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  其の三十四








身体中の血が頭に上りきったまま、
観音開きの扉を開ける。





広間のざわめきが一瞬にして、消える。
きらびやかな人々の目が、わたしに集まる。
広いテーブルの上座には、大王様。
正妃のいないその傍らには、
後宮の第一の妃が寄り添うように座られる。
滑らかに光る紫の薄物を羽織り、
柔らかそうな巻き毛で縁取られたお顔が上がる。
深く鋭い光りを持った大きな瞳、
ふっくらと零れそうな赤く濡れた口唇。
殿方ならば誰もが夢見るような、美しさと艶やかさを兼ね備えた。
りか様、お噂には聞いていたけれど。
これほどの方ならば、後宮一のご寵愛もなるほどと頷ける。
大王様は、このような方がお相手なのだ。



「どうなさった、先生。
 今日は又、随分と・・・・・」


コウ先生とご本を放っぽりだして走ってきたわたしは、
息も髪も乱れたまま。
柔らかい薄物に、なめらかな身体の線を浮き上がらせ、
宝石に散りばめられた妃達の中で、なんと場違いな事だろう。
ほら、大王様も笑っていらっしゃる。
わたしは堪らなく惨めな気持ちに襲われた。


「なにかご用でしたら、後程ゆっくりと。」
大王様は微笑んだまま、こちらを見つめて仰られる。
傍らで微笑む、後宮一の美貌の妃。
考えずに言葉がついて出る。




「わたし、お暇を頂きとうございます。」

大王の口がぽかりと開く。
その口が締まらぬうちに、わたしは一礼する。


「大変なご無礼を、致しました。」













「・・・大王様?」
「あ、いや ・・・・・・・りか。」
大王様はやっと我に帰ったご様子。
あれは、恐らく王子さまの先生ね。
何があったか知らないけれど、
この方にあれだけの啖呵を切ってしまうとは。
そして、なにより、この大王様の反応はどうしたこと?
呆然と口を開けたまま、一言も返せないなんて。
常に冷静で冷酷とさえ言われるこのお方には、
およそ似つかわしくないことね。


ざわつく妃達の話も耳に入らぬご様子で、考え込む大王様。
彼女を見たときの微笑みは、わたくしには馴染みのないお顔だった。
そして、この困惑しきったお顔はどういうこと?
珍しいご様子に、わたくしは考えを巡らせる。













「王子さ・・・。」

机に突っ伏される王子様の柔らかな寝息が聞こえる。
お疲れも溜まるはずね、この処の張り切りようでは。
本に埋めた顔に、午後の緩やかな陽射しが影をつくり、
秀でた額を柔らかい髪が縁取って。
まだまだ、お子様だと思っていたのに。
心にはもうどなたかが住んでいらっしゃるなんて。



「 ・・・んぁ、せんせ・・」
ぼんやりと目を開かれたかと思うと、びっくりしたように起き上がる。
「し・・失礼しました!
 やだな、俺ってば。いや、さぼりたいとかじゃないよ、全然。
 あぁ、もう。起こしてくだされば・・・」

焦ったように眉を上げて、口元を拭われる。
「涎垂らして寝てる顔とか、かっこわるいったら、」
本当に悔しそうに仰るお顔に、わたしはつい笑ってしまう。
「もう、さあ。笑ってないで・・・・・」
王子様は、困って眉を寄せられる。
「コウ先生が、
 ぶん先生がいきなりどっかに行っちゃったって言うから。
 大人しく勉強して待ってようって思ったんですよ、これでも。」
頭などを掻きながら、わたしに目を上げる。



「お疲れなのですね、この頃とても頑張っていらっしゃいますもの。」
「えっ、先生もそう思う?」
ほっとしたように、王子様は笑われる。
「ええ、勿論。」
「いやあ、俺も自分で言うのはなんだけどさ。
 結構、随分、頑張ってるよな、自分・・・・なんて。」
照れ隠しなのだろうけれど、それでも本当に嬉しそうなお顔になる。
「頑張らなくては、いけないのですわね?」
「うん。まだまだ、なんだけどさ。」


そう仰って、姿勢を正し本を開かれる。
「さあ、授業を始めてください。」
どうしてあの方は信じようとなさらないのかしら。
みっともなくて、お耳になど絶対に入らないないようにしなくては。
思い人がわたしと、誤解されてしまったなどと。





このお方はあなたにかしずく下僕ではなく、
あなたと肩を並べるに相応しい。
大王さま、わかっていらっしゃるの?














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