TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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進行中

 謎のパレードに阻まれ、立ち往生を食らっている隙にどんどんと梨花たちは離れて行く。

 しかもそればかりか、パレードの開催を聞き付けた村人たちがぞろぞろと現れ始め、人目も多くなる。

 

 追跡をしていた鶯5らの分隊は、すぐに装備を隠して一般人を装う。服装は作業服だが、農業や林業に従事している者が多いこの村では、平日では似た服を着ている者も多く、浮いてはいない。

 物珍しさでやって来た村の子どもたちを横目に、鶯5はこっそり無線を使用する。

 

 

「……鶯5から鳳1。Rと分断された上、人が集まり出している……」

 

 

 報告を聞いた小此木は、皺の寄った眉間を指で潰す。

 

 

「多少強引でも車列を突破出来ねぇのか?」

 

「……やってみます」

 

 

 無線を切った直後に機会は来た。車と車との間隔が比較的広い二台が目の前まで来る。

 すぐに鶯5は飛び出し、その隙間から向こう側へ出た。また彼を倣って、二人ばかりの仲間も通り抜ける。

 

 

「よし……ッ!」

 

 

 オブジェを乗せた車と集まった村人のせいで視界がやや遮られたが、梨花を守護する三人組の姿は見失っていない。

 

 

「あのー! すんませーん!」

 

 

 横並びで梨花に追随するように歩くその三人の所へ行き、鶯5は一般人を装って話しかけた。

 すぐに三人は足を止める。その隙に仲間二人も近寄り、逃がさないよう包囲を始める。もう数人の部下も、車列を潜り抜けて来た。

 

 

 どうやったって詰みだ。鶯5は勝ち誇ったように鼻で笑った。

 

 

「営林署のモンです〜! ちょっとここら辺に明るくないモンでしてぇ〜……」

 

 

 この地域の人間の訛りや気質は頭に叩き込んでいる。県外の人間だとバレやしない。

 

 

「……ちょいと、道を聞いてもエェですかねぇ?」

 

 

 仲間が回り込み、抵抗されないようテーザー銃をこっそり忍ばせる。

 後方から、謎のパレードがなぜかスピーカーで流している森 進一の「花と涙」が響く。お陰で村の連中はそっちに注意が行って、こちらに気付いていやしない。

 

 

 三人組は抵抗せず、こちらへ振り向きながら壁となって守っていた梨花の姿を晒させる。

 厳しい顔付きで鶯5を睨む三人の後ろ。そこに立っていた少女も、遅れて振り向いた。

 

 

 

 

「…………へ?」

 

 

 鶯5が間抜けな声をあげるのも無理はない。そこにいたのは梨花ではないからだ。

 梨花と似た服を着た、梨花と同世代と思われる、全く似ていない少女だった。太々しい顔でチューペットを食べている。

 

 

「…………」

 

「なんじゃい」

 

 

 三人組の一人が低い声で聞く。思わず呆然としていた鶯5はハッと、我に返る。

 

 

「あ、いや……す、すんまへん! 大丈夫です! 失礼しやっす!」

 

 

 そう言って彼らに背を向けた鶯5の顔は、蒼白としていた。

 こっそり振り返って少女を再確認するが、やっぱり別人だ。まだチューペットを食べながらこっちを見ている。

 

 鶯5は必死に頭を回転させた。

 確かにあの子どもは梨花の家から出て来た。三人組が阻んでいたとは言え、出て来たところはしっかり視認している。

 どこかで入れ替わったのか。いや、出て来てからずっと今まで監視の目があった。無理に決まっている。

 

 

「鶯5。どうした?」

 

 

 無線から小此木の声。一旦思考の海から出て、小此木に急ぎ、報告をする。

 

 

「こ、こちら鶯5。追跡人物はRではありません」

 

「なに!?」

 

 

 彼の強い困惑と焦りが、無線越しからでも伝わった。

 

 

「どう言う事だ!?」

 

「我々がRだと思い追跡していた人物が、別人だったんです」

 

「じゃあ誰だ!? 同棲している北条沙都子か!?」

 

「で、でもなくて……ええと……」

 

 

 今一度チラリと、その子を見やる。

 何度確認しても、梨花に似た服を着ている別人だ。空になったチューペットの容器をタバコのように咥え、まだ太々しくこちらを見ている。三人組は太極拳を始めていた。

 

 

「……恐らく、村の子かと……」

 

「クソッ……どう言うこった……?」

 

 

 本部にいる小此木は忙しなく、苛立たしげに頭を掻く。

 

 

「目を離してはねぇんだな!?」

 

「は、はい。一度も──」

 

 

 次の瞬間、別の隊からの報告が入って来る。

 

 

「雲雀10から鳳1ッ!!」

 

 

 梨花宅の捜索を担当している雲雀隊からだ。その突然の報告に、小此木は鶯5との通話を中断して耳を傾ける。

 

 

 

 

「Rを発見しましたッ!! げ、現在、R宅から西へ逃走中ッ!!」

 

「見つけたのかッ!? どこにいたッ!?」

 

「ブラ──うわッ!? クソォーーッ!?!?」

 

「おいどうしたッ!?」」

 

 

 小此木の無線機の向こうから、何かを激しく引き摺るような音と雲雀10の悲鳴じみた悪態が響く。

 

 

 その様子は同じ無線を共有している別働隊のインカムにも流れる。

 何が起きたのかと、鶯5は近くにいた隊員と不審そうに目配せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲雀10に異常が起きた事は明白だ。小此木はひたすら、無線機で呼びかけ続ける。

 

 

「鳳1から雲雀10ッ!? 何があったッ!? 報告しろッ!!」

 

「こ、こちら雲雀13ッ!!」

 

 

 雲雀13は同じ、梨花宅突撃班の人員だ。山狗部隊の中でも比較的若い部類の隊員でもある。

 彼は今、他の隊員と共に神社の裏手を滑り降り、まだ視界に捉え続けている梨花の背中を追っていた。

 

 

「雲雀10は境内のトラップにかかっている! 今追っているのは雲雀9と──うおわああッ!?」

 

 

 トラップが作動し、木の上に吊るされていた丸太が降りかかる。

 何とか前方へ飛び込む事によってそれを回避するものの、すぐ後ろを走っていた仲間が巻き込まれてしまった。

 

 

「うぎゃーーッ!?」

 

「クッ……! 雲雀9沈黙ッ!! あとはひば──」

 

「ミュウミュウーーーーッ!!??」

 

 

 情けない悲鳴が聞こえ、雲雀13は背後を一瞥する。

 一緒に走っていたもう一人もトラップに引っかかり、足首をロープで拘束されて転んでいた。

 

 

「ちくしょぉ……ッ!!……こちら雲雀13ッ! 現在追っているのは俺だけですッ!! 応援をッ!!」

 

「場所はどこだッ!!」

 

「古手神社の裏手、鬼ヶ淵方面ッ!! 山の中に逃げるつもりですッ!!」

 

「追っているのは本当にRなんだろうなッ!?」

 

 

 小此木に言われ、走りながらも必死に改めて梨花を確認する。

 後ろ姿で顔は見えないが、服装はいつも梨花が着ているワンピース姿。長い髪も、髪色も背丈も一致している。

 

 

「お、恐らくはッ! 顔は確認出来ていませんがッ!!」

 

「他に何か判別出来る箇所はないのかッ!?」

 

「え、ええと…………!!」

 

 

 曲がり角で、梨花が曲がる。

 横顔は髪に隠れて見えなかったが、向かい風を受けたワンピースが、彼女の身体の線を浮き出させていた。

 

 

 そこから伺える彼女の胸は、ストーンと貧しい。事前に視認していた梨花の幼児体型と一致する箇所だ。

 雲雀13も道を曲がりながら、報告する。

 

 

「胸はありませんッ!!」

 

「何を言ってんだッ!?」

 

 

 トンチキな雲雀13からの報告にずっこけかける小此木。

 しかし体型が一致していると言うのも有用な情報だ。梨花と沙都子は身長に差はないが、体型は違う。沙都子の方が少し身体付きが良い。走っている人物は沙都子の変装ではないと察する事が出来る。

 

 そう判断してからの小此木の選択は早かった。すぐに近場にいる隊員へ命令を飛ばす。

 

 

「鳳1から各位ッ! Rが古手神社裏より鬼ヶ淵方面へ逃走中との報告ッ!! 先回り出来る者はすぐに移動しろッ!! ただし敵の罠も確認されているッ!! 十分に注意しろッ!!」

 

 

 彼の報告を聞いてすぐに、山の近くに待機していた山狗部隊も動き出す。

 逃げている彼女にもう、逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追跡から一分経過。尚も逃げる梨花に追いすがりながら、雲雀13は荒い呼吸に混じってぼやく。

 

 

「ゼェ……ゼェ……! チクショ……Rはこんな、走れるガキだったか……?」

 

 

 ぼやきながらも続けた追跡劇だが、それは突然終わる事となった。

 次の角を曲がった梨花の足が止まる。前方には彼女の背丈よりも高い崖が、壁のように立っていた。

 

 

 気付けばそこは袋小路。道の左右を、高いフェンスが囲っている。

 すぐにフェンスを登ろうとしたものの、背後の気配を察して足を止めた。

 

 

 追手の雲雀13が、テーザー銃を構えて立っている。

 暑い中走らされたせいでダラダラ垂れる汗を拭いながら、勝ち誇ったように口角を上げる。

 

 

「へ……へへっ……で、デッドエンドって奴だなぁ……クソガキぃ……!」

 

「…………」

 

 

 梨花は諦めでも付いたのか、背を向けたまま俯いている。絶望もしているようで、その肩は微かに震えている。

 テーザー銃を使うまでもない。そう考え、すぐに彼女を捕縛しようと雲雀13は近付いた。

 

 

 抵抗する素振りはない。真後ろに近付き、彼は梨花の肩を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……雲雀13、から、鳳1』

 

 

 暫くして、雲雀13のざらついた声が全隊のインカムから流れる。

 

 

 

『……本物のR、を、確保した。裏山の麓、フェンスのかかった袋小路だ』

 

 

 報告を受けた小此木は深い安堵の息を吐き、椅子に座って脱力する。

 

 

「よし……鳳1、了解。すぐに別働隊がそっちへ着く。Rと共に本部へ帰還しろ。罠にかかった隊員はその間に救出だ」

 

 

 続けて他の隊へも命令を飛ばす。

 

 

「全隊に告ぐ。終末作戦は次の段階に移る。一度本部へ帰還しろ」

 

 

 彼の命令は、同じく梨花と思しき人物を追っていた鶯5らの隊のインカムにも届く。こっちは偽者を追わされていたのかと、少し落胆する鶯5。

 しかし作戦は成功で終わった。鶯5は仲間を連れて、言われた通り本部へ帰還する。

 

 

 その鶯5らの後ろで、パレードの車列はバラバラに散らばって解散している。

 チューペットの容器を咥えた少女はニヤリと笑った。後ろで太極拳をしている老人は、仲間の石頭をチョップして痛がっている。

 

 

 

 

 一方の小此木も、隊員と拳を合わせて勝利を分かち合っている。

 

 

「しかしぃ……奴らもやってくれるじゃねぇか。へっ……すんなり行っちゃぁツマラねぇと思っていたからなぁ。歯応えがあって良い」

 

「偽者で隊を撹乱するまでは良かったんですがね……Rが脱出に失敗したのが痛かった。詰めが甘かったんですね」

 

 

 隊員の話を聞き、小此木は皮肉っぽくせせら笑う。

 このまま梨花が届けば、「三佐」が手ずから彼女を殺害し、マニュアルに則って村人の殲滅作戦が開始される。これでやっと、長かった雛見沢での任務が終了する。

 退屈な諜報部隊が嫌だった小此木は、この作戦の成功を実績として再び実戦部隊に戻れる。これ以上に嬉しい事はない。山狗から解放されるのだから。

 

 

 

 

 しかしふと、頭によぎる違和感。

 その違和感を認識した途端、朗らかだった小此木の表情は厳しくなる。

 

 

「Rは捕まった……最初に連れられて出て行った方は村の子どもだった……じゃあ、北条沙都子はどこ行った?」

 

 

 一緒に家にいた事は確認されていた沙都子。その彼女がどこにもいないではないか。

 本物の梨花が捕まった今なら些細な事だろうが、それだけが気になる。第一、鶯5らが確認した少女はどこから降って湧いたのか。

 

 

「知らねぇ内に家に隠れてやがったか……いや。そんでも北条沙都子はいない訳が分からん……」

 

 

 梨花発見の報告で完全に思考のリソースがそっちに向いていた。そのせいで細かい疑問点を無視してしまっていた。

 それにまず、最初に電話で交わされていた謎の暗号も解読出来ていない。それともその暗号のやり取りも虚しく、梨花を捕まえられてしまったのだろうか。

 

 

 意図があるのか、単なるマヌケか……小此木は胸騒ぎがしてならない。

 

 

「…………」

 

「あの、隊長……」

 

 

 無線を担当していた隊員が話しかけてくる。

 

 

「どうした?」

 

「先程、謎の無線を傍受しまして……」

 

「謎の無線? どっかのオタクのアマチュア無線じゃねぇのか?」

 

「いえ……とりあえず、聞いてみてください」

 

 

 隊員からインカムを受け取り、その「謎の無線」を聞いてみる。

 聞こえて来たのは、ハッキリした少年の声だ。

 

 

『えーっと……7と4、9と2、9と1、9と3、5と5』

 

 

 またあの数字の羅列だ。

 声の主は続ける。

 

 

『それと……4と3、8と4、1と6、9と2、7と5、7と3、7と1。繰り返す。4と3……』

 

 

 繰り返し終えた直後、今度は老父の声で別の無線が入り込んだ。

 

 

『2と2、9と1、8と2、3と5、7と4、10と2、6と5、10と2、7と2、7と5、10と3、7と2、3と1、9と3。こちらも繰り返す。2と2──』

 

「……な、なんだこりゃ? 奴らも無線機を使ってんのか?」

 

 

 それよりもまだ、奴らの方では作戦が続いているようだ。もう梨花は捕まっていると言うのに。

 嫌な予感がする。小此木はすぐに自身の無線で、梨花を捕まえたと言う雲雀13に聞く。

 

 

「鳳1から雲雀13! Rはまだ確保しているのか! オイッ!!」

 

『……こちら雲雀、13。取り押さえて、待機している』

 

 

 すぐに無線から彼の声が聞こえた。だが何か怪しい。

 そして冷静になってその声を聞くと、ややいつもの雲雀13よりも声が高い気がする。無線越しのざらついた音声では、パッと聞いただけでは違いに気付けなかった。雲雀13が若い声である事も理由にある。

 

 そこで小此木は質問を変えた。

 

 

「……雲雀13。本名で名乗れ」

 

『…………』

 

 

 プツッと、無線が切れる。

 すると傍受している無線の方から、少年の声が聞こえた。

 

 

『えーっと……5と1、2と4、7と1……5と1、2と4、7と1……アイウィル撤収ッ!』

 

「は?」

 

 

 そしてこちらも、プツッと止む。

 小此木が唖然としている中、途端に別働隊からの報告がインカムから飛び込む。

 

 

「こちら白鷺(しらさぎ)4!」

 

 

 その無線を伝える白鷺隊の前には、簀巻きにされて気絶している雲雀13がいた。

 

 

 

「Rはいないッ! 雲雀13は拘束されているッ!! 無線の人物は偽者だッ!!」

 

 

 嫌な予感が的中した瞬間だ。本部内でも隊員らのどよめきが起こる。

 すぐに小此木は時計を見る。雲雀13の偽報告を受け、全隊を引き上げさせてからの時間を測っているようだ。

 

 

 

 

「……五分……クソッ! 奴らに五分も与えちまったのか……ッ!!」

 

 

 たった五分、されど五分。何かを遂行して終わらせるには十分な時間だ。

 どこで梨花を見失った。それよりも、連れて行かれた方と逃げた方のどっちが本物なのか。それさえも検討が付かない。

 

 

 どこで何が起きた。必死に思考を巡らせる内に、小此木はハッと一つの可能性に思い至った。

 

 

「鳳1から鶯5ッ!!」

 

 

 無線を飛ばしたのは、最初に梨花らしき人物を追った鶯5だ。

 鶯5らの隊は現在、本部への帰りの途中だった。

 

 

「こちら鶯5。報告は聞きましたが……」

 

「そっちがRを追っていた時、軽トラのパレードが遮ったと言ったな!?」

 

「は、はい。一瞬だけRを見逃してしまいましたが……」

 

「……あぁ、やっぱりそうだ、クソッ……!」

 

 

 合点が行った。小此木は悔しげに机を叩く。

 

 

「パレードで走っていたって車はどうなったッ!?」

 

「ええと……確か、本部の命令を受けた直後に終了して、散り散りに……」

 

 

 それを聞いた小此木は、雲雀13を回収した白鷺4に聞く。

 

 

「鳳1から白鷺4! 雲雀13の無線機はッ!?」

 

「こちら白鷺4……確認しました。取られています」

 

 

 と言う事は、こちらの通信は敵に筒抜けのようだ。パレードの車列は小此木の帰還命令に合わせ、動いたのだろう。

「やられた」と悟った。

 

 

「全隊に告ぐッ! 敵に無線を奪われたッ!! 各位、今後は事前に指定した二番目の周波数で通信を行えッ!!」

 

 

 そしてサブの周波数に変えた後、続け様に命令を飛ばす。

 

 

「岐阜県警に協力を仰げッ!! R捜索に動員させろッ!! そして村内にいる部隊は軽トラを探せッ!! 人員が足りない場合は診療所から動員させるんだッ!!」

 

 

 無線の向こうの隊員らから疎に「了解」と返事が来る。

 包囲網は出来ているとは言え、あまり作戦を長引かせる訳にはいかない。たかだか地元民に一杯食わされたとバレれば、実戦部隊への復帰も立ち消えだ。

 

 

 それ以上に危機的なのは、向こうがこちらの正体を認識していると言う事。もしかしたら自分が思っている以上に、多くの事が多くの人物にバレている可能性がある。

 

 

「……雛見沢症候群の事を他の村民に流したのか……!? パニックになるって思わねぇのか……!」

 

 

 村民を動かしていると言う事は、全ての秘密を開示していると言う事でもある。でなければ秘密結社だとか武装勢力だとか、到底信じられる話ではない。

 それよりも、「あなたの脳に寄生虫がいる」と言う話をまず信じられるのか。信じた上で狼狽えず、梨花の為に協力出来ると言うのか。だとすればその異常な結束力の源はなんなのだ。

 

 

 疑問が疑問を伴って小此木に襲いかかる。

 

 それでも分かる範囲で相手を認め、動くしかない。

「敵はこちらの正体を完全に認識し、行動している」──諜報部隊として致命的な事実だが、認めるしかない。その上で勝ちを取るべく、こっちもやるしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

(つぐみ)1から鳳1」

 

 

 無線が入った鶫とは、山田と上田のいる家を監視している隊だ。

 

 

「こちら鳳1。どうした?」

 

「教授と奇術師の家に、一台の軽トラックが到着。家の裏手に停めて……何かを降ろしているようです」

 

「軽トラック? どんな形状だ?」

 

「三菱のミニキャブで……荷台に、変な人形が突き刺さったエッフェル塔が積まれています」

 

 

 それを聞いた鶯5は、急ぎ無線で話しかける。

 

 

「鶯5から鳳1! それは確かに、パレードの車列で見た物です!」

 

 

 変な人形が突き刺さったエッフェル塔。あのインパクトは忘れられないだろう。

 パレードの時に走っていた軽トラだと言う裏付けも取れた。小此木は一、二度頷くと、すぐに鶫1に命じる。

 

 

「よし……鳳1から鶫1へ告ぐ。すぐに屋内へ突入し、制圧しろ。ただし中には富竹二尉もいる、場合によっては発砲も許可する」

 

 

 

 

 

 

 命令を受けてからの鶫隊の行動は早かった。すぐさま銃を手に取り、家の前に待機。

 隊員数は五人だが、全員が拳銃持ちかつ自衛官。武器を持っていない一般人など、恐るるに足らない。同じ自衛官である富竹だけが危険因子だろう。

 

 五人の内、三人は正面から。残りの二人は裏手から。

 隊員らは一度見合わせ、準備が出来ていると伝え合うと、一息の内にドアを蹴破り突入する。

 

 

 

 

 

 

「生足魅惑のマーメイドぉぉーーーーッ!!!!」

 

「やれソウカイーーっ!!!!」

 

 

 それを待っていましたと玄関で待機していた、上田と山田。

 ジオ・ウエキの遺品コーラを振って、三人組に噴射させてぶっかける。

 

 

「うわッ!?」

 

「うげっ!?」

 

「なんだぁ!?」

 

 

 完全に不意打ちを食らった三人はコーラを浴びて視界を奪われ、狼狽える。

 その隙に上田は持っていたコーラの瓶を逆手で持ち、彼らに襲いかかる。

 

 

「やれ上田っ!!」

 

「ホワチャーーッ!!」

 

 

 訓練を受けた自衛官とは言え、視界がままならない状態で襲われればひとたまりもない。しかも上田は、武術の心得がある。

 

 

「レイヴンズっ!?」

 

「グールっ!?」

 

「ザナドゥッ!?」

 

 

 謎の悲鳴をあげて彼らはコーラで殴られ、軒先で伸びる。

 まだコーラの飛沫が舞う中で、瓶を持った上田は残心を残し、構えを緩めた。

 

 

「ほぉお〜……」

 

「どうだコノヤローっ! 上田は近接つよつよだぞーーっ!!」

 

 

 しかし振り向いた二人は揃って両手を上げた。

 

 

「動くなッ!!」

 

 

 裏口から入った隊員二人に、銃口を向けられているからだ。

 

 

「遠距離よわよわでした」

 

「許してください」

 

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、山田と上田は情けなく降伏する。

 しかし銃を向けている鶫の隊員は怪訝そうに目を細めた。

 

 

「……オイ。富竹二尉は──」

 

「ここだぁーーッ!!」

 

「リベンジャーズっ!?」

 

 

 トイレに潜んでいた富竹が、隊員の一人をブッ飛ばす。

 すぐに残ったもう一人の隊員が銃を向けるが、背後に迫っていた老父にシャベルで頭を殴られる。

 

 

「ひっくぃーーんッ!!」

 

「ゴッドファーザーズっ!?」

 

 

 彼もまた、奇妙な悲鳴をあげて倒れる。

 老父とは、軽トラに乗ってやって来た男だった。

 

 

 富竹はすぐに山田らへ寄って話しかける。

 

 

「さぁ、山田さん! 早くここから離れましょう! 恐らく、この近くにいる別の隊もここへ向かっているでしょうから!」

 

「えぇ……そうですね……て言うかコイツらの悲鳴はなんなんだ」

 

 

 山田は懐から紙を取り出すと、それを見ながら自前の無線で連絡を入れた。

 

 

「ええと……10と3、10と4、7と1、9と5、2と4、9と1、2と1──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──8と5、6と5、8と1、9と2、4と3、9と1、10と3……』

 

 

 鶫隊の異常は小此木にも伝わっている。

 おかげで無線機から傍受された山田の声を聞く余裕もない。

 

 

「オイッ!? 鶫1ッ!? どうした! 応答しろッ!!」

 

 

 返事はない。考えたくはないが、直前に聞こえた悲鳴からして、突入は失敗したようだ。

 向こうは来る事を予知していたのか。とすると、見張りもバレていたのか。小此木はとうとう、冷や汗を見せた。

 

 

「こちら、雲雀4! 教授と奇術師の家に到着します!」

 

「鶯5! こちらも到着します!」

 

 

 無線から報告が来る。実働隊である雲雀と鶯も来たようだ。二つの隊合わせて、人数は十五人ほど。これはさすがに突破出来ないだろう。

 小此木は間髪入れずに命じる。

 

 

「躊躇するなッ!! そのまま突入して射殺しろッ!!」

 

 

 命令を受けた部隊が、小銃を構えて一斉に山田らの家へ向かう。

 しかし彼らの足が止まった。向こうから、一台の車が突っ込んで来るからだ。

 

 

 

 それは黒い高級リムジン。運転席にいるのは、上田。

 

 

「撃てッ!! Rが乗っている可能性もあるッ!! フロントを狙うんだッ!!」

 

 

 上田の姿が認識されたと同時に、隊員らは小銃を構えて一斉射撃を敢行。

 放たれた無数の銃弾は、リムジンのフロントに着弾する。普通ならばこれでバッテリーは使い物にならなくなり、エンジンは停止するだろう。

 

 

 

 しかし、そのリムジンの車体が銃弾を弾いてしまった。

 

 

「ッ……!? ぼ、防弾仕様だとぉッ!?」

 

 

 そんな特殊加工の施されたボディが、小銃の銃弾など通す訳がない。

 完全に段取りが狂った隊員らは、尚も突っ込んで来るそのリムジンを命からがら避けるしか方法はなかった。

 

 

 

 作戦が成功した事を悟ると、運転手の上田はハンドルを叩きながら叫ぶ。

 

 

「ど、どうだッ!!? ハッハーッ!! 園崎御用達の防弾リムジンだッ!! 正直半信半疑だったが、しっかり防弾リムジンだぞぉッ!!」

 

 

 興奮した上田はクラクションを押す。クラクション音はなぜかミュージックホーンに改造されていて、パラリラパラリラと音を響かせた。

 

 

 

 そのままリムジンは颯爽と道を走り去って行く。

 取り残された部隊も乗って来た車に乗りながら、無線を飛ばす。

 

 

「こちら雲雀4ッ! 教授は防弾仕様のリムジンに乗って逃走ッ!! 園崎邸方面へ向かったッ!!」

 

「防弾リムジンだぁッ!?」

 

 

 思わず小此木はそう聞き返す。そんな物まで用意しているとはと信じられなかったからだ。

 まさかそのリムジンに乗って、梨花を連れて郊外まで逃げるつもりなのか。

 

 

「クッ……! 道路封鎖班に人員を回せッ!! 防弾仕様のリムジンが来るかもしれんッ!!」

 

 

 どうやら敵は一筋縄ではいかないようで、作戦が悉く崩されている。

 更に認める必要があるだろう。手玉に取られているのは、こちらの方だと。

 

 

「分からねぇ……どうやってんだ……!?」

 

 

 これほどの盤面を、昨日のたった一日だけで整えたと言うのか。

 しかも向こうは、こちらが梨花を狙っていると知った上で行動しているではないか。彼女を狙っているなんて、協力者となり得る入江や富竹でさえも考え付かないハズだ。どうやってその情報を得た?

 

 

 

 

 そうだ、そもそも最初からおかしい。向こうは、どうやって、終末作戦の存在を知ったのか?

 まるで、未来を知ったかのように──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……えー……あー、あーー……テステス』

 

 

 小此木らのインカムに、女の声が入る。

 最初は混線かと思ったが、その声は明確にこちら側へ呼びかけを始めた。

 

 

『えー……鳳1さんって小此木さん、ですよね?』

 

 

 しかも一切名前を伏せてコードネームで呼び合っていたと言うのに、小此木の名前を出して。

 本部内でどよめきがあった後、一斉に視線が彼の方へ向けられる。

 

 

 小此木は仲間らに「大丈夫だ」と目配せした後、一呼吸入れてから話しかけた。

 

 

「……どちらさんでして? 名乗らんのは失礼でやしょ?」

 

 

 声は少しだけ止む。

 そして次には、声の主の名前が明かされた。

 

 

 

 

 

 

 

「……初めまして。超売れっ子マジシャンの、山田奈緒子と申します」

 

 

 上田の運転する防弾リムジンの後部座席に、山田は鶫隊員から取った無線機を持って座っていた。

 声の主があの奇術師だと分かり、小此木は「どう言う魂胆だ」と訝しみ、唇を舐めた。

 

 

「……あぁ、例の……走行音が聞こえやすねぇ。車の中、それも相当なスピード……さっき報告にあった防弾リムジンってのに乗ってんですかい?」

 

「はい、その通りです」

 

「古手梨花もご一緒で?」

 

「…………」

 

「……まぁ、答えねぇか。いやしっかし、そっちから掛けて貰って助かりましたわ。聞きたい事が山ほどあるんスよ」

 

「こっちも、山ほどございます」

 

 

 その間も小此木は抜け目なく、他の隊員にはもう一つサブで設定していた周波数に変更させる。これで山田の奪った無線機も、使い物にならない。

 これで彼の持つ無線と、彼女の持つ無線とで、二人きりの会話となる。

 

 

 

 

 暫しの沈黙の後、切り出したのは小此木からだ。

 

 

「あんたら、どうにもこっちが古手梨花を狙っていると……分かって行動している」

 

「へぇ! 梨花さんを狙っていたんですか? 知らなかったです」

 

「白ばっくれんのはナシにしやしょうよ。こっちもまどろっこしいのは嫌いなんスわ…………こちらの目的、知ってんですンよね?」

 

 

 引っ掻き回すのは無理だと踏んだ山田は、「えぇ、そうです」と正直に答えた。特別隠すような事でもない。

 

 

「全部、分かっているんですよ。あなたたちの目的、そして……黒幕も」

 

「黒幕? そりゃ、俺の事ですンね。この小此木鉄郎が──」

 

「どうせそこにいるんですよね?」

 

 

 山田の張り上げた声が、無線を通して小此木らのいる部屋に響く。

 

 

 

 

 その部屋の奥に座っていた人物にも、きっちりと届いた。

 

 

「全部、あなたが仕組んだ事だった……そうですよね?」

 

 

 その人物は驚いたように顔を上げた。靡かせた長い髪が、ふわりと揺れる。

 山田はそんな驚いた「黒幕」の様子を想像しながら、したり顔で言ってやる。

 

 

 

 隊員らの視線が、黒幕に注がれていた。

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