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其の三十三












午後の緩やかな風が潮の香を含み、広間を渡ってゆく。
強い陽射しは木立の透かし模様を映し、白い壁が彩られる。
宮殿では大王の戦勝の祝いにと、
後宮の妃を集めた午餐の集まりが催される。



テーブルから溢れんばかりの、南国の花々。
それよりもなお華やかに、席につく妃たち。
わたくしは久しぶりの大王さまと言葉を交わす。


「ご無事でなによりでございましたわ。」
「うむ、そうだな。」
「今度の領地は、とても豊かな土地だとか。」
「ああ。」
「また、この国が一層栄えますことね。」
「んむ。」


大王様のお口がいつになく重い。
普段から、それほどお喋りな方ではないとはいえ。



「お加減でも、悪うございますの?」
「いや。」
「では、なにか、お気懸かりなことでも。」
「んむ。」


そういって口をつぐんでしまう。
わたくしもそ知らぬふりで、果物などを摘んでみる。











今日は何となく、宮殿中が落ち着かない。
そういえば、大王様は昨夜お帰りになったとか。
早速に後宮の妃達を集めての、祝勝会。
今頃は美しい女たちに囲まれて、ご満悦のことなのでしょう。
後宮の美妃が集われた宮殿は、
なにやら朝から皆浮き足だっているようだわ。
この上もない目の保養が一同に会するのですものね。
でも、わたしには関係のないこと。



ご本を選ぶのに手間取ってしまった。
王子様はもうお部屋にいらしていることだろう。
両の手に書物を抱え、歩廊で足を速める。
纏わりつくドレスは、こういう時はなんて面倒なのかしら、
そんなことを考えた途端、わたしは思いきり裾を踏んづけた。




「 ・・・・・・・・・ ったく、もう。」


ぶつぶつ呟きながら、散らばった本を拾い出す。
「ぶん先生、大丈夫ですか?」
通りかかったコウ様が,手伝ってくれる。
確か王子さまの礼法の先生、といってもなにかの大臣だったわね。
「まあ、申し訳御座いません。」
「女性には・・・ちと、量が過ぎますな。」
「それが、仕事ですから。」
「では、お手伝い致しましょう。」
ちょっと堅苦しいきらいはあるけれど、悪い人ではないのだろう。
本を抱えて並んで歩廊を歩き出す。




「こちらは、あなたさまの・・・?」
「いいえ、王子さまに頼まれたものにございますわ。」
「ほう。」
「ええ、この頃、随分と熱心になられたので。」
「あの、王子さまがねえ。」


そう言って、こちらをしげしげとご覧になる。


「・・なにか、ついておりますか、わたくしの顔に?」
「あ、いえいえ、これは失礼を。」
そして、抱えた本の山に目を落とし、満足げに。
「わたくしは、よいと思いますよ。」
「は?」
「いえ、あの王子をこれだけやる気にさせたのでございますから。」
「はあ・・・」
「まあ、確かにお年も上ということで、
 色々と仰る方もいらっしゃいましょうが。」
なあに、なんだか失礼なこと言われていない?
「王子さまはすこし、やんちゃなご性癖もございますれば、」
だから、なんだというの。
「それに我が国も、今後は広く西のお国とも交流していきたく
 存じておりますし、」
それは、よいことね。
でもわたしと、なんの関係が?
「あなたさまは、お国では王家にも嫁げますお家柄だったとか、」
一体、なにを言い出すの。
勝手に頭など振らないで下さる?
「大王様も、きっとお許しくださいますとも。」



「なにを ・・・・・・・・・・・仰っていらっしゃるのです?」



「いえ、ですから、王子様は只今、思い人がいらっしゃるとか。」
「ですから?」
「そう、恥ずかしがらずとも。思い当たる方といえば・・・」
コウ様は全てお見通しとでも言うかのように、
わたしに向けて片目を瞑る。


「どなたが、そのような事を?」
「勿論、大王様にございますよ。
 偉大なるあのお方は、全てお見通しでございますとも。」




おお、もう、一体あの方は何を仰ったというの。
もしや、宮廷中がわたしをそのような目で見ているのかしら。
玉の輿を狙う家庭教師なんて、馬鹿にするのもいい加減にして。




「大王さまは、どちらに?」
「白の間で戦勝の集いでございます。
 ・・・・あっ、先生・・・・  先生っ!」



本の山にうずもれたコウ様を置き去りに、
わたしは白の間へ駆け出した。












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