TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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 里見がお淑やかにお辞儀をしたので、合わせる形で礼奈らもおずおずと頭を下げる。

 

 

「皆さん、お揃いですわね?」

 

「や、山田さん……なんでここが……!?」

 

「え? どちら様?」

 

 

 初対面の魅音が困惑している。それは魅音のみならず、赤坂やカスも同じだろう。礼奈はまず、彼女の紹介をしてあげた。

 

 

「こちら、長野県で書道家をされている、山田里見さんです」

 

「はじめまして」

 

 

 山田里見の名を聞いた赤坂は、思い出したように「あっ!」と声を上げた。

 

 

「もしかして……私の前任の警視総監であった『御手洗(みたらい) ちかお』氏の依頼で、筆をふるってくださった?」

 

「あら、懐かしいわねぇ! 警視庁のロビーに飾りたいと言われて、『真実』の字を書かせていただきましたの!」

 

「あの作品は今も警視庁の象徴です」

 

「御手洗さんはお元気にされてます?」

 

「いえ、不倫報道で降格処分に。それで私が後任です」

 

「あれま…………まぁ、真実は明るみになったのは良かったのかしらねぇ?」

 

 

 次にカスも里見に関する事を思い出したようだ。

 

 

「そうだべ!? あっし、『富毛村(ふもうむら)』に知人がおってな!? あんたの事言っちょったべ!?」

 

「あらあらまぁ……これまた懐かしい……」

 

「立候補しちょったじゃろ? 北平山(ひらやま)を北ヒマラヤって書き間違えちょった」

 

「お黙れーーっ!!!!」

 

 

 一喝し、カスを黙らせる。

 普通に会話をしているが、こんな時間に彼女がここに現れるのは場違いだろう。

 

 

「あのぉ……や、山田、さん?」

 

 

 改めて魅音が尋ねる。

 

 

「はい?」

 

「どうしてここに……?」

 

「……あー! そうですわねぇ、ごめんなさい! いきなり部外者が物知り顔で現れたのですもの! 驚いてしまいますよねぇ?」

 

 

 里見は茶目っ気のある笑みを浮かべてから、スッと、神妙な顔付きになる。思い出に耽っているかのような、安らかな表情だ。

 

 

「……私の夫も、雛見沢大災害があった年……ここ、興宮に仕事で来ていましてねぇ。とても気に入ったようで、『綿流しと言う祭りがあるそうだから、来年、奈緒子も連れて行こう』って言ってましたのに……」

 

 

 しかし村はなくなり、夫の剛三は脱出マジックの練習中に死去。その約束は果たされなかった。

 

 

「……折角、あの人がまた来たいと言っていた街に来たのですから……雛見沢と言う場所がどのような所だったのだろうと立ち寄ってみれば、皆さんが話されているところに……盗み聞きする形になってごめんなさいね?」

 

「い、いえ……そうだったんですか。旦那さんがあの時、興宮に……」

 

 

 礼奈が意外そうに聞く。

 

 

「えぇ……私も、一度訪れてみたかったわねぇ……」

 

「…………」

 

「……竜宮さん」

 

 

 里見は礼奈としっかり目を合わせ、話しかける。

 

 

「あなたは何もしていないと嘆かれていた……でも、あなたは大きな事を成し遂げたのですよ」

 

「……え?」

 

「その大きな事は、もう一度あなたたちに機会を与えてくださった……起こるハズのなかった、奇蹟を起こしたのです」

 

 

 彼女が言っている事が理解出来ず、礼奈は小首を傾げる。

 しかし里見はすぐに全てを話さず、次に赤坂の方を向いて話しかけた。

 

 

「赤坂さん。あなたが選んでしまった選択は、暴くべき真実を隠し、多くの人を亡くしてしまいました」

 

「は、はい」

 

「……でも。だからと言って、奥さんと子どもを見捨てる事が正しかったとも言えません。不条理に命を選ばされ……あなたもまた、苦しんだハズ。そして苦しみながら、一度は見放した真実を取り戻そうとやり切った」

 

「…………」

 

「……頑張りましたね?」

 

 

 赤坂は目を丸くした後、感極まったように俯いた。そして無言のまま、里見に深く頭を下げる。

 続いて里見は、魅音の方へ。

 

 

「園崎さんも、ここまで死に物狂いでやって来られたのですよね? 珈琲店を経営し、お友達も助けて、そして赤坂さんと共に、真実を暴くべく頑張った」

 

「……!」

 

「生半可な覚悟で出来る事ではない。今のあなたは、とても誇らしいですよ」

 

 

 思わず去来してしまう、楽しかった夏の記憶、そして双子の妹である詩音との事。

 気丈に見えながら、いつも一抹の不安が拭えなかった魅音にとって、その里見の言葉はとても沁み入るものがあった。

 

 

 最後にカスの方を向く里見。

 

 

「ごめんなさいそこの方」

 

「へい……」

 

「寒くなって来たので、暖かいお飲み物を買って来てくださらない?」

 

「へい…………え?」

 

 

 労いの言葉かと思えばまさかの使いっ走り。

 

 

「歳を取るとどうにも冷えが厳しくってねぇ……手も悴んじゃって……」

 

「…………」

 

 

 自分も結構な歳だがと困惑するカス。

 しかし、冬の岐阜はとてつもなく寒いのも事実。今だって恐らくマイナス二度ぐらいはあるハズだ。ここまでの低気温ならば、厚着していても堪えるものがあるだろう。

 

 すぐにカスは魅音らに一度お辞儀をしてから、「パンツァーフォーッ!」と叫んでコンビニへ買い出しに行った。

 

 

「あとカイロもーっ!……あ! 熱くなり過ぎるやつはやめてちょうだーいっ!」

 

 

 追加で注文を言ってから、里見は「失礼」と謝ってまた礼奈の方を向く。

 

 

 

「……レストランで話した事。覚えていらっしゃる?」

 

「……はい。故郷のお話は、しっかりと……」

 

「良かった……そう。あなたが帰り続けたからこそ、捨てなかったからこそ……本当に、最後の機会が巡って来れた」

 

 

 相変わらず何を言っているのか分からない。

 だが里見はそんな礼奈の困惑を受け止めながらも、今度は三人それぞれへ視線を送り、優しい笑みで以て問いかけた。

 

 

 

 

「……時を戻せるのなら、あなたたちはまた、当時に戻ってみたいですか?」

 

 

 何とも非現実的な質問だった。普通であれば、間違いなく三人とも呆れ果てていただろう。

 しかし里見の穏やかな口調と、異様で神秘的な雰囲気が、不思議とこの質問に真摯さを与えていた。

 だからこそ三人とも、真正面からその問いを受け入れられた。

 

 

 

 

「……戻れるのなら……戻りたい」

 

 

 震えた声で魅音が言う。

 

 

「助けられるなら……全部助けたい。沙都子も、詩音も、あの時のレナも……」

 

 

 そしてやはり思い浮かぶ、大好きだった少年の姿。

 三十五年間、あの日の姿のまま変わらず何度も夢に現れた、思い人たる少年の姿。

 

 

「それに……圭ちゃんにも……思いを伝えられていないのに……」

 

「……戻りたいのは、俺もです」

 

 

 

 赤坂も口を開いた。

 

 

「ここで雛見沢症候群や大災害の真相を暴露しても……恐らく……梨花ちゃんを殺した人間は分からず終いだ……!」

 

 

 それでは駄目だと首を強く振った。

 

 

「俺は約束を果たしたかった……ッ!!……俺は彼女を生きて救いたいッ!!」

 

 

 二人の思いを聞いた後、「あなたはどう?」と礼奈を見やる。

 彼女はくっと口を結び、悔しさと悲しさを顔に出していた。

 

 

 

 

「……私も出来る事なら戻りたいです……何度も思いましたよ……」

 

 

 礼奈は「でも」と、弱々しく首を振った。

 

 

「……無理なんです。時間は一方向にしか進まないんです……」

 

 

 抱えていたクリアファイルを落とした。持っていられないほど、気持ちが昂っていた。

 そのままわなわなと震えた空っぽの手で、顔を覆う。

 

 

「もう戻れないんです…………みんなと駆け回った裏山にも、田んぼにも、学校の校庭にも……!」

 

 

 里見は黙って、彼女の言葉を聞いている。

 

 

「もう過ぎ去った事なんです……出来ない事なんです……! 圭一くんと宝探しをした事も、綿流しも……沙都子ちゃんの作ったトラップに驚いたり、梨花ちゃんの奉納演舞を見たりしたのもっ!!」

 

 

 礼奈は深く息を吸い込み、泣き腫らした顔を晒して、慟哭のように訴えた。

 

 

 

 

 

()()()()のマジックをまた見る事も────っ!!」

 

 

 

 

 

 その名は宵闇の中良く通り、山の向こうまで響く。

 今は亡き故郷へと届かんばかりに、遠く遠くまで響く。

 

 響き渡ったその名前……自分が言ったその名前に驚き、礼奈は息を呑んだ。

 今、自分の脳裏に現れた「山田奈緒子」の名前。知らないハズの人の名と顔、そしてマジシャンだと言う事も知っていて、目を瞬かせて当惑する。

 

 

「…………え?……山、田……さん……?」

 

「……私の事ですか?」

 

「……違う……山田奈緒子さん……東京からマジシャンで…………」

 

 

 次に控えていた魅音も愕然とした様子で髪を掻き上げ、慄いていた。

 

 

「待って……上田先生……私……あ、あ、会った事がある……!」

 

「……先生の御本で、ですか?」

 

「違う!……実際に会ってる……一緒に、部活でジジ抜きをして遊んだ……さ、沙都子も助けてくれた……!!」

 

 

 様子のおかしい二人を見て、赤坂もまた困惑していた。

 

 

「……山田さん……? 一体、これは……」

 

「…………」

 

 

 里見は歩き出し、三人から離れた。

 背を向け、向けられる視線を浴びながら、駐車場入り口にある街灯の下まで行く。

 

 

 星が瞬き、月明かりが街を照らす、澄んで綺麗な冬の夜。里見はほぉっと、白い息を吐く。

 

 

 

 

「……雛見沢は、神が宿る土地。そこに『あの子』が向かったからこそ…………奇蹟は起きた」

 

 

 街灯の下で足を止め、小さく俯いた。

 

 

「故郷を思う願いが……去ってしまった人たちへ捧げ続けた思いが、祈りが……」

 

 

 彼女の肩が震えているように見えた。

 

 

「……応えられた……」

 

 

 里見はくるりと振り返り、また三人と向き直る。

 悲しそうで、だけど感慨深さに満ちた、暖かい微笑みを携えていた。

 

 

 彼女は誇らしそうに三人と、そして雛見沢のある山の方を見渡し、語る。

 

 

 

 

 

 

「──文字には、不思議な力があります」

 

 

 懐から畳んでいた和紙を取り出した。

 

 

「私に出来るのはここまで。ただあなたたちを、送り出す事ぐらいしか出来ない」

 

 

 彼女を照らす街灯が明滅を始めた。

 その下で、畳んでいた和紙を両手で開き、三人に見せ付ける。

 

 

 

 

 

「……取り戻してらっしゃい」

 

 

 里見の視線の先に、三人は立っている。

 

 白いワンピースと帽子の、不思議だけど優しく、可愛らしい少女。

 

 上着を腰に巻いた、朗らかでお転婆で、頼れる部活のリーダー。

 

 精悍で活力に満ち、確かにその目に正義の炎が宿った刑事。

 

 

 そこに立っていたのは、「あの時」の三人だった。

 決意に満ちた表情で並び立つ、三人の姿だった。

 

 

 

 

 

 街灯の光が、弾けたように消える。

 月が雲に隠れた。

 夜の闇が辺りを覆う。

 星空に、一筋の流星が見えた。

 

 

 

 次の瞬間、灯りは何事もなかったかのようにパチリと点く。

 再び闇が晴れた駐車場──そこには里見の姿しかなかった。

 

 

 

「…………ごめんね。奈緒子」

 

 

 開いた和紙をまた懐に仕舞い込むと、静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──赤坂は目を覚ます。

 どうやら居眠りをしていたようだ。彼が目覚めたのは、自宅の卓上だった。

 

 

「…………何か……妙な……夢を見たような……」

 

 

 奇妙な気持ちで顔に触れる。

 手に濡れた感覚が広がった。どうやら自分は泣いていたようだと気付く。突っ伏していたテーブルにも涙の水溜りが出来ていた。

 

 

「……俺は……一体……」

 

 

 途端、電話が鳴る。

 涙を拭いながら赤坂は立ち上がり、電話の方へ行く。

 

 

 受話器に手を伸ばした時、思わず躊躇してしまった。

 もしかしたら、「東京」からの命令かもしれない。入院中の妻とそのお腹の子を盾にして、また自分に下らない政戦の手伝いをさせるつもりなのか。

 

 

 電話は鳴り続ける。

 しかし赤坂は直感で、「この電話は無視してはならない」となぜか思った。

 

 やっと、受話器をカチャリと取った。

 

 

「……もしもし?」

 

『うぉお! マジで繋がりおったで!?』

 

 

 受話器の向こうから聞こえたのは、軽薄そうな男の声。訛りからして関西の人間だろうか。二重の意味で「東京」の人間ではないとすぐに分かった。

 

 

「……どちら様ですか?」

 

 

 悪戯電話だろうか。半ば苛つきを声に宿しながら、赤坂は応対を続ける。

 

 

『あのぉ〜……? いや、間違い電話やったらすみませんけどねぇ?』

 

「はぁ……?」

 

『おたくさん、もしかしてぇ……赤坂、衛さんと言う方やないですか?』

 

 

 一体どうしてそんな、恐る恐ると言った様子で話すんだと、赤坂は訝しむ。

 悪質なセールスか、もしくは詐欺師か。刑事の立場として見極めてやろうと、少しの沈黙の後に通話を続行させる。

 

 

「…………はい。本人ですが」

 

『やっぱ違いますよねぇ〜……って、ぇぇえぇえええぇッ!?!?』

 

 

 電話越しに絶叫を聞かされ、顰め面で受話器を耳から離す。

 

 

『ほ、ホンマに……え? 赤坂さんですか?』

 

「……あんたは一体誰なんだ。まず名乗るのが礼儀じゃないのか?」

 

 

 すると向こうは、まるで部下が上司にするような諂った口調で名乗り始めた。

 

 

『は、はっ! 自分……え〜……矢部、謙三と言う者なんですが〜』

 

「……え?」

 

 

「矢部謙三」の名を聞いた途端、脳裏になぜかその男の顔が浮かんだ。

 想像ではない。確かなビジョンで、しっかりとした記憶で、矢部謙三の事が思い浮かばれた。

 

 彼は警視庁公安部、階級は警部補、独身で、頭の髪は実は──彼の部下の名前も含め、それもなぜか全て知っている。

 

 

『実は……あのぉ〜……まぁ、信じられへん話かと思いますけどねぇ?……ちょっちぃ、私らの話ぃ、聞いてくれまへ──』

 

「伺いましょう」

 

 

 赤坂から食い気味に了承する。

 この男の話は聞かねばならない……聞かねば後悔すると、なぜかそう思ったからだ。

 

 

 この時の彼の脳裏には、見た事のない「一文字の漢字」も浮かんでいた──愛する妻と、約束を交わした少女の姿と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──上田、富竹と別れ、喪服に着替える為に屋敷へ戻った魅音。

 庭の青い紫陽花が良く見える、外廊下の途中。前には先導する詩音の背中があった。

 

 

 ぴたりと、魅音が立ち止まる。

 それに気付いた詩音が不思議そうに振り返ると、「えっ?」と小さく驚き声をあげた。

 

 

「……おねぇ? 泣いているんですか?」

 

「……ふぇ?」

 

 

 彼女の言った通り、魅音はポロポロと涙を流していた。

 

 

「わっ……!? なにこれ……あ、あは! なんだろコレ……!?」

 

 

 なぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。

 悲しいような嬉しいような、懐かしいような……訳の分からない感情が止め処なく溢れ、それを抑え切れずに泣き出していた。

 

 必死に涙を拭う魅音を、詩音は心配そうに声をかける。

 

 

「体調が優れないようなら、私だけでもお通夜に……」

 

「……違う……」

 

「……おねぇ?」

 

 

 衝動のまま、詩音を抱き着いた。

 突然の事に呆然としている彼女の胸に、顔を埋めた。

 

 

「ちょ、ちょっとおねぇ!?」

 

「……な、なんか、ごめん……あ、あはは……なんだろコレ……」

 

 

 ギュッと詩音の服を掴み、離れないよう縋り付く。

 なぜだか安心した。二度と会えないと思っていた人と再会を果たせたような、嬉しいけど辛い、そんな安堵がただ胸いっぱいに渦巻いていた。

 

 

「…………会いたかった……」

 

 

 最初こそ驚き、恥ずかしさが勝っていた詩音。

 しかし彼女の、深い深い安堵は体温越しに伝わっていて、今は暖かな気持ちで受け入れられた。

 魅音を抱きしめ、その背を優しく撫でてやった。

 

 

「何言ってるんですか! 殆ど毎日会ってるじゃないですかぁ?」

 

「……そ、ソなんだけど……」

 

「……落ち着きました?」

 

 

 顔を埋めたままコクリと頷き、やっと魅音は離れる。

 泣き腫らした目と、今になって羞恥が襲って来た真っ赤な顔。そんな姉の可愛らしい姿が面白くて、詩音は思わず吹き出してしまう。

 

 

「ぷふっ! 自分から抱き着いた癖になんで恥ずかしがってるんですかー!」

 

「いや、ホント、なんか……あ、アレ? なんだったんだろ……?」

 

「誰かに甘えたさんになる時って、たまにありますからねぇ?」

 

「ち、ち、違うよぉ!? なんか、ホント、あの…………うん。わ、忘れて……」

 

「どーしよっかなぁ?」

 

「忘れてってばぁ〜っ!!」

 

 

 一頻り恥ずかしがった後、魅音は目を逸らしながら、ボソッと。

 

 

「…………ありがと」

 

「ふふ……なんの感謝なんですか?」

 

 

 再び二人は廊下を歩き始めた。

 魅音は少し足を早め、詩音の隣に立った。

 

 

「ねぇ、詩音?」

 

「まだなにか?」

 

「いや、変な質問だけどさぁ……門って書いて、中に火って漢字を入れた漢字って、なんて読むの?」

 

「んん? つまり……門構えに火? そんな漢字ないような気がしますけど……」

 

「そうなの?」

 

「と言うかおねぇ、さっきから変ですよ? どうしたんですか?」

 

「……な、なんなんだろうね? あはは〜……」

 

「おクスリされてます?」

 

「するかっ!!」

 

 

 たわいも無い話を続けながら、目的の部屋の前で立ち止まる。

 最後にまた、魅音は聞いた。

 

 

 

「出る前にさ、まだ時間あるし……コーヒーでも飲まない? 淹れるよ」

 

「え? なんでコーヒー?」

 

「んー……なんか、コーヒーって気分になった」

 

「……ふふっ。ホント、変なおねぇ!」

 

 

 襖を開き、二人仲良く部屋へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ねぇ、礼奈ちゃん」

 

 

 時間は少しだけ戻る。それは、まだ父親のお通夜の準備をしていた頃。

 居間で突然、母親から打診された同居の話。

 

 

 

「もう一度……お母さんと暮らさない?」

 

 

 掃き出し窓は開いていて、カーテンが揺れていた。

 レナは知る由もないが、その窓の外の庭、そしてその庭を隠す塀の向こうで、圭一が聞き耳を立てている。

 

 

 母親は伏し目がちに、レナの表情を伺っていた。

 塀の向こうの圭一も、心臓の高鳴りを押さえながら、レナの言葉を待っていた。

 

 

 

 

 レナの答えは決まっていた。

 真っ直ぐ、母親の顔を、決意を込めた目で見据えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……行けない」

 

 

 その目からツゥっと、涙が落ちる────




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LAST STAGE/TRICトリックK し編
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