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  其のニ十六






     「いいえ、今しばらく、時を待ちましょう。」
     「何故です、お義母さま!」

     お義母様はそっと俺の手を取って、柔らかい頬に押し当てる。
     「あなたの為でしたら、俺は王位など少しも未練はないと・・・」
     お義母さまは降るような星の下、柔らかく微笑まれる。
     細い肩を包み込む俺を、仰ぐように口つける。


     「あなたは王になるべき御方。」
     「そんなものの為に、諦めろと・・・!」
     「いいえ。」
     瞳は夜空の星よりも、きらきらと輝いて。
 

     「もう、諦めないわ。」


     「え。」
     真珠色の爪が、俺の鼻を弾く。
     「たとえあなたが諦めようと。」
     包むマントから覗く細い肩を竦め、
     とても嬉しそうにお笑いになる。



     「わたくしは、決して諦めなくてよ。」



      俺、喜んでいいやら、いや、喜んでいいんだよな。
      「ですから・・・!」
      虹の瞳に一際強い光が過る。
      「だからこそ・・・・方策を考えましょう。
       わたくしたちが、
       そして誰もが大団円に至ることのできる道筋を。」
      そういや、お義母さま、ものすごく頭良かったんだ。
      突っ走るばかりが能じゃない、ってやっと俺は思い出す。
      「で、でも、もしも方策が尽きてしまったその時は・・・・」

 
  
      わたくしをこんなにも求めて下さる、王子さま。
      わたくしがこんなにも求めて止まない、王子さま。
      うつろうこの世に、何も確かなことなど無いのかもしれない。
      だからこそ、人は幻かもしれない思いを
      信じなければいけない時がある。
      だからこそ、人は掴めぬほどの理想を
      目指さなくてはいけない時がある。
 
 

      「ならば、二人で生きればいいことよ 。」


      わたくしは欲張りなの。
      わたくしは我侭なの。
      だから諦めない、なんとしてでも手に入れる。
 


      「捨てるのはその時でも、遅くはないわ。」
 




      そしてあれよあれよという間に、俺は約束させられる。
      時が満ちるまで、決して口外はしないこと。
      馬鹿なこと、早まったことをしないこと。
      そして、お互いがお互いのものであることを。


      海と空が溶けあうような水平線が、仄かに白く染まる頃、
      俺たちはお互いの口唇に指をあて、固く誓いあった。


 
  











「どこかの王女か?」
「いえ。」
「では、どこかの遊び女か?」
「いえ。」
俺は瞳を逸らしもせずに、きっぱりと答える。


「では、其れほどのものではないと。」
「いいえ!素晴らしいお方にございます。」
「美しい女か?」
「それはもう、この世のものとも思えぬ程に。」
父上の口の端が皮肉っぽく上がる。
「その色香に、迷わされているだけではないのか?」
ああ、お義母さまだって言えるのならば、
こんなまどろっこしい説明なんて、何一つ必要無いというのに。
「いえ、美しさなど。
 その方にとっては身体を覆う薄衣に過ぎぬものでございます。」
「では、なぜ其れほどまでに執着する。」
心底不思議そうな顔で、父上は俺に問い返す。
「衣の下に隠されているものにございます。」
「ほう、お前には其れが見えるのか?」
「はい、心より愛しておりますれば。」
「何が隠れているのだ。」
「気高い心根、底知れぬほどの知性。
 この世に比べるべく者はございません。」
「・・・・・随分と、生意気そうな女だな。」
溜め息と苦笑いが混ざる。


「そして、なによりも俺をただ一人の人と愛してくれます。」
「恋に落ちた女は、誰でもそう申すものだ。」
「ですが、俺もただ一人のお方と愛しております。」


「では、何故連れてこない?」
「今しばらくで結構です、時を頂けませんか。」
そして俺達は無言のままで睨みあう。


石頭同士の対決に、遂に父上が音を上げた。


「分かった、だがそうは待てんぞ。」
この方としては精一杯の譲歩、
だから俺も仕方なく頷くしかない。






「次のわたしの誕生の宴、
 その時までに必ず連れて来るように。」










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