TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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意気地

 神社には多くの配線が持ち込まれ、露店の電球やあちこちに吊るされた提灯に繋がれる。この作業が終われば、晴れて祭りの準備は完了だ。

 あれほど厳かで閑静としていた境内は、賑やかで華やかな祭りの色に染まっていた。

 

 

 ただ一点、祭具殿の近辺を除けば。

 この辺りは露店で賑わう参道、本殿前から遠く、ひと気の少ない場所に設置されている。

 もはや人々の声が微かにしか聞こえないその場所。梨花は、祭具殿の前にいた。

 

 

「………………」

 

 

 不安と迷いに満ちた、物憂げな表情で見つめている。

 やはり今日と言う日は覚悟してもし切れない。鬼隠しの犯人を捕らえなければ、その数日後に自分は殺されるのだから。

 

 

 今度と言う今度は、こちらに分がある。

 事情を知る未来人たちが仲間におり、しかも警察との協力も取り付けてくれた。村で起きた様々な事件を解決してくれた実績もある。

 

 

 盤石だ。誰が見てもそう思う。

 富竹と鷹野は殺されず、犯人は捕まり、自身の運命は変わる。この昭和五十八年の六月をやっと、切り抜けられる。

 

 

 

 なのに梨花の心は晴れない。不安で不安でしょうがない。

 見落としはないか。何か予想だにしない事は起きまいか。そればかりが胸中に満ちる。

 

 

 

「……本当に……」

 

 

 梨花は一人、ぽつりと胸の内を吐露した。

 

 

「……本当に、上手くいくのですか」

 

 

 どれだけ気丈に振る舞えど、その実は誰よりも悲観的で心配性。冷静でいようとしても、不意に心を乱されれば自棄になろうとする幼さ。

 

 自分の事は分析し尽くし、本心を出さないよう表面を偽る事も出来た。だがやはり性根にある弱さや欠点は、どう努力しても消し去れなかった。故に、酒に逃げる事を覚えてしまった。

 

 

 

 

 今でも一人で考える時に、そんな自分が現れる。

 いつだって梨花は人知れず、自分と戦って来たものだ。

 

 

 

 

「やり直し」はまだ効く。

 しかしこの好機だけは、向こう二度と現れないだろう。千載一遇のチャンスが、小心翼翼としたプレッシャーを生む。

 

 故に疑ってしまう。本当に、彼らは上手く立ち回ってくれるのか。

 高く期待するほど、底に堕ちた時の絶望も深い。本当に、私は救われるのだろうか。

 

 

 

 

 奇蹟は起こるのか。起こしてくれるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「梨花?」

 

 

 後ろから声がかけられ、ハッと振り向く。

 そこには心配そうに梨花を見つめる、沙都子の姿があった。

 

 

「……沙都子?」

 

「奉納演舞のリハーサルが終わってからお見えになりませんでしたので、探しましたわよ?」

 

 

 とことこと駆け寄り、梨花のすぐ目の前まで。それからジィっと、彼女の顔を凝視する。

 

 

「んー……少し、お顔色が悪いですわよ?」

 

「そう見えますか?」

 

「えぇ。大丈夫ですか、梨花?」

 

「みぃ。久しぶりの演舞ですから、ちょっぴり緊張しちゃっていますのです」

 

「まあ! 梨花も緊張なんてするのですわね。意外ですわ!」

 

 

 口を手で隠し、淑女を真似て笑う沙都子。梨花の胸中など、知る由もないだろう。

 

 

 そんな彼女を見て梨花は思い出す。

 そうだ。自分が死ねば、彼女や村の人々の未来も閉ざされる。

 

 もはや自分一人の問題ではなくなっていた。

 この世に生を受けてより、梨花はこの雛見沢にいる全ての人間の命の上に立たされている。

 

 

「しかし梨花。祭具殿の前で何して──」

 

 

 

 

 沙都子の質問をはぐらかすように、梨花は目の前にいた彼女を抱きしめた。

 いや、はぐらかす為だけではない。梨花がそうしたいと思ったからだ。

 

 

「へ? ちょ、ちょっと、梨花……!?」

 

 

 案の定だが、突然抱き締められた沙都子は顔を赧め、あわあわと腕を忙しく動かしている。

 どうすべきか戸惑っている沙都子に、梨花は囁くように話しかけた。

 

 

「……ボクだって不安になるのですよ」

 

「……え?」

 

「沙都子の叔父が帰って来た時から、ボクは不安で心配でしょうがなかったのです。いつ、みんながいなくなるのか……ボクの前から消えてしまうのか」

 

「…………」

 

「……奉納演舞に失敗するだとかよりも、ボクはそれが不安なのです」

 

 

 抱き締める腕の力は強くなる。

 なんと自分は執念深く、それでいて意気地なしなのだろうかと、内心で自嘲し呆れ返る。

 

 

 最初は驚いていた沙都子。だが梨花の吐露を聞き、抱き締め返してやった。

 

 

「梨花がこんなに弱音を吐くなんて、思っても見なかったですわ」

 

「…………ごめんなさいなのです」

 

「いえいえ、怒っていませんわよ?……寧ろ嬉しいですわ。私を頼ってくださって……」

 

 

 沙都子は優しい梨花を引き離し、柔らかい笑みを向ける。

 

 

「大丈夫ですわよ。上田先生と山田さんが、鬼隠しを暴いてくださりますわ!」

 

「……そう、なのです」

 

「それにほら。ダム戦争は終わりましたし……もしかしたらもう起きないかもしれないですわよ?」

 

「………………」

 

 

「この雛見沢」では、つい一週間前までダム戦争が続いていたのだった。

 鬼隠しに対する気の緩みが皆に出ている。「ダム戦争は終わったから、オヤシロ様の怒りは鎮まったハズだ」と。

 

 勿論、梨花は知っている。そんな例外はあり得ない。

 なぜなら「今まで」の事件はずっと、「ダム戦争の後」に起きていたのだから。

 

 

 沙都子の言葉が梨花を安堵させはしなかった。

 それでも彼女にだけは心配をかけさせぬよう、溌剌とした笑みで取り繕う。

 

 

 

 

「……なら、心配無用なのです。にぱ〜☆」

 

 

 

 笑顔の裏で、自分を責め立てた。

 やっぱり私は、意気地なしだと。

 

 

 

 彼女の裏側に気付く事もなく、沙都子は提案をする。

 

 

「ご体調が優れないのでしたら、監督の所で診て貰います? 丁度私も、バイトの報告をしに行くところでしたので」

 

「んー……本番まで暇ですから、ボクも付き添うのです」

 

「それじゃ行きますわよ!」

 

 

 腕を引き、診療所まで先導する沙都子。流されるがままに、梨花も連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 祭具殿の、閉ざされた扉の前。

 小さな娘が、物憂げな雰囲気を纏って佇んでいた。

 

 

 

 鳥居へと行く二人を見送った後、今度は林の方へ顔を向ける。その目は二人を見守っていた時とは違い、厳しく鋭い、敵意が込められたものとなっていた。

 

 微風程度だったのが刹那、祭具殿の周りを突風が吹き荒む。少女の視線の先に、何者かが佇んでいた。

 騒めく林の中、落ちる葉を浴びながら少女を見つめ返している。

 

 

 儀式的で不気味な仮面で顔を隠し、体格や性別さえも蓑のような装束で覆っていた。

 鬼の子地蔵前で、山田の前に姿を現したあの存在だ。

 

 

 

 

 

 少女は問いかけた。

 

 

「……あなたは、僕たちの敵なのですか?」

 

 

 

 

 

 その者は答えた。ねっとりとした、男の声だった。

 

 

「どちらでもないさ」

 

 

 

 

 

 遠く拝殿の方より、神楽笛の音が響く。奉納演舞の神楽隊による音合わせだ。

 

 

「私の目的はね、あの山田奈緒子なんだよ。『オヤシロ様』」

 

 

 

 

 その者は仮面を外す。

 現れた顔は、中年ほどの端正な男のもの。怪しげに目を細め、ほくそ笑むように片口角を上げている。

 

 少女には分かる。その顔も声さえも、偽りのものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度突風が吹く。

 木々の騒めきが消えた頃には、二人ともいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の上田は、梨花らの家の前にブルーシートを敷き、その上でテレビの修繕を行っていた。何度も火花を散らせるので、外でやれと梨花に言われた故の措置だ。

 石原と山から降りて来た狸たちが見守る中、上田は作業の手を止めずにその石原へ一つ頼み事をしていた。

 

 

「……それで刑事さん。任せられますか?」

 

「その時間なったら先生ェを見張っとったらええんじゃろ!? お安い御用じゃ! 兄ィにも頼みますけ?」

 

「えぇ。矢部さんや、他の未来から来た刑事さんたちにだけ話してください。それ以外には、くれぐれも内密に」

 

「了解しやしたー! アピャーッ! なんか公安みたいじゃのう!?」

 

「それが本来の公安刑事じゃないんですかね?」

 

 

 そのまま石原は持っていた鞄から、一台の無線機を取り出して上田に渡す。

 

 

「興宮署から至急された無線じゃ! なんかあれば、これにお願いしますわ!」

 

「いやぁ、わざわざありがとうございます……おおぅ、デカいな。何でもデカいのが昭和らしいなぁ」

 

 

 上田の顔ほどもあるその無線機を受け取った。なぜか小鳥たちがテレビの上に止まっている。

 

 

「ワシらの無線機専用の周波数に合わせとるけぇ! 他の無線機にも絶ッッ〜〜対に漏れんけぇのぉ! 先生ェの恥ずかしい話が他の刑事らに聞かれる事はありませんでぇ!」

 

「何から何まで助かりますよぉ!」

 

「ほんじゃ先生ェ! また、祭りン時に……」

 

 

 狸や小鳥、更には狐まで上田を囲み出した。それを見て石原は笑う。

 

 

「なんか先生ェ、ディズニープリンセスみたいじゃのぉ!?」

 

「ハッハッハ! 万象に愛される男、上田次郎ですから!」

 

「ほんじゃ改めて、また後で!」

 

 

 石原が去って行くと、動物たちが一斉にダーッ、と彼の後に続く。

 その様を後ろでぽつり、呆然と眺めるだけの上田。

 

 

 気を取り直し、再びテレビの修理を進める。

 脳裏には昨日行った自然公園での出来事が、延々渦を巻いていた。

 

 

 

 

 上田の足元には、その二冊の本が置かれている。

 何度も読み比べをしていたようで、どちらもページが開き放しとなっていた。

 

 

「……そんな馬鹿な」

 

 

 上田は熟考しながら、テレビに手を加え続けた。

 

 何か配線をショートさせて火花が散る。間抜けな声をあげて倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呻き声と共に、ゆっくりと目を開ける。

 蛍光灯の白い光が眩しく、目が慣れるのに少し間が必要だった。

 

 

「う……うぅ……」

 

 

 頭がハッキリし、視界も良好となってくると、さっきまでの茹だるような暑さは消えて、心地よい風の中にいる事に気付けた。

 

 

 パッと身体を起こす。

 山田がいたのは、診療所のベッドの上。無数の扇風機に囲まれ、その風を浴びせられていた。

 

 

「あ、あれ? 私、なんで……てか扇風機、多っ!」

 

「あ! や、山田さん!? 目を覚ましましたか!?」

 

 

 傍らには詩音がいた。ずっと看病をしてくれたようで、さっきまで山田のひたいに当てていたであろう氷嚢を持っている。

 

 

「詩音さん? ここは……」

 

「監督の診療所です! 山田さん、いきなり鬼の子地蔵の前で倒れちゃって……」

 

「……あ。そう言えばそっからの記憶がない……て、アレ? あそこからどうやって運んだんですか? ほぼこの場所の反対側だったんじゃ……」

 

「そりゃ私が山田さんをオンブしてここまで運んだに決まってるじゃないですか!!」

 

「詩音さんって自衛官でした?」

 

 

 山田らのいる診察室の扉が開き、入江が現れる。

 目を覚ました彼女に気が付くと、辺りに置いた扇風機を跨ぎながら近寄った。一台の扇風機に足がぶつかり、倒してしまう。

 

 

「あぁ……お目覚めになりました! 具合の方は? 吐き気がするとか、頭がぼんやりするとか」

 

「えー……大丈夫っぽそうですね」

 

「それは良かったです……どうやら軽い貧血のようですね。暑い中身体を冷やさずに山登りしたようですので、限界が来たんでしょう」

 

「でも詩音さんは無事じゃないですか」

 

「歳ですかね……」

 

 

 年齢を突き付けられ、山田は顔を顰めた。二◯一八年時点で、彼女は四十一歳を迎えている。

 沈黙する山田の横で、詩音が心配そうに聞く。

 

 

「もう起き上がって大丈夫でしょうか……?」

 

「医師としてなら、今日一日は安静にすべきと言いたいのですが……」

 

 

 ちらりと山田を見やる。

 入江は山田らが、鬼隠しを阻止する為動いている事を知っている。綿流しがある今夜、山田なら寝てはいられないだろうと察した上での目配せだ。

 

 案の定、山田はもう大丈夫だと手で合図する。

 

 

「全然平気ですから。そんな、心配しなくても」

 

「けど……凄い倒れ方していましたよ?」

 

「今はほら、この……多過ぎる扇風機のお陰で体調も戻りましたし」

 

「ごめんなさい、山田さん……私が山田さんの歳を考えずに、あんな山の中で待ち合わせだなんて言わなければ」

 

「大丈夫ですから歳の話やめて貰えません?」

 

 

 判断を乞うように入江を一瞥する。

 仕方がないと肩を竦めた後に、彼は首を縦に振った。

 

 

「……分かりました。しかし、祭りの最中にまた体調の変化がありましたら、すぐ私か、鷹野さんに言ってください。今夜は医務用のテントにいますから」

 

「いや〜、ホントありがとうございます」

 

 

 再び診察室の扉が開く。次に現れたのは、梨花と沙都子だった。

 

 

「山田さん!? 倒れたと聞きましたわよ!?」

 

「大丈夫なのですか?」

 

 

 二人もまた、山田のいるベッドの方へ進む。扇風機を避けつつも、避けきれずに何台か倒していたので入江に驚かれていた。

 二人の姿を見て、詩音が話しかける。

 

 

「お二人も診療所に?」

 

「はい。アルバイトの報告にと……鷹野さんに、山田さんが運び込まれた事を聞きましたので」

 

 

 ベッドの上に顎を乗せながら、梨花は疑わしげに山田を上目遣いで睨む。

 

 

「全然元気そうなのです。仮病なのです?」

 

「もう、梨花ちゃま! 仮病じゃありません! 山田さんの歳を考えなかった私の」

 

「歳の話やめてください」

 

 

 一層騒がしくなった診察室。入江は困ったように笑いながら、手を叩いて注意する。

 

 

「ほらほら! 診察室ではお静かに! 言う事聞けない沙都子ちゃんは、私だけのムフフな専属メイドさんにしちゃうぞ〜♡」

 

「そう言うのやめてくださいまし」

 

「調子乗りました」

 

 

 とは言え沙都子も山田の体調を気遣ってか、彼女の無事を確認すると診察室を出ようとした。

 

 

「大事なさそうでしたので、安心しましたわ。最近は夜でもお暑いので気を付けてくださいまし!」

 

「いやぁ、ご心配おかけしました……祭りには必ず、参加しますので」

 

「ご無理はだけはなさらないでくださいね? では私はこれで……梨花! 行きますわよ!」

 

 

 沙都子に呼ばれる梨花。しかし彼女はジッと、意味深長に山田と入江を見つめた後に、首を横に振る。

 

 

「みぃ……もう少し山田とお話するのです」

 

「全く梨花ったら……山田さんは病み上がり? ですわよ!」

 

 

 室内に残ろうとする梨花の意図を察し、山田も助け舟を出してやる。

 

 

「あぁ……私はもう、大丈夫ですから! チロッと話す程度なら全然!」

 

「そうなのですか?……まぁ、山田さんがそう仰るのでしたら……なら私は鷹野さんと会って来ますわ!」

 

「あっ!! そうだ!!」

 

 

 何か思い出したかのように詩音もパチリと手を叩く。

 

 

「圭ちゃんの事、おねぇに確認しないと……! では私はこれで……山田さん、監督、また綿流しで!」

 

 

 そう言い残すと詩音は、脇目も振らず扇風機を倒しながら部屋を出て行った。入江は愕然とした様子で見送っている。

 

 彼女に続く形で沙都子も退室。

 現在は山田と梨花、入江の三人しかいない。鬼隠しと、雛見沢症候群について情報を共有している者たちだ。

 

 

 

 

「……えーと。それで梨花さん、私に何か?」

 

「今日は綿流しなのです。入江にも色々聞いておきたいのですよ」

 

 

 二人は同時に入江の方へ向く。彼は一度顎を撫でてから、神妙な顔付きで話し出した。

 

 

「『山狗』に鷹野さんと富竹さんの護衛は要請していますよ」

 

「確か、梨花さんを見守っている人たちですよね?」

 

「えぇ。そうですが……我々研究員の護衛も、彼らの仕事の内ですからね。だから梨花さんもどうか、ご安心なさってください」

 

 

 そう入江は言うものの、梨花の表情にまだ不安が立ち込めていた。

 

 

「…………」

 

「……あの〜。大丈夫ですか、梨花さん?」

 

 

 山田に心配されて、とりあえずは「うん」と答えてしまう。

 次に梨花は入江を見て、もう一つの質問をする。

 

 

「山田が倒れたと聞いてビックリしたのです。雛見沢症候群の可能性はないのですか?」

 

「……えっ!? 私もなる可能性あるんですか!?」

 

「あるのですよ〜。まぁ、能天気な山田なら感染してもイライラしなさそうなのですから、悪化はしないと思いますのです」

 

「誰が能天気じゃい」

 

 

 それでどうなのかと、再度入江に目配せする。

 一応彼も感染を疑い、気絶中の山田を検査はしていたそうだ。

 

 

「それでしたら大丈夫ですよ。山田さんは感染していません。貧血と、軽い熱中症の合併のようでしたので」

 

「なんか怖いですね……マスクとかしようかな……」

 

「と言っても、村に来て一週間程度の山田さん方ならまだ大丈夫かと。森林や水辺に長期間いなければ、まず感染はしませんよ」

 

「なら良いんですけど……」

 

「ただ感染されていた場合、特効薬はまだ開発されていないので、覚悟していてください。村を出る際は一度、検査を受けに来るように」

 

「怖いなぁ……」

 

 

 目に見えない寄生虫症であると思えば思うほど、呼吸さえも怖くなって来る。

 まだ大丈夫だとお墨付きはあるものの、リスクが少しでもあるのならば意識してしまう。レナの豹変ぶりを思い出せば、その恐ろしさは瞭然だろう。

 

 

 ちらりとまた、山田は梨花を見た。

 俯き、不安げに両手を握っている。沙都子たちの前では見せない、彼女の弱さだ。

 

 

 山田は何を思ったのか、その手を握ってやった。驚いて顔を上げる梨花の手前、山田は真面目な顔で励ましてやる。

 

 

「……一緒に、乗り越えましょう」

 

 

 梨花は応えるように、ゆっくりと首肯する。

 

 

「……はい、なのです」

 

 

 その不安を拭い切る事は出来なかった。

 

 

 

 

 倒れた扇風機が、ガタガタ音を鳴らしてうるさい。

 入江は急いで、扇風機を起こしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診察室から出た沙都子は、待合室へと向かっていた。

 途中の廊下で、鷹野の姿を発見する。先に出ていた詩音と、暫しばかり挨拶を交わしている最中だ。

 

 

「あ。鷹野さ──」

 

 

 近付き、自身も話に混ざろうとする。

 その際に、自身に背を向けている詩音の背中が、見覚えのある別の誰かのものへと変わった。

 

 

「────え?」

 

 

 自分に背を向け、鷹野と話す詩音。それが、行方不明の母親の後ろ姿になる。

 更には診療所の廊下も、実家の玄関口へ変貌を遂げた。

 

 

 

 沙都子は柱の影から、隠れるようにして玄関を盗み見ている。

 早朝、まだ肌寒い朝。母親はこんな時間に、来訪した鷹野と会話をしていた。

 

 

 

 何を話しているのかは聞き取れなかった。

 ただ、何かを渡している様は視認出来る。

 

 

 その何かを、母親は抱えていた「カラクリ箪笥」へ────

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは鷹野さん、また後で」

 

「えぇ。また後で」

 

 

 詩音と鷹野の声が聞こえ、ハッと我に返る。

 既に詩音は鷹野とすれ違い、診療所を出て行ったところだ。そこでやっと、さっきのは幻覚だと気付く事が出来た。

 

 

「…………今のは?」

 

 

 半ば放心状態で立ち尽くす沙都子。

 詩音を見送り、くるりと踵を返した鷹野と目が合う。

 

 

 いつも通り、彼女は優しく沙都子に微笑んでくれた。

 

 

 

 

「あら、沙都子ちゃん。山田さんは大丈夫そうだった?」

 

 

 目を瞬かせた後、こくりと頷いた。




次回。綿流し祭、開催
連載開始から三年かけました。嘘でしょ
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