TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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そよ風

 一方、園崎屋敷の地下に幽閉中の上田と富竹。二人は何とか園崎の人間に掛け合って、電話を用意して貰えた。

 地上から地下まで続く長い電話線を数人ががりの構成員が引き、その線を持って横一列で並ぶ彼らの目を気にしながら、富竹は黒電話のダイヤルを回す。

 

 

「……もしもし。長らく連絡出来ずに申し訳ありません、富竹です」

 

 

 彼が連絡を入れた先は、自身が所属している「東京」の調査部。組織内機関の監査と不正行為の調査を請け負うこの部署ならば、鷹野の死を受け、黒幕の捜査をしてくれるハズだ。

 

 電話口の男は富竹の生存を知り、驚き声を上げた。

 

 

「富竹さん!? ご無事でしたか! 入江機関の鷹野氏が殺されたと報告があり、てっきり……!」

 

「現地の協力者たちのお陰です。しかしお電話をしたのは僕の生存報告だけではなく……件の事件を受け、入江機関ならびに警察庁、更には当局内の全面的な調査をお願いする為です」

 

 

 はっきりと、そしてキチンとした口調で話す富竹を、隣で上田は唖然としながら眺めていた。さっきまで鷹野の死を嘆きまくっていた姿は何だったのかと言いたげだ。

 

 

「彼女の死は、東京の人間が引き起こした可能性が高い。また今後も現地の住民が狙われる可能性もあるとの事で……早急に行うべきと考えております」

 

「早急な対応を、ですか……」

 

「一連の事件は、雛見沢症候群を巡る旧体制派と新体制派の派閥争いによるものだと考えられます。鷹野氏を殺害した犯人を探し、尋問するべきです」

 

 

 調査部は、警察当局から引き抜かれた優秀な人材を多く入れている。富竹が要請すれば、明日とも言わずに今日には動いてくれるだろう。少なくとも今までがそうだった。

 

 電話口の男は深く頷き、一度何かを気にして後方を一瞥した後、一層受話器に口を近付け、辺りを憚るように話し始めた。

 

 

「……分かりました。こちらの方で準備を進めましょう。元より、鷹野氏の死は最重要事項ではありましたので」

 

「ありがとうございます! あぁ、良かった……!」

 

「ところで富竹さんは今、どちらに? お泊まりになられているホテルにはいらっしゃらないようでしたが……」

 

「今は身を隠している状況です。僕も、鷹野さんを殺害した者に狙われている可能性もありましたので……」

 

 

 それを聞いて男は「そうですか」と安心したような声をかけて、また後方を一瞥する。

 

 

「……お怪我は、ありませんか?」

 

「怪我? え、えぇ……ミヨを喪った心の怪我は盛大に負ってしまいましたが」

 

 

 突然抒情的になった彼を、上田は二度見する。

 男も困惑気味に「なるほど」と呟く。

 

 

「時間と共に癒されると思います。厳しそうであれば、カウンセリングにかかるのも手ですよ」

 

「えぇ、ありがとうございます。僕は大丈夫ですので……」

 

「そ、そうだ。富竹さん、えーっと……ほ、他に協力者はいらっしゃいますか?」

 

 

 矢継ぎ早に質問を繰り返す彼に、富竹は多少なり違和感を覚え始めていた。

 

 

「協力者は……一応、います。ただ東京の人間ではないので、何者かは差し控えさせてください」

 

「それは困ります。こちらとしても把握しておく必要が……」

 

「あの……僕の要望を早々に上へ通して欲しいのですが……」

 

 

 男はまた後方を見てから頷き、焦った物言いで会話を切った。

 

 

「わ、わ、分かりました! では早速、その通りに! どうかご無事で! もう少しです!」

 

「え……あ、はい。ありがとうございます……?」

 

「では!」

 

 

 電話は向こうから切られ、釈然としない様子で富竹は受話器を置いた。

 

 

「……とりあえず、東京の捜査部に話は通しました。これでもう、大丈夫と願いたいですが……」

 

「マイ・ブラザーよ、あなたには感謝しかない……やはりあなたは、私の大親友ですよ……!!」

 

「もう一人のジロウよ、嬉しい言葉をありがとうございます。これが鷹野さんの弔い合戦となれば良いんですが……」

 

 

 借りた黒電話を返却しながら、上田は先ほどの会話を思い返す。

 

 

「しかし……何だか、根掘り葉掘り聞く人でしたねぇ」

 

「仕方ないですよ。向こうも鷹野さんの死でバタバタしている様子でしたし……情報は得たいハズですから」

 

「そうですよね……しかしどうにも……話を長引かせたかったような気もするような……?」

 

 

 気のせいかと上田は割り切り、とりあえず立ち上がる。

 

 

 

 

「じゃあ……スクワットしましょうか、マイ・ブラザー」

 

「えぇ。マイ・ブラザー」

 

 

 やる事もないのでその場でスクワットを始める二人。

 

 

「うぉぉーーッ!! 結果にコミットぉぉぉーーッ!!」

 

「おぉおーーッ!! ミヨぉぉぉーーーーッ!!」

 

 

 見張りの構成員らもなぜか一緒にやり出す。

 

 

「うおぉーーッス!! おおおおーーーーッ!!」

 

「うぉぉおーーーーッ!! アアーーーーッッ!!!!」

 

「ぬぁぁあーーーーッ!! マッシュルーーーーーッッ!!!!」

 

「「「「ハアァアァァーーーーーーッッッッ!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼天と入道雲が望む夏空の下、大石が山田らの前に立ち塞がる。

 山田や矢部としては、本当に今会いたい人物ではない。昨夜は明確に警察より追われ、矢部に至っては官名詐称等の容疑がかけられている。大石が彼らを止め、逮捕する口実は幾らでもある。

 

 

 緊迫する空気感の中、ニヤニヤ顔の大石を警戒して見据える、山田たち。

 手錠でも出して迫って来るのかと思っていたが、次の瞬間大石は目を瞑り、溜め息を吐く。

 

 

「そんな警戒なさらないでくださいよぉ!…………あなたたちを逮捕しようなんざ、今は考えとらんですから」

 

「……え?」

 

 

 先ほどのニヤニヤ顔から一転、大石は苦々しい顔付きを見せた。

 

 

「捜査権が県警に移ってから、私は完全に……彼らに情報を渡すだけの引き継ぎ係にされちまいましてねぇ?」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「全く……昔からの管轄署が鬼隠しを捜査出来んなんざ、馬鹿げてる……」

 

 

 およそ見た事がないほど、悔しげな感情を剥き出しにする。山田らよりも彼と交流があるであろう梨花さえも、その大石の姿には大変驚いていた。

 

 

「……みぃ。じゃあ、ここで何してるのですか?」

 

「……村の巡回はもはや、生活の一部になってましてねぇ……本当は村を出歩くなとお達し食らっているんですけどね?」

 

「……まだ理由はあるのですね?」

 

 

 鋭く見抜く梨花の前で目をギョッとさせた。

 それから彼は一度バツが悪そうに口をモゴモゴさせると、白状したように開いた。

 

 

「……山田さんに、お会いする為です」

 

「……え? 私に、ですか?」

 

「なんでコイツやねんな?」

 

 

 大石は警戒を受けながらも一歩踏み出し、そして彼女の前で頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません。私は……あなたを、信じ切れなかった」

 

「え?……え!?」

 

 

 突然の謝罪に愕然としながらも、一行は大石の次の言葉を待った。

 下げていた頭をもう一度上げた時には、彼は酷く困憊とした表情に変わっていた。

 

 

「実は、綿流しを張っていた刑事らには……富竹さんや鷹野さんではなく、あなたと上田先生を見張らせていたんです」

 

「……!」

 

「あなたらは私の知らない、何か情報を握っている……そう思ったばかりに、鬼隠しと関係があると睨んでしまったばっかりに……」

 

 

 苦しそうに顔を顰めてから、大石は吐き出すように言う。

 

 

「…………冷静ではいられんかったんですよ。村人らがあなたを取り囲んでいると知った時…………そのせいでありったけのデカ祭具殿の方に向かわせ、鷹野さんを境内から出しちまった。そしてあなたの推測した通りに事が起きた」

 

「…………」

 

「…………大石蔵人、一生の不覚です」

 

 

 鷹野が境内から出れたのは、そう言った背景からだったのかと山田は理解する。

 しかしだからと言って、大石を責める気にはなれない。彼もまた、黒幕に出し抜かれた人間だからだ。

 

 

「……大石さんも、全部が悪い訳ではありません。村人を煽った人間がいたなんて、誰も分かりませんし……それに、あの時警察の人が来なかったら、私たちが危なかったかもしれませんから」

 

「…………お優しいですねぇ……信じ切れなかった事、ますます悔やまれますよ」

 

 

 大石が山田に不信感を抱くのも仕方がない。

 山田らもまた、雛見沢症候群や未来の話を隠したいが為に、挙動不審な様を見せてしまった。寧ろそれに勘付いた大石の洞察力は間違っていない──尤も、彼のその洞察力の深さ、そして鬼隠しへの執念をも利用されたようだが。

 

 

 謝罪を述べた後、大石は表情を整えてから、「しかし」と続ける。

 

 

「あなたがまだ何か隠されている事だけは、私としては聞かねばなりません。あなたぁ、何を以てこの鬼隠しを捜査しているんですか?」

 

「…………」

 

「……どうしても答えてはくれませんかねぇ?」

 

 

 判断に迷った山田は、隣にいる梨花をつい見てしまう。しかし彼女の表情にはやはり、大石への不信感がある。

 どうやら梨花もまた、彼に何か因縁でもあるようだ。それに彼は、今や「東京」の触手が伸びた興宮署の人間で、その点も含めてやはり信じ切れない様子。

 

 

 暫く戸惑い、迷った末に、山田は意を決して言った。

 

 

 

 

「……上田さんと富竹さんは無事です」

 

「や、山田!?」

 

「今は園崎屋敷で保護されています。上田さんは誰かに殺されかけました」

 

 

 驚く梨花を無視し、山田はつらつらと本当の事を述べて行く。

 

 

「そして、とても大事な話があるんですが……それはここで私が言っても、とても信じてくれるような話じゃありません」

 

「…………つまり、信用するに足る人物から……直接教えてくださると?」

 

 

 大石の明察を受け、山田は臆する事なく首肯する。

 彼の言った「信用に足る人物」とは無論、入江の事だ。山田は入江を交えて、大石に全てを明かさせようと決意したようだ。

 

 

 だがこの決定には、大石への不信感が強い梨花は戸惑いを隠せていない。矢部もまた、山田に焦った様子で尋ねる。

 

 

「え、えぇんか……!? あんの茶風林は」

 

「だから大石ですって」

 

「警察の人間やぞ……!? 敵に情報漏れたらどないすんねん!?」

 

 

 ツバを飛ばして忠告する矢部を、彼の髪を少し引っ張って黙らせると、山田は続けて話しかけた。

 

 

 

「その代わり一つ、教えてください。昨夜見つかった、顔を剥がされた死体は……どこにあります?」

 

 

 眉間に皺を寄せ、山田の質問の意図をはかりかねている様子の大石。それには梨花も気になった。

 

 

「な、なんで死体を……なのです?」

 

「あの死体、上田さんでも、富竹さんでもなかった……なら、誰の死体なのか気になるじゃないですか。今までは過去の事件でしたが、この事件は今実際に目の前で起きた鬼隠し……逃す手はありませんよ」

 

「……それなら警察の方で、今日の昼にも検死しますとも。山田さんが動くまでもございませんよぉ?」

 

 

 これは大石の言う通りだが、山田は毅然とした態度で説く。

 

 

「あなたも分かっているハズですよ……今の興宮署は、何か胡散臭いと」

 

「……!」

 

 

 図星を突かれたようで、大石は動揺からネクタイを直す仕草を見せてしまった。

 

 

「そんな今の、県警が支配する興宮署で……真っ当な検死結果が得られるでしょうか?」

 

「…………確かに、担当する検死官も、向こうが用意した人間ですが……」

 

「…………」

 

「…………一つ聞きます。仮に私が、遺体の安置所を言ったところでぇ……一体、なにをなさるおつもりですか?」

 

 

 その問いを待っていたと言わんばかりに、山田は鼻を鳴らしてほくそ笑んだ。

 

 

 

 

「確かめるんですよ。握り潰される前に……私たちが」

 

「……ッ!」

 

 

 そよ風が吹き、ふわりと靡く白のスカートと長い黒髪。真っ直ぐこちらを見据える山田のその目を、その気迫を、大石は無視する事が出来なかった。

 どこかの家で鳴った風鈴の音が止む。風鈴の陶器部分には「茶」と書かれていた。音が消えたタイミングで大石は、ふっと微かに笑ってみせた。

 

 

 

「……検死が行われるんは、前にレナさんのお父さんが入院されていた、あの病院ですよ」

 

 

 観念したような困った笑顔で、場所を言った。それが信じられないと言わんばかりに、梨花は目を丸くさせる。

 場所を告げてからまた大石は厳しい顔付きとなり、改めて山田に忠告する。

 

 

「何をなさるんかは分かりませんが……県警らはあなたらを探しております。もし、病院でヘマでもやらかしゃあ……その時は、私でもどうにもなりません。ご覚悟のほどは?」

 

「……何とかしてみますよ。もし捕まっても、あなたの名前は出しません。そして『信用に足る人』は夕方頃、多分、レナさんのお父さんのお葬式に来られますので、その時に来てください」

 

 

 約束を取り付けられて満足なのか、大石はまたいつものニヤニヤ顔に戻る。

 

 

「んふふふふ! では、夕方ぐらいにまた伺いますとも!」

 

 

 手をヒラヒラさせて踵を返し、三人から離れて行った。

 暫し見送り、彼が道の角を曲がって消えるのを待つ。最初にドッと息を吐いたのは矢部だ。

 

 

「ひぃぃい……! つ、捕まるか思うたわ……! お前も良ぉあんなんと取り引き出来たなぁ!?」

 

「と言うか山田! 大石を引き込んで大丈夫なのですか!?」

 

 

 狼狽える二人の間で、山田はずっと凛とした表情をしていた。

 

 

 

 その表情のまま、黙ってヘナヘナと尻餅つく。

 

 

「なんやねんコイツ……気丈なんは顔だけやないかい!」

 

「ふ、ふふふ……わ、わ、私にか、かかれば、けけ、ケーサツを手玉に取るなんて、お茶の子茶フーリンですよ」

 

「初めて聞いたでそんな言葉」

 

 

 何とか緊張を解きほぐすよう努めながら、依然心配気な梨花へと自分の考えを教えてあげた。

 

 

「大石さんは、信用して良いと思います……アレだけ鬼隠しに執念してるんです。向こうから言われたって、あの人は絶対に引き込まれないですって」

 

「……確かに大石のあの執念は尊敬しているのです……でも! 入江は沙都子の一件で大石を嫌っているのです。果たして、話してくれるのですか……」

 

「そこは……まぁ、梨花さん次第かと……梨花さんが言うなら、動いてくれますよ」

 

 

 やっと緊張がほぐれ、山田はゆっくり立ち上がってから彼女にお願いする。

 

 

「梨花さんはこれから……入江先生にその大石さんの事を取り付けておいてください」

 

「……さっき山田が、血相変えていたのはどうするのですか?」

 

「それはここに帰って来た時に聞きますよ……とりあえず、今は……」

 

 

 汚れた服を叩きながら、矢部の方を見た。

 

 

 

「……じゃあ矢部! 病院に突撃するぞっ!」

 

「突撃するぞやないねん。門前払い食らって終わりやないかい」

 

 

 場所は聞き出したもののノープランな山田に、ほとほと呆れ返っている。それでも彼女は諦めるつもりはなさそうだ。

 

 

「だったら矢部さんが刑事って事で、何とか出来ないんですか!?」

 

「お前アホかぁ!? 検死控えとる病院とか、警察うじゃうじゃおるで!? 看護師騙せても、そいつら騙せへんわ!」

 

「騙すも何も、お前本職だろ!?」

 

「ここじゃパンピー同然や言うたやろがい!?」

 

 

 ギャーギャー口論を始める二人を交互に見ながら、梨花は溜め息を吐く。

 それから呆れ顔のまま微笑み、意見してやった。

 

 

「なら、魅ぃの所に頼んでみるのです」

 

「み、魅音さんのトコですか? でもあの病院、園崎権限通じないトコでしたけど……」

 

「園崎権限てなんやねん」

 

 

 梨花は指をチッチッチッと動かす。

 

 

 

 

「園崎家の強みは、人の多さなのですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間後、例の病院の前には十人ばかりの柄の悪い男たちが大挙していた。

 

 

「おうおうおうおう!? ヤクザは病院(ビャァウイン)入れんのかぁッ!?」

 

「なにサツが病院(ビャァウイン)仕切っとんじゃオラァ!?」

 

病院(ビャァウイン)はみんなのモノだろがぃッ!?」

 

 

 病院前で激しく騒ぎ、見張りを担当していた警官らがすぐさま鎮めに現れる。

 

 

「何なんだお前らッ!? 病院(ビャァアオゥ)で騒ぐんじゃないッ!!」

 

「そっちが入るん拒否したのが悪いんやろがい!? 病院(ビィイヤァオゥ)にそんな権限あるんか!?」

 

「うるさいテメェらッ!! そんなに元気なら病院(ビィイヤオウッ)は必要ないッ!!」

 

「ンだと!? お前この病院(ビィヤァァァァオゥ)の医者かぁ!?」

 

「ビィイィイヤァァァァオゥッ! ブッ飛ばすぞーーッ!!」

 

 

 警察とヤクザたちの押し問答が続く後ろ。警官らの注意が逸れている隙に、病院へサッと入り込む二人の人間。

 一気にロビーを突っ切り、警官らが通り過ぎる隙間をコソコソと抜け、院内の奥へ奥へと進む。

 

 警官らの気配がなくなったと察知すると、二人は立ち止まり、同時に息を吐き出した。

 

 

「はぁあーー……な、何とかなるもんだな……! 園崎やっぱスゲェ……!」

 

「しっかし間抜けやのぉ。ワシら変装しとるとは言え、全然気付きよらんでぇ? えぇ?」

 

「てかビャァオゥってなんだ。ノリダー?」

 

 

 

 

 

 二人が病院に来る二時間前の事。梨花のアドバイスを受け、すぐに公衆電話で魅音と連絡を取った。

 

 

「……と言う事でぇ〜……病院に入る為に陽動して貰えたらなとぉ〜……」

 

「えぇ〜!? てか死体の検死とか、警察に任せりゃ良いじゃん!?」

 

「いや、それは……」

 

 

 東京の事を言う訳にもいかず口籠る山田。矢部も受話器に耳を近付けながら、狭いボックスの中で押し合いへし合いしている。

 どう言い訳しようか迷っていたが、魅音は「いや」と言って、前言を撤回した。

 

 

「……鬼隠しを暴く為だよね、山田さん」

 

「……え、えぇ。その通りです」

 

「…………昨日から警察の動きがおかしいのは知ってる。それと何か関係あるんだよね?」

 

「…………はい」

 

 

 電話越しに魅音は理解を示したように頷いた。

 

 

「……分かった。でも、私らがやるのは陽動だけ。それで良い?」

 

「ありがとさんです! 園崎万歳!」

 

「あ、でも……山田さん多分向こうに顔割れてるから……変装しないと駄目じゃない?」

 

 

 魅音がそう言った時、後ろから声がかけられた。

 

 

 

「はろろーん! おねぇ? 誰とお電話中ですか?」

 

「……アレ? 詩音?」

 

 

 なぜか詩音が園崎の本家に来ていた。突然の登場に唖然となっている隙に、彼女は受話器に耳を寄せる。

 丁度その時に、電話の向こうが気になって山田が声を出した。

 

 

「み、魅音さん? どうされましたー?」

 

「……ん? んん!? や、山田さん!? 山田さんですか!?」

 

 

 すぐに受話器を、齧り付くようにひったくる。耳元でいきなり大声を出されたので、山田は矢部は一斉に受話器から顔を離し、ボックスの壁に頭をぶつけた。

 

 

「ご無事だったんですね……! 上田先生も富竹さんもいなくなって、私もうずっと気が気じゃ……!!」

 

「あ、あの、し、詩音。その事なんだけどー……」

 

「今どこですか!? すぐにお会いしたいのですが!? もう場所さえ言って貰えたら、園崎専用のジェット機で向かいますっ!!」

 

「ないよそんなの」

 

 

 感極まって泣きながら山田の無事を嬉しがる詩音に、電話越しながらタジタジとなる二人。

 その時にふと、詩音と初めて会った時の事を思い出す。

 

 

「……あ。確か詩音さん……コスプレの服、めちゃくちゃ持ってるんでしたっけ?」

 

「めちゃくちゃ持ってます!」

 

「…………」

 

 

 山田と矢部は同時に気持ち悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の二人は、詩音から当てがわれた服を着て変装している。

 まず矢部は白衣を着てから眼鏡をかけ、整った髪型のカツラを被らされている。風貌と雰囲気だけなら、どこかの病院の偉い先生だ。

 

 

「……なんか矢部。おったまげるぐらいそれ似合ってるな……」

 

「せやろぉ? えぇ? 菊池に見せてやりたいわコレ!」

 

「ドクターXに出てそう」

 

 

 そう言う山田の変装はと言うと、赤いジャージにこれまた眼鏡をかけ、髪を二房のお下げにした姿だった。

 

 

「お前は何やねんソレ。学校の先生か?」

 

「なんか私もこの服、しっくり来るなぁ……なんでだろ……」

 

「どことなくヤクザっぽいなオイ?」

 

 

 だがその山田の風貌が面白かったのか、通りすがりの入院患者たちに指差しで一斉に「わははは!」と笑われてしまった。

 

 

「お前ら笑うなっ!!」

 

「ヤンクミやんけ」

 

「……さて。変装は完璧です……後は向かうだけですね」

 

「こんな上手く行くとは思わんかったわ」

 

 

 二人は院内案内を確認しながら、慎重に廊下を進んで行く。目指すは検死前の遺体のある、安置室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わ、分かりました! では早速、その通りに! どうかご無事で! もう少しです!」

 

「え……あ、はい。ありがとうございます……?」

 

「では!」

 

 

 電話は向こうから切られ、釈然としない様子で富竹は受話器を置いた────

 

 

 

 

 

 

──富竹からの連絡を受けていた男は受話器を置いたと同時に、心底疲れたような顔で振り返る。

 

 

「ど、どうだ……!?」

 

 

 通話を受けていた電話には数多の線が付いており、それらは男の背後にある多くの機械と繋がっていた。その機械を見ていた別の男は、耳にかけていたヘッドフォンを外し、大きく頷く。

 

 

「逆探知成功です。富竹二尉は、この座標の地点に隠れています」

 

 

 メモに書き殴った座標の数値を、一連の流れを見守っていた若い男に手渡した。

 男はそれを、光のない死んだような瞳で読み、戦々恐々とする調査部の者らの前で小さく頷いた。

 

 

「……ここは確か、園崎家と言う大きなヤクザの屋敷がある場所だったな」

 

「ご存知なんですか……?」

 

 

 一度ちらりと彼を見てから、すぐに目を逸らす。

 

 

「……協力に感謝致します。以後、また富竹二尉から連絡があれば、私まで」

 

 

 素っ気なくそう言い残すと、男は何度もペコペコと頭を下げる調査部の者らに背を向け、事務室から出て行った。

 

 

 

 

 廊下を行き、階段を降り、誰もいないロビーも隅の窓際に立つ。

 すると外から窓がコンコンと叩かれ、それに気付いた彼は窓を開いた。

 

 

「…………先ほど、富竹二尉より連絡があった。彼は誰かに囲われた状態で生存している……そしてその誰かは、園崎家で間違いない」

 

 

 窓の外、庇の影が色濃く覆う中に、スーツ姿の女が背を向け立っていた。

 男からの報告を聞いた彼女は満足そうに小さく笑う。

 

 

「上出来です。早速、こちらの方で『先方』に情報を共有しますわ。引き続き、彼の動向に注意を」

 

「……富竹二尉の生存を、理事会に伝えはしないのか」

 

「必要ありません。鷹野さんの死、そして富竹さんの生存不明である現状こそ、我々の大義に必要不可欠なので」

 

 

 そう言ってから、「本来なら死んでいて欲しかったのですが」とぽつりと溢す。

 男はそんな彼女を心の底から侮蔑したような目を向け、棘の籠った口調で話しかける。

 

 

「……あの子には手を出すな。この事件で理事会は十分、旧体制派への不信感を募らせる。そっちの勝ちだ」

 

 

 だが彼のその訴えを、女はわざとらしい溜め息を吐いてから却下した。

 

 

「まだ足りません。『H173』による富竹さんの死が失敗に終わった以上、まだ旧体制派に分があります。アレで死んでいれば、誰が見ても入江機関の責任と言えたでしょうに……鷹野さんの死も、赤の他人の犯行だと言い逃れられてしまいます」

 

「……だからあの村を消して、雛見沢症候群と言う危険な研究を続けさせていた旧体制派に、その失った命で以て償わせる訳か」

 

「さすがの洞察力ですわ。『公安部資料室第七課』の肩書きは伊達ではありませんわね」

 

 

 頭に血が昇る。

 男は反射的に窓から身を乗り出し、そこに立つ女へと拳を繰り出そうとした。

 

 

 

 だが振りかぶったその腕は、背後に立っていた屈強な男に掴まれて止められた。

 

 

「…………ッ……!」

 

 

 睨む男の前で彼女は、肩を微かに震わせ、静かに笑っていた。

 

 

「ふふふふふ……前にも申し上げた通り、あなたは四六時中見張られています」

 

「……くっ……!」

 

「少しでも妙な動きを見せれば……例えば雛見沢に赴こうだの、園崎家に一報入れようとするだのすれば……」

 

 

 振り返った男の目には、自分を取り囲むように立つ多くの男たちの姿がある。

 皆がまるで張り付けたかのような真顔と、明確な敵意を滲ませた瞳を向け、こちらを見ている。

 

 

「大事な人を一人、喪う事になりますわよ?」

 

 

 人並みにしか身体を鍛えていなかった自分を恨む。多勢に無勢で、勝ち筋は一切ない。

 悔しげに歯を食い縛る男の前で、女はやっと到着した高級車に向かって歩き出そうとしていた。

 

 

 彼女が影から出ようとした瞬間、雲が太陽を覆い隠し、辺りを薄暗くさせる。

 部下が開けた車のドアより乗り込もうとする途中、その薄暗がりの中で女は思い出したように、一言加えた。

 

 

 

 

 

「あぁ! もう一人……その、『大事な人のお腹の中』にいましたっけ?」

 

 

 男の目から放たれる強い殺意を受けながら、女は歪んだ笑顔を見せて車に乗り込み、そのまま走り去って行った。

 雲が晴れ、再び辺りに太陽の光が満ちる。それを合図とするように男たちは彼を解放し、何事もなかったかのように散り散りとなって消えた。

 

 

 

 

 開かれた窓の前、一人ぼっちで残された男は、涙を流し、屈服したように膝を突いた。

 外ではどこまでも青い空と、遠く立ち登る入道雲が見えている。

 

 

 吹き入るそよ風に、心地良さは全く感じられなかった。




・昔の電話での逆探知は、逆探知するまでにある程度時間が必要となったので、それまで何とか相手と会話を保たせなければならなかった。
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