烏有と余喘
──雨樋に溜めたガソリンに火が付き、一瞬で学校は吹き飛んだ。
全てが真っ赤な炎と白い閃光の中、目の前で爆ぜた。
楽しい思い出、傷だらけのトランプ……取り残された詩音と、一緒に。
やけに月が綺麗な夜だった。
前代未聞の爆破事件を起こした張本人は、ほどなくして確保された。
一度留置所に入れられたものの、支離滅裂な供述と繰り返される自傷行為を受け、その日の内に市内の精神病院へと送られた。
寄生虫のせい、宇宙人のせい……そんな狂気的な妄想に取り憑かれた彼女の目を覚まさせたのは、衝撃的なテレビの速報。
雛見沢村が火山性ガスによって全壊した、と言う内容だった。
──少し欠けた月に雲がかかっている、深夜の空。
その日のレナは、病院の屋上に立っていた。
勿論、治療中の身で易々と抜けられる訳はなかった……普通では。
その日は雛見沢大災害により、興宮一帯は言い様のない緊迫感に包まれていた。
山を越えた先での大災害と言う事もあり、興宮でも避難指示が発令された。
混乱と衝撃が、街を覆う。深夜帯の今でも、屋上から俯瞰した街は慌ただしいものだった。
救急車のサイレン、車で埋まる道路、不安がる人々に満ちた歩道。
災害が起きてからまだ五時間しか経っていないのだから、対応が遅れているようだ。
それはレナのいる病院もそうだった。
見回りに来る医師や看護師たちも、明らかに動揺していた。
また災害の報道が生んだ混乱により、精神疾患を悪化させた患者たちが病院に押し寄せていた。
入院患者も同様で、中には暴れる者もおり、その対応にも追われているようだ。
異常事態故の多忙、それによる疲労と不注意。
見回りに来た看護師が、部屋の鍵を掛けるのを忘れていた。
レナはふらりと、監禁部屋のようだった病室から抜け出した。
そして今は、屋上に忍び込んでいる。
街は慌ただしい。明かりが消えず、クラクションやサイレンの音が止まない。
そんな喧騒をレナはどこか、遠い場所のように感じていた。
レナの脳を覆っていた妄想は、テレビの速報を見た途端、なぜか消えた。
園崎家の陰謀、寄生虫による洗脳……色々と考えるハズなのに、なぜか消えた。
代わりに心に満ちたのは、深い絶望と虚無感。
そして、楽しかった思い出ばかり。
はからずもそれらが、レナの妄想に満ちた脳内を叩き起こしたのだった。
しかし、正気に戻った訳ではない。
深い絶望は彼女に凄まじい罪悪感と後悔を作り、そしてみんなが死んだと言う事実は、彼女から感情を動かす気力さえ奪った。
屋上に辿り着いたレナは、まるで夢の中にいるかのような足取りで、手摺りまで行く。
靴を脱ぎ、素足になると、その手摺りを乗り越えた。
再び足を付けたのは、その手摺りの向こう側、狭い縁の上。
爪先だけが、宙に浮いている。
少し身体を前に倒せば踵も浮き、後は真っ逆さまに落ちるだけ。
五階下の病院前広場に人はいない。
暑さや宵風も感じない。感覚が先に死んでいるかのように。
遠く遠く、サイレンの音が聞こえる。
階下から、心を病んだ患者の叫びが響いている。
覚悟や勇気、そんな前向きな感情で死を選んではいない。
あるのは虚無感。
自分の生さえどうでも良くなる虚無感。
そればかりがレナを、死へと突き動かしている。
着ている患者衣の裾が、風で翻った。
それが合図と思い、レナは全体重を前へかけた。
アスファルトに叩き付けられれば痛いのだろうか。
痛いより先にさっさと死ねるだろうか。
そんな嫌な疑問がふと浮かんだ。生存本能によるものだろうか。
どうでも良い。
レナは全てに身を任せ、瞳を閉じた。
誰かの叫びが響く。
とても若い少年のもの。
やけに聞き覚えのある声。
ハッと我に返ったレナは、咄嗟に手摺りを掴んだ。
「…………!!」
身体は斜めに傾いたまま止められた。
もう一度叫び声が響き、レナは確信したように目を見開いた。
「……圭一くん……!?」
その叫び声は、圭一のものと似ていた……気がした。
屋上から院内に戻り、レナは声を殺して廊下を歩いている。
巡回する看護師たちに気を付けながら、声が聞こえたと思われる階を探し回っていた。
電気が消えた、暗い廊下に入る。
鍵のかかった病室が並んでいる。その扉の前を通ると、中から患者の呻き声が聞こえて来た。
必死になって探すレナの耳に、またあの叫び声が入り込む。
「……っ!」
声は、すぐ手前の扉から。
ガチャガチャと、何かを軋ませるような激しい音も聞こえる。
中に入ろうとしたものの、鍵がかかって開かない。
しかし扉には患者の様子が伺えるよう、鉄格子の入った小窓が付けられていた。
レナは扉の前で背伸びをし、その小窓から中を覗き込んだ。
部屋は薄暗がりで、窓から差し込む街灯の光だけが中を照らしていた。
目を凝らせば十分に見える。そのレナの視線の先には、ベッドが見えた。
そしてそのベッドの上に拘束された、少年の姿も。
「出せぇぇぇーーッ!! 出してくれぇぇーーッッ!!!!」
喉を潰さんばかりに叫び散らすその有り様を見た時、一瞬「勘違いだったか」と思った。
しかしベッドに横たわり、ベルトで拘束されている彼の姿は、間違いなく前原圭一だった。
「……っ!? 圭一くん……!?」
村民は災害で全員亡くなったと聞いた。しかしそこには確かに、圭一の姿が。
「うわぁぁぁぁーーーーッッ!!?? やめてくれぇぇぇーーッ!!??」
その姿はすっかり変わり果てている。
レナの知る、快活で優しい彼の姿は、どこにもない。
ずっと天井を見開いた目で見て、そこにいる何かに怯えて叫んでいる。
圭一は何とか火山性ガスから逃げ切ったのだろう。
そして自分だけ生き残った事を察して、心を壊してしまったのだろう。
今のその狂った圭一の姿は、「奇跡の生還者」と言うにはあまりにも惨めだった。
「……っっ……!!」
思わず口を手で覆う。吐き気が込み上げたからだ。
友達の変わり果てた姿を見ると言うのは、あまりにも辛い。
しかも、元々が優しい少年だった事も含めて、ショックは大きくなる。
同時にやっと悟る。
自分が狂っていた時……皆はこんな気持ちで私を見ていたのだなと。
籠城事件を起こした時の怯え、引き攣った表情をしたクラスメイトの姿が思い出される。
自分は、なんて、愚かな女だったのだろう。
そしてそんな自分を、最後の最後まで説得しようとしてくれた圭一は、なんて眩いのだろうと。
彼と言う存在の凄さ、そして有り難みを、今はヒシヒシと実感している。
だが、遅過ぎた。
そしてもう、取り返しのつかない事になってしまった。
今の自分に、あの時の圭一と同じ事など出来ようか。
……出来る訳がない。
この身は既に、罪で穢れ切ってしまったのだから。
今のレナはもう、開かない扉から狂った彼を見て、静かに泣く事しか許されないのだ。
大勢の足音が廊下に響き渡る。
ハッとそれに気付いたレナは、圭一の部屋から少し進んだ先にある廊下の突き当たりに隠れた。
そしてレナが身を隠した瞬間、廊下の奥からゾロゾロと多くの男たちが現れる。
チラリと覗き見る。
彼らの格好は、お高いスーツ姿。どう見ても病院の関係者には思えなかった。
スーツの男たちは皆、無機質な無表情。加えてそれぞれの歩き方も足並みが揃っており、兵隊のようだともレナは思った。
彼らが立ち止まったのは、圭一の部屋の前。
スーツ男が部下を一瞥すると、彼はすぐに鍵を取り出し、解錠した。
そしてそのまま全員が室内に入り込み、またバタンと扉が閉められる。
レナはそれを見計らい、再び扉の前に立ち、小窓から中を覗く。
薄暗がりの中、男たちは圭一を囲み、話し合っていた。
「こいつが、前原圭一だな」
男の一人がそう聞くと、部下は頭を縦に動かした。
「既に、カルテも作られているようです」
「そのカルテは破棄させろ。どうせもう必要ねぇ」
必要ない? どう言う事?
彼らの会話の意味を理解しようと思考した時、また圭一の叫びが響く。
「外せェェェェッッ!! みんなが殺しに来るんだよぉッ!!」
暴れる圭一を男たちが抑える。
それでも尚、彼は叫ぶ。
「オヤシロ様が殺しに来るんだよぉお!!??」
「オヤシロ様なんざいねぇ」
スーツ男がそう、ぞんざいに吐き捨てた。
レナは耳を疑った。今、彼はなんと言った?
「そんじゃ早速……ほれ。例の薬」
「はい」
そう言って部下は、薬品の入った注射を取り出した。
スーツ男がそれを受け取ると、少しプランジャーを押して、針の先から薬品が出る事を確認する。
そして圭一の、腕を取った。
「『カリウム』の過剰摂取は不整脈を誘発させ、心不全を引き起こす。しかもカリウムはごく自然な栄養素の一つである為、毒物として検出されない……そうだったよなぁ?」
レナの心臓が跳ねた。
恐ろしい事を口にする男だが、部下は不気味に笑うだけ。
「良くご存知ですね」
「俺の、前の上司が教えてくれた」
「注射痕についてはご安心ください。鎮静剤を打つ名目で、既にもう幾つか作っています」
「そりゃ大助かりだ。また薬を飲まさせにゃならんのかと思っていた」
そう言って男は、注射針を刺し込もうとする。
居ても立っても居られない。
このままでは圭一が殺される。
最後まで自分の味方でいてくれた圭一が、殺される。
相手が何者なのかは分からない。
しかも相手は屈強な男たちで、対してこちらはちっぽけな少女。武器もなにもない。突撃したところで、あっさり捕えられるだろう。
だが、黙って見ている訳にはいかない。
レナは、今は鍵のかかっていない扉のドアノブを、回そうとした。
「──やめ、るんだ……レナ……」
しかし、その手は止まった。
圭一の声が聞こえたからだ。
「やめろ……やめるんだ……」
幾分か落ち着きながらも、うわ言のような細い声。
「……レナが、欲しい……ってん……なら……命だって……くれてやる……」
「……!?」
その言葉に聞き覚えがあった。
籠城事件の時に、圭一が自分に訴えていた言葉。
「俺……は……レナ、を……救う為……に……」
あの時と同じ言葉。
今の圭一は、籠城事件の時の幻覚を見ているのだろうか。
今言っている言葉は、扉の前にいるレナに語り掛けている訳ではない。あの時の再現をしているだけだ。
でも今は違う。
「……レナ──」
あの時とは違う、澄んだ気持ちで彼の言葉を受け止められる。
「──おれを、しんじろ──」
それが圭一の、最後の言葉だった。
プランジャーが押し込まれ、薬品が彼の血中に流れ込む。
飲むのとは訳が違う。血管から直に流し込まれたのなら、効果が出るのは早かった。
男が注射針を抜いた。
同時に、圭一から呻き声があがる。
「アッ……ッッ……ガァ……ッ……!!」
身体が痙攣している。
声がどんどん、か細くなって行く。
何度か震えて、その内、動かなくなった。
部下がサッと圭一の脈を取ると、男に頭を下げながら報告する。
「…………死亡確認」
手が震え、ドアノブから離れた。
涙が溢れて止まらない。せめて声は漏らさぬよう、必死に口を押さえた。
圭一は、こいつらに、目の前で、殺された。
悪夢だと思いたいほど、恐ろしい現実だった。
事を済ませた男は注射器を部下に返すと、淡々と指示を飛ばす。
「記録上じゃあ、こいつは今日から一週間後に死んだ事にしといてくれ。直後に死んだとかだと、将来色々と疑われちまうかもだからな」
「分かりました」
男は部屋を出ようと、振り返る。
人を殺した後だとは思えないほど涼しい顔をしていた。
だがその顔を見たレナは、思わず「あっ」と声を出しそうになった。
髪を後ろで縛った、鷹のように鋭い目付きをした中年の男。
見た事ある顔だ。
白いワゴン──園崎家の特殊部隊が乗っている物と思っていたあのワゴン。
それに乗り、学校にも現れたあの男。
部屋を出ようとしていたので、レナはまた隠れる。
男は部下に色々と聞きながら出て来た。
「そういや、営林署吹き飛ばした竜宮ってのもいるんだったか?」
「その子もやるんですか?」
それを聞いて肝が冷えたが、男は首を振る。
「いやぁ。んな連続して心不全じゃあ疑われんで。『作戦中』を見ちまった、あの前原圭一だけで良い」
彼らの足音は延々と響き、とうとう聞こえなくなった。
「…………」
壁を背にし、ずるずると身体を落として、レナは床に座り込む。
「……ぅ……うぐ……うぅ……っ……!」
嗚咽と共に、暗闇の中で泣いた。
改めて、みんな死んだ事を悟り、涙が止まらなかった。
あれほど憎んでいたみんなが、今は堪らなく恋しい。
そして最後まで自分の味方でいようとしてくれた圭一に、感謝と謝罪しかなかった。
「う……うぅ……うぁ……っ……!!」
自分は間違っていた。
何もかも間違っていた。
間違った末、大事な人を殺してしまった。
そして、間違ったからこそ……生き残ってしまった。
部屋の鍵は開いたままになっていた。
病室に入ったレナは、息を引き取った圭一の傍に立つ。
あれほど苦しんでいたのに、その顔は安らかなものだった。
今は眠っていて、朝日と共に目を覚ますのではと思うほど。
しかし握った彼の手から伝わる冷たさが、死を表していた。
手を握り、床に崩れ落ち、彼の額を撫でながらレナは謝り続ける。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ポタポタと涙が、圭一の枕元に落ちる。
どれだけ呼びかけても、触れても、もう起きる事はない。この謝罪だって、何度言ったって届きやしない。
「ごめんなさい……!……圭一くん……魅ぃちゃん……みんなぁ……っ……!」
その日、レナは決意した。
自分はこの先ずっと、「罪滅し」に捧げよう。
そして圭一を殺した連中を暴こう。
大災害の謎を暴いてやる。
一生をかけてでも、必ず。
レナはぎゅうっと握った、圭一の手の感触を思いながら、決意した。
──礼奈の話が終わる。
ふぅと白い息が漏れ、曇った夜空へふわり広がって消えた。
話を終え、ふと魅音の姿を見る。
驚いたようなとも、困惑しているようなとも取れるような表情をしていた。
「……信じてくれるかは分からない。でもこれが、あの日……私が病院で見た事の全て……」
「…………」
「……圭一くんは誰かに殺された。そして何者かが、『作戦』と言って村を滅ぼした……それが、雛見沢大災害の正体」
礼奈は、黙祷するように目を閉じた。
「……誰なのかは分からない。でも、あの時のように、園崎家の仕業とは思えなかった……あの男、オヤシロ様を否定したから……村の人がそんな事を言う訳がない」
目をまた開く。
魅音はただ黙って、ジッと、真摯に話を聞いてくれていた。
「……それを全部暴く事が、殺されたみんな……見殺しにしてしまった圭一くん……そして、殺してしまった詩ぃちゃんに報いる為だと思って……」
ずっと張り詰めていた礼奈の顔が、ふっと自嘲気味な微笑みに変わる。
「……結局、分からなかったけどね?」
「…………」
「……私……ほんと、何にも出来ないんだね……」
顔を逸らした礼奈の目からポロポロと、涙が落ちる。
人生を罪滅しに捧げた、しかし何も分からないだけで年月だけが過ぎて行った。
そんな自分のこれまでを鑑みて、情けなくなったのだろう。
礼奈の中には悔しさと、自責の念が渦巻いている。
「……あの日誓った事さえ遂げられない……このまま地獄に行くまで私は、後悔し続けるしかない……」
涙を拭い、上擦った声で礼奈は嘆く。
「それが、馬鹿な私に残された、罪滅し……」
少し落ち着きを取り戻してから、深い呼吸の後にまた魅音と向き合う。
「……信じられないよね。でも、あの出来事があったからこそ……私は大災害に疑問を持ち続けられた」
「それが実を結んではないけど」と、ぽつり礼奈は漏らす。
魅音は何か考え込むように俯いた。
「……もうお終い。もう、ここが限界……」
それは東京に行ってまで、上田教授に調べさせようと思った時から決めていた。
これで竜宮礼奈の冒険は終わり、贖罪の日々は続く。
「……分からない事だらけだけど……もう、仕方ない」
覚悟は出来ていた。諦めるのも勇気だ。
そう言い聞かせ、礼奈は「終了宣言」をしようとした。
「これで、全部、お終い──」
「いや、終わらせないよ、レナ」
魅音が礼奈の宣言を遮った。
驚いた礼奈の視線の先には、凛とした表情の魅音がいた。
「……え? ど、どう言う事……?」
「あのね、レナ。大災害の事追ってたの、レナだけじゃないから」
「え?」
途端、魅音は急に手を叩く。
良く響く夜の中、彼女のハンドクラップが山の奥まで届く。
すると突然、誰かが暗闇の中からぬらりと現れた。
さすがに驚き、礼奈は身体を跳ねさせる。
「え!? だ、だ、だ、誰!?!?」
「落ち着いて。私の部下だから」
「……へ? ぶ、部下?」
暗闇から現れたのは、老人だった。
しかし全く知らない人物ではない。礼奈にも見覚えがあった。
既視感の正体を探ろうと色々想起している内に、やっと思い出し「あっ!」と声を上げた。
「と、図書館の司書の人ぉ!?!?」
「おばんです」
その人物は興宮市役所で図書館司書をやっていた男だ。礼奈も何度か本を借りに行っているので、見た事も話した事もある。
「え!? ちょ……え? ど、どゆこと!?」
「その人、元園崎家の人でさ。お家騒動の後も、私について来てくれたの」
「そうだったの……!?」
男はこくりと頷くと、懐から上田の姿が写されたクリアファイルを取り出した。
「魅音さんは県外のわしにも良くしてくだすったべ。その恩を忘れる訳ないべさ」
「…………確かにこの辺の訛りじゃないとは思ってたけど……」
「そんで図書館の司書として働きながら、色々と大災害について探っていたんべさ」
「…………え?」
魅音も大災害について探っていた。その事実にまず驚かされる。
呆然とこちらを見やる礼奈に、魅音は隠さずに訳を話す。
「礼奈みたいに最初から疑っていた訳じゃないよ……でも、自分の村に何があったか調べたくなってね」
「そんで、わしも協力し、色々と当時の調査結果などを洗ってみたんべさ」
「そしたらどうも怪しいって気付いて……いっちょ、調査してみたの」
まさかそうだったなんて。礼奈は少し、信じられずにいた。
「わしも図書館司書の立場を使い、図書館に村の事を聞きに来た人物がいれば、魅音さんに報告する事もやっちょった」
「その中に上田先生って人と〜、女の人? も、いたんだっけね。東京の大学から来た人だから怪しんでたけど、まさか呼んだのがレナだったなんてね?」
そこまで知っていたのかと恥ずかしくなった。じとりと、恨めしそうに彼女を睨む。
「……それなら上田先生の話してた時に、教えてくれても良かったんじゃない?」
「あ、あはは……いやまぁ、打ち明ける気だったし……」
申し訳なさそうに頭を掻いてから、一度咳き込んで話を戻させる。
「……それで、実は最近、図書館を訪ねに来た人がいたの」
「魅音さん。二◯◯五年は最近やありませんぜ」
「割と最近だっての!……それでレナ。誰だと思う?」
素直に分からないと、困惑気味に首を振る。
魅音は勿体振らずに、少し笑いながら教えてくれた。
「大石! 覚えてる? 十年前に死んじゃったけど……」
その名を久しぶりに聞いた。
忘れる訳がない。事件当時、何度も電話でやり取りしたのだから。
確か自分の起こした事件の時、その自分に色々と情報を渡して疑心暗鬼にさせた元凶だとかで糾弾され、懲戒免職にされたと覚えている。
「そんでその大石と、もう一人知らない男の人がいてさ……それがまぁ、凄い人でね。知り合ってからこれまで何度か、やり取りしてるんだけど」
「……その人はどんな人?」
「もうすぐで来るハズだけど」
「え?」
魅音は「もうすぐ」は、本当にすぐだった。
またもう一人、誰かが駐車場に現れた。
革靴をコツコツと鳴らし、街灯の下に立つ。
その場にいた全員が、そっちの方を見る。
立っていたのは、明らかに高そうなスーツとコートを纏った、屈強な男。
自分より一回りも歳を取った人物ながら、未だ若々しい雰囲気を残した男。
礼奈に身覚えはない。見た事もないだろう。
誰なのかを聞こうとするより前に、男は恭しく話し始めた。
「お久しぶりです、魅音さん。それと、カスさん」
図書館司書ことカスさんは、「ピロシキ」と言いながら会釈する。
そして礼奈に目を向け、彼は自己紹介した。
「はじめまして──私は、赤坂 衛。警視総監をやっております」
本当に凄い人が来たと、礼奈は思わず慄いた。