泥沼にはまった。
でようと思い、もがく。
もがけど もがけども。
抜け出せるどころか、
余計に深みに堕ちていく。
抜け出せない。


ぎい、と木ノ葉の里の大門が門番によって開かれた。
「風影様っ!」
「よくいらっしゃいました、風影様っ!」
木ノ葉の民が盛大な歓声を我愛羅とその姉兄に送る。
「ありがとう・・・」
我愛羅は無理に笑って自分と姉兄をたたえてくれる民達に手を振った。
すると民達は余計に活気付いて、店を営んでいる者はぜひウチの店に、としきりに我愛羅を誘う。
「ありがとう。
また今度お邪魔させてもらおう」
「そうおっしゃらずに・・・。
風影様・・・」
風影様、風影様、周りから我愛羅を賞賛する声が絶えない。
我愛羅はこんなダメな自分にここまで善くしてくれる異国の民達に罪悪感を覚えた。
本当は、もっと正式な形で来られればよかったのに。
我愛羅はいつの間にか涙していた。
「・・・っ、風影様っ?!
いかがなさいましたっ?!」
「え・・・」
取り巻きの一人の男に言われて初めて我愛羅は自分が泣いていることに気がついた。
「っ!?我愛羅っ?!」
「どうしたの?具合が悪いのっ?!」
それに気づいたテマリとカンクロウが血相を変えて我愛羅の顔を覗き込む。
「ああ・・・大丈夫だ。
皆の衆も、心配をかけてしまって申し訳ない。
皆の歓迎が嬉しかったのだ」
我愛羅は涙を拭き、本当の気持ちを言った。
実際、本当に嬉しかったのだ。
ただ、涙の理由はそこには無い。
それを聞いた民達は、ほっとしたように、さ、共に火影様の元へ参りましょう、と我愛羅たちを綱手の元へと案内した。

「どうした、風影殿。
報告では民達の歓迎に泣いたそうじゃないか。
珍しいこともあるものだな」
民達に別れをつげた三人はシズネに案内されて火影室に来ていた。
「我愛羅と呼んでください、火影様」
我愛羅は苦笑いをして目の前の年齢詐称を平気で働いている同盟国の里長に言った。
「その節は・・・なんて説明したらよろしいのか・・・。
本当に情けない」
うつむいた我愛羅の背中にカンクロウが手を置く。
「まあ、いいさ。
人間誰だって思いもしないことをしてしまうこともあるさね。
そして、我愛羅。私のことも綱手と呼びな」
「・・・はい」
我愛羅は消え入るように言って姉兄を残しその場を去った。
「・・・我愛羅のヤツ、どうしたんだ?
様子が変だが・・・」
いつもとかなり違う我愛羅の様子に綱手も気づき、テマリに聞いた。
「それが、分からないのです。
理由を聞いても首を振って微笑むばかりで・・・」
言っているうちにテマリは耐え切れなくなり、しとしとと涙を流し始めた。
「目も・・・どこか遠くを見つめているばかりで、一向に俺達を見ません。
ここへはそんな様子を見かねた上役達に言われて休暇に来たのです・・・」
しゃくりあげているテマリの肩を抱き、カンクロウが彼女に代わって言う。
「そうか・・・」
綱手は難しい顔をして黙り込んだ。
「綱手様、お願いです。
一度、我愛羅を診て下さいっ。なにか病気かもしれない・・・・っ!」
カンクロウは必死に綱手に訴える。
「わかった・・・。
私も心配だ。少し落ち着いたら診てやろう」
「・・・・っ!ありがとうございますっ!」
テマリとカンクロウはこの上ない感謝を込めて深々と頭を下げた。


ダメな俺。
そんな俺を気遣ってくれるお前達。
判っているお前。
想いを伝えられない俺達。
伝えても、拒否される俺達。
考えども考えども、
にごった感情にしか行き着かない。


「ネジ、舞の調子はどうだ?」
日向家の武道場で踊っていたネジの元へヒアシが訪ねてきた。
「ええ、順調です。
カンクロウ殿には負けないかと」
ネジは快活に笑ってヒアシに言う。
「ほう、大した自信だな。
実際はどうなのだ、ハナビ?」
ヒアシはネジの近くで練習をみていたハナビに聞いた。
「はい、父上。
ネジ兄さんの舞は完璧ですっ!本当に、うっとりしちゃう」
ハナビは満面の笑顔で父親の問いに答えた。
「ほう・・・では、期待してよいのだな?」
ヒアシは微笑んでネジに問う。
「きっと、ご満足いただけます」
「うむ・・・。当日抜かるなよ」
「はい」
ヒアシは満足そうに出て行った。
「本当、ネジ兄さんはすごいなぁ。
私もそんな風に舞えればいいのに」
ちょっと妬み気味に唇を尖らせてハナビ。
「ハナビ様も練習すれば私より上手に舞えますよ」
ネジはまだ小さな従妹に優しく言った。
「本当にっ?!」
「ええ」
「へへっ・・・ありがとう。
お姉さまも見に来ればいいのに・・・」
「・・・」
ネジはふっと顔を曇らせてうつむいた。


見に来ない。
俺はこんなに必死なのに。
見に来ない。
貴女は俺を見に来ない。
見はしない。
あの男も、俺も。
貴女は決して見はしない。


「我愛羅、調子はどうだ?」
カンクロウは火影の家の大窓から木ノ葉の里を眺めている我愛羅に声をかけた。
「・・・この里は、いいな。
カンクロウ」
兄の問いには答えず我愛羅は言った。
「木は茂り、雨は降り、動物達も人間と仲がよい。
ウチの里とは大違いだ・・・」
「我愛羅?」
「人の心も、潤っている。
ウチの里はどうしてあんなにも乾ききっているのだろうか・・・」
「我愛羅っ!しっかりしろっ!」
カンクロウはただならぬ我愛羅の様子に恐怖さえ感じた。
「俺も・・・その一人。
己が欲のために・・・いや、なんでもない」
我愛羅はため息をついたあと、無理に笑って振り向いた。
「悪かったな、心配をかけて。
具合は・・・今は気分がいい」
「・・・我愛羅」
カンクロウは空元気を出している弟に歩み寄って抱きしめた。
「・・・」
とくん、とくん、とカンクロウの鼓動が聞こえる。
我愛羅はカンクロウの胸に顔をうずめ、嘔吐するかのように言葉を吐いた。
「・・・っ、すまん・・・すまない・・・っ。
でも・・・今は・・・今だけは・・・・っ」
「・・・」
カンクロウは何も言わずに胸が湿っていくのを感じていた。


情けない俺。
ダメな俺。
こんな俺は、なくなってしまえばいい。
こんな、どす黒い感情で汚れている俺なんて。
消えてなくなればいい。


「風影様がお見えになりましたっ!」
侍女が放ったその言葉で、急に日向家は騒がしくなった。
やれ、お茶を汲めだの、やれ、身だしなみをしっかりしろだの、てんやわんやの大騒ぎ。
そんな家の者達をヒアシは、静かにっ、と一喝して回っていた。
「まったく、準備は万全ではなかったのかっ」
ヒアシはその日珍しく独り言を言った。

「ようこそ、わが日向家へ」
右隣にヒナタ。
左隣にハナビを従えてヒアシが礼をすると、その後ろに控えていた一族の人間がいっせいに礼をした。
「以前はあのような場へ我が一族を招いていただき、誠にありがとうございます。
そのお礼をいたしたく、この度は恐れ多くも我が家へ招待させていただきました」
深々と礼をするヒアシに頭を上げるように言った我愛羅は微笑みながら言葉をつむぐ。
「礼には及びません。
あなた方の一族は他国にまで知られているほどの力を持っている。
それに、私はあなた方に何もして差し上げられなかったのに・・・」
我愛羅はそこで言葉を詰まらせ、目を泳がせた。
「・・・お嬢様方、いつにも増してお美しいですね」
「えっ・・・・あっ、ありがとうございますっ!」
思いがけない我愛羅の言葉にハナビは顔を真っ赤にして喜んだ。
「・・・風影様・・・お世辞は止めてください・・・」
ヒナタも頬を染めてやんわりと笑った。
「なら、どちらか一人もらってくださいますか?」
冗談でヒアシが言うと、テマリが我愛羅の背中をバシバシ叩きながら言う。
「やっだぁ、ヒアシ様。
こんな愚弟にそんな美しいお嬢様達はもったいないですよっ!」
「・・・本当に・・・」
そこでやっと我愛羅の様子がおかしいことに気がついたヒナタ。
「・・・風影様?お体の調子が悪いんですか?」
その言葉に日向の人間達も我愛羅を気遣うようにして見た。
「・・・大丈夫です。
ヒナタ・・・」
「はい?」
「我愛羅でいい・・・」
「えっ・・・」
驚いて目を見開くヒナタとヒアシたち。
「そ、そんな滅相も無いっ!」
「好きじゃないんだ、風影と呼ばれるのが。
今の俺は・・・。
・・・皆も、できれば我愛羅と呼んでいただきたい」
笑顔で言う我愛羅に戸惑いながらもヒアシはわかりました、と答えた。
「では、我愛羅様。
こちらの間へどうぞ。
これからネジが舞をやりますゆえ、どうぞご覧になってください」
奥の間へ我愛羅達を案内しながらヒアシが言う。
「ああ・・・どうりで見かけないと思ったら。
それは、楽しみです」
柔らかく笑う我愛羅の顔に、一瞬暗い影がよぎったことに気がついたのは、一人もいなかった。


舞え。自分の想いを胸に
舞え。
俺のためじゃなく、
お前のために。
舞え。
今の俺に素晴らしいお前の舞は、
ただ胸を抉るだけ。


振袖に、腕を通す。
おしろいに指を伸ばして顔に塗る。
紅・・・これも塗らねばらぬのか。
この血のような液体を、己が口唇に。
ああ・・・貴女が塗ればとても美しいのに。
そして、その色づいた貴女の口唇を、
奪ってしまいたい。


ネジはざわついている部屋にたらされた簾の向こうにひっそりとたたずんでいた。
我愛羅が来たのだろう。
先ほど家が震えるほどに一族が玄関の方へ走っていった。
ネジはヒアシに言われて此処に控えていた。
ふすまの開く音がして、ささ、上座のほうへ、と我愛羅を案内するヒアシの声が聞こえ、
一瞬静かになったかと思うと笛の音色が聞こえてきた。
いよいよ、舞を披露するとき。
ネジは胸をはり、顎を引いて簾が上がるのを待った。


笛の音色。
透き通り。
太鼓の鼓動は己とお前の鼓動。
この舞は、俺とお前に捧ぐ。


しゃらん、しゃららん。
袖についた鈴がネジの動きと共にかわいらしい声をあげる。
紅を引いたその口唇はきりりと引き締まり、きれいなかんざしで飾られた髪は、
まるで意思を持ったかのように揺れ動いていた。
誰もが口を閉ざし、ネジの舞に見とれていた。
それは我愛羅も同じ。
両隣にテマリとカンクロウを従えて、ネジを凝視していた。
感情が、流れ込んでくる。
ネジと我愛羅は互いに目が離せないでいた。


近くにいる。
傍にいる。
されど・・・。
想いは決して伝わらない。


逢いに来た。
それだけで・・・。
俺は十分なのに。
お前は不満なのか・・・。


憤りが、渦巻いて・・・。


舞が、終わった。
ネジの舞は誰から見ても素晴らしかった。
その点は我愛羅も認めている。
カンクロウなんかは感動のあまり涙していた。
「ネジっ!素晴らしかったっ!
俺なんか相手にもならないじゃんっ!」
舞台から降りてきたネジにカンクロウは駆け寄り、心からの賞賛を送っていた。
「いや・・・。カンクロウ殿の舞いも素晴らしいですよ。
それに、私の舞いもカンクロウ殿の舞から少し案を頂いているのです」
ネジは謙遜し、恥ずかしそうに笑った。
「我愛羅様・・・いかがでしでしょうか?」
ゆっくりと我愛羅に歩み寄ったネジは、その目に哀愁ともつかない色を携えて尋ねた。
「素晴らしかったよ・・・。
ありがとう・・・」
ネジの想いを知っているが故に我愛羅は顔を上げられなかった。
我愛羅の想いを知っているが故にネジは哀しみを隠せなかった。
消え入るような声で礼を言った我愛羅の隣にネジは腰掛けて、彼のお猪口に酒を注いだ。
甘酒を。


この酒は、何故甘い?
それでいて、体の奥底を熱くする。

お前の望みは叶わない。
そして・・・俺のも。


「あとで、話がしたい」
我愛羅にそういわれたのはネジが舞い終わってすぐのこと。
我愛羅はネジがお猪口に注いだ甘酒に口をつけながら上目遣いにネジを見た。
「私も・・・常々お話したかったことがございます」
「なら・・・この祝宴が終り、皆が静まったころに火影岩に来てくれないか」
「御意に・・・」
我愛羅はネジのお猪口に彼がそうしたようにゆっくりと酒を注ぎながらカンクロウの話に耳を傾けていた。
そして、ネジは今、我愛羅に言われたとおりに火影岩から里を見下ろしていた。
愛しい里。
ここで生まれ育ち、この里を護りたい。
それが今のネジの気持ち。
それは、我愛羅の風影としての気持ちに似ているのだろうか。
いや、我愛羅の気持ちはこれ以上のものだろう。
風影。
一国の長。
その責任は計り知れない。
その気持ちを、ゆるがせてしまった。
誰が?
己が従妹が。
彼女はネジの心さえも揺るがしていた。
「ヒナタ様・・・お慕い申し上げます・・・」
ネジは夜空に向かって呟いた。
「ふん・・・やはり、お前もだったか・・・」
「っ?!相変わらず神出鬼没な方だ・・・」
音も無く現れた我愛羅。
それは出来る上忍のネジでさえも気がつかないほど気配をくらませていた。
「敬語は使わないでいい・・・」
そっとネジに歩み寄った我愛羅は火影岩の囲いのパイプに腕をもたれさせた。
「ならばお言葉に甘えさせてもらおう。
それより、お前もか、と言っていたが?」
「言葉の通りだ、ネジ」
我愛羅は急に視線を鋭くし、ネジを睨んだ。
「・・・睨むなよ」
ネジは、ははっと苦笑いをし、その後すぐに真剣な顔をした。
「今更何しに来たっ?!
判っているだろうっ!」
目に光るものを浮かべて、ネジは今まで溜め込んでいたものを吐き出した。
「判っているんだろうっ?!
無駄なんだよっ!
いい加減諦めろよっ!」
ひゅっ。
一陣の風が吹き、次の瞬間にはネジの頬から一筋の紅が伝った。
「そんなこと・・・・判っているっ!」
右手をネジの方に向け、両目から溢れ出す涙をぬぐいもせずに我愛羅は左手でクナイを引き抜いていた。
「とれっ」
放られたクナイをぱしっと受け取り、ネジは怪訝に我愛羅を見た。
「・・・何をしたいんだ?」
「俺と・・・闘え」
ぴくり、とネジの右眉があがったかと思うと、口唇の端がにやりとつりあがった。
「・・・俺を殺す気か?」
「殺せばヒナタが手に入るのならな・・・」
我愛羅は流れる涙が口に入るのも気にせずに言葉を吐いた。
「そんなことしたってお前がこの世から消えるだけで、アイツの気持ちは変わらない」
「じゃあ、何故?」
歪んだ笑みを携えながらなおもネジ。
「・・・お前は・・・っ!
いつもそばに居るじゃないかっ!いつも・・・いつも顔を見ていられるじゃないかっ!」
クナイをぶんっと振り上げネジに切りかかる我愛羅をひらりとかわし、ネジもクナイを我愛羅の腕めがけて切りつける。
「そばに居たって・・・っ!
伝わらなくちゃ意味が無いんだよっ!」
キン、と我愛羅の砂にネジのクナイが阻まれる音。
さらら、と砂が落ちて、我愛羅がネジの眼前に迫る。
「痛っ!」
振り下ろされた我愛羅の腕がネジの左肩をえぐり、赤い飛沫が吹き上がる。
よろりとあとずさるネジを追い詰めるようにして我愛羅はどんどんと腕を振り回す。
「伝わらなくたってっ・・・そばに居られるだけで・・・っ!
それでもっ!お前はっ・・・満たされないのかっ!」
我愛羅はどこからこんなに涙が溢れてくるのだろうか、
涙などとうに枯れ果てたと思いながらもネジにクナイを想いと共に振り下ろす。
「お前は・・・・っ!
満たされないのかぁあああああぁっ!」
ぴたりとネジの鼻先でクナイをとめた我愛羅はだらりと腕をたらした。
カランとクナイが落ちる。
「・・・満たされるものか」
肩から流れる血を指にとり、それを自らの口唇に塗りつけるネジ。
「この血が・・・・ヒナタ様と同じものを含んでいる限り・・・」
空を見上げ、搾り出すようにしてネジは吐き出した。
「満たされるものかっ!」
「ならば・・・」
「?」
ネジはいつの間にか我愛羅が手に握っている貝殻に目をやり、
しばし困惑したが、思い当たる節が見つかって焦りを感じた。
「おい・・・何をするっ?!」
緊迫したネジを遠い目で見た我愛羅は、もう、いい・・・、そう言って貝殻に入っていた錠剤を口に含んだ。
「っ!我愛羅っ!よせっ!」
「俺に皆は護れない・・・」
ごくりと錠剤を飲み込んだ我愛羅は、瞬時に苦しみだした。
「がっ・・・あ゛・・・あ゛あ゛ぁぁっ・・・・!」
「!我愛羅っ!
誰かっ!誰か来てくれっ!」
うずくまる我愛羅は駆け寄ってくるネジの声を聞きながら意識を手放した。


はまった泥沼。
抜け出せず。
底が無い。

=続く=



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