錆鉄のスチームロード — Steam Lord of the Rusty —

夢咲蕾花

Chapter1 つまるところ、やるか、やらないかだ

錆びついた独白

 この大陸は、ざっくりと三つに分けられる。

「連合」、「帝国」、そして俺たちのような「その他の名もなき連中」って奴らだ。


 そのうちの二つの巨大勢力である「連合」と「帝国」——正式名称はどうだっていいが……とにかく、力と金を持て余した馬鹿野郎が、テメーの言い分を突き通そうとして争った。

 俺は思う。理由なんかない。奴らはこじつけをこねくり回して、ただ、退屈しのぎに、人を使ったチェスをしたかったんだ。


 問題は、その駒は木を削ったチャチなもんじゃあなかったこと。

 舞台が、テーブルに置いてある盤上ではなかったこと。


 スチームドライヴを積んだ武器でフル武装した兵隊共が、蒸気を煙らせて、唸らせて。

 ——あろうことか、てめえらの領土でもねえ他人様の国を勝手に踏み荒らし、そこで、殺し合った。


 お国の背広を着た馬鹿野郎なんざどうだっていい。

 末端の兵隊は、きっとそこに、大義ってのを抱いていたかもしれない。それぞれに正義と言い張るだけの名目があったのかもしれない。


 けどな、美談にする気は、ねえよ。

 大陸の民の大半を占める、「名もなき連中」にとっては、そこにどんな理由があろうが、戦争っていう化け物に暴れられちゃあ、たまったもんじゃない。


 戦車の履帯と軍靴が収穫前のジャガイモ畑を踏み潰し、人々が暮らす家々が弾除けに使われ、民が冬を越すために蓄えていた食料と燃料を根こそぎ略奪された。

 おおよそ、同じ人間の行いとは思えぬ非道がまかり通った。人体実験すら行われた。毒ガスがばら撒かれた。

 憎悪が憎悪を呼び、多くが飢えて、苦しみ、地獄の業火のような怒りをたぎらせた。


 今から五年前。それらの勢力が共倒れに近い形で、力尽きた。曖昧な勝者と、曖昧な敗者がそこに残った。

 一説には禁忌とされる「火薬」を用いたせいで、鉄獣てつじゅう狂奔きょうほんを招いたとされるが——俺にはわからない。


 ともあれ、長い戦争が終わった。

 ある一面では連合が勝った。別の一面では帝国が勝った。そういう、クソみたいな裁定が降り、一応の「平和」が訪れた。

 約三十七年もの間続いた「大陸開戦」は、両者を疲弊させた。それ以上に、俺たちを摩耗させた。


 しかし——まあ、その平和ってのが表層だけを取り繕った借り物であることは、げんたないもんでな。

 見せつけるような技術開発競争に、軍備の拡大・拡充などなど——そういった「冷たい戦い」は依然、続いていた。

 それでも大陸の多くの民は、この仮初の平和を本物の平和に変えようと、必死だった。


 とはいえ——。

 実際問題、俺たちにとっては、


 俺たちにとって重要なのは、今日と、せいぜいが明日をどう生きるか。そして、その今日明日を脅かす、実際的な問題である。


 そう——この混沌とした戦後の混乱を、商機と見るゲス野郎共も一定数いるんだ。

 奴らはそれぞれの勢力圏の縛りが存在しない「緩衝地帯ブランクエリア」の闇市で、さまざまな品物を売り払っていた。その通貨は、決してカネってやつとは限らない。

 金属メタル、武器、薬物、そして——人間。バラした臓器でも、奴隷として売っ払うでもいい。とにかくそうした現物も、通貨として流通する。


 クソみたいな取引市場、カスの商人と、クズの客。バカのような掟が堂々と掲げられる、吐瀉物とクソをションベンで練り固めたような、我らが素晴らしき、サイコーにナンセンスなどん詰まりの町デッドエンド・タウン


 ゴミジャンク横丁。


 俺と、その可愛い子分が暮らす町は、周囲からそう呼ばれていた。

 侮蔑と嘲笑と、微かな慈悲のように取り繕った——ブルジョワのせがれのデブガキが、ブタにピクルスをくれてやる程度の憐憫を、向けられている。


 俺はそこで暮らしていた。

 小さな王国の主人だった。

 何も守れず、全てを無くした俺は。

 腐れ野郎に蜂の巣にされ、ゴミ山の中で月のように美しい女に導かれて。


 ——復讐者となった。

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