TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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祭り騒ぎ

 数分前より村人たちの動向が不穏なものとなり、合わせて警備にあたっている警察官たちにも混乱が起き始めていた。大石の無線機からはひっきりなしに連絡が飛び込んでいる。

 

 加えて綿流しの中止、一部村人の暴徒化、そしてその村人たちが頻りに叫ぶ「祟りが起こる」の声と言った濁流のような情報量に、大石でさえも冷静さを維持できない。

 

 

「一体全体どうなってるんだ……!?」

 

 

 大石の周囲にいる客たちの動きも慌しくなり、河原へと向かうだけだった人流は乱れ、境内のあちこちで響めきが起こる。

 

 

「客を放っぽってまで何をしているんだ……園崎め……」

 

 

 祭りの主催側が客たちを放置している事は確かだ。それほどまでに危険な何かが起きたのだと、判断するには十分だろう。

 どのような指令を出すかあぐねている大石の無線機に、熊谷からの連絡が入る。

 

 

『大石さん大変です!』

 

「大変なのは分かってますとも熊ちゃん! どうしましたか!?」

 

『村人たちがあの……例の山田って言う女の人を連行していますよ!?』

 

「山田さんを!?」

 

 

 一瞬、大石は「しめた」と言わんばかりに口角を吊り上げた。

 

 

「とうとう尻尾を出したかぁ!……熊ちゃん! 今、彼らはどこに向かっていますか!?」

 

『ええと……この方角は、祭具殿に向かっているようです!』

 

「祭具殿ですね!? 分かりました! 引き続き熊ちゃんは追跡しなさい!」

 

 

 目的地を見出した大石は蘭々とした目で無線機のダイヤルを回し、全ての警官たちへ指令を飛ばす。

 

 

 

 

「境内にいる者はすぐに祭具殿へ向かってくださいッ!!」

 

 

 そう言ってからすぐに大石は、たむろする客たちを押し退けて我先にと祭具殿へと駆け出した。

 やっと、やっと、おやっさんの仇が取れる……大石の胸中にあるのは、焦燥と期待だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭具殿の前の立て看板に貼られた写真と紙を、山田と富竹は唖然とした表情で何度も見ている。

 不気味な文字と不吉な文章、そして祭具殿に忍び込む真っ只中を写した写真。特に写真の存在が、二人には大変な衝撃だったようだ。

 

 

「ちょっ……え……えぇ!? なんだこれ!?」

 

「なんじゃあコリャアッ!?」

 

「ジーパン刑事……!?」

 

 

 あまりの衝撃に、山田は断末魔のような叫びをあげるほど。そのまま狼狽えながらも、睨み付ける村人たちへ必死に主張した。

 

 

「こ、こんなの!! 幾らでも偽造出来ますよ! 騙されちゃ駄目です! これは合成写真ですっ!! ハイ、おしまいっ!! 解散っ!!」

 

「いや、山田さん……被写体と背景の影が全て、同じ濃さです。つまりこれは一枚のネガを焼き込んだ証……合成なら被写体と背景とは別の写真なので、陰影にギャップが出来てしまいますから……カメラマンの僕が断言します。これは本物です」

 

「この正直者っ!!」

 

 

 富竹による迫真の解説により、合成写真だと言う山田の方便は潰された。

 その上で二人をここに連れて来た村人の代表たる老年の男は、大勢を従えてまた一歩詰め寄る。

 

 

「……そんの写真が本物だと分かったところで……てめぇら余所者がなんで、祭具殿に忍び込んだか……?」

 

 

 声音は冷え切っているが、口調に怒りと殺意がみしりみしりと乗り上げている。

 彼の背後に控える村人たちの目もまた、恐ろしいものだった。今すぐにでも二人を取り囲み、袋叩きを始めかねないほどの気迫を纏っていた。

 

 

「さあ……何が目的か、言ってみれ。そんで、どうやって鍵を開けたかも……」

 

 

 口が裂けてもピッキングの事は言えないし、「好奇心で」と言えば火に油だ。

 言葉を間違えてしまえば私刑が始まると怯えながら、山田は必死に方便を交えて言葉を尽くす。

 

 

「その、あ、あの……あ、開いてたんですよ!」

 

「開いてた?」

 

「そう!」

 

「開いてたら人ン家勝手に入ってええんか?」

 

 

 至極真っ当な指摘を受けて、山田は一瞬だけ顔を歪めた。

 

 

「………………んまぁ、その……東京じゃ常識なんですよ、勝手に人の家入るのは。私なんか鍵掛けてても入られてますし。結構都民ってのは、皆さんが思うよりルーズなんですよ……ですよね、富竹さん?」

 

「いえ東京でもアウトです」

 

 

 絶対に口裏を合わせようとしない富竹に、山田は怒りのチョップをかました。

 代表の村人は悶える富竹を見ながら、呆れたように溜め息を吐く。

 

 

「ここはワシらの村じゃ。東京ではない……この村では、この村の『しきたり』に従って貰う」

 

 

 現状証拠写真がある以上、何を言っても言わなくても関係はない。

 村人たちはまた一歩詰め寄り、二人をどんどんと追い詰めて行く。

 

 

「祭具殿の禁を侵したその報い……どう(あがな)うつもりか……」

 

 

 途端に男たちは口々に罵声を吐き出した。

 

 

「こんのバチ当たり共がぁッ!!」

 

「お前らぁオヤシロ様に祟られても文句言えんぞぉッ!!」

 

「穢らわしい余所者どもめぇえ!! ケジメ付けぃッ!!」

 

「こんな奴らは、磔にしてやれッ!!」

 

「あなたを詐欺罪と住居侵入罪で訴えますッ!!」

 

 

 じりじりと詰め寄られ、山田と富竹は徐々に徐々に祭具殿の方へ後退り。

 

 

「と、富竹さん! この前みたいに全員、ぶっ倒しちゃってくださいよ!! おいお前ら! ここにいるカメラマンはめちゃくちゃ強いからなっ!! 謝るなら今の内だぞっ!?」

 

「さ、さすがにこの人数相手じゃ無理です!……三十人はいますよ……!?」

 

「ならシャッターだ、もう一人のジロウっ! フラッシュを放てーーっ!!」

 

「あれはワンクールに一回しか発動できないんです……!」

 

「お前もかっ!!」

 

 

 

 

 二人が逃げられないよう取り囲み、そして人の壁で押し潰さんと更に詰める村人たち。もはや誰一人として正気な顔をしていない。

 

 

「お、おい、やめろ!」

 

 

 強気な態度で止まるよう訴える山田だが、それで止まる訳はない。

 

 

「……やめてください」

 

 

 少し態度を柔らかくして懇願する山田だが、その声が彼らの耳に届くハズがない。

 

 

「…………許してヒヤシンス」

 

 

 どんなに言葉を尽くそうが、憤怒を纏わせた彼らを納得させられはしないだろう。何を言っても説得力がないからだ。

 追い詰め、追い詰められ、とうとう祭具殿の壁が背中に付く。

 

 

 

 

 

「……処遇はお魎さんが決める。園崎屋敷に来て貰おうか」

 

 

 ここまでかと覚悟し、目を瞑る山田と富竹。

 せめて上田と鷹野だけは無事であれと祈りながら、覚悟を決めて身体を強張らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでですよーーッ!! 警察だぁッ!!」

 

「良くないなぁ、こう言うのはぁ……」

 

「あなた邪魔ですッ!!」

 

 

 刹那、聞き覚えのある声が響く。

 響めきを見せた村人たちの背後より、十人ほどの刑事たちを引き連れた大石が参上した。

 

 

「警察……!? やけに早いな……!?」

 

「こんな所でなぁーにをやってるんですかー!? もしかして、鬼隠しとやらの途中でしたかねぇ!?」

 

「ええぃ! 人数はこっちが上だぁッ!! ダム戦争を思い出せえぇッ!! やっちまえーーッ!!」

 

「やるんですかぁ!? 公務執行妨害ですよぉ!?」

 

 

 発破をかけられた村人らが刑事らと衝突を始めた。

 反撃を受けた大石らは警棒を掲げたり、柔術を行使して対処して行く。

 

 

 

 しかしそれでも数の差で劣っている。山田たちのいる場所まで辿り着くまで時間がかかかりそうだ。

 代表の男は残った村人たち数十人で取り囲ませ、山田と富竹を捕縛しようとする。

 

 

「まだこんなに……!」

 

 

 まだ無理かと判断したその時、彼らの背後からやって来た二人組が数人を突き飛ばして乱入。

 現れたのは詩音とレナだった。

 

 

「山田さん大丈夫ですか!? あーもう! 何ですかコレ!?」

 

「今の内に二人は逃げて! ここはレナと詩ぃちゃんが!」

 

「めちゃくちゃパワフルガール……」

 

 

 男と引けを取らない膂力に山田は驚きながらも、レナに促されるがまま崩された包囲網の穴を駆け抜け、二人は逃走を開始。

 

 

「ありがとございます!! シュゥワーーッチッ!!」

 

「え、えぇ!? ジョワーッ!!」

 

 

 宵闇へ逃げ込んだ二人を追うべく、村人たちも走り出した。

 その内の数人は詩音とレナによってヘッドロックをかまされ、追跡を阻止されてしまったが。

 

 

「寄ってたかってとことん陰気なんですね! ほら反省しなさいっ!!」

 

「折角のお祭りなんだから悪い事しちゃ駄目だよ!……だよ?」

 

「この娘ら強ッ!?」

 

 

 それでも取り逃した六人ほどが、宵闇へ逃げ込んだ山田と富竹を追いに行ってしまった。

 出来る限り援護はしながらも、あとは無事を祈る他ない。詩音とレナは継続し、その場で戦った。

 

 

 

 

 暫くして、遅れてやっと辿り着いた梨花と沙都子。現場を見て、まずは当惑する。

 

 

「……何なのですコレ?」

 

「お祭り騒ぎですわ……」

 

 

 小さな彼女たちは、混沌と怒号と暴力が支配する手前でただ、呆然と立ち尽くすだけだ。

 

 

 そんな中、大石は暴徒化した村人たちを伏せながら無線機に向かって叫び続ける。

 

 

「応援来てくださいッ!! 早くッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の号令は、石原の持つ無線機から酷いノイズと共に鳴り響いた。

 ここは祭りの喧騒も届かない、神社から離れた森の中だ。

 

 

「おぉ? 兄ィ! 蔵っちが来てくれ言うとるがのぉ!? じゃけぇ、何か無線機の調子悪いのぉ!?」

 

「別にええやろぉ? 向こう十分人おるんやし、ワシらは先生からのミッションこなせばええねんな」

 

「アイアイサーっ!」

 

「てか、喧しいから無線切れ切れ!」

 

 

 ブツリと無線機を切ると、矢部と石原は木陰に隠れながら何かを見守る。

 その後ろの別の木陰からも、秋葉と菊池が顔を出した。

 

 

「でも何でしょうねぇ? 完全にシチュエーションが祭りの後にあるような男女の逢瀬なんですけどぉ? それなんてエロゲー!」

 

「上田教授は何かを掴まれているようだ……さすがは上田教授! 東大理三を出て一発で一類試験を突破し、次の警視総監として期待されている現参事官かつ、アメリカ出身であれば今頃FBI長官かNASAの局長になっていたと言われ、しかもあのマリリン・ボス・サバントから『天才』と称されたこの僕と同等の頭脳をお待ちのようだッ!」

 

「肩書き長ぁ〜! なろうでランキング乗りそ〜!」

 

 

 すっかりパーマがかった髪を夜風から守りながら、矢部は出歯亀根性でニヤニヤする。

 

 

「しっかし先生も好きモンやでぇ〜? 何やかんや言うて、ワシらに告白現場見せ付けんたいんとちゃう?」

 

 

 彼らの視線の先にある開けた場所には、上田と鷹野が向かい合わせに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上田を視認し、目をパチクリ瞬かせる鷹野。

 

 

「……ここに、どうやって?」

 

「手紙を貰いましてねぇ? この場所で待ち合わせると、書かれていましたので……ジロウとして来ちゃいました」

 

「…………あー……そう言う事……」

 

 

 納得したように頷きながら、半ば呆れたように鷹野は目を閉じて額に手を当てた。

 そんな彼女の悩ましげな仕草を楽しみながら、上田は説明を始める。

 

 

「園崎詩音と逸れた後、トイレから戻った沙都子と会ったんですよね?」

 

「えぇ。だから沙都子ちゃんに手紙を預けたのですけど」

 

「その時にあなた……『これをジロウさんに渡して』、とだけ告げてしまった」

 

「失敗ですわね……沙都子ちゃんは私とジロウさんが付き合っている事は知らないし……」

 

「何より……あの子にとっての『ジロウ』は、私なんですよぉ?」

 

 

 確か富竹との恋仲をカミングアウトした時、沙都子は眠っていたので聞いていなかった。

 

 それに村じゃ馴染みの人物とは言え、富竹は夏の時期しか村に来ない。

 決められた期間にしか現れず、会っても世間話程度しか話さない人間の「下の名前」なんて知る機会すらないハズだ。

 

 

 

 

 対して上田は沙都子らの元に泊まっているし、自己顕示欲も強いのでしょっちゅうフルネームで名乗っている。何よりも沙都子は彼に懐いている為、「ジロウ」と言われて真っ先に上田を連想してしまったのだろう。

 沙都子が手紙を渡す際に「上田先生も隅に置けない」とニヤニヤしていたのは、鷹野からのラブレターだと勘違いしていたからだ。

 

 

「いやぁ、子どもと言うのは正直で良い。今回に関しては沙都子の奴のファインプレーでしたよ! 富竹さんには悪いですけどねぇ」

 

「……教授もお人が悪い方ですわ。勘違いだと気付かれていたのなら、富竹さんにお渡しすれば良かったでしょうに」

 

 

 言いづらそうに目を伏せ、下唇を噛んだ。それから上田は意を決したように彼女と視線を合わせ、口を開く。

 同時に肩掛けの鞄から一冊の本を取り出した。

 

 

「……これ。あなたのですよね?」

 

 

 それは鷹野から貰ったスクラップ帳だ。

 彼女は嬉しそうに頬を綻ばせながら、返却されたそれを受け取った。

 

 

「やっと読んでくださったようですね! 私の渾身の考察……如何でしたか?」

 

「えぇ! かなりユニークでした! オヤシロ様と鬼の関係、村の風習と祟り……そして前に仰っていらした、寄生虫説」

 

「最近また新しい説を考えたのです。宇宙からの隕石で作られた矢に刺されると、オヤシロパワーを発現させる説とか!」

 

「ちょっとそれは時代を先取りし過ぎてますねぇ」

 

 

 一頻りスクラップ帳を捲っていた鷹野だったが、何かに気付いてその捲る指を止めた。

 同時に朗らかだった表情も、訝しむようなものへと変わる。

 

 

「……あら? この本……」

 

 

 

 

 鷹野が再び目を向けたところを見計らい、上田はまた鞄からもう一冊のスクラップ帳を取り出した。

 取り出した際に指が滑って落としかけたが、何とか手放さずに済んだ。

 

 

「えぇ……あなたからお借りしたのは、こっちです。そっちは……竜宮レナが持っていた方です」

 

「…………へぇ。レナちゃんがですか? んー……渡した覚えはないですけど」

 

「そりゃ勿論……これは彼女が、道中で拾った物なんですから」

 

 

 鷹野に渡した方は、間宮律子から逃げた際のレナが夜道で拾った物だ。

 彼女はこのスクラップ帳に書かれている内容に影響されて凶行に及んでしまった、ある意味で元凶とも言える代物。

 

 

「私としたらうっかりですわね……きっと、フィールドワーク中に落としてしまったのでしょう……」

 

「かもしれない……しかし」

 

 

 微かに憂いを帯びた瞳で、不敵に微笑む鷹野を見やる。

 

 

 

 

「……彼女が拾う事を期待して、あらかじめ置かれていたとすれば?」

 

 

 彼女はわずか頷いた。まるで関心したかのように。

 

 

「……んー……私、存じ上げないのですけど……拾ったレナちゃんに何かあったのですか?」

 

「……あの子、そこに書かれている内容を信じて、心神喪失状態になっていたんですよ」

 

「あぁ……あの行方不明騒動はもしかしてそれが……」

 

 

 心底から心を痛めたように、鷹野は悲しげな表情となる。

 

 

「それは申し訳ない事をしました。私に責任の一端があるでしょう……けれど、私が前以て置いたと言う理由にはならないのでは?」

 

「私があなたから借りたこのスクラップ帳と、竜宮レナが拾ったスクラップ帳……殆ど同じ内容でしたが、一箇所だけ違うんですよ」

 

「………………」

 

「……入江診療所にある麻酔の種類と位置、そして『換気の為、給湯室の窓は開けておく事』と注意書きがある所です」

 

 

 梨花や上田を眠らせたあの麻酔は、入江診療所からレナが盗み出した物だ。

 その方法も、鍵がかかっていなかった給湯室の窓から侵入したと言う、スクラップ帳にある注意書きに則っている。

 

 

「しかし実際は、給湯室には換気扇があるので、入江先生も滅多に開けない窓だそうですよ? なのに、当時はなぜか鍵が開けられていた」

 

「……そうでしたわね。ササッと書いたメモだったのでしょう。自分でも変な事を書きましたわ」

 

「私はね、こう考えているんですよ……あなた──」

 

 

 眼鏡を整えてから、上田は主張した。

 

 

 

 

「──竜宮レナが影響される事を見越し、『何か事件を引き起こせば良いと期待』して、麻酔の位置や侵入経路をあえて書き込んだんじゃないですか?」

 

 

 鷹野はただ、彼の言葉を飲み込むように小さく頷くだけだ。

 

 

「……仮にそうだとして、思った通りになるとは限らないじゃないですか」

 

「別にそうならなくても良いが、『なってくれた方が良い』と考えていた程度だったのでは? スクラップ帳は、可能性を高めさせる為の補助に過ぎない」

 

「では動機は?」

 

 

 上田は両手を腰に当てて、少し考え込んだ後に話した。

 

 

「……梨花から聞きました。雛見沢症候群の存在と、その研究者であるあなたと入江先生の事」

 

 

 鷹野は驚いたように目を開く。それから納得したように失笑し、呆れたように溜め息を吐いた。

 もう隠す必要はないのかと開き直りでもしたのか、彼女の態度から緊張感はなくなる。

 

 

「……はぁ。上田教授ったら、本当にお人が悪い……知っていらしたなら言ってくだされば良かったのに。わざわざ説だとか考察って体裁で話していた私が馬鹿みたいじゃないですか」

 

「まぁ、最初から知ってた訳じゃないんですが……この、雛見沢症候群の研究者と言うのを鑑みれば、あなたの動機を一つ推理出来るんですよぉ」

 

「それはどんな?」

 

「サンプルが欲しいんじゃないですか?」

 

 

 頷くなり微笑むなりと小さな仕草を取っていた鷹野だが、その時ばかりはピタリと動きと表情を止めた。

 

 

「雛見沢症候群のデータを収集する為、寄生虫の影響下にある人間を確認したかった……だからスクラップ帳で竜宮レナを焚き付け、凶行に及ぶよう期待した」

 

「…………」

 

「……そして同じ事を、沙都子の母親にも施した」

 

 

 真っ直ぐに立っていた鷹野の姿勢が、ふらりと崩れた。

 

 

 

 

「……つまり、私が最初の事件の首謀者ですと? それはちょっと文脈が飛躍していませんか?」

 

 

 上田は持っていたスクラップ帳を掲げて根拠を語る。

 

 

「実は沙都子の母親は、綿流しの日の一ヶ月前から事故現場に度々訪れていたそうです。その度に……この、スクラップ帳とそのまま同じデザインをした物を読んでいたそうですよ……当時からの管理人がそう証言してます」

 

「………………」

 

「……あなたもしかして、沙都子の母親に色々と教示し、夫を手に掛けるよう根回していたんじゃないですか?」

 

 

 瞳を閉じ、上田の推理に集中する鷹野。

 

 

「ガリウムの性質なんて、普通に暮らしていたら知る由もない。しかし、あなたが、私と同じ、研究者と言う特別な教養のある人間なら話は別です。スクラップ帳を通じて吹き込み、そしてガリウムを渡して、事件を起こすよう促したんじゃないですか?」

 

「……ガリウム?」

 

「もう惚けるのはやめましょうよ。国からの太いバックアップを受けているあなたなら、ガリウムの入手も容易のハズ」

 

「………………」

 

「……鷹野さん」

 

 

 それまで厳しかった上田の表情がふっと、物憂げなものとなる。祈るようでもあり、懇願するようでもある、人情に満ちた表情だ。

 

 

「……あなた、ここに富竹さんを呼んで……もしかして、殺すつもりだったのでは?」

 

「………………私が富竹さんを?」

 

「なぜ警察の目を掻い潜って境内から出られたのかは分かりません……けど、ここで彼と待ち合わせ……その、彼さえもサンプルにしようと画策していたのでは?」

 

 

 一歩二歩と上田は鷹野の方へ歩み寄り、何とか説得しようとする。

 

 

「もしそうだとすれば……おやめなさい。私はこの結論に至った事を、誰にもまだ話していません」

 

「………………」

 

「……それは私が、あなたを信じているからです。研究者として結果を焦る気持ちは良く分かる……しかし、故意に雛見沢症候群を発症させてデータを取るなんて、こんなの間違っている!『未必の故意』は、立派な犯罪だ!」

 

 

 上田の口から吐かれる熱い叱責。それをただ彼女は、目を閉じたまま受け入れていた。

 

 

 

 

「……今、遠くから刑事さんたちが我々を監視している。彼らと、何よりも同じ研究者である入江先生に全てを話し…………罪を贖っ」

 

「すみません、上田教授。素人意見で恐縮なのですが」

 

「てててて、て、て…………は、はい? 何でしょう? どうぞぅ?」

 

 

 沈黙を貫いていた鷹野からのいきなりの意見。しかも良く学会発表の際に専門家から言われる常套句の為、上田は戸惑ってしまった。

 鷹野はピョコリと挙手し、自信満々げに目を開く。

 

 

「仮に私が前以てスクラップ帳を置いていたとすると……色々と上田教授の推理に無視できない穴が生じるのですよ」

 

「あ、穴ですか? 私の完璧な推理のどこに穴が」

 

「まず、あの当時誰も見つけられなかったレナちゃんの行動を予想し、私はスクラップ帳を置けるでしょうか?」

 

「え」

 

「それに私、レナちゃんがいなくなった日はずっと診療所にいましたよね? ほら、沙都子ちゃんの看病の為に」

 

「………………」

 

 

 

 

 今度は上田が黙る番だ。

 

 

「上田教授の推理だと、私は誰よりも早くレナちゃんの様子と居場所を察知している事になりますけど、ずっと診療所にいてどうやってそれが分かると言うのですか? そしてどうやってスクラップ帳を置きに行ける訳です?」

 

「………………」

 

「あと沙都子ちゃんのお母様の辺りも、彼女が良く似た装丁の本を持っていたってだけで、私のスクラップ帳である証拠にはなりませんよね? その管理人さんの見間違いと言う線もあります」

 

「………………」

 

「決定的な証拠はございませんし、何よりレナちゃんの件では物理的な無理が生じています……まぁ、私が未来予知できるのなら可能かもしれませんけど?」

 

「………………」

 

「あ。それと、私の専門は医学と生物学……特に神経学や寄生虫学ですので、ガリウムとか化学分野は専門外ですよ?」

 

 

 完膚なきまでに推理を潰され、上田はただ真顔で目を間抜けに瞬かせるだけになっていた。

 そんな彼の様子を半ば楽しんで見ているように、鷹野は「ふふふ」と笑う。

 

 

「……でも、面白かったですわ。まさかもう一つのスクラップ帳から、そこまで話を広げられるなんて……本当に上田教授はユニークなお方。わざわざ警察の人まで待機させちゃうなんて!」

 

 

 どう返答すれば良いのか分からず、上田は口をハクハク動かして言い淀むだけ。

 

 

「……それよりも上田教授」

 

 

 途端、鷹野は艶かしい声で話し出した。

 

 

「な、なんです?」

 

「今日は綿流し、ですわね?」

 

「そうですけど……」

 

 

 自身の口元に人差し指を当てた、妙にあざとい仕草を取る。

 

 

「もしかしたら……鬼隠しがまた、起こるかも……ですね」

 

「……か、かもですが……?」

 

「……うふふ。今、この場には男が一人、女が一人……」

 

 

 鷹野はスクラップ帳を小脇に抱えたまま、くるりと踵を返した。

 長い髪が月明かりの下で揺れて波打ち、翻る。つい上田は見惚れてしまった。

 

 

 

 

「…………もしかしたら、オヤシロ様は私たちを選ぶかもしれませんわね?」

 

 

 

 

 意味深長に残した鷹野の言葉。それが上田の耳奥へ、甘ったるくこびり付く。

 気付けば彼女は木々の隙間を抜け、森の奥へと入って行こうとしていた。

 

 

「あ……っ!」

 

 

 すぐに追いかけようとしたものの、嫌な予感と恐怖心が彼を躊躇させる。

 もしかすれば、殺されるのは自分ではないかと脳裏によぎったからだ。

 

 

 鷹野はどんどんと森の奥へ行く。

 暫したたらを踏んだ後、上田は自らを奮い立たせた。まずは無線機で矢部たちに指令を飛ばす。

 

 

「矢部さーん! 付いて来てください! どうぞー!」

 

 

 それから一度深呼吸をし、茂みの中へと飛び込んだ。

 

 

「ま、待ってください、鷹野さん! 危険です!」

 

 

 暗い暗い森の中へ上田も続き、いつしか二人は闇に溶けて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石原の持つ無線機から声が響く。しかしやけにノイズが邪魔しており、全く言葉が伝わらない。

 

 

「無線機の調子が悪いのぅ!? 妨害電波が飛んどるんか!?」

 

「なんや先生ぇ! 美人なねーちゃんと一緒に、森入ってったで!? えぇ? 組んず解れつか?」

 

「エロゲじゃないんですし、追いかけた方が良いんじゃないですか?」

 

 

 秋葉がそう意見した途端、木の後ろに立っていた菊池が三人の前へ飛び出した。

 

 

「よぉしッ!! ここからは尾行だ諸君ッ!! 僕に付いて来たまえッ!!」

 

「むっちゃやる気やんけコイツ」

 

「うぉぉおーーーーッ!! 尾行だぁぁあーーッ!!」

 

「叫びながら走るとか、尾行で一番やったアカン奴やで」

 

 

 大股で駆けて行く菊池に続く形で、矢部らも二人が消えた森に入る。

 いつの間にか雲が月を隠し、月光を遮っていた。一層暗くなる辺り一面、彼らは手探りで上田たちを追う事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなる森の中。鞄から取り出した懐中電灯を片手に、上田は鷹野を追う……既に彼女の姿を見失ってはいたが。

 

 

「鷹野さーん! 待ってください!」

 

 

 夜道を進みながら無線機を弄る。

 先ほどからどれだけダイヤルを直しても、ノイズばかりで矢部たちに繋がらない。

 

 

「な、なんで繋がらないんだぁあ〜……! ちゃんと付いて来てるよなぁ矢部さん……!?」

 

 

 何度も後方を確認しつつ、矢部たちがいる事を祈りながら、今や見えない鷹野の背中を追う。

 木々を抜け、茂みを掻き分け、土や石を蹴飛ばし必死に駆ける。

 

 

 暫くすると、川のせせらぎが聞こえて来た。一度上田は足を止める。

 そこは小さな崖の上。眼下に懐中電灯の明かりを落とすと、流れの強い川を確認出来た。

 

 

「おぅうっと危ない……鷹野さん、もしかして落っこちたりは……?」

 

 

 崖上から川を覗き込む。光で明かし、川底を確認しようとするも、水面に立った白波が底を見えなくしていた。

 上田は苦々しく歯を噛み締め、胸中で落ちていない事を願う。

 

 

「……本当に鷹野さんは何もしていないのか……? まぁ、それならそれで良いが……」

 

 

 思わず漏らした言葉。てっきり彼女が仕組んだ事だと思い、山田らにも話さずに説得しようとここまで来た。

 だがその本人に指摘された今は、「確かに無理だ」と納得させられている。

 

 

「……じゃあ一体、鬼隠しは誰が……」

 

 

 

 

 上田の背後に、こっそりと黒い影が近付く。

 抜き足差し足で忍び寄り、ほぼ真後ろの位置まで到達した。

 

 

 そこでガサリと音が鳴り、上田は身体をびくつかせながら首を回す。

 

 

「うひよぉうッ!? た、鷹野さん!? それとも矢部さ──」

 

 

 

 

 

 黒い影は、上田を羽交締めにする。

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 そしてそのまま首筋に、注射針を刺した。

 

 

「ぐああッ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 境内から逃げ延び、山の中を走る山田と富竹。

 追手は既に撒いており、背後から人の気配がなくなった事を察してやっと足を止める。

 

 

「ひぃ……ぜぇ……! あーー……し、死ぬかと思った……!」

 

「ゴホゴホっ!……あ、あの写真は何なんだ!? 誰が撮ったんだ!?」

 

 

 木の幹に手を突き、富竹は苛立ちを言葉にして吐く。

 その隣で山田は膝を曲げて息を整えていた。

 

 

「と……とにかく……もう村にはいられないですし、興宮まで逃げます?」

 

「でも、鷹野さんが……!」

 

「あー、そうだった! はぐれてたんだった! 鷹野さん、どこ行ったんですか……!?」

 

「ソウルブラザー次郎もッ!!」

 

「アレは別に良いと思います」

 

 

 背筋を反らして軽く身体を伸ばす山田。

 頭の中ではさっさと逃げるか、二人を探しに行こうか迷っていた。迷ってはいるが、正直なところとっとと逃げたい気持ちの方が強い。

 

 

 ともあれまだ追手が来ているかもしれない状況だ。

 二人は休む間もなくまた山中を歩き出す。

 

 

 

 

 

 その時。

 

 

「たぉば!?」

 

 

 何かに躓いて山田は転んだ。

 彼女の間抜けな声に気が付いて、先導していた富竹が駆け寄る。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「いったぁ!? な、なんかに躓いて……」

 

 

 何が足に引っ掛かったのかと、山田は忌々しげに眉を顰めながら目を向けた。

 

 

 

 

 丁度、雲が覆った月がまた顔を出した。月光が再び、山々へ照る。

 闇にも慣れて、些か良好となった視界の奥に、山田は見つけた。

 

 

「…………え?」

 

 

 それは大きな、男のものと思われる人間の身体。

 なぜか上半身が脱げた状態で、仰向けに倒れている。

 

 

 

 

「……上田さん?」

 

 

 咄嗟に上田の名を呼び、顔を近付けて良く確認しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の矢部たちは、早々に見失った上田を探して森の中を彷徨っていた。

 無線機は未だ調子が悪く、向こうからの連絡がない為に場所の特定が出来ないようだ。

 

 

「駄目じゃあ兄ィ! 全然ノイズじゃけぇ!」

 

「尾行だぁぁぁあーーッ!!」

 

「矢部さん! この森結構、深いっぽいですよぉ! どうします?」

 

「どーもこーもせんがなぁ? 先生ぇ見つけんと、ドヤされんのワシらやでぇ?」

 

 

 必死に草木を掻き分けて突き進む四人。

 途中、飛び交う「ガッツ石まっ虫」に悩まされた。

 

 

「うわっ!? 雛見沢にもおるんかガッ虫!? ほんまどこにもおるなぁ!?」

 

「尾行だぁぁぁあッ!!!!」

 

「お前そろそろ黙れェ!」

 

「OK牧場ッ!?」

 

 

 叫び続ける菊池を殴ってKOした後、ガッツ石まっ虫を躱しながら矢部は顔を上げた。

 パッと、月明かりに照らされた何かを発見する。

 

 

 

 ドラム缶と、その中に入っている何か。

 最初は物かと思ったものだが、どうやら黄色く長い髪をした人間のようだと気付く。

 

 

「おい、お前ら見てみぃ? こんな山ン中で五右衛門風呂やっとるでアレ」

 

 

 興味津々で近寄る矢部と石原だが、その背後で「ドラム缶」と聞いて嫌な予感に悩まされる秋葉。

 

 

「ど、ドラム缶?……あれぇ? 何か聞き覚えが……」

 

 

 思い出そうと秋葉が頑張る手前で、矢部は鼻をスンスンと鳴らす。異臭が漂っているからだ。

 

 

「なんか臭ないか?」

 

「油っぽいのぉ!?」

 

 

 

 

 瞬間、ドラム缶の中でフラッシュが起こった。

 そして一瞬の内に炎が舞い上がり、中に入っていた人影を丸ごと燃やす。

 

 

 薄暗がりを一気に赤く払い、轟音と共に火柱はどんどんとその勢いを増した。

 突然の事に驚き、公安メンバーは身体を縮めて一気に離れる。

 

 

「兄ぃーーッ!? ファイアーーッ!!」

 

「うおっちゃあッ!? あっつぅうーーッ!?」

 

 

 

 飛んだ火の粉が矢部の頭に燃え移った。

 その様を見ながら秋葉は合点がいったように手を叩く。

 

 

 

 

「思い出したーーッ! ドラム缶の焼死体って、今年の鬼隠しの奴ですよーーッ!!」

 

「前が見えねぇ」

 

 

 炎は人肉を、炭になるまで燃やし尽くすだけ。

 燃えて千切れた髪がヒラヒラ、上昇気流に乗って夜空へ舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を疑った。

 それもそうだ。顔が潰されていたのだから。

 

 

 

「……は?」

 

 

 地面には赤黒い血溜まり、そして無数の引っ掻き傷が残った首。

 飛び出た目玉の裏から伸びる視神経に、ガラ空きの鼻腔内まで見えてしまった。

 

 

 暑苦しい夜の山。脳を沸騰させるように、思考が掻き回されて乱された。

 まだ腐敗のない死体。だが既に飛び交う銀蠅が数匹、月明かりに照らされ鈍く羽根を光らせる。

 

 

 その軌跡の先に横たわる変死体を前に、山田は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 絶句する富竹の前で、暗がりの山の中で、彼女の悲鳴があがる。

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひぐらしのく頃に

 

 

 

抜け出してって

抜け出してって

悲し過ぎる運命から

 

あなたは 奈落の花じゃない

 

そんな場所で

咲かないで

咲かないで

絡め取られて行かないで

 

音もなく飛び交う 時のカケラ

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