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  其の三十七











「お邪魔ならばさっさと帰るわ。 そうでないなら、
 誰か来る前に、入れて頂戴。」



お邪魔・・・って、いや、そりゃあ。


開けっぱなしの俺の口など眺めながら、お義母さまの口の端が上がる。
俺はもうお義母さまを引っつかむみたいにして、扉を閉める。
夢より柔らかい身体、夢より芳しい香りが俺の腕に飛び込んだ。







「ど・・どうなさったのですか?」



腕の中のお義母さまに、出てきた言葉ときたら始末に負えやしない。
頬を人差し指でつつきながら、不満そうに艶やかな口唇をふくらませ。
俺なんかが言うのもなんだけど、まるでやんちゃな子供のようで、
なんて可愛らしい方なのかと、俺は見とれてしまう。






「今日は宮殿に伺う用事があったから。
 伺ってはいけなくて?」
何を野暮なことをとでもいうかのように、上衣をさらりと脱ぎ捨てる。
煌くような石の散りばめられた透かし模様の薄紫のドレス、
口唇が柔らかく笑みを描く。
「でも、それっ・・・・・・・。」
腕からするりと抜けられて、
駄々でもこねているようにくるくると表情が変わってゆく。


「わたくしは、どうしても会いたかったの。
 あなたは、違うの?」


違わない、違うわけない。
だめだ、嬉しくてにやけまくった顔が戻りゃあしない、俺。





自分がこんなに向こう見ずだなんて、今の今までわからなかった。
思慮とか思惑とか、
そんなことは今のわたくしにはもう無くなっていたのかしら。
本当は少しだけ不安だった。
お部屋に忍んでくるわたくしを見たならば、
あなたは呆れてしまうのかしらと。
抱き締められて、極上の笑みに包まれて。
その輝くような笑顔だけで、わたくしが今まで培ってきたものが、
とても下らなくすら思えてきてしまう。
だから素直に、邪魔な理性など後宮に置いてきてしまったの。
改めて、あなたの首に腕を回す。



「だって、会いたかったの。」
「俺だって。」



甘くて優しい口付けに、目が回りそう。
王子さまは、こんなにお上手だったかしら。
舌を絡めるだけでは、とても熱は抑えられない。
身体を寄せあうだけでは、とても思いは抑えきれない。
はしたないと怒られるかしら、あなたの上着に手をかける。


「帰るのは、夜明けでいいわ。」










王子さまらしい、端正なお部屋。
机の上に開きっぱなしの分厚い御本、抽斗は少し開いたまま、
質素な寝台、実用的な燭台。
きらびやかな装飾などは必要がない、
まるであなたに包まれているような
一枚一枚衣を落としていきながら、心地よく解放されてゆくみたい。
窓の遠くからは、波の寄せる音だけが緩やかに響く。
星の瞬きすら聞こえてくるような夜の中で、
あなたの吐息を聞くことはとても素敵。
あなたの吐息は舐めるように、首筋から胸元へ。
あなたの舌に転がされるように、撓るように身体が浮き上がる。
わたくしのなにもかもを、味わって。



ああ、もう、わかっていたらもっとちゃんと片付けておいたのに。
本が開いてるよ、抽斗が閉まってないよ。
髪なんかぼさぼさの、間の抜けた格好で、
王子などととても思えやしない。
お義母さまの喜びそうなものとか、なんにもない殺風景な部屋で、
月明かりだけを纏った白い身体を、俺は抱き締める。
寝台に座り俺たちは、もう言葉など忘れ果て。
引き寄せあい、縺れるように倒れ込む。
お義母さまにはおよそ似つかわしくない狭い寝台で、吐息を絡めあい、
嬉しくて目が眩みそう。
初めての時みたいに何がなんだかわかんなくなってる。
撓る背中、柔らかな膨らみが艶やかに反り返る。
柔らかな谷間で、その馥郁とした香りを胸一杯に吸い込んで、
吐息に抱き締められながら、すべすべの鳩尾を口唇で辿る。



「とっても、会いたかったの。」



幾度となく昂まりあい、それでもまだ、いとおしく。
わたくし達は瞬きすらも忘れたように、愛しあう。
あなたの綺麗な指、震える睫がとても素敵。
深い鎖骨、浮く汗に見とれてしまう。
すこし華奢な肩の線、包み込んでくれる優しい腕、
絡みつくしなやかな脚。
わたくしの口唇が触れるたびに、小さく上がる声が好き。
いつしか睫が、濡れてくる。
あの時の怯えでもなく、いつかの恐れでもなく、
包まれた幸福だけで、涙が溢れるなんて。


「りかさま・・?」
そしてあなたは不安そうに、わたくしに目を上げる。
そんな目をなさる必要など、少しもないというのに。
強引に引寄せて、噛みつくように口付けて。



「大好きよ、王子さま。」














「 ・・・・・だから、今しばらくお待ち頂けますわね。」


小さな顔を俺の肩に載せ、お義母はくすぐるように囁いた。
こんな時いわれたら、そりゃあ頷くしかないよ。
なんとか振る俺の頭を、とてもうれしそうに抱きしめて、
そのまま耳に舌などを、いや、嬉しいけれど。
「だめよ。ちゃんと聞いて、下さらなくては。」
そう言ったそばから、嬉しそうな含み笑いが聞こえてくる。
「 ・・・・き、聞いています、よ。りかさま。」
耳を擽るように、俺の反応を面白くて堪らないとでもいうように。
「でも、気が散っても、だめ。」
とかいって、低く甘く囁く声。
俺、本当にどうにかなりそうなんだけど。
「大王様の誕生の宴、その時に丸く収めましょう。」
下肢は緩やかに、,又波打ちはじめる。
「一体・・・・・ど、うなさると。」
ああ、話すか、どっちかにしてくんないかなあ。
「大王様に、お勉強して頂くわ。」
身体の中で、波が渦巻いてでもいるように、
寄せては返す、蕩けそうな感触が。




「そして、王子さまの先生。」
思いがけない名前に、もの問いたげな俺に顔を埋め呟かれる。
「筋書きがやっと出来たのよ。」




満足そうな微笑は、華やかで可愛らしく、
筋書きを楽しげに囁かれる。



「きっと、うまくいくわ。」












そして夜明けまで、俺たちは愛しあった。
それは永遠に続いたようで、
だけどたちまちに過ぎ去ったかのような、
空高く昇ったような、海の底まで沈んだような、
曙光の見せた、めくるめく夢なのかもしれないけれど。







お互いの名を呼ぶ声しか、耳には入らない。


寄せて返す、温かな波のように。










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