Act1 クソッタレで、サイコーの町
路地裏から、蛮声と、打撃音が聞こえていた。昼過ぎのジャンク横丁の、そうした喧嘩の騒音は皆聞き飽きていて、見物人さえ顔を覗かせない。
そして、やはりそこでは喧嘩が繰り広げられていた。
図体のでかい、ガラの悪い狂犬ヅラの若い男が、鶏ガラのような男を蹴り上げ、拳を振り上げている。
その拳が、相手の顔貌を殴り潰した。金髪を鶏冠のように逆立てたそいつは、鼻骨をぶっ潰され、前歯を全部砕き折られる。
鶏冠頭は、ぐしゃりと潰れた顔を押さえて、今にも泣き出しそうな顔でこちらを睨んだ。
「喧嘩売る相手は、選びやがれボケが」
狂犬ヅラ、悪党ヅラ、色々言われるラスティのその顔は、ただの悪童というには決して言い足りぬ、鬼気迫るものを周囲に抱かせる。
このゴミとクソと、商売女と、ドラッグに銃に——とにかく、クソッタレのジャンク横丁で生き延びてきた男だ。
その鉄色の目には、到底、ただの十九歳では通じない肝の据わりと、苛烈な修羅が宿っている。
赤茶けた錆色の髪を後ろに撫で付け、乱雑に結んだ髪型。前髪は、一本だけ長い一房を流している。それは夜空を切り裂く流星のような白銀色をしていた。
額には無骨なデザインの頑丈そうなゴーグル。首元には砂色のスカーフを巻き付けていた。
手には
スチームダスター。
蒸気を噴射して殴りつけることで、威力を底上げする武器。
喧嘩師にして、メカニックのラスティが作り上げた自慢の逸品である。
「テメェ、誰のシマで無断で屁ェブッこいてんだ? どこのどいつにカマァ掘られて命令されて来やがったんだ、言ってみろやダボカスが!」
ずがん、と鉄板仕込みのブーツで、そいつの腹を蹴り上げた。つま先が、胃に捩じ込まれ、鶏冠頭はえづいて血まじりの反吐をぶちまける。
到底十九の若者とは思えないドスの利いた声だ。やっていることは、完全に犯罪である。
恐喝、暴行、名誉毀損に、殺人未遂。だがここでは、なんの罪にも問われない。
ゆえに、その発言と脅しには実行力があった。従わねば殺す。暗にそう、ラスティは言っているのだ。
相手は、慌てて「ボルックだよ! あいつが、ラスティのシマで、メタル捌いてこいって言うから!」と、あっけなくゲロった。口元の血を拭い、泣きながら、「ちくしょう」と漏らす。
「くそ、あのデブ野郎。もういっぺんシメねえと、わかんねえか。んで、そのメタルってのはどこだよ。とっくに売って、どこ行ったかワカリマセン……ってなァねえよな?」
金髪の鶏冠頭は、盗人猛々しく舌を打ち、腰から何かを投げて寄越した。
それは、
「持ってけよ、クソが! てめえみてえなチンピラはな、いつか、天罰ってのが降るんだよ!」
「人様の縄張りでバカやらかしたてめえへの罰はまだなのか、おい」
「今のは、なんだってんだよ!」
「俺がカミサマに見えんのか? テメエの目ん玉は腐ってんのかよ。こいつはただの、授業料だろうがよ。次は、キンタマ握り潰すからな。とっとと失せろ、カス」
鶏冠は何事か卑語と悪態をついたが、路地から出て行く時に木のパレットを踏み抜いて派手に転んでいた。
ラスティは受け取った
「ったく、舐められたもんだな」
ボルック。このご時世に、丸々太った野郎だ。狡賢く立ち回って、奴隷商に人を売り、富を築いたらしい。
だが、あの短小野郎のケツの穴の小ささとくれば、女のサヤエンドウさえ入らないと有名である。
とにかく臆病で、狡い。そして、小悪党という言葉がぴったりの——そういう、器の小さい野郎だ。
いい加減、奴を黙らせないといけない。
ラスティは喉を飢えた野犬のように唸らせて、路地を出た。
上背一八二センチ。筋肉質なラスティの二の腕は太腿と同じくらいに太く、岩のように硬い。
パッと見ただけで、彼がただ者ではないとわかる。
そんな男が堂々と胸を張って肩で風を切れば、大抵の連中は怯え、道を開けるものだ。
路地にはみ出すように置かれた、廃材で作った椅子とテーブルに座っている労働者の男が、「よぉ、
「あんだよ、おい。また
「いんや、えらく、機嫌いいじゃねえかと思ってなァ」
「臨時収入だよ。ガキどもに、美味いもん食わしてやれっから」
男は「そいつはよかった」と言って、ションベンみたいな、水で薄めた安酒を呷った。
ラスティはその足で闇市通りに入って、いつもの飯屋でテイクアウト。シワだらけの顔をした店主の親父にメタルを何枚か渡して、紙パックの束を受け取り、根城に帰る。
アジトは、赤銅色に錆びた巨大な廃パイプの中だ。
風が吹くたびに、鉄のきしむ音が響く。かつては大陸の血管だった動力管——今じゃ、ラスティ率いる
なんでもこの廃パイプはもともと、対要塞蒸気砲の動力源——だったらしい。
しかし、敵の砲撃で破壊され放棄されてしまったのだろう。
放置されていたそれを、ラスティら——錆鉄一派が接収し、利用していた。
廃パイプは、一直線である。だが、それでは防衛上心許ない。
ということで、遠隔で操作するトラップがいくつもある。
簡単なもので言えば、レバーを引けばロープがちぎれて落下する廃材、切り揃えたパイプ槍が雁首を揃える落とし穴。
奥へ進むと、居住エリアが見えた。
スチームの動力で発光しているのは、白熱電球。ぢりぢりとフィラメント特有のハムノイズが響いている。
「アニキ!」
奥から、ラスティよりもずっと大柄な、まさに歩く鉄塊、とも言える大男がやってきた。
鉄の塊をハンマーでぶん殴って、人型にしたような男だ。本人も認める、その、伝説上のトロルのような顔は、幼少期から随分と酷いイジメの原因となっていたらしい。
ここじゃあ、みてくれなんて、誰も気にしない。そんなものは屁の突っ張りにもならないからだ。
「帰ったぜ、土産もある」
ラスティが、抱えていた大きな紙パックを見せた。中から香ってくる、脂っこいソーセージの香りに、大男——その名で過酷な時代を生き抜いてきた誇りから、あえてトロルと名乗っているそいつが「さすがだぜ!」と唸った。
そうしてトロルが「おぉーい! 飯だァーーーー! 肉だぞぉーー!」と大声を張り上げれば、あちこちに建てられた廃材小屋から、他の子分が出てくる。
「わあ、すごい、本当に肉だ!」「野菜クズの、スープじゃねえ!」
「さすがだぜ、ラスティ!」「やるじゃん!」
子分らは、皆ラスティより歳下だ。
彼らは、孤児である。戦災孤児、あるいは、あばずれの商売女のサル共が無責任に産み捨てていった子供である。
「やるねえアンタ、どうやって稼いだんだい」姉御肌の、通称クイーンが、タバコを吹かしながら聞いてくる。
「俺のシマでメタル捌いてたバカをシメた。ボルックの野郎、懲りてねえみてえだぞ」
「アニキ、どうします」と、トロル。
ソーセージを食べる子供たちを見ながら、ラスティは言った。
「ガキに手出しされる前に、シメるぞ」
錆鉄のスチームロード — Steam Lord of the Rusty — 夢咲蕾花 @fox-raika-7264
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