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  其の三十五









人払いをした私室で、大王に酌をする。
「お疲れで、ございますわね。」
ちらりと目を上げて、こちらををご覧になって。
「戦場よりも、疲れるとはな。」
溜め息混じりに洩らすお言葉、
少し余計なことなど伺ってみようかしら。


「それは ・・・あのお方のせいにございますの?」
そしらぬ顔で、わたくしも杯を傾けながら呟いてみる。
どうも図星のようね、苦々しそうに微笑まれる。
「だとしたら、どうだと。」
「いいえ、どうもいたしませんわ。」
そしてしばらく、わたくしたちは其々に考え込んで。



「全く、どうしてああも食ってかからないと、気がすまぬのだ。」
「どなたの事にございますの?」
「あの、先生殿だ。」
「まあ・・・なにか、仰ったのではございませんか?
 食ってかかられそうな事などを。」
「ん・・・む。」
言葉を濁されて、考えを巡らせる大王様。
重臣達には、お見せできないご様子ね。
「笑わんでもよかろう。」
「・・・いえ、失礼を致しましたわ。
 ただ、あなた様をそれほどに悩ませるとは、
 余程のことなのでしょうね、と。」
「それが可笑しいのか?」
「さあ、どうでしょう?」




「大体・・・。あいつがいかんのだ、さっさと言えば良いものを。」
「は?」
「王子だ。全く、わたしにまで一人前の口をきくようになって。」
「まあ。」
思いもかけないお名前に、
わたくしときたらそれだけで嬉しくなってしまう。
「既に心に決めた者が、おるなどと申しおる。」
いやだわ、心臓の音が聞こえてしまいそう。
「そ・・・うですの。」
「ただ、どうしても名前を明かそうとしない。」
わたくしは少し安堵して、お話を促してみる。
「それに、どうして、あの方が関っていらっしゃるのです?」
「いや、王子の話から、これは間違いなかろうと・・・」
「話、ですか。」
「美しく、気高く、知性溢れ。そのうえ奴を心より愛しているそうな。
 で、奴もただ一人のお方などと・・・」
又、心臓が跳ね上がるわ。
嗚呼、わたくしの王子さま。


「又、なにを笑っておる。」



「やつの回りで、そのような女性と考えて・・・」
「で、お聞きになったのですね。」
「ああ。」
「どうなさったのです?」
「もの凄い剣幕で怒鳴りおった。」


そう仰る大王様、でも困ったお顔すらお優しくなられていらしてよ。
お心が傾いていらっしゃるのが、手に取るようにわかってしまう。
そして、広間に飛び込んでいらしたあの先生のお顔も。
大王の傍らのわたくしを見たときの瞳が、全てを語ってしまっていた。
誰よりも、この方に誤解されてしまったのが悔しかったのね。


わたくしの頭に、ぼんやりと策が浮かび上がってくる。
もうしばらく、
大王様にはいい薬かもしれないわね。




「なにもかも、上手くいきますわ。」
りかの突然の言葉に、わたしは驚いてそちらを見る。
「そうご心配なさらずとも、きっと大団円へと。」
微笑むその顔は、既に後宮の妃というよりも一流の軍師のような。
「時を待たれますのが、よろしいかと。」



「お前がそう言うなら、・・・そうなのかもしれないな。」






「夜も更けて参りました、そろそろお暇致しますわ。」
「もう、帰るのか?」
「ええ、わたくしも昼間の疲れが出て参りましたようで。
 それとも、伽などお申し付けになりますか?」


大王の顔に、やっと笑いが戻る。


「いや、やめておこう。
 どうも、お前はそういう性質の女ではないのかも知れないな。」
わたくしが、というよりも、あなたが変わっていらしたのよ。
お気付きになられない、大王様。





「お誉めの言葉と受け賜っておきますわ。」
 
 









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