性的同意とは「いいよ」ということではない

同意とは、その行為の後にやってくる社会的な影響や体への影響、必要な対処など、そういうものまで考えることができる判断能力を含んでいます。例えば妊娠した場合に対処できる能力もそうです。それらを全部含んだうえでの「同意」ですから、それがわかっていない状態で「いいよ」というのは本当の同意じゃないんですよ。

それを大人側が理解していれば、未成年に対して手を出さないと思うんです。いくら「いいよ」と言っていても、それは性的搾取です。

繰り返します。SNSなどを見ても男女関係なく、性的同意とは性行為だけにおいてYESかNOかを伝えることだとしか思っていないようなのですが、それは違います。行為が与える影響を心理的・身体的含めて理解し、避妊の方法、妊娠した場合の対処、中絶の方法を理解しているかどうか、全部含めて同意する・しないという意思を形成するのです。「YESって言えばいいじゃん」じゃない。冗談でよく「じゃあ同意書を書けばいいのか」と成人男性側の意見が出ますが、それがいかに短絡的で自己都合であり、局所的な議論であることか。

「本人がいいって言えばいいじゃん」というのは、自分は何の責任もなくて、未成年だろうがなんだろうが相手が「いい」って言えばいいじゃん、という言い方です。しかし、本当にその後の影響力、妊娠・堕胎や出産、相手の認知やその後の育児、学業離脱など、すべての可能性を考えて責任を持つならば絶対に言えないはずです。

法学者として痛恨だった息子の変貌

こうした認識については、教育やメディアの影響がすごく大きいと思います。

息子の例を話します。私の息子は、夫が4歳から8歳までフランスで育てていました。

フランスでは、幼稚園のころから性教育を受けます。私は時折日本から会いに行っていましたが、6歳のある日、夫の車で迎えに行ったらいきなり、「お母さん、きょう赤ちゃんがどうしてできるか習ったよ」と息子が言ったんです。私は「えっ!」ってかなりショックを受けまして。フランス語で、精子が卵子にくっついてどうのこうのって6歳が言うんですよ、もう衝撃で。夫の顔を見たら当然という顔でニヤニヤしていました。

島岡まな教授
撮影=水野真澄
8歳まで父とフランスで過ごした息子。その後、島岡教授が引き取り日本で育てることになったが…

その後、私と夫は息子が8歳のときに離婚して、娘と息子のうち息子だけ日本に引き取りました。娘はフランスに残ったんですね。

引き取った息子を、日本の小学校に入れました。フランスではさかんではない野球がすごく珍しかったようで、野球チームに入りたいって言ったんです。まだ日本語もおぼつかない状態で入っていったんですが、初日に帰ってきたとき、「お母さん、日本って変な国だね」とフランス語で言うんです。

「どうして?」
「きょう練習に行ったらコーチにお母さん方がお茶をついでいた。おかしくない?」