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 其の二十五













「その後、調子はどうだ。」
何気ない問いかけには聞えない。
「はあ、あれより、まことにご機嫌は宜しいようでございますね。」
用心深くコウが答える。
「だが・・・・、話は進展はしていない、そうだな?」
「まあ、そう言えないこともございませんが。」
大王の前、しどろもどろに言葉が消えてゆく。



「仕方がない、あれを呼べ。」
額に手をかけて、大王は椅子に深く沈み込む。














久方ぶりのお呼びがかかる。
宴の一件以来、口をきいていない俺と父上。
宮殿のバルコニーでその凄さを改めて思い知らされた。
そんな事を考えながら、重い扉を開く。



「お呼びでございますか。」
我ながら白々しい顔で、挨拶する。
「んむ・・・。まあ、座れ。」
椅子を顎で示される。
少し固い顔で、俺は席につき次の言葉を待つ。


「お前は、またぞろ我侭を言い始めたようだな。」
もう少し前置きとか言ってくれよ、確かに父上らしいけどさ。
「眼にかなう姫はいなかったとか、ほざいたそうではないか。」
西の国から届けさせた葉巻に火などつける父上は、
いかにも大人の男って感じがする。
お義母さまはずっとこういう男性に慣れてきたのだ。
俺はどんな大人になるのだろう。


「お前、誰か心に決めた者でもいるのか。」


いきなり核心をつく言葉に、俺は我に帰る。
父上って全くの朴念仁に見えるけど、変なとこ勘がいいんだよなあ。
俺もまだ信じられないけれど、いるんだよ、これが。


「いたとしたら、どうだと仰るのですか?」


「それならそれで、考えよう。」
「考える・・・・・・・?」
「お前に、そして一国の王妃に相応しいものであるのかを
 考えねばなるまい。」


当たり前のように父上は言う。
言わんとしていることは分からないでもないよ、俺。
だけど、俺に相応しい、それをあなたが決めるのか。








「人は人を、どのように相応しいと決められるのですか?」






問い返されるのに慣れていない大王は、訝し気に王子に眼を返す。


このような顔をするようになったのは、いつの頃からなのだろう。
わたしのローブの裾を掴んでいた無邪気な瞳の少年は、
一人頭を上げた真っ直ぐな瞳を持つ青年にかわりつつある。
おそらくその瞳に映っているものは、目指すべき理想。
険しい峰を越えたならば、
その向うでは目指すべき光が手に取れると信じている。
しかしその向うにはさらに高みが待ち構えていることを、
まだ知るべくも無い。
目指す天が高ければ高いほど、越えるべきものも限りない。
そして、脚を引き摺りながらそれでも未だ歩き続ける自分を、
彼はいつか越えてゆくのだろう。




思いは小さな痛みを伴い、大王の胸に温もりを与えた。









しかし、まだ、わたしはお前の先にある。
険しい峰を少しでも平らかにしてやることは出来るはず。
差し伸べる手はその歩みを助けるものであるはずだ。


「身分なり家柄なり気立てなり、考えるべき点は幾らでもある。」
「父上のお眼鏡に、叶いません場合は?」
「別の姫を探す、お前に最も相応しい者を。」
「相応しいとは、いかなる意味にございますか?」
「一国の王妃としての勤めを、立派に果たせるかだ。」


椅子の中で、俺は腰が浮き始める。
この噛み合せに、居心地が悪くなる。


「俺の気持ちは、どうなりますか?」
「気持ちなど、幾らでも後からついて来るものだ。」
「では、気持ちがもう決まっております場合には?」
「そのような世迷言。気持ちなどどうとでもなるものだ。」





「そうやって、石ころでも蹴飛ばすように心を捨ててしまえるならば、
 俺は・・・・・貴方を軽蔑します。」



部屋はいきなり温度が下がり始める。
父上は呆れ果てたように、俺の顔をしげしげと見つめる。
ああ、分かってるよ。
クソ生意気な青臭い理想ばっかほざいてると思われてること。
分かってても、それでも言っちまう。
その辺、俺はまともに大人じゃない。
譲れないことには滅茶苦茶に頑固で。
でも、それって貴方と同じだよ。



「軽蔑か・・・ いっぱしのことを言うようになったものだな。」
「そんな資格の無いことは、百も承知の上です。」
「それでも、尚、言うか。」
「ええ、譲れないことが御座いますれば。」



父上は葉巻をもみ消して、顎の前で指を組む。
俺はこれ以上出来ないほど、椅子の中で胸を張る。
緊張で心臓が潰れそうになりながら。


「それほどに、好きか。」
「はい。」
「どうあっても聞く耳は持たん、と。」
「いえ、お眼鏡に叶わぬはずはない、と思っておりますから。」
「では、わたしに引き合わせればよかろう。」


俺だってそう思ってる。
父上にだけじゃない、この国の全ての人々に、
いや、この世界全ての人々に大声で言いたいよ。




「それは・・・」










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