TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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解合し

──六月二十日、山田が真相に気付いた時まで遡る。

 

 

 

 

 

 大石と茜の話の後、山田は竜宮家の二階にある和室にいた。

 他には梨花と上田は勿論、富竹と入江の「東京」側の人間も、山田の推理を座って聞いていた。

 

 

 彼女から語られたのは、鬼隠しの真相と黒幕。それを聞いた四人は大変に驚いていた。

 

 

「そんな……まさか、そんな事が……!」

 

 

 推理を聞いて特に狼狽えていたのは富竹だった。半ば信じていないようではあったが、入江が諭してくれた。

 

 

「……ありえない、話ではありません。今の『東京』の状況を鑑みれば……それにここまで疑惑が深まっている今、否定する方が難しいですよ……」

 

 

 入江は畳に並べられた物を厳しい眼差しで俯瞰する。

 山田が矢部と病院に侵入してまで得た、鷹野の焼死体の写真。その横には生前の、楽しそうに口を開けて笑う鷹野の写真も添えられている。

 そして鑑識のお爺さんが持って来た、顔なし死体の指紋照合の結果が書かれた書類。

 

 この全ては、山田の言う「黒幕」の可能性を高めさせる材料となり得た。

 続けて山田は主張する。

 

 

「私たちは全部の事件が偶然、別々で起きていたと思っていた……でも、違うんです。明らかにこれは誰かの『意志』が絡んでいます。そして、その全てを実行出来る存在も……」

 

「……これだけの事象を起こすにはかなりの人数が必要だ。それも、村に精通した人間の……クソッ! そう言う事か……ッ!」

 

 

 上田も合点がいったようで、悔しげに膝を叩く。

 山田はじっと、真っ直ぐ梨花を見ながら続ける。

 

 

「……梨花さんを守る目的で組織されている『山狗』……彼らが買収されているとしたら?」

 

 

 その主張に梨花は息を呑んだ。

 今までの事件に何者かの強い意志が存在している事は薄々悟っていた。だが、ここまで大掛かりに盤面を整えられていたとは想像付かなかった。

 

 

「……マイ・ブラザー」

 

「まだやってんのか」

 

「その、山狗と言う部隊が一枚噛んでいると言うのは……ありえる話なんですか?」

 

 

 上田がふと、富竹に尋ねる。

 彼の質問に対し少し答えにくそうに俯いたものの、富竹は意を決したようで、すぐに顔を上げて毅然と答えた。

 

 

「……可能です。山狗は諜報部隊として組織されています……現地でのスパイ活動、特定人物の監視のプロです……特に、彼らを率いる『小此木鉄郎』には良くない噂も流れていました」

 

「良くない噂?」

 

 

 山田が聞き返すと、一瞬の間を置いてから続けた。

 

 

「彼は元々、実戦部隊から出向を受けた身です。とある作戦での失態を受けて解雇させられ、今は山狗の隊長となっています。度々彼がその実戦部隊への復帰を『東京』に打診していたのは知っていましたが……」

 

「……ボクが死んで、雛見沢村の抹消が起きたら……『東京』の力関係が変わるのです。そうなったらその小此木は、作戦の成功を手土産に実戦部隊に返り咲ける……」

 

「小此木は優秀な隊員ではありましたが、狡猾で手段を選ばない凶暴性も指摘されていました。それに彼が実戦部隊での作戦に失敗し、山狗に異動して来たのは五年前……」

 

「……その翌年から大石の友達の死……そして、鬼隠しが起きているのです」

 

 

 状況証拠ではあるが、小此木には動機がある事と、残酷な作戦も躊躇わずにやる人間性の持ち主である事が分かった。

 同時に敵は、どこに目と耳があるのか分からないプロの諜報員たちだと認めなければならない。

 

 

「……梨花を守る存在がいるのにどうやってと思ったら……まさかその守る存在が敵だったとはなぁ……完全に盲点だった!」

 

 

 上田は納得したように呟く。

 山田も彼の話に共感し、大きく頷いた。

 

 

「『オーマイモト冬樹』とは良く言ったもんだ……」

 

「『灯台下暗し』だ……一瞬分からなかったぞ」

 

「それに矢部さんが言っていた、『赤坂』って人の話も気になります。でも、『東京』の人間ですからどこまで信じて良いのか分かりませんけど……」

 

「敵の撹乱の可能性もある。あまり間に受けない方が良いんじゃないか?」

 

 

 上田はそう言ったが、梨花は首を振って強く否定した。

 

 

「……赤坂は信じても良いのです」

 

「なんだ梨花? 知り合いだったか?」

 

「知り合いと言うか何と言うかなのですが……とにかく、信じてあげて欲しいのです!」

 

 

 妙に熱を入れて「赤坂」と言う男を庇う梨花。口ごもってはいたものの、彼の人となりを知る機会でもあったのだろうか。

 とは言え、梨花からは明確な確信が感じられた。その赤坂を信じる方向に話を進めても良いだろう。

 

 

「……じゃあその、赤坂さんのリークによると……警察庁の官僚に岐阜県警と、『番犬』って部隊の一部が買収されているとか……」

 

「『番犬』……確か、富竹さんの所属する部隊……でしたね?」

 

 

 山田と入江の視線が刺さる。富竹は深刻な顔で頷いた。

 

 

「……思えば地下牢で電話をした時、無駄な会話が多かった気がします……あれは逆探知するまでに相手との会話を長引かせようとする手順そのものです」

 

「告発は電話口でブロックされる、と言う事か……無闇に連絡を取って居場所がバレるのはマズイな……他に連絡先はないんですか?」

 

 

 上田がそう聞くも、富竹は「誰が買収されているのか分からない」と言って首を振る。確かに買収の疑いがある以上、無闇に連絡を入れるのはリスキーだ。

 

 

 敵は雛見沢に根を張る諜報部隊「山狗」に、警察庁と岐阜県警、そして雛見沢の消失によって旧体制派を滅ぼしたい東京の新体制派に、本来ならそう言った汚職を捜査する「番犬」。

 

 もはや集団どころではない、「組織」だ。

 山狗が実行し、警察庁の大義名分で動ける岐阜県警が村外までサポートし、番犬の助けは借りられない。裏では新体制派が巨額の金や人脈を使って糸を引いていると来た。

 

 

 山田と上田は頭を抱えながら、渋い顔で天井に吊るされた電球を見上げた。

 

 

 

 

「…………無理ゲーじゃん」

 

「デカ過ぎんだろ……」

 

 

 あまりに大き過ぎる。そして、その道のプロしかいない。挙げただけでも自衛隊、政府、警察を相手にする必要がある。

 これは今まで何度も修羅場を潜り抜けて来た二人と言えど、完全に初めての相手だ。教団だとか因習に囚われた村人たちだとかとは規模が違う。巨大で強大で、それでいて雲の上のような見えない存在──どう勝てと言うのだ。

 

 

「ちょ、ちょっと!? やる前から圧倒されてどうするのですか!?」

 

 

 完全に打ちのめされている二人に梨花がツッコむ。

 

 

「何とか勝てる方法はないのですか!?」

 

 

 そう梨花に言われても、山田と上田は顔を顰めて唸るばかり。

 それでも何とか案を提案はする。

 

 

「うーーーーん……東京全部が敵って訳じゃなさそうですしぃ……現に病気の研究は三年後に取り止めってお達しも出してるんですからぁ〜……多分、新体制派の中でも極々一部の過激派がやってる事だと思いますけどぉ〜〜……」

 

「だからその、極々一部の奴の企みを知らしめたらイケるとは思うがぁ〜……電話口はシャットダウンされているしぃ〜……」

 

「赤坂さんって人も敵に首根っこ掴まれてるっぽいですからどーにもならなそうですしぃ〜……」

 

「ばななのななち」

 

 

 次に富竹の方を向くものの、彼は腕を組んでうんうん唸っている。

 

 

「僕が直接東京に行けたら良いけど……山狗ほどの精鋭が僕を村から出す訳ないかなぁ〜……出たところで岐阜県警もいるし、仮に村から出たとしても興宮から出られるのかが……」

 

「まさかここまで外堀を埋められているとは……正直、我々の力だけではどうにも……」

 

 

 入江は辛そうに目を伏せている。眉間に刻まれた皺から、彼もまたどうにか打破出来る術を必死に考えているとは伺えるが。

 

 

 だがすぐに答えを出せる問題ではない。梨花や多くの命がかかっている事を前提にすれば慎重にもなる。

 唸り、考えあぐねる三人を見て、梨花は力なく肩を落とす。

 

 

「……どうにか……ならないのですか……」

 

 

 ここまで分かったのに、どうする事も出来ないのか。結局自分は、矮小な存在なのだろうか。

 分かれば分かるほど、真相に近付けば近付くほど、敵の大きさと身の程を知る──皮肉だ。そう思い、梨花は項垂れた。

 

 膝に置いた手がギュッと、服の裾を握る。

 自分が死ぬのは……恐らく山狗が動くのは明後日の二十二日。もしかしたらもう既に動いているのかもしれない。

 

 

 遅過ぎた。

 梨花もまた、打ちのめされてしまった。

 やるだけやって、ここで頭打ちなのか。

 

 他に手はないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドタン、バタン。

 窓の外から、大きな音が鳴った。

 

 

「……うん?」

 

 

 俯かせた頭を上げ、梨花は窓の方を見やる。カーテンが遮り、外は見えない。

 今の音は三人にも聞こえたようで、「今の聞こえた?」と言わんばかりに顔を見合わせている。

 

 

「……山狗ですかね?」

 

「なワケあるか。二階だぞ?」

 

 

 山田と上田が立ち上がる。合わせて梨花も立ち上がる。

 

 

 

 恐る恐る窓辺に近付き、梨花がかかっていたカーテンを開けた。

 窓が少しだけ開いていて、誰かが聞き耳を立てていたようだ。

 一瞬、本当に山狗かと思った。しかし、違った。

 

 

 

 そこには屋根の上で滑って落ちそうになっている魅音と、それを助けようとするレナがいた。

 

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ助けて助けて助けて……!」

 

「み、魅ぃちゃん掴んで掴んで早く早く……!」

 

「……なにやってるのです?」

 

 

 窓を全て開けて、梨花が声をかける。

 パッとこちらへ顔を向けた二人は驚いた顔をした後、苦笑いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして、上田と富竹の屈強コンビに救われた二人は、バツの悪そうな顔で座っていた。

 明らかに先ほどの会話を聞いていたであろうこの二人に、山田は困り顔で尋ねる。

 

 

「……聞いちゃいました?」

 

「えぇ、そりゃまぁ、バッチリ。窓も開いてましたし……ね、ねぇ〜レナ?」

 

「お葬式の前に掃除してて……えっと、換気した後で鍵開けたままなの思い出して……お隣の部屋から屋根伝いに……えへっ。聞いちゃいました」

 

 

 聞かれていた事を知り、全員が額を手で覆う。

 雛見沢症候群、秘密結社「東京」、鬼隠しの真相、梨花の危機。全部知られた。

 困った困ったと顔を顰めている彼らへ、魅音は言い訳をする。

 

 

「だ、だ、だって山田さんたち、めちゃ深刻な顔で二階行くんだもん!? そりゃ気になるじゃんかー!」

 

「に、二階に行く理由は私が伝えたじゃないですか!?」

 

「『見えない物を見る為に望遠鏡覗きに行きます』って理由で通用すると思ったの!?!? てかレナん家、望遠鏡ないしっ!」

 

 

 どうやら山田がトンチキな理由を言って、寧ろ魅音らの好奇心を煽ってしまったようだ。山田の横で、上田と梨花、富竹と入江が揃って溜め息を吐く。

 

 

「じゃあなんなんだっ!? どんな言い訳すりゃ良かったんだ!? 最後の手紙を恋人の家まで届けに行くって言えば良かったのか!? 泣いてる人に笑顔を持って行くって言えば良かったのかぁ!?!?」

 

「頑なにバンプの歌詞なのはなんでなんだ」

 

「オーイエーアハーンっっ!!」

 

 

 逆ギレをかます山田を宥めるように、レナが弁明を入れる。

 

 

「あ、あの! 確かに勝手に聞いちゃったのは良くないけど! レナたちだって梨花ちゃんの力になれるかもだから! だから、あの……」

 

「……え? 二人とも……信じてくれるのですか……?」

 

 

 梨花が驚いたのはそこだ。こんな小説の筋書きのような話を、真正面から受け止めてくれている。到底信じられないようなこんな話を信じてくれている──梨花はそこに驚いている。

 

 魅音とレナは一度目配せをし合うと、二人同時に難しそうな顔を見せる。

 

 

「んー……確かにこう、飲み込むのに苦労する話だけどさぁ……な、なーんか不思議と受け止められる自分がいて〜……」

 

「レナもそう、だね……」

 

 

 レナは少し、悲しい表情になる。

 

 

「……山田さんたちが二階を使うって聞いた時……なにか、こう……胸がギューってして……『ここで行かないと絶対に後悔する』って思っちゃって……」

 

「私もそんな感じで……レナも一緒とは思わなかったけど……なんだろ? 虫の知らせって奴なのかなぁ……?」

 

 

 良く分からないが、どうやら二人は協力的なようだ。

 しかし協力的とは言え、二人はまだ中学生の子ども。巻き込む訳にはいかないと入江は渋い顔だ。

 

 

「……お気持ちは嬉しいのですが……今、こうやって話し合っているだけでも非常に危険なんです。お二人の身に万が一があれば……!」

 

「万が一たって……聞いた話だとこのまま放置してたら、明後日には絶対にみんな殺されるんじゃないの?」

 

 

 魅音の反論を受けて、入江は押し黙ってしまう。そして懺悔するように深く深く、俯いた。

 それでも仲間を巻き込むのは苦しいと、梨花は二人を諭そうとする。

 

 

「……でも、ボクのせいでみんなが傷付くのは見たくな──」

 

「……待ってください」

 

 

 そんな梨花を遮ったのは山田だった。

 何かを考えている様子の彼女の口元が、一瞬だけニヤリと上がった。

 

 

「……梨花さん。これは……もしかしたらチャンス……かも?」

 

「え……?」

 

「園崎家の組織力があれば……どうにかなるかもしれない……いや、待って。園崎だけじゃなくて……」

 

 

 天啓を得たようだ。山田は目を大きく開き、この場にいる全員を見渡した。

 

 

「……向こうが訓練を受けた部隊だったら……こっちだって結束力は負けていませんよ」

 

「山田……なにか、思い付いたのか……?」

 

 

 上田にそう聞かれた山田は、ニンマリと不敵に笑う。

 その笑顔は上田も良く知っている。今までもそうだった。確信を得た時、犯人を出し抜く方法を思い付いた時、いつも彼女はこうやってニンマリ笑う。

 

 

「……えぇ。最強の特大イリュージョンを……でもその為には、協力者がたくさん必要です。聞いて貰えますか?」

 

 

 自信満々に胸を張って言う彼女に、梨花が問う。

 

 

「それは……どう言うモノなのですか……?」

 

 

 山田はポケットから突然、マッチ箱を取り出した。

 箱の中から一本のマッチを取り、その赤い先端を、箱の側薬にぴたりと付ける。

 

 

 

 

 

 

「向こうは私たちが……『梨花さんが狙われているって事に気付いていない』、と思っている」

 

 

 マッチを擦り、火を付ける。

 それはすぐに振って、消す。先端は燃え尽きて、黒くなってしまった。

 

 そして彼女は、燃えてもう火が付かないハズの先端をまた、側薬に付ける。

 上田は彼女がやっている事に覚えがあった。

 

 

「YOU……それは……!」

 

「……そこが、狙い目です」

 

 

 マッチを擦る。

 黒く炭化したハズの先端が、また燃えた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──上田が運転する防弾リムジンが走り去る。その後を追おうと、山狗らの車が猛スピードで駆ける。

 その時、ひょっこりと茂みから顔を出した村人たち。皆、頭に木の枝や葉を付けたヘルメットを装着し、カモフラージュしていた。

 

 リムジンが通り過ぎた事を確認すると、山狗らが来る間にカゴいっぱいに詰めた何かを道へ盛大にばら撒いた。

 それは釘を折り曲げて作った、まきびし。

 

 気付かずにその上を通った車両のタイヤはパンクを起こす。

 制御が効かなくなり、先陣の車が急ブレーキをかけて停車。田んぼ沿いの一本道の為、完全に後方が詰まって全車両が停車する羽目になった。

 

 その様を見てほくそ笑みながら、村人らはまた茂みに隠れた。

 

 

 

 

 

『う、鶯5から鳳1! 車両がパンク! 標的を見失った!!』

 

 

 山狗らの叫びは本部にも届いていた。

 それを頭の後ろで聞きながら、小此木は山田との対話を続ける。

 

 

「……本当に全部、分かったんですかい?」

 

 

 リムジンに揺られながら、山田は言う。

 

 

「えぇ。何もかも、全て」

 

「ほんじゃあ、言って貰いましょ。おたくの言う黒幕っつーのは……なんですん?」

 

「まぁ待ってください。物事には順序と言うのがあります。まずは鬼隠しの真相について、あなたたち山狗がやった事を言っても良いですか?」

 

 

 無線から漏れるその声に、その場にいる隊員全員が注目している。

 小此木は辺りを見渡し、最後に黒幕である「三佐」と目を合わせてから、「面白い」と言わんばかりに目を細める。

 

 

「……聞きやしょ」

 

「えぇ……一つ一つ、全て……何もかもを」

 

 

 山田はキッと前方を睨む。

 

 

 

 

「……解き、(あわ)して参りましょう」

 

 

 

 

 控えている部下が、山田の無線の逆探知を開始した。

 その様をほくそ笑みながら、小此木は彼女の推理を静聴する。

 

 

 

 

 

 

「一年目の事件……沙都子さんのご両親が崖から転落した事件です。原因は柵の老朽化で、そこに体重をかけたばかりに破損し、二人は転落してしまった……旦那さんの遺体は見つかったが、奇妙な事に奥さんの遺体は発見されませんでした」

 

 

 概要を聞けば、不幸な事故だと誰しもが思う。しかしそうではないと大石は睨み、独自に捜査をしていた。

 

 

「一方でこの事件……沙都子さんによる犯行ではないかとも思われていました。雛見沢症候群を発症した彼女が、両親に殺されると思ってしまったばかりに、二人を突き飛ばして殺してしまった、と……」

 

「筋は通ってますねぇ」

 

「これは違います。沙都子さんは、誰も殺していません」

 

「ほぉ?」

 

「犯人は、遺体の見つかっていない奥さんです。と言うかそもそも一緒に落ちてすらいなかった……旦那さんを突き飛ばしたんです」

 

 

 思い出されるのはボロボロになった柵の根本と、沙都子の家で見つかったガリウムだ。

 

 

「事件前の公園で、奥さんが一人で来ているのを掃除のおじさんが見ていました。彼女は柵の根元に工具で穴を開け、ガリウムをそこに流し込んだ」

 

「ガリウム……」

 

「ガリウムは鉄を腐食させる効果があるんです。大体丸一日ガリウムに浸された根元はボロボロになって、衝撃を与えればポキリと折れてしまうよう細工されていました。後は旦那さんをそこに誘導し、後ろから突き飛ばせば……その衝撃で柵は折れ、旦那さんは崖へ転落。しかも折れた柵が残っている事で事故だと断定され、誰も殺人だと思わない」

 

 

 山田は首を振る。

 

 

「いや……良く調べたらそのトリックは気付かれてしまいます。でも、捜査は止まった……沙都子さんの犯行だと思い込んだ入江さんが、捜査を終わらせるよう促してしまったからです。当然、清掃員の目撃情報も蔑ろにされてしまいました」

 

「それは俺も知ってるんで。聞けば、あの沙都子って子の供述が怪しかったようじゃないですかい? その理由は?」

 

「……その前に二年目の真相を言っても良いですか?」

 

 

 勝手に話を進める山田に、小此木は人知れず不快な表情を見せる。

 山田も山田で、相手の返答を待たずにすんなりと二年目の話に移った。

 

 

「二年目は、梨花さんのご両親です。旦那さんは奉納演舞の後に心臓発作を起こして死亡。奥さんはそれをオヤシロ様の祟りだと思い込み、鬼ヶ淵沼に身を投げて、そのまま行方不明となってます」

 

「さすがに病死はどーしよーもねぇな」

 

「病死じゃなかったんです」

 

「なんですって? じゃあ毒殺ですかい? でもねぇ、アレ、毒物は検出されていないんですよ」

 

「それについては私からッ!」

 

 

 突然声が野太い男の物に変わり、さすがの小此木もギョッとする。

 リムジンでは、運転する上田の耳元に、山田が無線機をくっ付けてやっていた。

 

 

「世の中には人間にとって栄養素となりうる物質でも、多量に摂れば毒となる物も存在します! しかも人間の体内にあっても不思議ではない物だから、それが原因だとは誰も思わないんですよッ!」

 

「……その物質ってぇのは?」

 

「ふふふ……一年目にガリウム……そして二年目には『カリウム』ですか……なんともハイSPECな殺害方法だぁ……」

 

 

「カリウム」の名が出た途端、小此木は眉を潜めた。

 

 

「カリウムは人間の体内に約二百ミリグラムは含まれています! その効果は心臓機能や筋肉機能の調整、そしてナトリウムを尿に流して排泄させて血圧を下げるなどなど! 成人で約三千ミリグラムは摂取するよう、世界保健機構でも定められておりますッ!」

 

「……それがなんですん?」

 

「しかしこのカリウム……過剰摂取してしまうと手足の痺れ、筋肉機能の低下……そして最悪の場合、心停止を引き起こしてしまうのですよぉ〜ッ!」

 

 

 上田は片手を振り上げようとするが、運転中の為に山田に押さえ付けられる。

 

 

「勿論、カリウムの過剰摂取なんて、食生活にだらしない人間でもなる事はありません! 考えられるのはサプリメントの過剰摂取……そう! 薬として飲む事ですッ!!」

 

「梨花さんが証言してますよ。お父さんは高血圧で、処方された薬を飲んでいたって。それに飲み残していたお薬も、梨花さんのお家から見つかりましたよ〜」

 

 

 煽るような山田の言葉を聞いて、小此木は思わず自分の頭を撫でた。「チェック漏れだ」と後悔しているかのようだ。

 山田はそんな彼の姿を想像しながら、更に追い込む。

 

 

「私の知り合いに、薬に詳しい人がいるんです。その人に調べて貰った結果……お薬のカプセルからは、三千ミリグラムを余裕で越える量のカリウムが入っていると分かりました」

 

 

 知り合いとは言わずもがな、菊池だ。

 彼は口に含んだ薬物を判別出来ると言う特異能力を持っている。今回もその能力を使って、薬の内容物の判別をして貰った。

 

 

「あなたたちは処方箋と称し、この薬にすげ替えて飲ませ続けた……処方箋の名前は入江診療所になってますねぇ?」

 

「常人なら多量のカリウムを摂取してもすぐ尿として排出されるが……梨花のお父さんは高血圧、腎臓機能が弱まっていたと推測されます。結果そのまま高カリウム血症を患い、心停止を引き起こしてしまったッ!」

 

「綿流しの日に症状が出たのはさすがに偶然だったみたいですけどね」

 

 

 再び自分の耳元に無線機を当て、山田は続ける。

 

 

「さて、梨花さんのお母さんはどこに行ったのか……それは、あなたたちが攫った」

 

「……突拍子もねぇですね。動機もなにもねぇ」

 

「聞きましたよ? 梨花さんのお母さん、研究を止めるよう言っていたようですね。でないと秘密にしている事を公表してやるとか何とか?」

 

 

 どうしてそれをと聞く前に、自ら気付いて止めた。

 入江だ。間違いなく、入江が言ったに違いない。

 

 

「黒幕にとって研究の邪魔になった……そこで、二人には消えて貰う必要があったんです……たかだか、研究の為だけに」

 

 

 小此木の後ろで黙って聞いている黒幕は、悔しそうに口を歪めた。

 

 

「それに一年目と同じ状況を作る事で、信心深い村人たちの心理を利用した。おかげで沙都子さんのご両親の事件と関連付けられて、村人は『オヤシロ様の祟り』と恐れ、詮索する人が現れなくなった。梨花さんのお母さんも、良く考えたら沼から見つからない事なんてあり得ない事なんですが……そうやって村の人たちは諦めが付いてしまった」

 

 

 思わず食ってかかろうとする黒幕を、小此木は必死で制止させている。

 

 

「……じゃあ、その二人の奥さんはどこ行ったんです?」

 

「それが、一年目の事件で……沙都子さんのお母さんに犯行をそそのかした理由です」

 

「……は?」

 

「サンプルが欲しかったんですよ、雛見沢症候群の。だから沙都子さんのお母さんにアレコレ吹き込んで、発症に導いた。一般の人がガリウムの効果だとか知る訳ないですし、ツテもないのに入手も出来ませんからね」

 

 

 ほくそ笑む山田。

 

 

「確か……村八分で気を病んでいた彼女のカウンセリングを引き受けていたんでしたっけ」

 

 

 そしてとうとう、勢いそのまま、その名を突き付けてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですよね?『鷹野さん』」

 

「……っっ……!!」

 

 

 黒幕──鷹野三四は、愕然と立ち尽くしていた。

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