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  其の三十六









控えの間で、ユウヒとチカが立ち上がる。
「待たせてしまって、ごめんなさいね。」
「いいえ、久しぶりに宮殿に伺えて、楽しゅうございましたわ。」
ユウヒの言うそばで、チカが欠伸をかみころす。
「そういえば・・・チカ。
 あの旅役者の一座は、まだお前の家に?」
さり気なさを装って、聞いてみる。
「ええ、まだとどまらせておりますが・・・」
「近いうち、後宮へ呼ぶ事はできるかしら?」
「まあ、お芝居を打たせるのでございますか?」
チカの顔が、期待に明るく微笑む。
「そう・・・・・・ 似たようなことをね 。」




「りかさま、そろそろお帰りになりませんと。」
深い群青の上衣を羽織ったユウヒが言葉をかける。
「夜露はお身体によくはございませんわ。」
真珠の光沢を放つきらびやかな布地を眺め、小首を傾げ。
「ねえ、ユウヒ。お願いがあるのだけれど。」
ユウヒの上衣を手にとって。
「わたくしと、取り替えてもらえない?」
「は?」
戸惑う彼女にお構いなしに、さっさと上衣を取りかえる。
くるりと振り返り、困ったように立っている二人に微笑んで。




「ごめんなさい、もう一つ我侭をきいてほしいのよ。」
そして、二人に耳打ちする。
「りかさま、・・・それは。」
低い声で抑えようとするユウヒに、チカが割って入る。
「うわあ!すてき!!いいじゃない、ユウヒ。」
「でも・・」
囁きあう二人を置いて、わたくしはさっさと歩廊へと向かう。


なんと言われようと、我慢なんかできないの。
二人に軽く片目を瞑り、わたくしは闇の色の上衣で身を翻す。

















あああ、今日はお義母さまが宮殿にいらしていたというのに。
文字なんて頭に入るわけもなく、
俺は猿みたいに部屋をうろつきまわる。



あれから、俺はずっとお義母さまに会ってない。
そりゃあ、迂闊なことをしないようにって、
わかってる、わかってるけどさあ。


寝台にひっくり返り、ごろごろと寝返りを打つ。
お義母さまは平気なのかな。
朝から晩まで、いや、せめて一日に一回くらいは
お顔を見たいって、どうかしてるのかな。
いつも寝る前にあの方の一つ一つを思い出す、
甘い香り、落ち着いた声音、美しいお顔。
柔らかい曲線、掠れる囁き、薄い汗の匂い。
いや、そんなことばっかり考えてるわけじゃあ、決してないけれど。
でも、でもね。



二人でいる幸せを知ったっていうことは、
つまり、一人でいる辛さも味わえっていうことなのかな。
自分ときちんと向きあわなければ、
人と向きあうことなど出来るはずがない。
お義母さまほどの方相手ならば、尚のこと。
だけど、それとこれとは違うんだよ。
だって、もう本能だもんな、動物としてのさ。




とかなんとかぐるぐる考えながら、枕とか掴んでる。
俺ってやっぱ馬鹿なのかもしれない。













「   ・・・・ さま 。」










ほら空耳まで聞こえてきやがった。
無理しすぎると、頭にきちまうんだよ、人間てさ。






「  ・・・・ おうじ さま。」





いつになく鮮明な空耳だ。
よっぽど追い詰められてるんだな、俺。
扉を微かに叩く音まで、加わって。


・・・いや、空耳じゃ、
ない!







転がるように扉を開ける。
闇の色のケープをすっぽりと纏い、
夢に見た瞳が鮮やかに虹色に光る。








「 お邪魔だったかしら ? 」















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