TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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打ち明け

 ボンネットに黒服が括り付けられた車が二台止まり、中から園崎家の面々が出て来た。

 その中には勿論、上田と富竹もいる。ちらりと、まず上田はボンネットの男に目を向けた。

 

 

「土竜の唄……生田斗真?」

 

「じゃあ先生、私らは先に行かせて貰うよ」

 

 

 そう言って茜は魅音と詩音を連れて、目の前にあった家の中に入って行く。魅音は茜と同じ喪服仕様の着物姿で、対して詩音はフォーマルブラックだ。

 

 彼女が入った家とは、葬式を執り行っているレナの家だ。既に参列者がいるようで、玄関口には色々な人が立っていた。故人の仕事仲間や友人がその殆どだろう。

 上田と富竹は喪服の準備が出来ず、少し入り辛さを感じていた。

 

 

「こんな格好で少し、忍びないですが……」

 

「僕なんてタンクトップ一枚ですから」

 

「まぁ……一応我々、旅行者ですし、あの子も事情は知っているだろうから大丈夫だとは思うが……行きますか?」

 

「そうですね……行きましょう、ジロウよ」

 

「えぇ、ジロウよ」

 

 

 二人揃って一歩を踏み出した、その時だ。

 

 

 

 

「う、う、上田先生ッ!? 富竹さんッ!?!?」

 

 

 二人を呼ぶ愕然とした声。振り返ると、そこにいたのは前原一家。特に圭一が上田らを見つけた途端、鬼気迫る形相で颯爽と近付いて来た。すぐに上田は声をかける。

 

 

「よぉ〜少年! この通り、私は無事で」

 

「俺の師匠はどこですかッ!?!?」

 

「…………」

 

 

 彼は山田を心配していたようで、あんまりな扱いを受けた上田は表情を固めていた。

 代わりに富竹が、ちょっと面倒臭そうな顔になりながらも教えてやる。

 

 

「や、山田さんも無事だから安心してよ! 多分、もうすぐで来るんじゃないかな」

 

「そ、そうなんですか? はぁ〜……無事そうでホッとしたぜ〜…………あ。上田先生も元気そうで何よりッス!」

 

「あげたピラニア汁返してくれないか?」

 

 

 その圭一の隣を縫って現れたのは、彼の父親だ。彼は上田の前に立つと会釈をした。

 

 

「もしや、あなたが上田先生と言う方で?」

 

「え、えぇ……」

 

「はじめまして。自分は『前原 伊知郎』……この圭一の父です」

 

「あれ? 私たち、一回会っていませんでした?」

 

「え?……いえ。多分、初対面かと……」

 

 

 とりあえず二人握手をし、挨拶。伊知郎はまず彼に感謝をした。

 

 

「圭一から話は聞いております……息子を助けてくださったとか。何と感謝を申し上げれば……」

 

「いえいえ! 私にかかればあんな連中、私が昔相手とったインドの怪僧と比べたらなんて事無い! はっはっは!」

 

「上田先生スゲェ!」

 

 

 横で圭一が感動している。

 そして上田も褒められて気が乗って来たようで、そのまま伊知郎との会話を続けた。

 

 

「何でも、複数人を相手に無双したとか。現実は小説よりも奇なりとは言いますが……いやぁ。創作者の端くれとして、少し嫉妬してしまう展開ですねぇ」

 

「ほぉ? そうなんですか? 実は私、本を出版していましてねぇ? 私もまた、創作者の端くれなんですよぉ!」

 

「なんと多才な方だ……本は僕も出していますが……まぁ売り上げはそこそこで……」

 

「本を売って成功すると言うのは難しい事ですからねぇ! その中でもやはり生き残る為には──」

 

「精々、分譲地を買って、一軒家を買う程度しか売れなかったですし……」

 

 

 上田の表情が固まる。

 

 

「この間も重版の話も上がりましたが、発売一ヶ月にしてやっと、と言った具合です……」

 

「…………」

 

「さぞ、上田先生の御本ならば、世界レベルの売り上げとなっているかと思われます。僕も、まだまだですね」

 

「…………えぇ! 私なんて、とある繁華街にある一坪を買って、そこに超巨大な高層ビルを建てられるほどの売り上げにこの間とうとう到達しまして」

 

「ちょっと! もうそろそろ……」

 

 

 痺れを切らした伊知郎の妻の一声により、上田と伊知郎の話は終わらされた。

 前原一家が家の中に入って行くのを見届けてから、上田はドッと疲れたように溜め息を吐く。

 

 

 

 

 そんな折、後ろからまた忙しない様子で二人を呼ぶ声が聞こえ、踵を返した。

 

 

「お二人ともー! ご無事でしたかー!」

 

 

 入江だ。いつもの白衣姿ではなく、喪服である黒のスーツに身を包んでいた。彼はホッと安堵したような表情で、二人の元に駆け寄る。

 

 

「お、お、お怪我はないですか……!?」

 

「いや……私は大丈夫です。鍛えてますから」

 

「僕も大丈夫です。ムキムキぼでえですから」

 

 

 二人は同時にマッスルポーズをしてみせる。富竹は少し腹が出ている。

 とりあえず二人が大事ないと分かった入江は、「そうですか」と流して話を続けた。

 

 

「ところで山田さんは? 大石刑事と会ってくれと言っていたようですが……」

 

「山田が? あいつどこほっつき歩いてんだ……」

 

「……あぁ、そうでした。この件について、富竹さんにもお伺いを立てておこうかと……」

 

 

 入江が尋ねたのは、大石に「東京」や雛見沢症候群の事実を明かす事についてだ。一応、監査役の富竹に相談しておきたかったようだ。

 最初こそ富竹は難色を示す様子で、難しそうに唸っていたものの、これまでの事を踏まえた上で首を縦に振ってくれた。

 

 

「……鷹野さんが殺され、マイブラザーも殺されかけた……」

 

「マイブラザーとは……?」

 

 

 入江の困惑を無視し、富竹は頭の後ろを掻きながらぼやく。

 

 

 

「……『番犬部隊』からも追加の報告は来ないし、やむを得ないか……」

 

 

 朝方に連絡した「番犬」と言う東京の一部署からの返事が、未だ来ていない。鷹野の死などの要因ですぐに動いてくれるのかと期待していたが、存外に腰が重い。富竹はそれにヤキモキしているようだ。

 

 

「……ともあれ最低限の口止め、そして最重要機密は話さないようお願いしますよ」

 

「それは、勿論……ありがとうございます富竹さん」

 

 

 

 

 話をしている三人の元に、今度は梨花と沙都子がやって来る。梨花は黒のワンピース、沙都子も白のブラウスと黒のジャンパースカートの喪服姿だ。

 

 

「あ。上田なのです」

 

「上田先生!?!?」

 

 

 梨花はともかく、沙都子の反応は強いものだった。颯爽と彼の足元に駆け寄っては足にしがみ付くように抱き付いた。

 

 

「おおう!?」

 

「うわあああん! 上田先生も無事で良かったですわぁぁーーっ!!」

 

「僕も無事だったんですけどね」

 

 

 横で富竹が主張するが無視される。

 思いの外泣かれてしまい、上田は周りの目が気になって居心地が悪そうだ。

 

 

「と、とりあえず落ち着け沙都子。今はお葬式なんだ、騒ぐのはハイセンスナンセンスだぞぉ?」

 

「どっちなのですか」

 

 

 ぼそっと梨花が突っ込む。

 ともあれ上田に諭された沙都子は、涙を拭いながらやっと抱き付くのを止めた。

 

 

「グスっ、グスっ……もう、悲しんだら良いのか喜んだら良いのか分かりませんわ……」

 

「みぃ。ボクのハンカチでお目目拭くのです」

 

「うん……ありがと梨花…………これポケットティッシュ……」

 

「家に余るほどあるのです」

 

 

 潤んだ目をティッシュで拭い、何とか泣き顔から回復する沙都子。

 その隣は梨花はちらりと上田らを一瞥してから、彼女に話しかけた。

 

 

「……沙都子ー。ボクちょっと上田と話すのです。先に行ってて良いのですよー」

 

「え? 今更話す事でもありますこと?」

 

「感動の再会みたいだった割に扱い軽くないか?」

 

 

 上田が少しショック気味に突っ込む。

 とりあえず沙都子を言いくるめ、彼女だけ先にレナ宅へ行かせた。あとこの場に残っているのは、雛見沢症候群にまつわる秘密を共有しているメンバーのみだ。

 

 まず梨花は、実際に生存している富竹を感慨深そうに見つめる。

 

 

「……無事で良かったのですよ」

 

「……鷹野さんは助けられなかったけどね」

 

「……今はその犯人を見つける事が大事なのです。偉い人とお話できる富竹なら出来るのですか?」

 

 

 期待を込めて聞いてみるも、富竹の返事は力無い首振りだけだった。

 

 

「先方から連絡は依然なし……興宮署の動きも含めて、僕の知らない東京の介入が起きている事は明白だ……だけど一切の情報が来ていないんだ」

 

「……やっぱり、東京が関わっているのですか?」

 

「何とも言えないが……とりあえず明日の朝には本部に帰るよ。実際に上層部と会って、色々と聞き出してみる」

 

 

 新幹線を使えば、ほんの二時間で東京に行ける。災厄が始まる明後日までには余裕で間に合うだろう。

 富竹生存で希望が出来たと、ホッと胸を撫で下ろす梨花。その彼女へ、上田が尋ねた。

 

 

「なぁ? 山田の奴を見てないか?」

 

「山田?……あー……」

 

 

 山田とは停留所前で会ってはいる。しかし泣き腫らした顔を見られたくないと、落ち着くまでその辺を歩くと言って一旦別れた。

 レナ宅での葬式の事は伝えているので必ず来るとは思うが……まず彼女の父親の事は言わない方が良いだろうと、梨花は判断する。

 

 

「ちょっと散歩するって言ってたのです!」

 

「散歩だあ? なに呑気してやがんだ! この状況で散歩して良いのは右京さんだけだぞ!」

 

「すぐ来るハズですので、待ってると……あ」

 

 

 ふと目を向けた先、件の山田がそこにいた。

 少し俯きがちな彼女を見つけた途端、上田は誰よりも早く声をかけた。

 

 

「おぉい山田ぁ!」

 

「…………あ。う、上田さん」

 

 

 すぐに駆け寄る上田。その後ろからチラリと見える梨花は、心配そうな眼差しを送っていた。

 

 

「こんな大事な時にどこほっつき歩いてたんだ!」

 

 

 上田の叱責を受けながら、梨花のその眼差しに対する返事として、「もう大丈夫だ」と真っ直ぐな視線で以て示した。

 

 

「……すいません。ちょっと……」

 

「全く……黒幕が俺たちを狙っているかもしれないんだ。あまり夜道を一人で歩くんじゃない」

 

「……心配してくれているんですか?」

 

 

 その切り返しに上田は表情をピシッと固めてから、鼻で笑って否定した。

 

 

「いいやぁ? 全然? 全く? 誰がYOUみたいなド底辺貧乳マジシャンなんか」

 

「ソイっ!!」

 

 

 山田から怒りの鉄拳が飛ぶ。それを腹部に受けた彼は、地面に倒れ伏した。

 倒れた上田を踏んで乗り越えると、彼と同じく待たせていた富竹と入江の方へ行く。

 

 

「お待たせしました」

 

「ご無事でなりよりです、山田さん……」

 

「あのジロウをたった一発で……! 山田さん。あなたもしや、北斗神拳の継承しゃ」

 

「入江さん」

 

 

 富竹の言葉を遮り、入江にまず興宮での事を報告する。

 

 

「興宮に運ばれたって言う死体は、何とか私たちで写真や指紋を押さえました」

 

「そ、そうですか……行動力の化身ですね……」

 

「……それより………少し、最悪な予想を言っても構いませんか?」

 

「……え?」

 

 

 次に山田が言った「最悪な予想」を聞いた途端、入江のみならず、富竹や梨花さえも戦慄する。それほどにまでさせるほどの威力が、「最悪な予想」にはあった。

 有り得ないと言わんばかりに小さく首を振りながら、入江は山田の言葉を繰り返した。

 

 

 

 

「……は、破棄したハズの『薬品』が……誰かの手に……で、ですって!?」

 

 

 

 彼の言う「薬品」とは、雛見沢症候群の兵器化を目的として作られた、危険な代物。だがそれは、研究の凍結に先立って全て処分されていたハズだ。

 何とか立ち直れた上田は、思わず山田に詰め寄る。

 

 

「どう言う事だ山田……!?」

 

「まず入江さんに聞きますけど……その、兵器化した薬品と言うのは、どう言う物ですか?」

 

 

 すっかり顔面は蒼白色となっている。恐る恐ると言った具合に入江は富竹と、そして梨花に伺いを立てるような目線を送った。富竹は小さく頷き、一方の梨花は話してくれる事を期待するように目を合わす。

 二人の反応を見た後、入江は意を決して、薬品の詳細を語り始めた。

 

 

「……兵器化した、雛見沢症候群を由来とする薬品……それは人為的に、『病気の末期症状を引き起こさせる』ものです」

 

 

 それを聞いた途端、全てを察したような目を向けたのは、「とある人物の死」を知る上田と梨花。

 

 

「……まさか……山田……!」

 

 

 思わず梨花はチラリと、そのとある人物──こと、富竹を見やる。

 そうだ、本来なら彼は昨晩死んでいたハズだ──「首を掻きむしって」。

 

 

「はい……富竹さんの死は」

 

 

 二度見する富竹だが、山田は構わず続ける。

 

 

「破棄されたハズの、その『薬品』によって起こされたものだったかもしれないんです」

 

「な、なぜ、そう言える?」

 

「上田さん……確か誰かに襲われた時、首に注射針のような物を刺されたんですよね?」

 

 

 山田は、自身の首に注射を突き刺すような仕草を取りながら言う。釣られて上田もまた、その傷痕を覆う首のガーゼに触れた。

 

 

「てっきり上田さんを、麻酔か何かで眠らせる為なのかと思っていた……けど、もしかすれば……」

 

「……お、俺を無理矢理発症させて……と、富竹さんのようになっていたのかもしれない……って、コト?」

 

「そう考えられませんか?」

 

 

 山田の推理を聞き終えるや否や、梨花は入江に縋り付き、鬼気迫る声音と表情で聞く。

 

 

「その薬品はどこなのですか!?」

 

 

 だが入江はまだ「有り得ない」と首を振る。

 

 

「薬品は全て、破棄されたハズです……! 資料も製造方法も含め、監査局が何度も立ち入っていましたから……み、見落とすだとか、隠すだとかなんて無理だと……!」

 

「絶対なのですか!?」

 

「それは保証するよ」

 

 

 代わりに口を開いたのは、静聴に徹していた富竹だ。

 

 

「兵器開発に関連する全ては、入江機関だけじゃなく、僕たちや、他多くの部署が、幾度も慎重に実行した。誰かの手に残っているなんて有り得ない事だよ」

 

「薬品を元々管理していたのは誰ですか?」

 

 

 山田の質問に、入江はすっかり動揺しきった震え声で答えた。

 

 

「……まず、入江機関の所長である私……そして殺された鷹野さん……他にも開発に携わった研究員がいましたが、計画の凍結が決まってからは東京に戻ってしまいましたから……」

 

「となると、この村で薬品の存在を知るのはもう、入江さんだけ……しかし彼は、確か、祭りの時……」

 

 

 上田が言わんとしている事は分かる。今年の鬼隠しを、入江が引き起こすのは不可能だ。

 彼は村唯一の診療医で、祭りの最中はずっと、境内に立てられた医務用テントにいた。その事は祭りにいた多くの参加者が証言しており、つまり入江にはアリバイがある訳だ。仮に薬品を隠し持っていたとしても、犯行を実行は出来ない。

 

 

 もしくは共犯者の存在も考えられるだろう。しかしここまで多くの秘密を打ち明けてくれた彼が、何より薬品がまだ存在する可能性を受けて分かりやすく狼狽している彼が、どうにも全ての黒幕に思えなかった。

 

 

「とにかく、その薬品が残っている可能性があるんです!」

 

 

 山田はひたすらに訴える。

 

 

「そうじゃないと上田さんに注射を刺した理由、そして富竹さんの死因に説明が付きません」

 

「あ、あぁ……確かにYOUの言う(ゆー)通りだ。ダジャレじゃないからな」

 

「……ボクも、山田の推理に納得なのです……」

 

「そんな……」

 

 

 彼女の推理には説得力があった。上田も梨花もそれに賛同する。入江に関しては半信半疑と言った感じながら、外部への流出が可能性として上がった事で、不安がその潜めた眉に出ていた。

 

 そんな中、富竹一人が釈然としない様子を見せながら、手を挙げる。

 

 

 

 

「ところで、何で僕が死んでいる前提で話が進んでいるんですか?」

 

 

 とうとう禁断の疑問を口にする。途端、山田と上田と梨花の表情が真顔で固まった。

 薬品の存在を推理する余り、もはや別の未来となった富竹の死を思いっきり口走っていた。

 

 

「あの……えと。僕が死んだとかって言うのは一体」

 

「「忘れろ忘れろ忘れろビーームっっ!!」」

 

「びぃーむなのですっ!」

 

 

 大声と変な挙動で、強引に三人ではぐらかす。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女らの元に現れる、最後の珍客。

 

 

「……んっふっふ。人様の葬式だってのに、騒がしい大人がいたものですねぇ?」

 

 

 その珍客の声に反応し、四人は一斉に目を向ける。

 

 

 暗闇の中からふらりと現れたのは、大石。山田が全てを話してやる為に呼んだ男だ。

 彼を見るや、梨花の眉間に自然と皺が寄る。

 

 

「大石……」

 

「しかし梨花さんに入江先生、そして富竹さんとは! 言っちゃ何ですが、妙な組み合わせですなぁ?」

 

 

 いつもののらりくらり、飄々とした物言い、そして崩れないニヤニヤ笑い。怪しいその態度もそうだが、更には彼は現職の刑事でもある。場に油断ならない緊張感が漂うのも無理はない。

 

 

 

 

「お約束通り、『信用に足る人』を連れて来ました」

 

 

 思わず身構える入江と富竹だが、間を取り持つように山田が紹介する。即座に大石は興味深そうに自身の顎を撫でながら、入江を見やる。

 

 

「ほぉ〜……? まさか、入江先生がぁ?」

 

「…………っ……!」

 

 

 ニヤニヤ笑いだが、その眼差しは鷹のように鋭い。また大石自身、先の沙都子の両親の事件で、入江に疑念を向けていた。

 そして入江もまた、大石の追求から沙都子を守るべく手回しをした。その事実があるからこそ気まずい上に、その事実を明かすかもしれない。入江の緊張と疑心は計り知れないものだろう。

 

 

 

「……入江。打ち明けるのです」

 

「り、梨花さん……でも、しかし……」

 

 

 そんな二人の間にある思惑を悟った上で、梨花が入江に発破をかけた。

 

 

「大石は確かに胡散臭いのです」

 

「辛辣ですなぁ」

 

 

 困ったように頭を掻く大石。

 

 

「……でも」

 

 梨花は説得を続ける。

 

 

「……お昼に大石とお話した時に分かったのです……大石は、誰よりも真っ当に刑事なのです」

 

「……え?」

 

 

 その言葉に入江以上に驚いたのは、当の大石本人だった。ずっと浮かべていたニヤニヤ笑いは消え、唖然とした表情で梨花を見つめていた。

 

 

「ボクには大石のその執念の理由は分からないのです……でも、全てを解き明かしたいその気持ちは、ボクにだって分かります」

 

「……あなた、一体……?」

 

「……多くの人が恐れ、諦めたその闇に、大石は刑事として踏み込み続けた。それは決して、誰にでも出来る事ではない……そんな大石の勇気と、刑事としての矜持は、今のボクらにとって大きな味方になるのです」

 

 

 大石を一瞥した後、梨花は真っ直ぐ入江と向き合う。

 暗がりの中で黒い喪服姿、しかし不吉な雰囲気はない。その何色に染まる事のない黒が、今この場で何よりも美しく思えたからだ。

 

 

 

「全てを費やし、事件に挑む……それだけに、真実を取り上げられ続ける苦しみも、並大抵のものではないのですよ」

 

「…………」

 

「一つ綻びが出来てしまった以上、秘密なんて無理なのです。寧ろ、囚われてしまう人が増えるばかり……もう、大石や村の人だけじゃなく、今のボクらもまた同じなのです」

 

「…………」

 

「……時が来たのですよ」

 

 

 俯き、考え込む入江。そしてその後ろ、緊張した面持ちで見守る上田と山田、それに富竹。

 方々から向けられる祈りと、懇願の視線を受けながら一人、やっと入江は顔を上げる。その表情は決意に満ちていて、曇りのないものだった。

 

 

 

 

「……分かりました。打ち明けましょう」

 

 

 その言葉が飛んだ途端、固まっていた皆の表情が和らいだ。

 ただそれでも大石だけは、顰めた顔をまだ正してはいない。寧ろここからだと、腹を括っているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、矢部たち公安一行。村外れにある狭い公衆電話のボックスに、四人が缶詰状態となっていた。

 ギュウギュウに押し合いへし合いをしながら、矢部は未来の赤坂から渡された電話番号を打ち込む。電話機の上には「怪異注意」と書かれた紙が貼られていた。

 

 

「これで無理やったらどないする?」

 

「万事休すって奴じゃのぅ兄ィ!!」

 

「もうどーにもこーにもなりませんね〜」

 

「良いからダメ元で早く掛けたまえ!」

 

 

 菊池に急かされ、うんざりした顔で矢部は受話器を耳に当てた。受話器からはくちゃくちゃと不快な咀嚼音が鳴る。

 

 

「なんやコレぇ? あぁ? クチャラーに繋がってもうたでぇ?」

 

「矢部さぁーーんっ! 怪異起きてますぅーーっ!! 助けてメリィーーっ!!」

 

 

 電話ボックスの向こう側に怪しい花嫁が立っているが、矢部は気にせず番号を打ち直す。

 

 

「あ、なんや。番号間違ぅとったわ。ええと……」

 

 

 謎の花嫁に部下たちが怯えている手前、矢部は呼び出し音が消えるのをひたすら待つ。

 コールは四回、五回と増えて行く。さすがに無理かと諦めかけたその時、ガチャリと言う音と共に呼び出し音が消えた。

 

 

『……もしもし?』

 

 

 受話器の向こうから若い男の声。まさか繋がるとは思っていなかった矢部は、小さく驚き声をあげてしまった。

 

 

「うぉお! マジで繋がりおったで!?」

 

『……どちら様ですか?』

 

 

 気を取り直し、矢部は恐る恐る、相手に声をかけた。

 

 

「あのぉ〜……? いや、間違い電話やったらすみませんけどねぇ?」

 

『はぁ……?』

 

「おたくさん、もしかしてぇ……赤坂、衛さんと言う方やないですか?」

 

 

 いやいや違うだろと首を振る部下たちと、怪しい花嫁。実のところ矢部本人も「そんなミラクル起きる訳ないか」と半ば諦めてはいた。

 

 

 

 

 

 少しの沈黙が続く。もしや向こうは悪戯電話かと呆れているのではないかと、思い始めた時だ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はい。本人ですが」

 

 

 怪訝とした表情で受話器を握るは、若き日の赤坂だった。




・去年に実施した再編集の際にやむなくカットした場面ですが、一応圭一の父と上田は二、三日目辺りで会ってました。
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