其の二十八
細く三日月から隠れるように、木陰を選びながら道を急ぐ。
時が来るまで。
だけど、そうそうのんびりしてはいられない。
父上の誕生日は次に月が満ちる頃。
それまでに、なんとかしなければ。
俺たちは今までより一層用心深くなり、
より一層真剣になった。
だけど、こればかりはご連絡に行かないと。
なつかしい鍵を回す。
音もなく開く門、俺は一路東屋へ。
「お義母さま。」
漆黒のマントに身を包み、涼やかな微笑で扉を開ける。
少し息があがり、瞳は闇になお眩しくて。
長い指で翻すようにマントを外される。
あの夜以来の久方ぶりの逢瀬に、
わたくしがどれほどときめいていることか、
分かっていらして?王子さま。
嬉しいから、わたしはあなたの首に腕をまわす。
愛しいから、わたしはあなたに顔を寄せる。
心のままに愛することは、これほどに心地よいことだったなんて。
重ねようとする口唇に、人差し指で蓋をする。
あなたの秀でた額には、訝しそうに影がさす。
漆黒の衣に翳る頬、少し寄せた眉間がたまらなく凛々しくて、
わたくしは嬉しげに微笑むの。
「二人の時は、りか、とお呼びになって。」
そして、王子さまの指はわたしの手首を捉え、
優しく掌に口づける、
口唇から漏れる温かな息、それだけでわたくしは頬を赤らめる。
優しい指が頬を撫でて、いとおしげな瞳に包まれて、
じらすように微笑まれる、この笑顔はわたくしだけのもの。
「りかさま。」
あなたの柔らかい栗色の髪に指を絡めて、
昂ぶる心を押さえきれずに、口唇を寄せる。
熱いほどの舌を絡めあい、言葉など忘れ果ててしまう。
「・・・・・ それで、誕生の宴までに、との仰せですの?」
長椅子で俺に寄りそうお義母さまは、たまらなくいい香りがして。
ぼんやり香りを楽しんでいた頭が覚醒させられる。
「ええ、だから、その時ご一緒して頂ければ、と。」
肩に凭れかかる顔がこちらを向いて、瞳が考えるように泳ぐ。
「ただ伺うわけには、いかないわ。」
「俺、なんとしてでも説得します。
それでもあの人が、駄目って言うその時は・・・・・・・・・・ 」
素敵な王子さま、誠実な言の葉にわたくしは酔いしれる。
真っ直ぐなあなたが大好きよ。
だけど、若さは直ぐに結論に飛びつきたがる。
「いいえ、そういう問題ではないのよ。」
どうして、という顔の唇が尖る。
こういうやんちゃな顔も、なんて似合うのかしら。
「なにか、考えなくては。
あの方の面目を潰さないかたちを。」
「面目、ですか。」
見栄とか面目とか、あなたには想像もつかなかったのだろう。
困ったように首を傾げる。
「わたくしは、ともかくも後宮の女。今のところはあの方の第一妃。」
ああ、そんな悲しそうなお顔をなさらないで。
すべすべの頬に口唇を寄せて。
「いきなり伺っては、あの方も頑なになるばかりでしょう。
うまくいくものも、いかなくなるわ。」
「かといって ・・!」
珍しく苛ついていらっしゃるのは、わたくしの為なのね。
嬉しいから鼻の頭に鼻を寄せるように、
小鳥がついばむように擦りつける。
「駄目よ、こういう時こそ冷静にならなくては。」
「大丈夫、きっとなにかあるはずよ。」
そういって微笑まれたお義母さまは、見事なまでに凛々しくて。
俺を頷かせるだけの力強さすら感じさせる。
「わたくしたちが結ばれるのが、運命ならば。」
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