性犯罪の本質は性欲ではなく、支配欲である

海外から見たら、日本のおかしさは明らかなんです。日本にいるからわからなかっただけであって。ネトウヨや男尊女卑の若者を見ていると、ああ、素直なんだなと思います。息子がそうだったから。実に素直なんです、うちの息子。何でも受け入れてしまう性格だからこそ、メディア、教育、いろんなものに影響されてああなってしまった。

日本では多くの人がそうだと思います。その人の性格ではなく日本社会が人格を作っているということを、まさに偶然、娘と息子で実験してしまったようなものです。

性犯罪については今でも男の人たちは、「性欲なら仕方ない。本能だから食欲と同じだ」と思っているフシがあります。抑えられないものだからしょうがないという特有の甘い考えで、性犯罪にも甘い。

しかし、世界の認識は違います。性犯罪は性欲によって起きているわけではない、支配欲によるものだという認識がスタンダードです。つまりは差別意識から来ていて、弱いものに対して性的に征服・制圧し、支配欲でやっている。実際に、性欲がなくても性犯罪は起こりえます。性欲だから仕方ない、ではないんですよ。差別や支配欲はよくないもの、いけないものだ、人権を阻害するものだということをちゃんと人権教育で教えていたら、そういう甘い捉え方にはならないと思います。

「相手の家に行ったら同意?」男女で大きな隔たり

男と女だけでなくそれ以外であっても、加害者と被害者はどちらも同じような感覚で性を捉えているわけではなく、一方は「まったく思いもしない」「考えもしていない」状態、もう一方は性的に受け止め征服欲を持っている状態があります。そこに対称性はありません。

NHKのアンケート調査で、男性は「2人でお酒を飲んだら性的同意がある」とか、「相手の家に行ったら性的同意がある」と思っている人の割合がかなり多いと報じられていました。女性の回答は反対で、考え方に大きな違いがあったのです。

滋賀医大生の事件でも、相手の家に行った被害者本人は2次会をするつもりだった。そういう事情は、女性なら理解できるじゃないですか。でも男性だと、それを「家に行っているんだからそっちが悪い」と捉えてしまう。やはり教育やメディアで男女の考え方の非対照性を伝えることも大事だと思います。

これまで性的同意について私が議論を交わしてきた多くの中高年の男性たちには、問題意識の遅れを感じて危機感を抱いています。世界の潮流は違う、時代は変わっている、ということを知っていただかないといけない。

法律そのものも変化していますし、これからは相手の同意がなければ犯罪になるどころか、権力勾配のある相手には性的なアプローチを仕掛けることすらアウトだ、と念を押しておきたいと思います。セクハラも、権力勾配のある相手に性的なことを言ったり行動したりすることで起きます。これは、差別なんです。