地下牢
湿った土の匂いが鼻を突く。不快で強いその匂いを吸い込んだ事で、山田は意識を取り戻させた。
「……う……うぅん……ん……?」
薄ら目を開け、呻き声と共に身体を起こす。
辺りはやけに薄暗い。また地面に付いている手や身体の感触から、自分は土の上に寝かせられていたと察する。
「……うぅ……ここは……?」
やっと鮮明になり始めた意識と脳。山田はまず辺りを見渡した。
そこはまるで坑道のような洞窟だった。床も壁も地面も全てが土で固められており、それを木の枠が補強して崩落しないよう支えている。
山田がいたのはその洞窟の袋小路であり、まだ先がある。道の両端には一定の間隔で燭台と火の灯った蝋燭が立てられているばかりで非常に薄暗く、また道も先で角となっており、真っ暗で何があるのかも視認出来ない。
「……どこ……ここ?」
それよりもこの場所は何なのかが問題だ。
確か自分は富竹と共にタクシーで興宮署から逃げ、そしたら突然車は停まって、外に出たら首根を手刀で叩かれて気を失った。どうやら自分は気絶している間に攫われたようだと察する。
「……そ、そうだ……! 富竹さんは……!?」
一緒に行動していた富竹を探すべくまた見渡すも、朧げな灯火と暗い土の壁ばかりで、他に人物はいない。
山田は立ち上がり、服に付いた土を払いながら道の先を見据える。
「……本当に、な、なんなんだよこれ……」
混乱と恐怖を抱きながらも、ここにいても仕方がないと決めて、山田は少しふらついた足取りで進み始める。
何度か洞窟の中を彷徨ったような記憶はあるものの、この特有の肌寒さと湿った空気は慣れないものだ。音も自分の足音ばかりで、故に強く出る孤独感も恐怖を煽るのに一役買っている。
「……と、富竹さーん? 矢部でもいいぞー? だ、誰かぁー?」
呼び掛けてみるものの、応答は一切ない。恐る恐る一歩一歩、道の両端にある朧げな灯火を辿るようにして山田は進んだ。
暫くするとやけに広い空間に出た。
物置のような場所で、汚れた布を被せられた大小様々な物が山田を取り囲んでいる。
「……なんだこれ?」
その内の一つに近付くと、布を取り払った。
布の下にあった物は、何らかのガスが詰められていると思われるボンベが数個。
「……ボンベ……?」
何のガスが入っているのかと確認しようとした時、奥の方で大きな音が響いた。まるで鉄格子を掴んで揺さぶっているかのような音だ。
それに驚き、身体を跳ねさせる山田。音は、この空間の隣から聞こえて来たようだ。
「誰……!?」
生唾をごくりと飲み込み、極力足音を響かせないように忍び足のまま、隣の部屋へと行く。
音がした以上、生き物がいる証拠だ。山田は最大限の警戒心を抱きながら、部屋の入り口から顔だけを出し、中を確認する。
そこはさっきの物置と同じような場所。
違うのは、土に深く埋め込まれるようにして立てられた鉄格子の牢屋があった点だ。どうやら音源はその鉄格子のようだ。
蝋燭に照らされた先、目を凝らして牢屋の中を確認した山田はまず、大きな声をあげた。
「上田さんっ!?!?」
「や、山田ぁ!?!?」
何と鉄格子を揺さぶっていたのは、行方不明となっていた上田だったからだ。
彼の姿を認識した途端、すぐに牢屋の前まで駆ける。
「上田さん、ど、どこ行ってたんですか!? てか、なんで捕まってるんです!?」
「ど……どこから話すべきか……そう言うYOUこそ、なんでここにいる!?」
「知りませんよ! 富竹さんとタクシー乗ってたら、誰かに気絶させられて……」
彼の名前を出した途端、牢屋にいたもう一人が上田の隣から顔を出す。
「山田さんも無事でしたか!?」
「
「富竹です!」
富竹もまた上田と共に囚われていた。とりあえず死んではいないと分かり、まずは安堵する。
「俺も富竹さんもこの通り無事だ……いや無事じゃないッ! おい山田ッ! 早く俺たちをここから出してくれッ!!」
「ピッキングしようにも、持っていた物は全部抜かれていまして……!」
「俺の三万円もするクォーツの腕時計も持ってかれたんだッ!!」
「僕の一眼レフもッ!!」
「物への執着が凄いな」
少し呆れながらも、山田はまず牢屋の出入り口を確認する。
出入り口は頑丈そうな南京錠で閉じられており、ちょっとやそっと叩いただけでは錠を壊す事は出来なさそうだ。
「……せめて何か、叩き壊せるような物さえあれば……」
「それかヘヤピンさえあれば僕がピッキングで開けられます! 山田さん女の人ですし、持ってませんか!?」
「ヘヤゴム派なんで……」
「持ってろよヘヤピンッ!!!!」
上田が悔しそうに責め立てる。それに少しムッとした山田が突っかかった。
「なんですかその言い草!? と言うか警察の人から聞きましたけど、私たちに内緒で何か勝手に動いてたみたいじゃないですか!?」
「う……いや、違うんだ山田。それは……」
「鷹野さんともこっそり会ってたんですよね!?」
それを聞いた富竹が上田に縋り付く。
「マイ・ブラザーハイッ!!」
「ブラザーハイ……!?」
「僕のタカノンに会ってたんですか!? どうして!?」
「いやあの、確かに会ってはいましたが、その、こっちの勘違いと言うか何と言うか……」
しどろもどろになる上田へ、山田は続ける。
「……それに、鬼隠しは起きてしまいましたよ」
「なに? でも、富竹さんは……」
「山の中で、顔が潰された男の死体がありましたし、ドラム缶に詰められて焼かれた死体も……」
「ど、ドラム缶にって……」
思い出されるのは、鷹野の死因。彼女はまさに、「ドラム缶に詰められて焼かれて死んだ」ものだった。
男の死体は富竹ではないものの、恐らくもう一方の死体は鷹野である可能性が高いだろう。
「……上田さん……私たちの負けです」
あれほど策を講じたと言うのに、犯人は未来から来た山田らに、その指示を受けて行動した警察や部活メンバーたちを出し抜いて犯行を完遂してしまった。果たして人間の所業なのだろうかと疑わしいほどに、上手く立ち回られた。
そして事件は起きてしまった。山田の言った通り、鬼隠しを止めるべく動いていた者たちにとっての敗北だ。
負けだと突き付けられた上田は顔を覆い、首を振るう。
「……なんてこった……」
「……それにもう、警察も私たちに協力してくれそうにないです。何か、別の管轄の刑事たちに捜査権が移ったとかで……」
「……何より僕たちも、その首謀者の手にかかっているかもしれませんからね」
富竹の言った通り、この場にいる時点で全員が囚われている身だ。
鬼隠しが起きたタイミングでのこの状況。関係していない訳がないだろう。
「……あれこれ言うのはやっぱ後にしましょう。あの、隣の部屋が何か物置っぽかったので、そこから何か探しに──」
牢屋を離れようと振り返った山田は、その足を止めた。
物置部屋とは別の道から、ぞろぞろと多くの者らが闇の中より姿を現す。
着物を着た老父や老婆、彼らに仕えるように続く黒服を着た大柄の男たち。全員が厳しい、そして敵意を剥き出した表情と目を向けている。
「な……なんなんすか……?」
山田はオオアリクイの威嚇をするものの、効果はない。
黒服たちが牢屋の前を挟むように
「や、山田……!? 大丈夫か……!?」
彼女の身を案じるような声をかける上田は、牢屋の一番奥まで逃げていた。
両端を挟まれ、止め処なく注がれる敵意の眼差しを受け、思わず山田は後退り。
一瞬の静寂の後、置かれた燭台の灯火がふらりと揺れた。
「……今年も起きた」
底冷えするような暗く、嗄れてドスの効いた老婆の声が響く。
途端、長老や黒服らはスッと姿勢を正す。
「……そんで、村の禁を犯した不届きモンも現れた」
長老たちが座する茣蓙の先に、もう一枚上等な茣蓙が敷かれた。
「……礼儀も何もあったもんやない余所モンらが……」
声の主がとうとう、蝋燭の前に現れた。
「……村でコソコソ、なにやっとる」
現れたその老婆の醸す威圧感と気迫は、この場にいる何者よりも強大で恐ろしいものだった。
落ち窪んだ目も、深く刻まれた皺も、少し荒々しい足取りも、所作や表情の全てに迫力があった。
老婆は茣蓙の上に立つと、ぬらりと顔を上げる。
山田を貫く鋭い視線には、明確な怒りがやはり宿っていた。
恐ろしさから呼吸が浅くなる。同時に何とか山田は思考を巡らせ、その老婆が何者なのかを考えた。
もしかしてと察するには、さほどの時間はいらなかった。長老らを補助している黒服たちは、彼女も見覚えがあったからだ。
何よりも村の重役と思われる長老らが傅く存在はと推測するなら、あの人しかいないと分かった。
「……園崎家の……頭首さん、ですか……?」
彼女は応答しなかったが、間違いない。
山田の前に現れたその老婆こそ、魅音が「婆っちゃ」と呼ぶ園崎家の現頭首──「園崎 お魎」だ。
お魎は茣蓙にはすぐに座らず、立ったまま山田と、牢屋の中にいる二人を睨み付ける。
「……おぅ、おんしら。何やっとったか言わんか」
再び長老らの視線がこちらに一斉に向く。
逃げ場はない。力付くで逃げようとしても、女である山田が屈強な黒服らに叶うハズもない。それを悟った山田は慄きながらも、口を開いた。
「……私たちを疑っているなら、それはオモンタガイですよ」
「お
後ろで富竹が訂正する。
「それに私たちも寧ろ、被害者みたいなものです!」
「祭具殿に入ったとに被害者面するんか」
お魎がそう言った途端、長老らの表情が歪み出す。畏れと怒りを混ぜたような感情が、そこから滲んでいる。
祭具殿に関しては必死に上田が牢屋から弁明する。
「いやまぁ、確かに入りましたけどねぇ? その、ちょっとし風俗学のフィールドワークみたいなもんですよ! 別に何も盗ってないですから!」
「と言うか、三億円の奴助けたの私たちじゃないですか!? それに対しての信頼とかは」
「恩着せがましゃアッ!!」
淡々と語っていたお魎が明確な激昂を見せる。
驚き、押し黙ってしまった山田と上田へどんどんと捲し立てた。
「余所モンが土足でなぁに祭具殿に入っとぉッ!? おのれら、村に穢れ持ち込むつもりかッ!?」
お魎の気迫と怒号は洞窟中の隅々まで行き渡るのではと思わんばかりに、巨大だ。彼女と同じ怒りを持っているであろう長老らも、その感情の強さ故に多少の萎縮を見せていたほどだ。
凝り固まったその感情を向けられた山田は堪ったものではない。反論しようにも舌先がビリビリと震えて、声が出せなかった。
一頻り怒りを吐くと、お魎は一度息を深く吸っては吐き、少し落ち着きを取り戻してから続ける。
「……祭りの前日から、おんしらの動きは見張っとった」
「……え!?」
愕然とする山田に、お魎は更に続ける。
「あの北条んトコの家を調べとった事、白川の公園行っとった事、なんや警察と手ぇ組んどった事……全部じゃ」
本当に全て把握されており、驚き声さえも出せなくなった。
「それだけやない。おんしらに関わったモンには全員見張らせた。魅音が探せ探せ言うとった竜宮の娘と、あの前原っちゅうトコの倅、ほんで古手神社に詩音、あの北条の忘れ形見まで……」
お魎の後ろでなぜか太極拳を始める老父がいた。エメリウム光線のポーズをしている。
恐るべき真相を告げられ、そこまでするのかと改めて戦慄させられる。
「……鬼隠しをなぜに、余所モンが調べんね?」
「そ、それは、止める為ですよ! 魅音さんと約束したんです!」
「…………」
「……えーっと……話、通ってませんでした……?」
やっとお魎は茣蓙の上に座った。
「……なんにせぇ、祭具殿に忍び込んだ事ぁ許せん」
控えていた黒服らに目配せすると、彼らは颯爽と隣の物置へ走って行く。
何をしに行ったのかと目で追う山田だが、そんな彼女にお魎は尋ねる。
「おんし、そこの二人の仲間やろ」
「……え? は、はい」
「仲間なら助けたくはないか」
「……出来るなら、助けたいです」
山田のその言葉を聞き、牢屋の中の富竹と上田は感極まったような視線を向ける。
一方で前に立てられた燭台の先で、お魎はほくそ笑んだ。
「……詩音から、『ケジメ』の話は聞いとるよな?」
それを聞いた山田は分かりやすく動揺し、またそれをお魎は冷めた笑みで見やる。
「『鬼の子地蔵』ん前で話しとった事ぁ、みんなに知れとるわ」
「ど、どうやって……と言うか、えと……け、ケジメって……!?」
黒服たちが、布に覆われた何かを運び込み、山田の前に設置する。
それは何かの台のような物で、山田の腰ぐらいまでの高さがあった。
詩音が鬼の子地蔵の前で語った事を思い出す。
なぜお魎にそれが知れ渡っているのかも検討付かないが、それよりも「ケジメ」の話を思い出し、山田は目の前に置かれた物を見て息を呑む。
布は無慈悲に払われた。
「……祭具殿入ったんなら、分かるハズや……この村で『祭具』っちゅうンは……」
木の板二枚を立て、そこにもう一枚を横に据え付けた簡素な台。
台の中心には、見た事もない大きな金具が取り付けられていた。
「……『そう言うモノ』を指すんね」
何かを縛り付けるような布のベルトの先に、また何かを押し込んで栓抜きをするような機構の装置がある。
まさかと察した山田は本能的な危機察知能力からか、その装置が何に使われる物なのか一気に察してしまう。
「……牢屋の二人……一人は死んで……おんしで三人か」
お魎は顎をしゃくり上げた。
「三枚や。三枚、爪剥がんかい」
ベルトは指を固定させる為で、その先にある装置を爪の下に埋め、金具を押し込みテコの原理で爪を剥ぐ。
使い道を察してしまった山田は一気に蒼褪め、戦慄する。
「……まぁ、あのぉ……別にこの二人は仲間じゃないって言うか」
「おおう?」
「てかまぁ、そもそも祭具殿に忍び込んだのはこの二人ですし……」
「山田ッ!?」
「山田さんッ!?」
あっさり仲間を売り始める山田に、上田も富竹もずっこける。
「だからあの、私はチャラって事でぇ……」
「このクズめッ!! 祟られろッ!!」
「祟られるのはそっちだろ! この不法侵入者! ざまーみろ!」
「このヤローーッ!!」
訴える上田を無視し、山田は揉み手でお魎に擦り寄る。
「と言う訳で〜……私はもう良いですよね?」
「ほんなら、おんしの分一枚や」
「えーっ!? ちょっと……えぇーっ!? 本気で言ってますぅ!?」
どっちにしろ爪は必ず剥かねばならないようで、救いがないと知った山田は心底嫌そうな顔でごねる。
「私あの、マジシャンなんで指がもう商売道具なんです!」
「知らん。やらんか」
「いやもうホント勘弁してくださいって……えぇー……?」
逃げようにも逃げられない状況でもあり、ごね続けたってこの場にいる者たちの鋭く、そして冷ややかな目は変わらない。
「……ええと……ほ、ホントに、爪剥がしたら許して貰えますか……?」
「ケジメ付けりゃあ今回は不問にしたる」
「う……」
今一度だけお魎に確認を取り、ちらりと辺りを見渡してから山田は、意を決したようにまた彼女を見据える。
「……分かりました」
「山田……!」
「一枚だけなら」
「お前だけ助かろうとしやがって」
再び爪剥ぎ台の前に立ち、装置に指を乗せた。そしてそのまま躊躇を見せながらも、金具を自身の爪の下に差し込む。あとはレバーを押して金具を持ち上げさせ、テコの原理で爪をべろりと剥がすだけ。
荒く乱れた息で深呼吸し、レバーの上にもう片方の手を置く。
「……いきます」
「やれ」
「うわぁーー嫌だーーっ!!」
覚悟し切れず、山田は装置は手を離して地面に倒れ込んだ。さすがの長老らからも溜め息が漏れた。
「もうホント勘弁してくださいって……! 堅気には無理ですってコレぇ!」
「出来んのか?」
「出来んのです!」
その内上田はごね続ける山田に業を煮やしたようで、鉄格子を掴んで説得しようとする。
「山田ッ! お前しかいないんだッ! でなければ誰がこの窮地を救えるんだッ!?」
「ほんならおんし、代わりにやれ」
「……おおう?」
お魎が合図すると、黒服らは爪剥ぎ台を持って鉄格子のすぐ前に置いた。十分、上田の腕が鉄格子越しでも届く距離だ。
唖然と装置を眺める上田に、お魎は続ける。
「こんの女が出来んなら、おんしが三枚剥げばええだけの話やろ」
「…………いやまぁ? それとこれとは話は別では」
「やらんかッ!!」
「やりますぅぅッ!!」
怒鳴られて反射的に承諾してしまい、やるしかなくなってしまった上田。
鉄格子の隙間から腕を伸ばし、先ほどの山田と同じように装置に指を固定させる。途中、山田と富竹が話しかけて来た。
「上田さん……見直しました。今日の御恩は忘れません」
「覚えてろ貧乳」
「マイブラザー……! あなたはまさに、漢の中の漢です……!」
「………………」
隣から注がれる富竹の視線を浴びながら、上田は深呼吸をしてから腹を決めた。
「は……はは! ま、まぁ、爪を剥がしたところで、どうせ半年もすれば元に戻る。指を切るんじゃあるまいし、それと比べたら全然ヌルいもんだ……!」
恐怖を紛らせようとしたいのか、準備を進めながらぺちゃくちゃと蘊蓄を話す。
「そう言えば……かのシリアルキラー、アルバート・ハミルトン・フィッシュは異常なマゾヒストで、激しい痛みさえ快感に変えられたと聞く。何と、自分の睾丸に針を刺すほどだったらしい」
爪の隙間に金具が差し込まれる。
「その他にも背中や骨盤と、彼はあちこちに針を刺し込んだが……唯一、爪の間だけは出来なかったそうだ。どうしても激痛が快感より勝ってしまったからだ。なぜか?」
レバーの上に、もう片方の手を置いた。
「それは、人間は手足が何よりも発達した生物だからだ。我々は数多の動作をほぼ手と足だけで行っている。そして特に指先! 物の形や温度も探れるほど、我々の指先には他の器官よりも神経が発達し、更には集中しているんだ!」
レバーに置いた手に、力を込める。
「進化の過程で特に神経系が発達した箇所なんだ。そりゃ、紙で少し切るだけでもかなり激痛が走る訳で──無理だぁぁぁーーッ!!!!」
指先が一番痛いと言うのを自分で明かしてしまい、上田は恐怖に耐えられずに装置から手を離して牢屋の中でぶっ倒れた。思わず山田はツッコむ。
「……自分の蘊蓄で墓穴掘るなっ!」
「く……っ! お、俺はこの日本にとって無くてはならない存在なんだッ!! この場にいる愚民どもとは違うんだッ! そんな俺がこんな事で大事な爪を剥いでたまるかッ!!」
「発言が完全に悪役だぞ上田……」
山田と上田が出来ないとあって、消去法でお魎は富竹を顎先で指し示す。
「え? 僕?」と言いだけに自身を指差してから、富竹は覚悟を決めて立ち上がった。
そして台の上に手を置き、すぐ地面に倒れ込んだ。
「無理ですぅーーッ!!」
「はやっ!」
富竹も早々にギブアップした事で、率先して爪を剥ごうとする者はいなくなった。完全に呆れ返ったようで、場にいる長老たちは全員ひたいに手を置いていた。
唯一、お魎だけは一切表情を崩しておらず、相変わらず厳しい顔つきのままだ。
「……誰も出来んのか」
そして小さく「仕方ない」と呟くと、据えて暗い瞳で舐め取るように、山田らを眺める。
「……ケジメも付けれんなら、何されてもエエっつぅ事やな」
その一言と同時に、黒服たちが一歩一歩、山田に詰め寄り始めた。
すぐに座り込ませていた身体を立たせ、逃げるように後退りをするものの、すぐ後ろは上田らのいる牢屋だ。逃げ場所はどこにもない。
「ちょ……ちょ、ちょっと……!?」
「……でしゃばりどもが」
黒服らに取り囲まれ、山田はもう成す手無しと目を瞑る。
「オヤシロ様のお怒りに触れたんじゃ……贖って貰わんとなぁ」
殴られるのか、連行されるのか。何にせよ酷い目には遭わされるだろう。
歯を食い縛り、これから訪れる事に山田は覚悟した。
「なにやってんの婆っちゃっ!?!?」
途端、聞き覚えのある少女の声が洞穴中に響き渡る。
合わせてパッと目を開いた山田の視界には、寝間着であろう白浴衣姿の魅音がお魎に詰め寄っている様が広がっていた。
「み、魅音さん!?」
「ねぇ!? どう言う事ッ!? なんで上田先生と富竹さんを牢屋に入れてる訳ッ!?」
凄まじい剣幕で問い質そうとする魅音に、お魎はやや面倒そうな顔付きで答えた。
「何でかはお前も知っとろうが。こんの余所モンどもに、祭具殿に穢れを持ち込んだケジメ付けさせるとこや」
「だからって私に何も言わないで、役員集めて勝手に会合するってのはどうなのさ!?」
次に魅音はキッと山田を取り囲む黒服らを睨み付け、困惑する長老らの前をノシノシと抜けて近付いた。
「山田さんから離れて、ホラッ!」
黒服たちを山田から離した際に、牢屋の前に置かれた爪剥ぎ台が目に映る。途端に彼女の顔が歪んだ。
「……っ……こんな物また引き摺り出して来て……!」
横目でお魎を睨んだ後、忌々しげにまた爪剥ぎ台を見る。
良くそれを観察した魅音はスッと困惑気味な表情となり、「あれ?」と呟いて装置に近寄った。
そして徐に彼女は、レバーを押し込む。
「…………婆っちゃ。コレ……」
しかしレバーはビクともせず、装置が作動する事はなかった。元から作動しないよう、細工が施されている。
「……ロックかかってんじゃん」
「……へぇっ!?」
驚き声をあげたのは山田だが、同様にその事を知らされていなかった長老や黒服らも口々に騒めき、当惑の目を一様にお魎へ向ける。
皆の視線を一身に浴びながら、心底つまらなそうに顔を顰めてぼやく。
「……ほんの戯れやろが」
途端、肩の力が抜けた山田はペタリと地面に座り込んだ。
牢屋の中では富竹と上田が抱き締め合っていた。