梨花に諭された事で大石へと打ち明けられた、雛見沢症候群とそれを巡る国の動き、そして女王感染者と緊急マニュアルの事。
そんなあまりにも大きく、そして信じられない話に、大石の分かったような分からないような表情を見せた。
「うーん……何か、小説の筋書きを聞いた気分ですが……」
「今お話した事は全て、事実です。到底信じられるような話ではないと思いますが……」
「……まぁ、何ですか。大の大人が揃いも揃ってドッキリ仕掛けているようには見えんですからねぇ。少し噛み砕く時間は欲しいですが……まぁ、信じてみますよぉ」
理解に努めようとする彼の姿を見て、ホッと安堵する山田と上田、そして梨花。
「四年前」
だが大石はどこか、興奮と緊張を滲ませた雰囲気で、入江に一つ尋ねる。
「……四年前の秋。興宮で、当時ダム建設の現場監督を務めとった方が惨殺されてます」
咄嗟に上田と山田は、彼が前に言っていた「おやっさん」の話だと悟った。
だがどうして今その話をと聞くより先に、大石はやや食い気味に続ける。
「私の勘じゃあ、連続怪死事件とあなたらは必ず関係している。現に、研究の責任者だった鷹野さんが焼死体で発見されましたからねぇ」
「…………」
「……四年前のこの事件と、あんたら機関っての……関係しているんですかい?」
口調はいつも通り、飄々と標的を追い詰める彼らしいものだ。だが所々の語気に宿る荒さと、爛々とした眼差しが、縋りと祈りを入江へと向けている。「そうであってくれ」と期待している。
しかし対する入江の返答は、まず横に振られた頭からだった。
「……その事件に我々は」
「…………」
「……一切、関与していないかと」
断言された。
途端、大石の表情からふっと、興味の念がなくなる。
代わりに満ちたのは、失念の影だ。
「……なら、私の出る幕はここまでですかねぇ」
「お、大石さん!?」
徐に背を向けた彼を急いで呼び止める上田。
不安げな一同の視線を一斉に受けながら、大石は落ち込んだ横顔を向ける。
「上田先生。前に言ったハズですよ……私ぁ、おやっさんを殺したヤツを捕まえる為、この事件を追っとったんです。これなら、園崎家を張り込んどいた方が良いってもんです」
「そんな……! あなた刑事でしょッ!? 梨花の身に危険が迫っているって言うのに!」
「梨花さんが?」
上田の説得で少し興味を持った彼に、山田が続けて事情を話す。
「その東京って組織は、雛見沢症候群の事実を隠したいんです! だから、村を丸ごと消す為に梨花さんを──」
「それはぁ……確固たる証拠があっての事ですか? 動機は?」
大石のその切り返しを受け、山田はハッとして言葉を止めた。
それは彼女自身、もっと言えばこの場にいる全ての人間がまだ確信に至れていない事だからだ。
動機も何も、分かってはいない。
誰が黒幕なのかも、実行犯も、分かってはいない。
分かっているのは、あと少し先の未来で本当に起こると言う事だけだ。
つまり、大石を真の意味で納得させられるロジックが、まだ組み立てられていない訳だ。
すっかり挙動不審となり、目を泳がせる山田を見て、大石に微か見えていた興味の念は、再び消えてしまった。
「……それに、今の私に興宮署を動かす力はないんですよ。綿流しの一件でやらかしちまいましたからねぇ」
「…………」
「私にはもう……どうする事も出来んのですよ」
「そう言って本当はあなた、怖いんじゃないんですか?」
そう声を張ったのは、上田だった。
その指摘を受けた大石は目を丸くさせ、思わず身体ごと上田の方へ向けた。
「思えばあなた、そうなんですよ。事件の主犯が園崎家だって思い続けているのも、結局はこれまでの捜査が間違っている事を認めるのが怖いからだ」
「ちょ、ちょっと……!?」
山田の制止を無視し、尚も上田は声を荒げ、続ける。
「確かに梨花が狙われている件は、まだ完全に確証がある訳じゃない……だがそれだって、あなたのご友人の仇が園崎家だって事も同じだ! そっちだって確証はないッ! あなたが前に挙げていた根拠も、結局は状況証拠だッ!」
「…………」
「あなたが園崎家を目の敵にしてるのは、安全圏だからですよね? ヤクザ相手ならどれだけ責め立てても文句は言われないが、国が相手となると話は違う。あなたはねぇ? 真実と退職金を天秤にかけて、後者の方を選んでいるに過ぎな──ノオオゥッ!?!?」
梨花が上田の
これには堪らず、上田は呻き声をあげながら脛を庇い、情けなく地面に伏す。
一連の彼女の行動には大石のみならず、この場にいた誰もが驚いた。
一同の注目を浴びながら、梨花は一度深呼吸をして、話し出す。
「……良いのです。大石とボクとでは……積み重ねて来たものが違うのですよ」
にっこりと、無理矢理作った笑顔を見せる。
「……全てが無駄になる事が怖いのは……ちっぽけなボクにも分かるのです。大石ならもっと尚更なのです」
「……梨花さん……?」
「……大石を巻き込む権利なんて、ボクにはないのです。だから、もう……話を聞いてくれただけでも嬉しいのですよ」
狡猾で、執念深く、何を考えているのか分からない老刑事──梨花は大石の事を、そうずっと思っていた。
ニヤけた顔を貼り付け、与えてはならない人物に、与えてはならない情報を与える厄介な男──そうずっと思っていた。
だが目の前の、いつもよりしおらしい彼は、昼間に非礼を詫びた彼の姿は、間違いなく血の通った人間の姿をしていた。こんな大石の姿を見たのは初めてだ。
そんな彼の人間らしい、芯のある一面を知れただけでも梨花は満足だ。
刑事として、正義の立場にいてくれていた彼を知れただけでも満足だ。
「…………」
大石は申し訳なさそうに目を伏せる。
少し逡巡するように身体を後ろへ、梨花たちの方へとふらふらさせてから、やっぱり背を向けてしまった。
そのまま何も言わず、宵闇に消えようと一歩踏み出す。
それを山田が止める。
「せめて……竜宮さんのお父さんに、お線香でもあげに行きませんか……?」
ぴたりと足を止め、竜宮家の方を大石は向く。
その前に停まっている黒い車を見て、首を振った。
「……私が園崎とカチ会えば空気が悪くなりますよぉ?」
「…………」
「……それに。竜宮さんトコの美人局の件……北条鉄平との繋がりやらは分かっていたのに、私は発破かけられるまで動かなかった……動いた頃にはもう遅かった……情け無いですよ。私にお焼香をあげる権利はない」
「……そう言わずに」
山田は大石の前に立ち塞がるようにして立つ。
「……責任を感じているんでしたら、尚更行くべきだと思います」
「…………どうですかねぇ」
「…………」
「…………」
「…………負けないでっ♪ もぉ〜お〜少しっ♪」
突然歌い出す山田に全員がズッこける。
入江がボソッと「ディズニー映画みたい」と漏らす。
「さぁ〜い〜ごまでっ♪ 走り続け」
「山田。知らない歌を歌うのはやめるのです」
「え? あ、そ、そうですか……ええと……恋のっ♪ ダウンロぉ〜ドぉ〜♪」
「突然歌うのをやめるのです」
「ふぅたりっ♪ パぁ〜レぇ〜」
「やめるのです」
元気付ける為に突然歌ったが、梨花に封殺される。
とは言え大石も肩の力が抜けたのか、半ば呆れを含んだ微笑みを見せてくれた。
「……分かりました。全く、山田さんには敵いませんなぁ……」
「き・み・が・いれ」
「山田っ!」
今度こそ山田の歌は止められた。
地面に伏していた上田も立ち上がり、一同は元々の目的でもあった礼奈の父親の葬儀に向かう。
玄関から屋内に入る前、富竹が入江にぼそりと耳打ちする。
「……入江先生。分かっている事とは思いますが……」
「…………えぇ。大丈夫です」
入江は少し苦しそうに顔を歪めた後、何ともない風を装って富竹に目配せした。
「…………連続怪死事件の件までは話しませんよ」
そう言いながらも「本当に良いのか」と悩み、俯いた。
下足場で靴を脱ぎ、廊下に上がる。
すると丁度現れた圭一が、山田を五度見した上で視認し、声を上げる。
「アァーーオゥっ!?!?」
「ま、マイコー……!?」
「や、や、山田さぁぁーーんっ!?!?」
そう言えば綿流しの一件以来の再会だなと思い出す山田。
なんて言い訳しようかと考える前に、圭一は一瞬で彼女の前に詰め寄った。凄まじい圧だ。
「大丈夫ですかッ!? お怪我はッ!?!?」
「え、ええと、問題な──」
「もう……ッ! 俺……ッ!! 山田さんになんかあったんじゃと思ってぇ……ッ!!」
「あの」
「うおおおお山田さぁぁぁぁーーッッ!!!!」
そのまま跪き、山田の足に抱き付く。
「お慕い申しております……!!」
「…………」
足に絡まる圭一を引き摺り、仕方なく進む山田。
そんな二人を無視し、後続の上田らは続々と先へ向かう。
騒ぎを聞き付けて次に現れたのは、喪服姿のレナだった。
「圭一くん? どうかしたの…………あ、あぁっ!?」
彼女もまた山田と上田の姿を見て声を上げる。圭一よりは大人しい。
「上田先生!? 山田さんも!?」
「僕も無事です」
アピールする富竹だが無視される。
レナは上田と、圭一を引き摺って歩く山田に駆け寄り、安堵を滲ませた潤んだ目で見つめる。
「け、け、怪我はないですか!?」
「フッ……全く全然。なんてったって、鍛えてますから」
「はぁ……良かった……もう、どこ言ったんだろって不安で不安で……!」
その場でへたり込みそうなほどに安心し切った様子のレナ。
山田は思い出したように、圭一を引き摺りながら話しかける。
「あ、あの! 綿流しの時、なんか守ってくださってありがとうございました!」
「……っ」
途端、レナの表情が一瞬曇る。
綿流しで起きた暴動を止めた折に、村人に言われた暴言を思い出してしまったようだ。
だがすぐ明るい笑みに戻し、山田の感謝を謙遜しながら受け取った。
「……う、ううん! なんて事ないよ! 山田さんも大丈夫そうで良かった!」
「えぇ、大丈夫なんですけど。すいません、コレ剥がして貰えませんか?」
尚も足にへばり付く圭一を剥がそうとするも、彼はめげずに「好きだぁぁぁーーッ!!」と叫んでいた。
葬式会場となっている居間から、誰かがまた廊下に出た。
その人物を見た途端、大石は顔を顰める。出て来たのは、園崎茜だったからだ。
「……おや」
「…………」
居心地悪そうに目を逸らしたが、一瞬遅かった。
二人の目が合い、暫し張り詰めた空気が辺りに立ち込める。こうなっては黙ってやり過ごす方が難しい、意を決して大石はいつもの調子で話し始めた。
「……いやぁ、こいつぁ驚いた! 昔と違って、最近はとんとお見かけしないもんでしたから、一瞬どなたかと思いましたよぉ!」
「やめな、大石の旦那。ここはよそ様のお通夜だ。憎まれ口は控えとくれ」
「おおっと、これは失礼失礼……」
ちらりと、大石の後ろを茜は一瞥する。
二人の間にある鬼気迫る雰囲気に、廊下にいた者たちは気が気ではない様子。圭一は別だが。
「……少し早いが、私はお暇しようかね」
静謐な通夜の空気を荒らしてはならない。そう判断した茜は、サッと大石を横切って玄関へ向かう。
「あぁ、レナちゃん。明日の告別式にはまた来るからね?」
レナに一声入れ、スリッパから靴に履き替える。
その後ろ姿が消えるまで、大石は見送る。それからホッと、緊張が緩んだと息を漏らす。
それは他の皆も同じだ。緊迫が消えたと同時に、ぞろぞろとレナに案内されるがまま、上田と梨花、富竹と入江が居間へと入って行く。
居間にはレナの父親が安置された棺桶と、その上に飾られた遺影と花があった。
線香の煙がふわりと立ち昇っている。
梨花は沙都子や魅音と再会し、彼女らの傍に座る。
上田は圭一の家族と一緒に、入江と富竹は詩音の近くと、それぞれの場所を確保する。
それから見慣れない女の人が挨拶に現れたが、多分、彼女がレナの実の母親なのだろう。
皆が先に入った事を確認してから、やっと大石と山田も中へ入ろうとする。
「……それじゃあ、行きますかな」
「圭一さん。そろそろ離れてくれません?」
未だ「離れとうない!」と喚く圭一を振り解きにかかりながら、山田も大石と居間に入る。
死者を偲ぶ、鮮やかな供花が二人の目にも映る。
菊や百合、カスミソウや桔梗と、葬式では良く見る花々だ。
その中に一つ、珍しい物があった。
「……っ!?」
それを見た途端、大石の目が見開かれ、足が止まり、一瞬だけ息を呑み込む。
立ち昇る線香の煙の向こう。
煙の白を掻き消すような、鮮やかな青。
綺麗に飾られた、綺麗な花束。
山田もまた、驚き顔でそれを見ていた。
青い紫陽花が、供えられていた。
それは大石にとって、見覚えのある花。
綿流しの日。
死んだおやっさん墓前に、必ず供えられていた物と同じ、花。
すぐに大石は震えた声で、少し手前の方にいたレナに話しかける。
「りゅ、竜宮さん……あ、あの紫陽花、は……?」
「え?……あぁ。あの紫陽花はですね──」
誰から貰った物かと聞けた途端、大石は居ても立っても居られずに、大急ぎで玄関から飛び出した。
表に出て、すぐに横へと目を向ける。茜を乗せた車が、今にも走り出そうとしていた。
「待ってくださいッ!!」
ありったけの声量で呼び止めると、後部座席の窓が開く。そこから、不思議がった表情をした茜が顔を出した。
「……四年前ッ!! 殺されて亡くなった、ダムの現場監督! 知ってるでしょう!?」
ここでも事件の取り調べでもするのかと、呆れ顔を見せた茜。
玄関口からは、圭一をやっと振り解いた山田が事の顛末を見守っていた。
すぐに大石は続ける。
「……あの人の死後! 毎年綿流しの時期になると、お墓に青い紫陽花が供えられているんです!!」
その話を聞いた途端、茜はハッと目を丸くさせた。
「……あんただったんですか!?」
「……!」
騒ぎを聞き付けた上田と入江もまた玄関から顔を出す。
彼らの視線を受け、もうのらりくらりかわす事は出来ないと悟ったのだろう。出立しようとする運転手を引き留め、茜は車を出る。
そしてお互いに、信じられないと言いたげな顔と目で以て見つめ合う。
暫くして茜は、全てを察したように吹き出した。
「……はっ。もしかして、たまにウチらの前に供えられていた白い桔梗……あれ、あんたなのかい?」
「……えぇ。あの、青い紫陽花に合わせようと……」
「……あぁ。そうか……なんだ、そうだったのかい……」
一人納得する彼女に突っかかるように、大石は尋ねる。
「なぜですか!? 園崎家は……ダム工事に反対だった! それなのにどうして! あんたはおやっさんに、花を!?」
「私だけじゃないさ」
思わせぶるように微笑み、茜は教えてやる。
「……お魎さんも、毎年供え物のおはぎを握っているよ」
「え……ッ!?」
彼女のその話に驚いたのは大石のみならず、この場にいた殆どの者もそうだった。
あれほど冷酷で厳しく、そして村の誰もが恐れる園崎家の頭首が、敵でもあるダム関係者の為におはぎを握っていた。思わず「有り得ない」と口に出してしまうほどの話だ。
「嘘じゃあないさ」
首を振りながら、茜は訳を話す。
「紫陽花を供えるよう提案したのもお魎さんでね……丁度この時期が一番綺麗で見頃だからって、毎年毎年供えに行ってるのさ」
「……だからおやっさんの命日ではなく、綿流しの時期に……」
「秋になるとさすがに、花の色も錆びちまうからねぇ」
「……改めて質問に答えてください。敵同士だったあんた方が、なぜ……?」
遠く輝く月を見上げた彼女の横顔は、物憂げで儚く思えた。
宵風が吹いて、切れた葉を宙に遊ばせる。彼女の髪がそよぐ。
「……ダムに反対する為、まぁ私らもしっちゃかめっちゃかやったさ」
「でも」と言って、続ける。
「元を辿れば、国がおっ始めた事」
また大石の方へ目を向ける。
「あの人らは頼まれた仕事をしていただけ」
寂しそうな瞳のまま、微笑んだ。
「……人が死ぬ事……それも、殺される事なんざ望んでいなかった」
「……ッ!」
その茜の一言は、大石を震わせるほどの威力があった。
それもそうだ。今まで、園崎が全ての黒幕だと思って直走って来たのだから。
茜の口から出たのは、鬼隠しへの関与に対する明確な「否定」。
これまで霧がかっていた領域が、澄み渡って行くかのようだ。
「あの事件の犯人は分からない……だけど仮に、私らと関係のある人間がやった事だとすりゃ……だとすりゃ、心から詫びるよ。まだ分からない以上、私らはあの御仁を偲ぶべきさ」
茜は首を振る。
「いや。関係なくたって、精一杯偲ぶよ」
「…………」
「……ダム戦争が終わりゃあ、酒を飲んでお互い水に流したいと思ったさ……でも、死んじまった」
「……えぇ」
「……悲しい事さ」
一度そこで二人、思慮に耽るように口を閉じた。
遠くの田んぼからカエルの声が響き渡っている。
しかし二人の間には、深い沈黙があった。
不思議と気まずさはない。あるのは理解と、そして柔らかな安堵だった。
茜はそれ以上何も言わず、車に乗り込んだ。
大石や、皆が見送る中、車は一度Uターンし、宵闇に赤いテールライトを残して去ってしまった。
「…………へへっ」
俯き、小さく笑う大石。
次には肩を震わし、呆れたようにぽつりと漏らす。
「…………お魎の婆さんめ……全く……あんの人は……」
「…………」
そんな彼の背中を、特に印象深く捉えていた人物がいた。
入江がそうだ。彼はずっと、罪悪感と共に悩んでいた。
大石と茜。二人の対話を見て、自分の「秘密」が村に不和と疑念を振り撒いていたのだと、深く実感したからだ。
一人思い悩む入江には気付かず、大石はくるりと振り返り、恥ずかしそうに髪を掻く。
「……いやぁ、すいませんなぁ! お騒がせしました!」
そう言って手を合わせて謝罪し、苦笑いする大石の顔は、存外にスッキリとしたものだった。
「さっ!……皆さん、お通夜に戻りましょう」
「……大石さん……」
「そんな目で見ないでくださいよぉ、山田さん!」
大石は真面目な顔付きになり、山田に頭を下げる。
「……ありがとう。あなたが引き止めてくださったお陰です」
深い深い、大石からの感謝を、山田は微笑み顔で受け入れた。
再び屋内に入って行く彼を見届けてから、上田は顎を撫でながら、悔しそうな顔で口を開く。
「……全く。あの園崎ババァ、存外に情のある婆さんだったのか……分かるかッ!」
「……思えば、魅音さんがお婆さんを怖がってなかったのって……意外と裏では孫に甘々なのかもしれない」
「意外過ぎるだろ」
「でも!……園崎が一連の事件に関与していないって言う、明確な確証が得られましたねぇ……」
「まぁ俺はずっと前に気付いていたが」
「最後の最後まで疑っていたのどこのどいつだ」
お魎のそんな一面に驚きながら、二人もまた葬儀に戻ろうとする。
途中、上田は首を捻りながら言う。
「……しかしだとすりゃ、あの刑事さんのおやっさんを殺したのは誰だ? 言っても、園崎側の身内の可能性を否定し切れていなかったが……暴走した奴が勝手にやった犯行だったり?」
まだまだ謎が多い。
パズルのピースは嵌りつつあるも、それぞれが繋がらずに点在しているようだ。まだ全体像を掴み切れていない。
タイムリミットは明後日。準備をするのなら明日しかない。
黒幕が分からないまま、臨むしかないのか。大きな不安を抱えながら、二人は竜宮家の玄関戸を越える。
「……あのっ!!」
それを呼び止めたのは、入江だった。
二人が振り向いた先に立つ彼は、どこか怖がっているような表情だ。
軒先の電灯に当てられ、影がかった顔。
それは真っ直ぐ、二人を見据えた時には、意を決したものとなっていた。
「…………私は、まだお二人に隠していた事がありました」
入江は「隠していた事」を話そうと、言葉を続けようとする。
しかし、「おおい!」と呼びかける老人の声がそれを一旦遮った。
「待たせたのぉ!」
現れたのは、山田が病院で出会った鑑識のお爺さん。何やら血相を変え、焦った様子で走り寄って来た。
「あ……お爺さん……」
「嬢さん! 大石の奴もおるかの!?」
「お、大石さんですか? 丁度、お葬式に……」
「大変な事が分かったんじゃ!!」
そう言って彼は、懐から折り畳んだ紙を取り出す。
広げてみれば、それは指紋の照合に関する書類だった。
「ほれ! 頼まれとった死体の指紋! 前科者の物をやっても一致せんかったんじゃが……」
「……これは……」
「あぁ、そうじゃ! 試しに、『コレに付着しとった指紋』を照合してみたんじゃが……そしたら一致じゃ!!」
「……!」
すぐに大石へ知らせようとした時、またしても「おーーい!」と呼び止める声。
「山田ぁーーッ!!」
「や、矢部さん!?……と、公安の方々!?」
声の主は矢部。他、石原や菊池、秋葉の面々も揃っていた。
矢部もまた鑑識の爺さんと同じく、血相を変えて焦った様子だ。
「どうしたんですか……?」
「聞くんや山田ぁ! ワシぁ、ミラクル起こしたんや!!」
「カプセル怪獣?」
「そらミクラスやッ!!」
矢部からの報告を聞く前に、上田は彼が握っている写真に気付く。
「……? 矢部さん? その、写真は?」
「え?……あぁ! これは、こいつと病院忍び込んで撮ったヤツですわぁ!」
「聞いてないぞ……なんですかそりゃ?」
「焼かれて死んだ女の死体ですわ」
「タカノンッ!?」
上田が矢部から引ったくったのは、鷹野の焼死体の顔写真。
生前の姿とはまるで違う無惨なその姿に、痛まし過ぎて涙を流してしまう。
「あぁ……! 我らがタカノン……! なんとお労しい……!」
「……あのー。上田さん、みっともないんで泣くのやめません?」
「ァァーーーーッ!!!!!」
「叫ぶなっ!」
山田にツッこまれながら泣き叫ぶ上田。
だがふと写真を改めて見た時、何かに気付いたのか「おぉう?」と声をあげる。
「……待て……ん?」
「どうしたんですか上田さん?」
「…………何だ? なにか……違和感が……いや、既視感も……?」
「は?」
写真を見ながら唸る上田。
そこへ、先ほどの彼の慟哭を聞き付けた富竹が、様子を見に現れた。後ろで入江が居心地悪そうに顔を顰めた。
「マイブラザー? どうしたんですか?」
「あぁ、マイブラザー……あ! そ、そうだ!!」
富竹を見た途端に何か思い出したのか、上田は彼に近付き、勝手にポケットを弄った。
困惑する富竹だが、上田は気にする事もなく、彼の財布を取り出す。
そして中を開き、そこに挟まれていた「一枚の写真」を取り出す。
それと焼死体の顔写真とを見比べ、確信を得たように目を見開き、急いで山田にも見せる。
「み、見るんだ山田ッ!?」
「え?…………」
見せられた二枚の写真。
途端、山田の中で、足りなかったピースが埋まって行くかのような感覚が満ちて行く。
『彼が死んだ翌年から、ダム建設に対し肯定的だった北条家と古手家の人間が殺される、鬼隠しが毎年発生。紐付ける条件には、十分でしょう?』
『犯人は見つからず、迷宮入り。おかしい事件でしたよ……あれだけの殺し方なら返り血も尋常ではないハズ……深夜とは言え目撃者がいても良いのに、一向に情報がない』
鬼隠しに含まれなかった、最初の事件。
犯人は未だ不明。
『一年目、一九八◯年は沙都子さんのご両親。旅行先で、崖から転落したとか。旦那さんの遺体は見つかりましたが、奥さんは今も未発見だそうです』
『あぁ!! そうに違いないッ! あの柵なら、ガリウムによる侵食は起こる! 脆化現象により根本がボロボロになった柵に、成人二人が全体重をかければ……容易く折れるッ!!』
『……沙都子ちゃんのお母さんは、村八分の事を受けて大変気を病んでおられました。自分もそうですが、やはり二人の子どもが冷たい扱いを受けている事を、大変憂慮されておりまして……カウンセラーの心得のある鷹野さんに、何度か心理カウンセリングを……』
最初の鬼隠し。
落ちた夫婦、疑惑の妻、そしてガリウム。
『古手夫婦の怪死と失踪……旦那さんが心臓発作で倒れ、その後に奥さんが後追い自殺をしたとか……ただ、奥さんの死体は発見されていないそうです……』
『二年目で死んだ梨花の父親は急性心不全だったらしい……入江医師から聞いた』
『知っているのはボクたち古手家だけなのです……』
翌年の鬼隠し。
急死した梨花の父親、そしてやはり消えた母親。
古手家は雛見沢症候群については知っている。
『三年目の意義は、虐待する叔母への恨みですね』
『……犯人はいたって言っても、山田さんの言った通りに「じゃあなんで消えたのか」って話は堂々巡り……』
『六月の二十四日……その日は、沙都子の誕生日でした。大きなクマのぬいぐるみを買って、プレゼントするんだと言っていたのに……』
その翌年の鬼隠し。
殺された叔母と、消えた沙都子の兄の悟史。
叔母と夫の鉄平と共に、二人を日常的に虐待していた。
『強い心労と妄想の果てに……最後は自分で自分を傷付け、死ぬ。それが雛見沢症候群の、最悪な末路』
『富竹は、まさにそうやって死ぬのです』
そして「本来」起こるハズだった、今年の鬼隠し。
雛見沢症候群や、それに関わるもの全てを知る、富竹の死。
焼け死んだ鷹野と合わせ、「東京」関係者の死。
「…………」
何もかも、不可解の塊でもあった、鬼隠し。
「………………」
しかしとうとう、山田は糸口を見つけた。
「……………………ッ!!」
線となり、連鎖し、それは一本の筋道となる。
「……繋がった……!!」
振り返った先には、梨花の姿があった。
やりきったような表情の山田を見て、彼女もその表情の意味を悟ったようだ。
梨花の目は、激しい情動から、潤んでいた。
黒幕は────
「旧雛見沢村。一九八三年に廃村」
「ただ、廃村になった経緯に関しては謎が多いようだな」
35年前に滅んだ村
「村民が全員死亡ってなかなかヤバくないですか?」
「確かにヤバいな。火山性ガスだとか」
「しかし依頼人は、村民全滅の正体は『寄生虫』と言う」
寄生虫
「わしは昔、村の学校に本を持って行っちょったけ……知っとるべ」
「『綿流し』の日に起こる祟りを……」
「しかもその数日後に、村が滅んだ事を……」
「『オヤシロ様』の怒りに触れたんじゃ」
オヤシロ様の祟り
『 と お やま の き ん さん』
「……『遠山の金さん』」
「上田さん!? 誰か、いますよ!?」
「え!? え!? ちょちょちょ!?」
「にゃあーっ!!」
「ダムは〜ムダムダ〜!」
「「ムダムダ〜!」」
「園崎の本山でもある雛見沢をダムに沈めるなんて許す訳ないじゃんさ」
「ムラムラーっ!!」
ダム戦争に沸く1983年の雛見沢村
「アタ〜クシは、本物ですのよ?」
「アナタのカードを的中させてみせますわ?」
「我が魔王女の仰せの通りぃ!!」
「ただの宴会芸じゃねぇか!」
建設反対派を率いる霊能力者
「園崎家から、『三億円』を頂きに上がりますわ!」
「そんな、馬鹿な……!?」
「あっしが、運んでいたのに!?」
「あいや待たれぇ〜いっ!」
園崎三億円事件
「ファンの間では、『ズラ丸』と」
「兄ィは薄毛治療失敗してから医者嫌いなんじゃ!」
「だからねぇソウゴくん? おじさんの髪は本物だって、言ってるでしょ?」
「前が見えねぇ」
まさかの公安部勢揃い
「……レナ。まだ見つからないみたいでさ」
「上田先生がレナさんに誘拐されたなら、もしかしたら梨花も!?」
「……どうせ死ぬなら、好きな人とが良いなって」
「ふざけんなよ、レナ」
「まるっとレナっと全てお見通しかなっ!!」
「かなっ!?」
踊る竜宮レナ捜査線
「…………『雛見沢症候群』」
「家族や親友さえ信じられなくなるほどの」
「強い敵意と妄想を、その人間に植え付ける病……なのです」
「ショックガーン?」
「千鳥っ!」
雛見沢症候群
「雛見沢症候群には、『女王感染者』と言う特別な感染者が存在するんです」
「この女王感染者が亡くなれば」
「他の感染者は一斉に末期症状となると、考えられております」
「そのような事態になった場合」
「『村民の皆殺し』と『雛見沢の抹消』が実行されます」
「千年殺しッ!!」
明かされる大災害の真相
「……自殺に見せかけた殺人で、誰かが遺体を隠したと?」
「悟史くんがそんな事するハズないじゃないですかッ!!」
「んっふっふっふ! そう。『園崎家』なら、可能ですねぇ?」
「あなたが村に来てから既に、全員に騙されているとすれば?」
深まる連続怪死事件の謎
そして
「な、なんかに躓いて……」
「…………え?」
今年も起こってしまった
「……上田さん?」
鬼隠し
「いやぁぁぁーーーーッ!!!!」
「ミヨぉぉぉぉーーーーッ!!」
「Rが家から飛び出しました!!」
「どこにも逃げ場はねぇんで」
「ワシ、参上ッ!」
「僕の学歴にお前が泣いたッ!!」
「これよりッ! 公由家主催ッ!!」
「『ひっきーのえれくとりかるぱれーど』を開催するッ!!」
「……詩音さん。あなたがこの場所にいるのも、ある意味で運命なのかもしれません」
「…………悟史くん……?」
「をーっほっほっほですわーっ!!」
「梨花ちゃぁぁーーーーんッッ!!」
「梨花ぁぁーーッッ!!」
「これも君が……カミヌーリの血を引く故なんだ」
「どこまでやれるのか見ものだよ……奈緒子」
「ありがとう……なのです……!」
「お前らのやった事は────」
「──全部お見通しだ」
「うぉぉぉぉおーーーーッッ!!!!」
「なのですッッ!!」
「な"のですッッ!!!!」
「オヤシロパワぁぁぁぁーーーーッッ!!!!」