任務の日の朝・・・
生憎の雨である。
泡沫夢幻(ほうまつむげん)~第6章~
我愛羅とサクラは、綱手の部屋に居た。
いつになく、綱手も真剣な表情である。
「いいか。
今回の任務は、砂の国の巻物を取りかえさねばならない。
お前らの責任は大きい。わかるな?」
「・・・はい。」
サクラは力なく返事をする。
「・・・どうした、生気が感じられないぞ。
それでは出来る任務も、出来なくなる。」
「はい。すみません・・・昨日はなんとも無かったんですが・・・ちょっと、首のあたりが痛くて・・・」
サクラは自分の首筋を指差す。見た感じでは、何もなさそうだった。
「首のあたりか・・・」
綱手も立ち上がって、首の辺りを見る。
すると、我愛羅のほうを見、ニヤニヤしながら問いただす。
「・・・お前、サクラに手を出したんじゃないだろうねぇ・・・?」
もちろんそんなことはしていないが、唐突に言われ、2人ともあせってしまう。
「え、えぇっ?!・・・・ちっ、違いますって!!」
「・・・な、何を言っている!!」
「ははは・・・冗談だ。・・・ちょっと見せてみろ。」
綱手はサクラの首筋に手をかざす。
「なにか・・・あるのか?う~ん。
昨日、酒を飲んだのがいけなかったな・・・少々、手元が狂う・・・」
―――・・・任務前夜に火影が飲酒だと?
我愛羅はそっちのほうも少々気になった。
「う~ん・・・多分、寝ちがえたんですよ!私、寝相悪いし!!」
サクラが突然気づいたように喋りだす。
我愛羅は少々納得していた。
確かにサクラの寝相はかなり悪い。
元々浅い眠りの我愛羅は、よく動くサクラが気になって仕方がない。
こっちへ転がって来たと思ったら、戻って足元に行ったり。
本当によく転がる。
あれでよく寝れるもんだ、と妙に感動してしまったことを思い出す。
「俺も寝ちがえたんだと思います。
きっと、精神的にサクラも疲れたんでしょう。」
「そ・・・そうか・・・
(こいつ、寝相が悪いって聞いたからな・・・)
わかった!なら、無理はしないようにな。
では、お前らは大名のところへ、挨拶に行け。
・・・どうやら砂の巻物を盗んだのは・・・かなりこの辺りで有名な、大富豪の大名らしい・・・
この大名の屋敷に行くまでには2、3件、他の大名の屋敷へ挨拶に行ってもらう。
あとは紅班の奴らに聞いた通りだ。気を抜かないように!!では、行ってこい!気をつけてな。」
「はい!わかりました。」
威勢良く返事をするサクラだが・・・自分の首筋になにがあるのか・・・未だわかっていない。
何人かの大名の城を訪ね、色々話しを聞いたり、祝いの品を頂いたりする。
時刻はすでに夜。
辺り一面、暗闇で覆われていた。
サクラ、我愛羅は、砂の巻物を盗んだとされる大名の屋敷へ向かうことになった。
馬車に乗っているサクラの足元に、小さな無線機が置いてある。
サクラがその無線機を手に取る。そして近くの木を見上げる。
すると小さな光がチカチカと光った。
―――ヒナタが合図している。
サクラにはすぐわかった。
無線機を暗闇で隠しつつ、上手くつける。
付け終わるのを確認し終わったように、人影は城へと向かった。
「サクラちゃん・・・頑張ってね。」
そう呟きながら。
我愛羅とサクラの乗った馬車は、今回の巻物を盗んだとされる大名の屋敷についた。
その屋敷の周りには高い塀が、城を囲むようにそびえ立っている。
サクラたちが入るときには重そうな扉が内側からゆっくり開いた。
そこから、長い長い庭を馬車で進む。この庭にかなりの数のカメラがあることが確認できた。
サクラは唐突に我愛羅の腕にしがみつくフリをし、無線で連絡をする。
「城壁はかなりの高さよ。門は内側からしか開かない。それにこれもかなり重そう。庭にもカメラがたくさんだわ・・・」
「了解。」
たくさんの声が聞こえる。
何人かは、近くまで来ているのだろうか。
通信が終わると、我愛羅から離れる。
我愛羅の顔をふと見上げると、無表情は変わりないが、ほんのり頬が赤くなっていた。
「突然しがみついちゃったから驚いたの?」
と、聞くと、噛みながら、な、なんでもない、と話した。
サクラは自覚がないから、やられる側にとっては酷な話である。

我愛羅とサクラは屋敷内に入る。
そこは、様々な骨董品が並び、色とりどりの花が生けられており、豪奢な飾りつけもされている。
―――・・・玄関がこんな感じなら、奥に行ったらもっとすごいんだろうなぁ・・・
と思いつつ、屋敷の者の出迎えを受け、さらに奥へと進む。
屋敷はかなり広く、道は迷路のようにわかれていた。
鏡張りの壁だったり、いかにも仕掛けがありそうな壁だったり。
サクラはこと細かにその様子を無線で伝える。
無線からは複数の人物の声が聞こえた。いのの声も聞こえる。
『サクラ~、緊張しないでしっかりやりなさいよぉ~!』
「・・・うん。大丈夫だって、お互い頑張ろう・・・。」
サクラは力なく返事する。
「サクラ。そろそろだ。」
無線の電源はつけたままで。
サクラの目が届く範囲の出来事はできるだけ口に出して言い、みんなに大名の行動を伝えるためである。
我愛羅とサクラは大きな扉の部屋に案内される。
「こちらでございます。奥で主人がお待ちです。」
「有難うございます。」
「では失礼致します。どうぞごゆっくり・・。」
そういうと年配の女性は行ってしまった。
サクラは年配の女性が行ってしまうと、軽く無線に向かって2回咳き込む。
2回咳き込むという合図は「行動開始」を意味する。
1回であれば止まれか様子を見ろ、という合図。
多少の指示などは大名から出されることが多い。
それをサクラは無線で伝えるのだ。
我愛羅は咳を確認すると扉を開ける。
そこの部屋からはほんのりと線香のような、埃っぽいような臭いがする。
玄関や廊下の壁からは想像がつかないほど、実に質素な部屋だ。
「よくいらっしゃいました。式場で一度お会いしましたな。
再びお目にかかれて光栄です。」
「私もお目にかかれて嬉しいです。」
玄関を見たときは、化粧の濃いおばさんかなと、考えていたが・・・。
見たところ、おかしい様子はない。
普通の、至って普通の男性だ。
しかし・・・少々、冷たい目をしている。
我愛羅のように、表情があまり変わらない。
少し笑った口元が、すべてを見透かしているようだ。
それが少し、サクラに恐怖を与えた。
「そうですか、ありがとうございます。
今回のご婚約の件、大変喜ばしく思います。砂と木の葉が良い関係を築くきっかけになりますな。
いやいや、砂の方も運がよろしいですな。このような可愛らしい方をお迎えできるとは!」
「・・・あ、ありがとうございます・・・」
「はい、自分もこのような女性と会えて、運が良かったと感じております。」
―――・・・え?ええええーーーーーっ?!!!
その言葉を聞き、サクラは心の中で叫ぶ。
我愛羅にしては、珍しいじゃないっ!きゃー、恥ずかしい~!
と、一人、心中で大騒ぎだ。
サクラは我愛羅の顔を横目でちらりと見やる。
我愛羅は視線を大名から外さない。
サクラもその様子を見、気を引き締める。
―――・・・な、何やってるのよ私!
我愛羅は里の巻物を取り戻さなきゃならないんだから・・・気を引き締めて行かなきゃ!
先ほどまでの大騒ぎを反省し、しっかり大名を見る。
しかし、我愛羅はサクラの前で・・・いや、人前でそんなことを言ったのは初めてだったため、
恥ずかしくてサクラの方を向けなかっただけなのだが・・・サクラはそんなこと、知るよしもない。
「今宵は宴の準備も出来ております故、ゆっくりしていってください。
では、準備をさせていただきますので別室でお待ちください。」
そう言うとサクラたちは違う部屋に移動させられる。
別室では屋敷の者がお茶の準備をし、出て行ってしまった。
サクラは無線で全員に細かなことを伝え、一旦電源を切る。
すると我愛羅はサクラに話しかけてきた。
「サクラ、大丈夫か、表情がかたいぞ。」
「そんなことないもん・・・。」
「どうした。」
我愛羅は付近に誰もいないことを確認し、サクラの横に座る。
「ただ・・・我愛羅に勇気づけて貰ったのに。まだ、私・・・怖いみたい。
あの人の顔を見ると、なんか怖い・・・」
我愛羅はサクラの肩を引き寄せて言った。
「サクラ、俺は何人も卑怯な人間を見てきている。忍以外でも、卑怯なやつは残酷な事を考える。
今回は多少手ごわいかもしれない。」
「・・・なんで?」
「お前も感じたろう。玄関はあんなにも飾りたてられているが、やつの部屋や本人は気味が悪いほど質素だ。
人間は飾りたてられたほうが内面が見えにくいと思われがちだが・・・
普通過ぎる・・・いや、質素過ぎた方が逆に内面が見えにくい。
やつはまさに、内面が読みとりづらいタイプだ。
何を隠しているかわからない。気をつけろ。」
「うん、わかった。」
サクラの言葉が終わると同時に、我愛羅はサクラを抱きしめる。
「・・・あと・・・無茶は絶対にするな。」
「うん・・・わかった。」
「本当にか。」
「うん、本当だって。」
「お前はよく無茶をするから心配で目が離せん。」
「だから~、大丈夫なのっ!結構、気が楽になってきたし。
あとは私たちでうまくやれれば・・・みんなも無事に任務ができるはず・・・」
すると我愛羅は人差し指を口にあて、喋るな、と言う。
近くに誰かいるようだ。誰かが見張っているらしい。
―――・・・そう、ここは敵地なのだから。
2人はそれからボソッと話すだけになった。
無線でサクラが2回咳き込んだ瞬間から、忍たちは一斉に動き始めていた。
目指すは、重要機密の巻物。
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