とは言え、その歯はくっきりと残っている。

 

 

「誰の死体かはまだ分かりませんが……少なくとも、鷹野さんの死体ではないと分かります。じゃあ彼女はどこへ行ったのか……を考えた時に、どうしても疑惑がどんどん湧いて来るんですよね」

 

「……あんた……」

 

「富竹さんから事情は聞いています。雛見沢症候群に対する執念……中止を宣告され、すぐに東京へ帰って説得しようとするほどの熱意……何か彼女には研究者としての意地……以上の事情があるように思えました」

 

 

 小此木は思わず恐れてしまう。この女はどこまで知っているんだと、慄いてしまった。

 それは鷹野もそうだ。山田の推理を聞き進めるごとに、顔は段々と蒼白して行く。

 

 

「そして鬼隠しが起きる一年前の秋……末期症状となった男の人を確保し、秘密裏に人体実験したんですよね? 確かな筋からの情報ですので、合っているハズです」

 

「……入江……!」

 

 

 鷹野は忌々しそうに、その「確かな筋」たる人物の名前を呟く。

 それもそうだ。その人体実験で実験体の執刀を担当したのは、他でもない入江だったのだから。

 

 

「沙都子さんが末期症状を発症した際も、彼女を実験体にしようとしたんですよね。その時は梨花さんが協力したおかげで何とかなったそうですけど……とりあえず鷹野さんは、発症した人間を『人間と思わない』ような性格の人だと判明しました」

 

「まさかそんな人だったとはなぁ……さすがの俺もドン引きだ」

 

 

 上田は鷹野への幻滅を口にし、吐き捨てた。

 対して山田は感情を排し、ただ淡々と次へ次へと話を進める。

 

 

「しかし一方で、『あなた』が関わっていない事件もありました」

 

 

 もはや彼女は小此木ではなく、その後ろに立つ鷹野に向けて話を進めていた。鷹野の右目がびくりと痙攣する。

 捲し立てる山田に圧倒でもされたのか、無線機を手に持つ小此木も、周りで聞いている他の隊員も、固唾を飲んでその推理ショーを聞くしかなかった。

 

 

「偽装工作も、犯行の実行も完璧にこなす山狗と言う手駒を得て、しかも現女王感染者の梨花さんのご両親を殺した事で、親を亡くした彼女の警護と言う名目で四六時中監視もさせられるようになった。貴重なサンプルを手中に収めたも同然……あなたはこれ以上、リスクを犯してサンプルを作る必要はなかった。本来なら、三年目は起こるハズはなかった…………」

 

 

 山田は少しだけ口を止めた。脳裏に、詩音の顔がよぎる。

 それでも「突きつけなければ」と、山田は余計な考えを捨てて、言った。

 

 

 

 

「……そう。叔母を撲殺したのは、誰でもない悟史さん本人」

 

 

 悟史の名が出た途端、小此木を含んだ山狗の隊員らは目配せ合った。

 ただ一人、鷹野だけが無線機を凝視し続けている。

 

 

「残念ながら、その行方だけは分かりませんでしたが……これが真相になります」

 

 

 しかし次の山田の一言で、全員が拍子抜けしたかのように目を開く。

 

 

「叔母の殺害後に逃げたのか、それともあなたたちが秘密裏に回収したのかは分かりません。入江さんも知らないようでしたし……何にせよ、これが三年目の真相となります」

 

 

 鬼隠しの全てを言い切った山田は、誇らしげに微笑んだ。

 

 

 

 

 いかがでしたかと聞くように、山田は黙って小此木らの反応を待つ。

 完全に煽られていると感じた彼は、さっきまでの砕けた口調をやめて、明確な殺意を込めた声で話しかける。

 

 

「……その話だと、入江所長は俺らの裏切り者……そんで、その裏切り者は俺たちの手中にある」

 

「脅迫ですか?」

 

「あぁ、脅迫だ。今すぐ診療所に行き、古手梨花を渡せ。でなければ、入江所長の命はない」

 

 

 さぁ、どう出ると、してやったり顔で返答を待つ小此木。ここまで盤面を整えたであろう彼女とは言え、本質は戦いを知らない一般人だ。命を選ばせる方法が、絶対に効くハズだ。

 

 

 

 

「……やれば良いじゃないですか」

 

 

 そう思っていただけに、彼女のその返答に愕然としてしまった。

 

 

「入江さんだって覚悟しているんです。一思いにどうぞ」

 

「……お前は一体、なんなんだ」

 

「もう良いでしょうか? 推理ショーは終わりです、皆さん」

 

 

 

 

 

 そして決め台詞を言ってやろうと、人差し指を前方に差した。

 

 

「……お前らのやッ」

 

 

 しかしそれは、車が急カーブで曲がった事により、山田が車内で転がってしまって中断されてしまう。

 

 

「うにゃーーっ!?!?」

 

 

 山田の間抜けな悲鳴を最後に、無線はプツッと切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の大声で耳を痛めた小此木は、顰め面で無線機を頭から離す。

 そのまま待ってみるものの、もう山田からの無線は来なかった。倒れた拍子に無線機でも壊したのか。

 

 

 すぐに小此木は切り替え、逆探知を続けていた隊員に尋ねる。

 

 

「発信元は分かったか!?」

 

「はい、既に……ここはどうやら、園崎邸のようです」

 

 

 それを聞いた小此木は納得したように頷く。

 

 

「……なるほど。確かにあそこはぁ、唯一俺たちでも潜入出来ねぇ場所。しかも守ってくれる人員もいるし、ぐるっと壁で囲って籠城出来る……ハッ! 外には逃げられねぇと諦めたか! まだ俺たちに分はある!」

 

「……言ってる場合なの? 小此木……」

 

 

 やっと口を開けた鷹野の声は、怒りで震えていた。

 小此木が振り返るとそこには、癇癪を起こす寸前と言った様子の彼女が、こちらを睨んでいた。

 

 

「あの女に……殆ど全部掴まれているのよっ!? 鬼隠しの事も、雛見沢症候群の事も全部ッ!!」

 

「全部ではありやせんよ。北条悟史の件は……どう言うこったか、入江所長も黙っていたようで」

 

 

 どうやら三年目の事件については、山田の推理に誤りがあるようだ。小此木はその点を挙げて彼女を落ち着かせようとするが、寧ろ火に油だった。

 

 

「それ以外は殆どバレてるじゃないッ!? これが全部外部に流出したら……私たちは破滅よッ!?」

 

 

 正体がバレた事に、かなり動揺しているようだ。無理もない。終末作戦に先駆け、完全に彼女の疑惑を消そうと死の偽装までしたのに、まさか富竹が撮った自分の写真でバレてしまったのだから。

 怒りの収まらない鷹野は更に、小此木をヒステリックに責め立てる。

 

 

「そもそもカリウムのカプセルッ! 全て回収したんじゃなかったのッ!?」

 

「……隅々まで探したんだが……どっか、畳の隙間にでも入っていたんですかね……」

 

「呑気な事言ってんじゃないわッ!?」

 

 

 鷹野は机に拳を叩き付けた。

 

 

「それに元を辿ればあなた……上田教授の暗殺にも失敗しているじゃないッ!? 用意した偽装用の死体も完全に無駄よッ!」

 

 

 綿流しの際に発見された顔のない死体は、本来なら上田のものだと偽装する為の物だった。

 しかし上田の、予想外の膂力により、川に落として逃がしてしまうと言う失態を犯してしまった。間違いなく全てが拗れたのは、あの男を生かしてしまった事にある。

 

 

「あなたたちねぇ!? 私が幾らで雇っていると思っているのッ!? 一億よッ!? なのに仕事も満足にこなせなくて……何が諜報部隊よッ!!」

 

「今からでも挽回出来ますん。Rを回収し、富竹を含めた奴らを殺害すりゃ丸く収まる」

 

 

 興奮状態の鷹野を宥めようと、小此木は次にする行動を話した。

 

 

「あの広さじゃ包囲は無理だ……園崎邸へは速やかに突入。中にいるヤクザどもを鎮圧し、Rも教授も手品師も全員確保する」

 

「……簡単に言うじゃない」

 

 

 呆れて吐き捨てる鷹野。

 

 

「園崎邸には推定で三十人ほどの構成員がいる。しかも全員、頭首の為ならすぐ命を捨てられるような連中よ。派手に戦争になって、騒動を聞き付けた村人たちに気付かれでもしたら終わりよ?」

 

「戦争はしません。比較的穏便な方法を使います」

 

「……どうするつもりなの?」

 

「それは──」

 

 

 小此木がプランを言う前に、隣室から来た隊員が彼女を呼ぶ。

 

 

「鷹野三佐!『東京の野村さん』より無線です!」

 

 

 その名を聞いた途端、鷹野の表情に一瞬だけ怯えが見えた。

 

 

「くっ……! こんな時に……っ!」

 

 

 小此木へ「とっとと作戦を始めろ」と目で合図を送った後、鷹野は野村と電話をするべく一人隣室へ行ってしまった。

 扉が乱暴に閉められる。それを見送ってから小此木は、深く溜め息を吐いた。

 

 

「……やれやれ。『雛』のお守りは疲れる……」

 

 

 そう言ってから小此木もまた、持っていた無線機で誰かにかけた。

 

 

 

 

 

「あぁ……『県警の大高さん』ですかい? ちょいとぉ、頼みたい事があるんですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣室に行った鷹野は、すぐに置かれていた無線機を取った。

 向こうから流れたのは、丁重な口調の女の声だ。

 

 

「電話が繋がらなかったので……指定されていた無線にかけましたが?」

 

「……申し訳ありません。村の交換機を破壊しましたので、電話が一切使えない状態になっていまして……」

 

 

 その野村は、執務室から東京の景色を眺めつつ無線をしていた。

 

 

「穏やかではないですね。それほど切羽詰まっている状況……と、言う事でしょうか? 未だに終末作戦の完了が報告されていないもので、クライアントがざわついておりまして?」

 

 

 鷹野は無意識に、自分を抱き締めるような仕草を取る。

 

 

「も、申し訳ありません。もうあと、一時間以内にはカタが付くハズですので……」

 

「もしかして報告にあった……あの二人が関係しているのですか?」

 

 

 黙り込み、唇を噛む。しかしその沈黙が答えだろうと、野村はほくそ笑んだ。

 

 

「図星のようですわね?」

 

「……の、野村さんにお願いが御座います」

 

「何でしょう?」

 

「……例の二人……山田奈緒子と、上田次郎……二人の親族に関する情報を探って欲しいのです」

 

 

 察したように野村は頷いた。

 

 

「……なるほど。二人の家族を脅迫材料に使う……と、言う事ですか?」

 

「え、えぇ……身内を人質にされたのなら彼女らも考えるでしょう。幸い、二人とも東京都から来ている人間……都内の戸籍を洗えば、簡単に……!」

 

 

 しかし彼女は首を振る。

 

 

「出来ませんわ」

 

「え……?」

 

「出来ません、と言うより……出来なかった、とでも言いましょうか……」

 

 

 言っている事が分からず、鷹野は眉を寄せる。

 

 

「……どう言う意味ですか?」

 

「実は報告を受けた折に、既に『東京』で身元の確認を開始していたのです」

 

「だ、だったら……」

 

「実在しなかったのです」

 

 

 一瞬、鷹野の表情が固まり、次には「はい?」と困惑の声が漏れた。

 

 

「都内にいる住民を片っ端から調べました。お二人とも特別珍しくもない名前ですので、同姓同名の人が多くて骨が折れましたが……報告と該当する人物は、一人もいませんでした」

 

「そ、そんな、バカな……う、上田次郎なら! 所属している大学も分かっています! 本も出版されています! そこに問い合わせれば……」

 

「それを我々がやっていなかったとでも?……日本科学技術大学の上田次郎教授。そんな人物、確かにいなかったですよ。そして仰っていた本とやらも、記載されている出版社からは出版されておりません」

 

 

 もしや、全て嘘を言われていたのか。

 あの能天気そうな見て呉れはフェイクで、この日の為に騙っていたのか。いやそんな訳はない、あり得ないと、鷹野は髪をくしゃっと掴む。

 

 

「……あの二人の身元についてはこちらも困惑している状態です」

 

 

 野村は悩ましく、息を吐いた。

 

 

「名前も偽名の可能性が高く、これ以上は探し様がございません。親族を脅迫材料に使う作戦は、出来なくなってしまいましたわね」

 

「……なんで……どうして……じゃあ、あの二人は何者なの……!?」

 

「確かに気になるところではあります……が、向こうは実体のある人間で、幽霊ではありません。ならどうとでもなるハズですよ」

 

 

 混乱状態の鷹野を諭しながら、野村は続ける。

 

 

「今はやるべき事をやるだけです。こちらも最大限のバックアップをしているのですから、失敗は許されませんよ?」

 

「……はい。分かりました」

 

 

 クスクスと、野村は小さく笑った。

 

 

 

 

「鷹野三佐。あなたの悲願は目前……この終末作戦の完遂により、あなたと『お祖父様』は神となるのですよ」

 

 

 無線はそこで切られた。

 後は呆然と立ち尽くす、鷹野の姿だけがあった。頭の中は延々と、あの二人の事ばかりだ。

 

 

 実在しない人間──そんな訳はない。現に自分はそれぞれと会話し、綿流しの時は同じ時間も過ごしている。それを思い出すだけでも、あの二人からは嘘っぽさはどこにもなかった。

 

 

「……一体……何者なのよ……!」

 

 

 ふと思わず脳裏に浮かんだのは、「オヤシロ様の遣い」。

 そんな訳はない。だが、突然降って湧いた二人に対し、そんな非現実的な事さえも可能性として捉えてしまう。

 

 

 

 だからと言って引く訳にはいかない。

 オヤシロ様の遣いだとしても、跳ね除けるまでだ。

 

 

 全てはこの研究を馬鹿にして来た者たちに目に物を見せてやる為。

 そして、「お祖父ちゃん」に報いる為。

 

 鷹野は改めて、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 野村との無線が終わったと同時に、小此木がノックの後に部屋へ入って来る。

 

 

「終わりました?」

 

「……なに?」

 

「ちょいと聞いておきたいんですがね……」

 

 

 彼は気味の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「……入江所長はどうしますんね?」

 

 

 裏切り者への処遇をどうするか、と尋ねているようだ。

 鷹野は冷酷な表情へと顔を引き締め、淡々と告げる。

 

 

「殺しなさい。敵への見せしめにもなるわ」

 

「方法は?」

 

 

 顎を引き、鷹野は少し考え込む。

 

 

「……そうね。どうせだから、『アレ』を試してみましょう」

 

 

 そして冷たい声で小此木に命じた。

 

 

 

 

「『H173』を使いなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その一方で野村は、無線機を置くと、次は机上に常設してある電話を手に取った。

 

 

「……赤坂さんですか? 野村です」

 

「……はい。野村さん」

 

 

 その電話で掛けた相手は、赤坂だ。

 彼は今、警視庁にいる。

 

 

「予定より少し、遅れが出ているようです。赤坂さんはそのまま、内偵の妨害を続けてください。雛見沢での事が明るみになり、買収が進んでいない部隊が動くなんて事があっては堪りませんもの」

 

「……えぇ。そうですね」

 

「……それと赤坂さん。今一度、確認しておきますが……」

 

 

 椅子の上で足を組み、見下すような仕草で彼女は続ける。

 

 

「勝手な行動をされると、臨月を迎えていらっしゃる奥さん……と、お腹の子の命はございません。彼女は四六時中、『東京』の部隊が監視しております……勿論、監視の目はあなたにも」

 

「……分かっています」

 

「では、そのまま励んでください。期待していますよ?」

 

 

 通話が終わり、受話器を開く。

 しかし赤坂はそこから動かず、ジッと電話を睨み付けていた。

 

 まるで野村以外の誰かからの連絡を待つかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──上田が運転していたリムジンは、山狗らが特定していた通り、園崎家の門前に停まっていた。

 銃弾を受けて傷が付いたその車両からまず上田と、髪を振り乱した山田が降りる。

 

 

「イタタタ……上田! 運転が荒いぞっ! もっと丁寧に出来ないのかっ!?」

 

「馬鹿かYOUはッ! 銃を持った特殊部隊に追われてるのに道交法なんざ守れるかッ!」

 

 

 そのリムジンから出て来たのは、憎まれ口を叩き合うその二人だけだった。梨花も、富竹も乗っていない。

 二人が門の前に立つと、すぐにその門が開き、待機していた魅音と構成員らが出迎える。

 

 

「良かった! 無事に着けたんだね!」

 

「助かりましたよ魅音さん……て言うか防弾リムジンなんて良く持ってましたね」

 

「昔使っていたヤツを引っ張り出しただけだけどね……いやぁ。残り物には福があるんだなぁ」

 

 

 門を潜り抜けると、即座に閉め切られる。後は構成員らで守りを固め、山狗らの侵攻を待ち構えるだけだ。

 また構成員らは全員、銃を所持している。彼らの懐からチラリと見えるそれを見て、「味方とは言え怖いな」と山田は肝を冷やした。

 

 

 守りの準備が整ったと同時に、魅音は無線と一枚の紙を取り出し、その紙を見ながら通信を始めた。

 

 

「えーっと……3と1、4と1、7と1、10と3、10と4、7と1、8と5、6と5、8と1、9と2、7と5、10と3、7と2、3と1、9と3! 繰り返ーす!」

 

 

 暗号を繰り返す彼女を、山田は関心し、上田は得意そうに眺めていた。

 

 

「……上田さんの考案した暗号……めちゃくちゃ便利ですよね」

 

「ふっふっふ……まぁ、本当はちゃんとしたモノにしたかったんだがなぁ……あんなに上か下かで反発受けるとは思わなかった……」

 

「えーと、合言葉はこうでしたっけ……デカチンの力ーっ!」

 

「デカルトの力ッ!」

 

 

 通信を終えた魅音は、山田に向き直って話しかけた。

 

 

「しっかし山田さんの考えたこの作戦……なかなか良いよ。絶対敵はこの園崎邸に梨花ちゃんがいるって思い込んでるよ!」

 

「……でも、この作戦の要は……何よりも『葛西さんたち』が担ってますからね……」

 

「その点については大丈夫。とっくにもう出発しているよ」

 

 

 二人の会話を傍で聞いている上田は、心なしか不安そうだ。

 

 

「……ここから大体二時間粘るのかぁ……結構長いぞ」

 

 

 そんな上田に反し、魅音は自信たっぷりだ。

 

 

「大丈夫だって! 梨花ちゃんはもう見つけられっこないし! 特殊部隊程度で崩されるウチじゃないし! 万が一突破されても、地下の祭具殿通ってちゃっちゃと逃げちゃえば良いし!」

 

「そうですよ上田さん!」

 

 

 山田も腕を振り上げて自信たっぷりだ。振り上げた拍子に隣にいた構成員を殴り倒してしまった。

 

 

「最終的には沙都子さんのトラップ塗れの裏山に逃げちゃえば良いんです!」

 

 

 その振り上げた山田の手には、「サトコノートですの♡」と書かれた黒いノートが持たされている。

 

 

「デスノート……?」

 

「これは沙都子さんがくれた、裏山に仕掛けられたトラップの場所を記したマップですって。これさえあれば、私たちは引っ掛からずに逃げられますよ」

 

「なるほど……最悪の場合でも、そこに籠城すりゃ良いのか。あいつの罠の恐ろしさは身をもって知っている……アレには特殊部隊も敵うまい」

 

「えぇ……もう勝ち確です」

 

「勝ったな」

 

「この勝負……もろたでっ!」

 

 

 調子に乗る二人。

 その時、屋敷の外から多くの車の走行音が聞こえた。どうやら敵が屋敷のすぐそこまで迫っているようだ。

 魅音は門の方に目を向ける。

 

 

「おーっと……どうやら敵さんがお出ましのようですなぁっ!」

 

 

 すぐに構成員らも姿勢を正し、来るべき戦いに備える。

 頼り甲斐のある彼らを見て、山田も上田もホッと一安心。

 

 

「これだけいたら突破は無理でしょ!」

 

「ハッハッハ! 山狗じゃなくて、負け犬部隊って呼んでやろうかぁ?」

 

 

 門の前で、車が停まる音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に聞こえたのはドアの開閉音と、サイレンの音、そして拡声器越しの男の声だった。

 

 

「こちら岐阜県警ーッ!! 警部の大高だーーッ!!」

 

 

 途端、山田らの表情から余裕さが消えた。

 門の破風からニョキリと、棒に貼り付けられた書類が飛び出す。

 

 魅音は持っていた双眼鏡で、その書類が何なのかを確認。

 

 

「……うっそ……そ、捜査令状ぉ!?」

 

 

 その書類は、本物の捜査令状だ。地方裁判所裁判官の実印も押されている。

 門の向こうにいる者たちに令状を見せ付けた後、大高は拡声器で更に続ける。

 

 

「この通り令状が出ているーッ!! これよりマーベラスに家宅捜索を開始するーッ!! ここを開けなさーーいッ!!」

 

 

 煽るようにパトカーのサイレンが鳴り響く。

 警察が乗り込むと言う予想外の事態に、構成員らは動揺を隠し切れていない様子。それは上田と魅音もそうだ。

 

 

「馬鹿な……! こんなすぐに令状が発行される訳がないだろ!?」

 

「こ、こんなに動きが早いなんて……!?『東京』ってのはどんだけ強権なのさ!?」

 

 

 天下のヤクザと言えど、警察相手に悶着は起こせない。無論、その警察が敵と癒着関係にあったとしても、国家権力に変わりはない。正面から撃ち合った日には園崎家は終わりだ。

 

 更に大高は声を張り上げる。拡声器が少しハウリングを起こした。

 

 

「門を開けないと言うのならーーッ!! 強行突破もやむを得ないーーッ!!」

 

 

 声が止んだ直後、けたたましいエンジン音が響く。

 それは間違いなく、チェーンソーの音。魅音は顔からさーっと血の気を引かせた。

 

 

「ヤバイ……! 裏手は格子の数寄屋門だから、チェーンソーなんて使われたら五分も保たないよっ!?」

 

 

 突破されるだけなら構成員らで抑えられるが、警察が相手ならやり様がない。

 山田は悔しそうに顔を顰めた。

 

 

「……ここまで警察を使えるなんて……完全に舐めてた……!」

 

 

 サイレンと、チェーンソーの音が混沌と場を支配する。

 門の向こうにいる警察らを見ながら、山田らは緊迫感と共に後退りをするしかなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。