TRICK 時遭し編   作:明暮10番

81 / 102
変遺体

 病院の廊下を忙しく、されど落ち着いた足取りで突き進む山田と矢部。何とか怪しまれず、大石から聞かされた遺体安置室のある棟まで辿り着いた。

 

 

「おったまげるぐらいスンナリいけそうやな」

 

「えぇ……本当に私たちの変装は完璧ですよ。どっからどう見ても、偉いお医者さんと学校の先生にしか見えない」

 

 

 そのまま堂々と、関係者以外立ち入り禁止の棟に足並み揃えて入ろうとする。

 しかし偶然すれ違った一人の医者が、二人を引き留めてしまった。

 

 

「ちょっと待ちなさいよーっ!」

 

 

 ぎくりと二人揃って肩が微かに動き、足が止まる。

 振り返った山田は小さく「うわっ」と呻き、顔を顰める。二人を引き留めたその医者は、レナの父親の元に向かう折に遭遇したあの「アキコ」だった。

 

 

「そこは立ち入り禁止よーっ!?」

 

「なんでこいつ女装しとんねん。新喜劇か?」

 

「なに勝手に入ってんのよーっ!」

 

 

 ズンズンと詰め寄るアキコを前に、そっと山田は顔を背ける。一度会った時に間違いなく顔は覚えられているハズなので、バレてしまうと思ったようだ。

 ならば矢部に言いくるめて貰おうと、山田は小声で彼に命じる。

 

 

「や、矢部! なんとかしろっ!」

 

「何とかしろて、どないすんねん……!?」

 

「だからなんか、ほら……偉い先生風で!」

 

「だからどないせぇって……あー、もう! しゃあないのう……!!」

 

 

 言い合っている内にアキコは二人の眼前まで来た。瞬時に矢部は表情と姿勢を整え、更に声を出来るだけ低くし、威厳を持って話しかけた。

 

 

「えー……ワシ、やなくて、わ、私は、偉い先生です」

 

「自分で言うーっ? お名前は?」

 

槍魔栗 三助(やりまくり さんすけ)です」

 

「芸名みたいな名前ねー?」

 

「ええと……あの。し、死体の検死に立ち会う為に、召集されたもんでして……」

 

 

 それらしい理由を言った矢部に、山田は称賛の意を込めてサムズアップする。

 アキコも少し納得したように頷いたが、彼女の顔を見た際に目を凝らし始めた。

 

 

「んんー? あら? なんか見た事ある顔ねー?」

 

「ぎくり」

 

 

 眼鏡をかけるなどして人相を変えているとは言え、やはり山田の姿に覚えがあるようだ。首を大きく捻り、思い出そうとしている。

 

 

「んー? どこだったかしらー?」

 

「あ、あ、あのぉ〜? もう検死の時間が近いんで行きたいんですが〜?」

 

 

 思い出される前に急いではぐらかす矢部だが、アキコは未だ二人に対して懐疑的だ。

 

 

「でも怪しい人はこの先に入れられないわよー! 特にそこの女!」

 

「な、なんでですか!? どう見たって、私は学校の先生じゃないですか!?」

 

「まず学校の先生が入れるって前提はなんなのよー?」

 

 

 思わぬ妨害に遭い、また二人揃って頭を抱える。

 もう言いくるめの台詞が思い付かない。山田は半ば自棄になって、必死に彼に頼み込む。

 

 

「ど、どうにかなりませんかー!?」

 

「いいや駄目っ!! 二人ともここから出てって!」

 

「お願シャスっ! すみませんっ!!」

 

「良ぃ〜よぉ〜っ!!」

 

 

 一転して快諾し出し、山田と矢部は一斉にずっこける。

 

 

「良いんかい!?」

 

「良いわよぉ〜? そう言う時代もあるわよぉ〜! 新時代よ今はぁ〜!」

 

 

 そう言って和やかに送るアキコを背に、胸を撫で下ろした様子で再び廊下を進む二人。

 

 

「な、なんとかなりましたね……!」

 

「さっきの時間はなんやってん」

 

「このまま真っ直ぐ行ったら遺体の安置室……フッ! 勝ったな!」

 

「せやろか山田」

 

「西の高校生探偵……?」

 

 

 ここまで来たものの、矢部からは一向に不安が消えていないようだ。

 

 

「相手は国やろ? ワシぁ刑事やから分かるけど、政治関わっとる事件は解決すんのムズいでぇ? 全部お偉い先生方が、警察も利用して隠してまうからな!」

 

「だからこうやって、隠される前に見に行くんじゃないですか」

 

「せやかて工藤」

 

「モロ言ったな」

 

 

 刑事としての立場からやはり危惧している事があるのだろう。この際だからと、矢部は窘めるような言い方で続ける。

 

 

「仮に死体になんかあったかて、それが決め手になるんかいな? それに興宮署は国側やし、梨花て娘殺した犯人どころか、まだ鬼隠しの事もよぉ分かってへんのやねんでぇ? 全部もう、隠されとったらどないするんや?」

 

 

 それを聞かされた山田は突然ぴたりと、足を止めた。矢部は少し前に進んでから、怪訝な顔をして振り返る。

 

 

「なんや? どした?」

 

「……矢部さんは」

 

 

 

 

 くっと顔を上げ、矢部と目を合わせる彼女の表情は、どこか自信に溢れている様子だった。

 

 

 

 

「……『ハリー・フーディーニ』は知ってますよね?」

 

 

 

 突然フーディーニの話を始めた真意が分からず、呆然とする矢部。

 

 

「あぁ?……おぉ。何度かお前や上田先生から聞かされとるで?」

 

 

 山田は彼の困惑に構わず、「フーディーニ最後の逸話」を話し始めた。

 

 

「フーディーニは死ぬ間際、妻のベスにこう言ったんです。『本当に死後の世界があるのなら、私は必ず方法を見つけ出し、一年後に連絡を取る』……と。そしてその声を伝えられる、『本物の霊能力者』を探せ、と……」

 

「おぉ……?」

 

「その際にフーディーニは、妻との間に『二つの合言葉』を決めていたんです。一つ目は二人しか知らない秘密の言葉で、二つ目なんかは二人で決めた『九つの単語と解読法』を使った暗号なんですよ。勿論、解き方は死んだフーディーニが教えてくれます」

 

 

 少し一息入れて、続きを語る。

 

 

「その合言葉と解いた暗号が言えたのなら、その霊能力者は本物だと言う証拠になりますから。更に暗号の解読には、妻が嵌めている指輪の裏に彫られている文字も見通さなきゃいけません」

 

「用意周到やなぁ」

 

「でも結局一年経っても、フーディーニの言葉を聞き、合言葉と九つの単語さえ言い当てられる霊能力者は現れなかった……」

 

「なんや。駄目やったんやないかい」

 

「この話、実は続きがあるんです」

 

「えぇ?」

 

「フーディーニと約束したその更に一年後……その、合言葉、単語、指輪の文字と暗号の解答分を全部を言い当てた霊能力者が現れたんですよ」

 

 

 驚いている彼の反応を楽しんでいるように、山田は微かに口角を上げる。

 

 

「妻はその人を『本物の霊能力者』と認めて、その人の言った言葉をフーディーニの言葉だとも認めたんですよ」

 

「それやったら、お前がしょっちゅう言うとった『霊能力者はおらん』って話はどないやねんなぁ? おるやんけ!」

 

「えぇ、そうですよ。霊能力者なんていません……その霊能力者もインチキだったんですよ。しかもそれを暴いたのは、雑誌の記者」

 

「はぁ? じゃあどないして合言葉とか、全部言い当ててんな?」

 

「簡単ですよ」

 

 

 したり顔を見せてから、山田はそのタネを教えてあげた。

 

 

 

 

 

 

「合言葉。実は妻がポロっと、新聞の取材か何かで言っちゃってたんです」

 

「……は?」

 

 

 矢部から拍子抜けしたような呆れ声が出る。

 

 

「それに指輪の裏の文字の事も、友人に漏らしていたようですよ。霊能力者はその、漏れた情報を集めていただけです」

 

「ほんなら九つの単語言うんは? それも漏らしてたんか?」

 

「えぇ、そうですね。暗号に使われた九つの単語を、雑誌の記者に内緒で教えていたんですけど……その記者が、さっきのインチキ霊能力者の友達だったんです。だから九つの単語を入手出来たんですよ」

 

「解読法の方もか?」

 

「それはフーディーニ本人が。『暗号の単語には指定した数字が振られていて、その数字の通りにアルファベットを並べると一つの単語になるんだ』……と、自伝の中で。霊能力者はそれも把握していて、だから暗号を解けたんです」

 

 

 

 タネが分かり、尚の事呆れ返る矢部。そこまで行くも最早、漏れた情報を集め切ったインチキ霊能力者の方を褒めたくなる。

 

 

「なんやねんな〜? そりゃ、夫婦揃って詰めが甘かっただけやないかい!」

 

「まぁ、妻のベスも、フーディーニと約束した期間より更に一年経った頃でしたから諦めが付いていたんでしょうし、精神的に参っていたらしいですから」

 

「はぁ〜! しょーもな!」

 

「でも、言えるのは──」

 

 

 そして最後に山田は、このフーディーニ最後の逸話から導かれる教訓を告げた。

 

 

「──巧妙に隠し切れたと本人が思っていても……絶対に何かしらの『穴』は、必ずあるものなんです」

 

「……!」

 

 

 呆れ顔だった矢部は、彼女のその言葉で顔色を変えた。ハッと気付かされたように見えた……そして彼はもうそれ以上、山田にネガティブな事は言わなくなった。

 

 

 

 

 

 

 二人はこっそりと進み、とうとう遺体の安置室に到着。

 警備員がトイレに立ったタイミングを見計らい、そろっと室内に潜り込んだ。一応、扉には鍵をかけておく。

 

 

「なんて完璧な潜入……! あまりに完璧過ぎて笑いが出そう……うしゃしゃしゃしゃっ!!」

 

「こないなトコで急に笑うなやアホ!」

 

 

 山田の額を叩いて黙らせる。

 遺体安置室には二つの寝台が置かれ、その上に白い布を被せられた死体が二つ乗せられていた。間違いなく、昨夜の事件で出来た謎の死体だ。

 

 

「本来やったら、鷹野って女と富竹って男やってんな?」

 

「えぇ……でも、富竹さんは生きてます。ならこの死体は誰なんでしょうか……?」

 

 

 布を取ろうと手にかけた際、昨夜見た死体の姿がフラッシュバックする。顔が潰された、あまりにもグロテスクな光景だった。

 しかし躊躇はしていられない。山田は布を掴み、少し持ち上げては下げてを繰り返してから、心底嫌そうな顰め面でそれを取った。

 

 

 

 

 

 布の下から出て来たのは顔無し死体──の方ではなく、全身丸焦げの焼死体の方だった。

 

 

「うぉーわっ!? ガングロっ!?」

 

「ガングロってレベルちゃうやろ!……おぉ、これやこれや。ワシらが見つけた焼死体っちゅーんは!」

 

 

 つまりこの死体が、「鷹野 三四」の物と言う事だ。

 つい山田は生前の彼女の姿を想起し、やるせない気持ちになってしまう。今目の前にある遺体にはその生前の面影は伺えないほど、焼け焦げていた。

 

 

「……鷹野サンヨンさん……」

 

「そんな名前やったな」

 

「……助けられなくて、すいませんでした。でも、仇は討ちますから……!」

 

 

 もう物言わぬ彼女にそう意思を伝えてから、布を被せようとする。

 しかし何か疑問にでも思ったのか、被せかけた布をまた取っ払った。

 

 

「被せんのかせぇへんのかどっちやねんお前」

 

「…………あの。完全に私の願望なんですけど……」

 

「なんや?」

 

「…………これ。本当に鷹野さんなんですか?」

 

 

 山田のその発言に、矢部は馬鹿にしたような呆れ顔を見せる。

 

 

「何言うとんねや? 一瞬やけど燃える前の姿はワシも見とるけどなぁ? 確かに、アレは女の身体や! んで髪の色も(おんな)じやったでぇ?」

 

「でも……顔は見てないんですよね?」

 

「こっち背中向けとったからなぁ」

 

「んー……?」

 

 

 眉をハの字にし、唇を尖らせながら考え込む山田。ふと、人相が判別出来ない死体の顔を見て、矢部に尋ねる。

 

 

「あの……こう言う、全身焼けた死体から、どうやって『この人だ!』って判別出来るんですか?」

 

「あぁ? まぁ、現代やったらDNAやら骨格とかですぐ分かるけどなぁ。この時代やったらやっぱ、歯型ちゃう?」

 

「歯型……」

 

 

 何を思い立ったのか、山田は半開きの状態だった死体の口を覗き込んだ。見た感じ、歯はまだ残っていた。

 

 

「あー。残ってますよ」

 

「お前、よぉそんな死体の口ン中とか覗けるなぁ?」

 

「折角だし、写真とか撮っときましょうよ」

 

 

 そう言って山田はポケットからインスタントカメラを取り出した。調査用にと、あらかじめ持って来ていた物だ。

 カメラ上部にあるダイヤルを回してフィルムを回し、レンズを覗き込みながらシャッターボタンに指を置く。

 

 

「はーい。笑ってー」

 

 

 笑わない死体の代わりに、隣で矢部が笑う。

 ボタンを押し、シャッターを切ると、薄暗い部屋がフラッシュで瞬いた。

 

 

「……良し。一応、()()()()()は全部カメラで撮っときましょう」

 

「せやな……お前そのカメラどこ向けとる?」

 

 

 カメラのレンズは、矢部の頭に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、病院前では、まだ警察と園崎組とが一触即発の状態で睨み合っていた。

 

 

「ビャァァァァーーオウッ!!」

 

「ビャヤアアアアアッッ!!!!」

 

 

 奇声をあげて威嚇し合う双方。そこへ、事態を聞き付けた大高がやって来る。

 

 

「何をやっているんですか!! 全くクラッシーじゃないッ!!」

 

「あ! 大高警部! ビャァアオゥッ!」

 

「そのビャァアオゥッをやめなさいッ!」

 

 

 すぐに大高は、引き連れて来た直属の部下たちを向かわせ、優雅なクラシックバレエで以て園崎組を圧倒させる。そして敵わないと踏んだのか、悔しげに顔を歪めた後に、彼らは退散してしまった。

 

 

「フッ……これこそ、県警流グレート鎮圧術……!」

 

「警部! 助かりました!」

 

「ところで、彼らは何だったのですか?」

 

 

 尋ねられた警官は首を捻る。彼も良く分かっていないようだ。

 

 

「あれは多分、園崎の人間じゃないですかね」

 

「園崎家? あの、園崎議員の?……それがなぜ、病院の前で騒いでいたのですか?」

 

「さぁ……」

 

 

 大高はちらりと病院を見上げる。

 そして昨夜の遺体がここに運び込まれている事を思い出しては、胸を騒がせた。

 

 

「……遺体の安置場所は公にはしていないハズ……いや、しかし……」

 

 

 掛けていた眼鏡を整えると、声を張り上げ部下たちに命じる。

 

 

「皆さん! 私について来てください! グレースフルにッ!!」

 

 

 先陣を切る大高に続き、ピルエットを決めながら部下たちも院内へ入って行く。

 目指す場所は勿論、遺体安置室だ。

 

 

 

 

 

 

 そしてその遺体安置室では、山田と矢部が顔無し死体の方の確認に移っている頃だった。

 眼窩や口内が剥き出しのその死体を前に、山田は顔をしわくちゃに顰めながら調査して行く。

 

 

「……あの時は気が動転してましたけど〜……よ、良く見たら痩せてるし、上田さんっぽくないですね」

 

「しかもなんか……うーわ! 痣多いなぁ? 手の指も膨れとるし」

 

「拷問でもされてたんですかね……?」

 

 

 矢部が死体の腕を取る。肘の裏辺りには、無数の注射痕があった。

 

 

「見てみぃ。めっちゃ注射打っとる……あー、そう言うかぁ」

 

「何か分かったんですか?」

 

「手の指膨れとるやろぉ? コレ、何かずっと点滴されてて、薬が指に溜まっとるんやでぇ? 癌治療やっとって死んだ知り合いがこんな感じなっとったわぁ」

 

「へぇ〜……じゃあこの人、何かの治療中だった……?」

 

「なんで治療中やった奴が顔潰されて山ン中捨てられとんねん」

 

 

 首を傾げながら、次に二人は首に注目する。

 雛見沢症候群の末期症状でもある、強烈な首の掻痒感(そうようかん)。その痕が生々しく残っていた。

 

 

「この人は多分、雛見沢症候群だったハズ……もしかして、その治療をしていたんじゃ?」

 

「やったらなんで殺されとんねんって!」

 

「んまぁ〜……そうですけどぉ……」

 

「つーかそもそも、どこで治療受けとってんな? その症候群の治療とか、普通の病院でやらへんやろ」

 

 

 彼の言う通り、雛見沢症候群の存在は国絡みで隠匿されている、表向きには「存在しない病気」だ。それを治療する場所なんてどこにあるのか──

 

 

「…………あるじゃないですか」

 

 

 山田の脳裏に浮かんだのは、入江診療所。

 

 

「あそこならば設備は揃っていますよ!」

 

「あぁ? ほんならあんの医者、まだ何か隠しとんのかぁ?」

 

「……これはまた問い詰めまくる必要ありまくマクリスティですね」

 

「ありまくマクリスティやな」

 

 

 次に矢部は死体の手を取りながら、懐から出した物をその指に押し付ける。それは朱肉だった。

 

 

「何やってるんですか?」

 

「菊池から言われとんねん。指紋取っとけーって」

 

 

 死体の指に朱肉をべっとり付けさせ、赤インク塗れのその指を、更に持参したメモ帳の紙に押し付ける。

 指を離させれば、紙にはくっきりと指紋が付着していた。

 

 

「へへっ。これでええやろ?」

 

「い、一応インクも拭っといてくださいよ!? バレまくマクリスティですから!」

 

「バレまくマクリスティやな。さっきからなんやねんソレ?」

 

 

 ハンカチでインクを拭い落とした丁度その時だ。

 鍵をかけた安置室の扉が叩かれた。二人は同時に身体を跳ねさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 扉の向こうには、大高とその部下が大挙していた。

 大高は扉を開けようと、ガチャガチャとドアノブを回している。

 

 

「鍵が掛かってる……どなたか! 鍵を持って来てください!」

 

 

 彼の命令を受けて、警官の一人が病院から鍵を預かって来た。それを受け取ると、すぐに大高は扉を開錠し、思い切り開いた。

 

 

「誰かいるのですかッ!?」

 

 

 開け放たれた入り口より、大高と部下らが一気に雪崩れ込む。

 

 

 

 

 

 彼がまず目にした物は、布が取り払われ、晒された状態の二つの遺体だ。

 それを見た途端、大高は顔を蒼褪めさせ、目を背けた。

 

 

「うぉう……ッ!? し、した……うぉわおぅ……ッ!?」

 

 

 どうやら彼は死体に、それもこのような惨いものに慣れていないようだ。脂汗を流して倒れそうになる彼を、多くの部下らが必死に支えた。

 

 

「大丈夫ですか!? 大丈夫ですかッ!? 元気ですかッ!?」

 

 

 献身的に大高を心配する彼らの後ろ──開いた扉の後ろに隠れていた、矢部と山田の姿があった。

 彼らがこちらに気付いていない内に、二人揃ってこっそり安置室から出て行く。

 

 

 

 

 安置室から離れ、早歩きで廊下を進む二人は、歓喜で気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「いひひひひっ! やった! やりましたっ! 間抜けかアイツら!!」

 

「ハッ! 学歴だけのボンボンやから、死体に慣れとらんかったわ! 菊池みたいな死体マニアやったら終わっとったけどな!」

 

「はっは! もろたでエ藤(えとう)

 

「クドウな?」

 

 

 しかし調子に乗っていたばかりに、良く確認せず角を曲がってしまい、その先にいた通りすがりの人物と山田とが衝突してしまう。

 

 

「あうちっ!」

 

「イタっ!?」

 

 

 幸いながらも肩と肩がぶつかった程度で、どちらかが倒れると言う事態にはならなかった。

 すぐに山田は立ち止まり、その相手に平謝りする。

 

 

「す、すいません! 急いでたもんで……」

 

「いやいや、良い良い。じゃが病院じゃから、もう少し落ち着いた方が……」

 

 

 山田がぶつかった相手は、老年の男だった。

 物腰は柔らかで優しそうだったので山田は安堵するものの、男は後ろに控えていた矢部を見て目を凝らす。

 

 

「…………お前さん」

 

「え? わ、ワシ?」

 

「この間まで興宮署おった、公安の刑事じゃろ!?」

 

「え」

 

 

 その老人はアッサリ、矢部の変装を看破してしまった。

 すっかり面食らい、真顔で膠着してしまった彼に代わり、山田は急いで弁明する。

 

 

「い、い、いいいいいいやぁ!? この人は、偉い先生です! 今日! ここに運び込まれた遺体の検死に参られて〜」

 

「……それを担当する医師とはさっき話したわい。その偉い先生とやらじゃなかった」

 

 

 山田も真顔で膠着する。

 言葉を失った二人の前で彼は腕を組み、厳しい顔付きで詰問を始める。

 

 

「……ワシは興宮署で、鑑識をやっとるモンじゃ。そっちの男、『ソウゴ君、ソウゴ君』言って、署内を彷徨い歩いとった。じゃから覚えとる」

 

「ホンマにワシに何があってんな」

 

「ほんで刑事だと詐称していたと聞いた。そんなお前さんが、なぜここにおるんじゃ? どうやって知った?」

 

 

 もう誤魔化せないと諦めたのか、山田と矢部は意気消沈した様子で肩を落とす。

 

 

「うぅ……折角、大石さんに教えて貰ってここまで来たのに……」

 

 

 ふと山田がぽつりと口にした大石の名。それを聞いた途端、老人の表情がふっと驚きに変わる。

 

 

「なんじゃ? 大石?……蔵人がぁ、お前さんらに教えたのか?」

 

「え?……は、はい。えと、大石さんのお知り合いで……あっ!」

 

 

 廊下の奥から、大高の部下が華麗に舞いつつこちらへ向かって来ていた。侵入者の存在を悟り、捜索を開始しているようだ。

 焦る山田の姿を見た老人は、ちらりと部下たちを視認してから、全てを察したような口振りで二人に声をかける。

 

 

「……付いてこんかい」

 

「……え!?」

 

「良いから早く」

 

 

 どうしようかと山田と矢部は目配せするが、考えている暇はない。先導する老人に続き、二人も急いで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま三人は病院の裏口から脱出し、近くにあった公園に落ち延びる。少し離れた所で太極拳サークルが太極拳をしていた。

 辺りに警察の気配がないそこで、老人は急に味方した理由を話し出した。

 

 

「……蔵人とは、奴が興宮署に配属された頃からの仲じゃ。じゃからワシも、あいつの調査に協力しとる」

 

「……そうだったんですか……じゃあ、大石さんの、殺されたお友達の事も……?」

 

「あぁ、知っとるとも。それが、あいつを鬼隠しに執着させている事もなぁ」

 

 

 とりあえず彼が味方だと確定し、やっと山田は冷や汗を拭った。

 話を聞けばこの老人は、興宮署の鑑識課に長年勤めているベテランの鑑識官らしい。鬼隠しで発生した遺体も、何度か検死に立ち会って来たそうだ。

 

 

「それなのに今日の検死にゃあ、ワシはいらんと言われたんじゃ。じゃから直談判に来たんじゃが……門前払い食らってなぁ」

 

「やっぱ、県警が主導しとんねんや!」

 

「県警さんの動きがおかしい。資料を待って行ったり、処分を命じたり……事件を解決したいんかそうじゃないんか分からん。それに前々から捜査しとる興宮署の人間は完全に蚊帳の外じゃ。納得行かんわいな」

 

 

 苛立たしげに老人は溜め息を吐く。

 それから期待を込めた眼差しで、山田を見やる。

 

 

「……お前さん、遺体安置室に入ったんじゃろ? 遺体はどうなっとった?」

 

「しゃ、写真は撮りましたんで、あとは現像するだけです」

 

「そうか……もし、現像出来たら、ワシにも見せておくれ」

 

「協力してくれるんですか?」

 

「この際じゃ。それに蔵人が味方しとるんなら、信用してもええじゃろ」

 

 

 そう言って彼は疲れたような微笑みを浮かべた。

 思わぬところで味方が出来たと、ガッツポーズを見せる山田。一方の矢部は、懐から紙を取り出して老人に渡した。

 

 

「ほんならコレ、照合しといてくれや」

 

 

 その紙は、顔無し死体の指紋を取ったメモ用紙だ。おずおずとそれを受け取りながら、老人は尋ねる。

 

 

「コレは?」

 

「昨日のホトケの指紋や。顔潰れてた方のな?」

 

「ほぉ、なかなかこれが豪胆な奴らじゃわい……分かった、調べてみる」

 

「何か分かったら雛見沢村に来てください!」

 

 

 山田が会う場所の取り決めを済ませると、老人は手をひらりと上げてその場を去って行った。

 彼を見送ると、残された二人はドッと流れ込んだ疲労感から、膝に手を付きへろへろと項垂れる。

 

 

「ひぃい……な、なんか、色々起こりまくったな今日……!」

 

「ホンマ、こーゆーの辞めて欲しいわ……! ワシもう還暦前やで?」

 

 

 疲れて項垂れる矢部の横で、山田は背筋を伸ばし、腰を捻ってストレッチする。

 

 

 

 さて、これからどうしようか。

 そう思った時だった。ふと、公園内にある掲示板が目に入った。

 

 

「…………」

 

 

 掲示板に貼られているポスターを見た途端、彼女の動きが止まる。

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 山田の変化に気付いていない矢部は、まだ膝に手を付けた状態だ。

 

 

「ほんならさっさとカメラ屋探して、フィルム現像するで! 一時間あったら出来るやろ!」

 

 

 そして彼もやっと身体を起こした。

 

 

「おい山田ぁ! 聞いとる──おらんし」

 

 

 さっきまで隣にいた山田が、消えていた。

 辺りを見渡しても彼女の姿はない。ただ、太極拳サークルがメタリウム光線のポーズをしているだけ。

 

 

「どこ行ってんアイツぅ!? こんな大事な時にぃ……」

 

 

 髪を直しながら園内をウロウロと歩き回る。その内、掲示板に気が付いた。

 

 

「なんやコレ?」

 

 

 貼られているポスターに目を向けた。

 

 

 

『書籍化 おめでとう バッソマン』

 

「しょせきか、おめでとう……バス、ロマン……藤原紀香か?」

 

 

 特に気にも留めず、そのまま山田を探しに公園を走り去って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 矢部が見たポスターの隣には、もう一枚別の広告用ポスターが貼られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『山田 剛三のイリュージョンショー 昭和五十八年六月二十日、興宮市民会館で開催』

 

 

 和かに笑う、一人の男マジシャンの写真が大きく載せられていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。